フリ〇ビーについて
がさごそ。
「……はっ!」
小夜子はエチカの部屋で、あるものを発見した。
小夜子――十四才の女の子である。黒い長髪に黒い眼、あたまにはカチューシャをセットしている。ワンピース姿の小柄な少女だ。
日本からここ――雲の上の王国フィーロゾーフィアにやって来た。一度は不審者として城に囚われたものの、いろいろあって今はこうしてエチカという人物の家に世話になっている。
「……こっ、これはあっ!」
一階が商店をやっている――といっても今は休業中だが――家の二階。
家主であり店主であり錬金術師であるエチカの部屋をあさっている時だった。
雑然とした整理棚の足元に、閉じた段ボール箱を発見し、勝手にガムテープをはがして物色すると、それは出てきたのだった。
小夜子はさっそくそれを持って、一階に下りて行った。
エチカは庭で本でも読んでいるはずだ。
この真夏の真昼の暑いなか、よくやるものである。
◇
「エチカー、見てください。これ、なんだと思います?」
いましがた二階の彼女の部屋から取ってきた、蛍光グリーンのひらべったい円盤を両手に持って、小夜子は得意満面に訊く。
エチカはサングラスを額まで上げて、デッキチェアから身も起こさずに少女のほうを横目に見た。
金色の長い髪、金色の両眼。クセのある前髪をヘアピンで大きく分けているせいか、元よりハデな顔が更にハデに見える。そのためか、まだ十八才と、国によっては『少女』で通用する年齢なのに、もういくらか大人びた印象を見る人に与えていた。
それは彼女が長身であることも手伝っている。タンクトップにミニスカート、サンダルをつけた身体は、ハイスクールの男子生徒と並んで立っても同等か、少し上くらいの高さがある。事実、小夜子の友人の一人にテレサ・スピノザという十七才の男の子がいるが、彼はエチカよりいくらか背が低い。彼が同世代の少年の中でも、小柄だということもあるけれど。
エチカは小夜子の持っている円盤をながめて、息を吐いた。
「フリ〇ビーね。フリス〇ーって商標だから、もろもろの都合で伏字になるけど。ちなみに一般名はフライングディスク」
「そうです。どこにあったか分かりますか?」
「私の部屋でしょ」
「実はそうなんですよ」
悪びれたふうなく小夜子はうなずく。エチカは非難がましく彼女を睥睨している。
「なんかおもしろいマンガとかゲームないかなーって探してたら、これが出てきたんです」
「あんたまた他人のものを勝手にさあ……」
「で、持って来たはいいんですけど、コレってどうやって遊ぶんです?」
「ウソッ!? フライングディスクってのはこうやって――」
エチカは寝そべっていたチェアから起き上がり、本とサングラスを脇にやって小夜子からフリスビーを取りあげた。
庭の芝生に降り立って、手首を引くように構える。
――と、ある閃きが奔った。
ニーッコリ笑って、エチカは小夜子をやさしく見下ろす。
「いーい? サヨコ。ほーら、よーく見て。私がこれを投げたら、ちゃんと走って、取ってくるのよ。わかった?」
「あははっ。〇ス」
ヒザを曲げて視線の高さを合わせ、頭まで撫でてばかにやさしい声で言い聞かせてくるエチカに、小夜子は笑顔で殺意を口にした。
どー考えても犬に対する態度だからだ。
「チッ。フライングディスクの遊びかたも知らないクセに、自分が犬あつかいされていることだけはキッチリ理解しやがる」
「あたりまえじゃないですかっ。それより、どうやって遊ぶんです? フザけないで教えてくださいよお!」
舌打ちして悪態をつくエチカに、小夜子は肩をいからせた。もう笑顔ではなく、表情もフツーに怒っている。
「真剣に教えるほどのものでもないけどね」
長い髪をうっとうしそうにうしろに追いやって、エチカは庭を囲う塀のほうにねらいを定めた。
「だからさ、これはこーやって、水平に持って、引いて、ぱっと投げる――」
エチカが説明しながら動き、フライングディスクを放す。
蛍光グリーンの円盤は、クルクル回転して空中をすべるように飛んだ。
「わあー! すごい! 飛んだ! おもしろそう! わたしもやっていいですか!?」
「べつにいいけど……」
パタパタ走って落ちたフライングディスクを拾いに行く黒髪の少女の背中を、あきれるやら微笑ましいやら、複雑な微笑で見やって、
「あんた、けっきょく走って追い駆けてったわね」
「いいじゃないですか。あ、エチカはそこに立ってて。わたしが投げるから、キャッチしたら返してくださいっ。いきますよー」
小夜子はさっき見た手本通りにフライングディスクを引いて、投げた。
まっすぐに円盤が飛んでいき、エチカがキャッチする。
「公園でこうやってあそんでるガキがいるけどさ。これっていつ終わりにするの? 私、そろそろ読書にもどりたいんだけど」
「もーちょっとっ! もうちょっとだけ! わたしが飽きるまでは付き合ってくださいよ! いいでしょ普段あんだけコキ使ってるんだからたまには」
「人聞き悪いわねー」
「わーっ! いきなり投げないでくださいよおっ!」
ヒュウンと頭上に飛んできたフライングディスクを、小夜子はジャンプして受け止めた。
小夜子はそうして人生初のフライングディスクを、心ゆくまで堪能した。
気がつけば夕方になっていた。




