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フィーロゾーフィア  作者: とり
第25話 努力について
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努力について-①

 




 フィーロゾーフィアの町は、上層から下層にかけて、(いち)から十等級(とうきゅう)区分(くわ)けされている。


 一番(いちばん)上層の街区(がいく)――城や学校のある区画だ――を最上の十等(じゅっとう)として、下へ行くほど九等、(はち)等……と数字もくだっていく。


 第七等級街区(がいく)は、上層にあたる区画だった。その大通(おおどお)りに面した場所――十五番地に、『エチカ商店(しょうてん)』という、錬金術師のいとなむ雑貨屋(ざっかや)がある。


 六月にはいってから、この店は長期の休暇(きゅうか)を取っていた。だから今は閉店(へいてん)中で、店主の錬金術師、アルバイトの少女ともに、業務(ぎょうむ)にしばられない自由な時間を謳歌(おうか)している。


 昼の十二(じゅうに)時三〇分。

 エチカは店と住居――二階(にかい)の部屋がそうだ――を()ねる建物の庭にいた。

 いつも出している屋外(おくがい)用のテーブルに、でかいピザを二枚(にまい)ならべて置いている。(ひと)つはマルゲリータピザ、もう(ひと)つはアンチョビピザだ。


「こうして一人(ひとり)で好きなもんを好きなように好きなだけ食べられるってのが、一人(ひとり)の特権よね」


 クククと笑いながら、エチカは席へと移動しながら茶を飲んだ。


 エチカ――『エチカ商店(しょうてん)』を経営する、十八才の女性だ。


 金色の長髪(ちょうはつ)を背中まで流し、クセのある前髪を整髪油(せいはつゆ)(ほそ)いヘアピンでなんとか左右(さゆう)に分けている。

 おかげで白い(ひたい)気丈(きじょう)美貌(びぼう)がよく見えるが、これについては本人は気に()っている。


 出るところは出てくびれるところはくびれた、ナイスで長身な肉体(バディ)を、(そで)なしのチュニックにミニスカート、ショートブーツで(かざ)っていた。


「さて、あのアホが帰ってくるまえに、ちゃっちゃと食べちゃいますか」


 十二(じゅうに)(ごろ)に『お昼ごはん食べてきまーす』と外へ行った、アルバイト(けん)居候(いそうろう)の少女のことを心底(しんそこ)ジャマ者あつかいしながら、エチカはイスに腰を下ろす――。


 ベキ!


 イスの(あし)が折れる。


「だっ!?」


 二本(にほん)ともへし折れて、バランスを(くず)したイスごと、エチカもうしろに倒れる。


「だーーーー!?」


 ガチャン! パリーン!


 コーヒーのカップを持ったまま(すわ)ったのがアダとなった。

 ひっくり返った拍子(ひょうし)にカップはエチカの手を飛び出し(ちゅう)()い、なかの黒い液体をこぼしながら、芝生(しばふ)の地面に着地――と同時に(かわ)いた音をたてて(くだ)け散った。


「ああっ! つい一週間(いっしゅうかん)前にかったばかりのノミの(いち)で見つけたアンティークのコーヒーカップが!」


「じゃあそんなに(おも)()れもないですね。よかったですね。たった七日(なのか)しか思い出がなくって」


 イヤミとも本気ともつかない、しかし敬意(けいい)については一切(いっさい)ふくまれていないことは確実な、空虚(くうきょ)な敬語が家のほうから飛んでくる。


「げっ! なんでアンタがいんのよ!?」


「わたしだって帰ってくる気はなかったですよ。お昼ごはんまだだし……。でも(とお)りを歩いてたらこの店に用があるって人に会っちゃって、案内してきたんです。ってあー! ピザがある!」


 家から庭のドアにいたのは、長いサラサラの黒髪(くろかみ)に黒い両眼(りょうめ)の、(くち)さえひらかなければただ可愛(かわい)いだけの女の子――小夜子(さよこ)だった。


 十四才にしては小柄(こがら)華奢(きゃしゃ)な体に、白一色(いっしょく)のプルオーバー、マキシ(たけ)のスカートをまとって、足にはベルトサンダルを()いている。それだけならただ『地味』の一言(ひとこと)()きるが、少し前に買い与えた(ほそ)くて白いフレームのカチューシャに、父親の形見(かたみ)であるらしい――しかしエチカが台無(だいな)しにしてしまった――台座(だいざ)になんの宝石も()まっていないペンダントを()げていて、それらがいい(あじ)を出しているのだった。


 ……地味から単調(シンプル)昇華(しょうか)できるていどには。


「くっそー、このヤロなんだってこんな時に……」


 と、エチカは小夜子(さよこ)のうしろから、もう一人(ひとり)の影が出てくるのを金色の(まなこ)(みと)めた。


「おじゃましまーす。オーギュスト王にすすめてもらって、ここの錬金術師さんに相談(そうだん)に来たんですけど……」


 小夜子につづいて出てきたのは、小麦(こむぎ)色のセミショートに、茶色い目、ハイカラの黒いシャツに黒いロングパンツ、革靴(かわぐつ)の青年だった。


「国王にって……あんのヤロー」


 エチカは(しり)もちついた姿勢(しせい)から立ち上がる。

 テーブルの対面に立った小夜子(さよこ)が、もの()しそうな目で(ふた)つのピザをながめている。


「エチカ、もちろんわたしも食べていいんですよね?」


「ッザケンな! なんだってこんなしょーもない用件をひろってきたしょーもないアホンダラに、(かぎ)りある食事のうちの一回(いっかい)を提供してやんなきゃなんないのよ!」


「ううう……しょーもない用件って……(おれ)のこと……?」


「気にしないでくださいランボーさん。エチカにかかれば大抵(たいてい)の人はしょーもなくなります」


「……そっか……」


 ランボーはあまり元気になっていない、()まれつきであろう覇気(はき)のない顔をエチカに向けた。


「いきなり押しかけたのはすみません。でも、ワケありなんです。聞いてくださいよお!」


 ガバッとランボーは芝生(しばふ)の地面に両膝(りょうひざ)をついて、エチカの足元に取りすがった。


 腰のベルトに()していた、(ふた)つの(つえ)をすわやと(かか)げる。両手に(ひと)つずつ、ささげ持つようにして。


「……折れた杖? あなた、錬金術師(れんきんじゅつし)なのね」

「はい」


 ランボーはうなずいた。


 折れた杖の一方(いっぽう)――上部(じょうぶ)のほうには、透明(とうめい)の丸い石がくっついている。


 これは《エーテル(せき)》と呼ばれる神秘(しんぴ)の宝石で、この石がついている杖を錬金術師が持てば、黒、白、黄、赤の四色のうちのどれかに色分(いろわ)け――ランク分けされる。


 しかし、今は(こわ)れてしまっているため、ランボーが持っても、エチカが取り()げてみても、石は透明なままだった。


 杖の一方(いっぽう)を調べるエチカに、ランボーはひざまずいたまま(うった)える。


(じつ)は俺、今日が宮廷(きゅうてい)錬金術師の登用(とうよう)試験(しけん)だったんです」


「宮廷……。王立(おうりつ)研究所に(はい)るってわけね。でも、あれの入試(にゅうし)は、確か四月の第一週(いっしゅう)目じゃなかったかしら」


追試(ついし)なんですっ。不幸な俺に、国王陛下(へいか)慈悲(じひ)をくれたんです。というのも、俺は自分で言うのもなんですが、子供のころからメチャクチャ勉強して、錬金術の実技も独学(どくがく)(きた)えてきました。そして十八才になって、今年……ようやく陛下(へいか)から受験の許可(きょか)をいただいて、四月の試験にのぞもうと、城にいったんです」


「で? っていう」


「ですが、長年のムリが(たた)ったのか、朝からおなかを悪くするわ、なんとか道路に出てみれば、年老(としお)いたおばあさんに道をたずねられ、説明してもむずかしそうなかおをするので、手を取って駅のほうまで案内し、まだ全速力(ぜんそくりょく)で走れば()()うと、腹痛(ふくつう)をガマンしながら死ぬ気でダッシュしたら城目前(もくぜん)のところでケータイをながら()していたバイクがハンドル操作(そうさ)をミスって思いっきりぶっつかり、挙句(あげく)家のカベの(かど)っこに頭をしたたかに打ちつけ流血さわぎとなり、救急車で病院にはこび込まれることになりました……。この不幸を知ったオーギュスト陛下(へいか)が、『……気の(どく)すぎるから、キミ怪我(けが)完治(かんちち)したらもっぺん城に来な……』と王国騎士(きし)のかたに(こと)づけてくださったのです。そして今日いざ実技の試験にのぞんでみれば、杖を振った瞬間ポッキリ折れてしまいました。陛下はもう一度(いちど)だけチャンスをあげるから、今日中に杖を直して戻ってきなさい、どうしても困ったらここを(たず)ねるようにと、エチカさんを紹介してくれたのです。だから――グエッ!」


 自分の()に起こった災難(さいなん)を語るランボーを、エチカは思いきり()んづけた。(はん)()きだった青年の顔面(がんめん)に、ブーツの底が突き()さる。


「よっく分かった。ついさっきイスの(あし)二本(にほん)も折れて私がひっくりかえったのも、そのせいで七日間の思い出がつまったコーヒーカップが割れっちまったのも、ぜんぶテメーが来たおかげってワケね! とっとと出て行きなさい! 不幸はうつるのよ!! どーりで不自然な壊れかたすると思ったわ!」


「そんな不条理(ふじょうり)なっ!  ――あっ、と。そうだ、こんなこともあるかも知れないからと、王様から魔法(まほう)の言葉もさずかっていたんでした。『エチカ、あんまり(ぼく)(たみ)をないがしろにするようなら、ムリにでもキミを王立研究所に()れてもいいんだよ』と。――なっ、なんてうらやましい!!」


「わけあるか!!」


 ゲシッ!


 エチカは国王の(おど)文句(もんく)を言い()えるなり(なみだ)をながして脚に()きつく青年のアゴを()っとばした。


 青年――ランボーは(みじか)悲鳴(ひめい)をあげてのけぞる。


「でも、ランボーさんの不幸はともかく、(つえ)は直してあげたらどうですか? なんでもヒイキにしている専門店(せんもんてん)からも、『これを今日中にってのはムリだねえ……』って(ことわ)られたみたいで」


 マルゲリータピザをまくまく食べながら、小夜子(さよこ)はエチカに言った。


「くっ……。つってもタダ(ばたら)きってキライなのよね。――そうだわ。ランボーって言ったっけ」


「はい」


 ランボーは服についた草を(はら)って、立ち上がった。そうしてみると、彼は背が高い。エチカより頭(ひと)(ぶん)上背(うわぜい)がある。


「とりあえず、杖は直してあげるわ。そのかわり、このイスを直してちょうだい。オーギュストに何か言われたら、私からの用事で(おく)れたって言っといて。それで引き下がるから。で、サヨコ」


「はい?」


 アンチョビピザをほおばり、その(しお)からさに(まゆ)をひそめていた小夜子が、まのぬけた返事をする。


「あんたは私の部屋から(つえ)を取ってきて。それでコーヒーカップを直しなさい。人の(ひる)メシかすめ取ったんだもの。それくらいはしてくれてもいいでしょ」


「ええ~っ」


 不平(ふへい)ったらしく言ったものの、小夜子はアンチョビピザを一切(ひとき)れ食べ切ると、小走(こばし)りで家に(はい)っていった。


 二分(にふん)()たずに(もど)ってくる。少女の手には、エチカが愛用(あいよう)している長い杖――錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)(にぎ)られていた。





 

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