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フィーロゾーフィア  作者: とり
第23話 呪(のろ)いについて
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呪いについて-②

 




 ロポートという男性の言葉に、コギトは(ほお)(づえ)をついてオウム(がえ)しした。


(のろ)われてる?」


「はい」


 ロポートは真面目(まじめ)に返事する。


 ふざけているようには見えないものの、彼の主張はいささか突飛(とっぴ)に聞こえた。


 ロポートも自覚しているのだろう。

 だからこそ、(まじない)造詣(ぞうけい)の深い魔法使いに、(すく)いを求めているのだ。


「――というのも、私は他人(ひと)のいるところが苦手でして……」


「それは結構な割合の人がそうだと思いますけど――サヨコちゃんはどう?」


「わたしも人混(ひとご)みとかキライですよ」


「そうですか。……私は、学校とか、会社とかがダメなんです。ああいう、人がたくさんいて、なおかつ風通(かぜとお)しの悪いところにいると、具合が悪くなってくるんです。具体的に言うと、おなかが(いた)くなって、家に帰って次の日になったらもう二度(にど)(つと)め先に行く気がなくなってしまうんです」


初日(しょにち)から?」


 コギトが()く。


 ロポートは首を横に振った。

 小夜子(さよこ)二人(ふたり)(わき)で、もくもくミックスサンドを(たい)らげている。


「たとえば、べつの事業所に再雇用(さいこよう)されて、勤め先が変わると、すこしのあいだは平気なんです。でも、一ヶ(いっかげつ)もするともうダメで、体調を(くず)してしまうんですよ。この体質のせいで、私はハイスクールを中退し、アルバイトで(やと)われてはやめ、雇われてはやめを()りかえして、今は無職です。一応(いちおう)あたらしい仕事をさがしていますが、こんな状態じゃあ、またいつ気分が悪くなるか、こわくて気が気じゃありません。魔女さん、どうかこの呪いを解いていただけないでしょうか」


 コギトはせっかくカフェまで来て注文したスパゲティが()めて台無しにしてしまわぬよう、食べながらロポートの話を聞いていた。


 先に食べ終わった小夜子(さよこ)が、カフェオレを飲んで意見する。


「ただのストレスって感じもしますけどねー」


「いいえ、ロポートさんは確かに呪われてるわね」


 コギトは(ほそ)栗色(くりいろ)眉毛(まゆげ)(はち)の字にして、うさんくさい笑顔で断言(だんげん)した。ロポートの表情が、ほんのわずかに明るくなる。

 つづける。


「でも、魔法の(ちから)を借りるまでもなく解けるものです。しばらくは自宅(じたく)でのんびり過ごしているのがいいでしょう。失業手当をすべて回収するまでは、好きなことでもやって休養(きゅうよう)していればよろしいかと。家で一人(ひとり)でいるぶんには、大丈夫なんですよね?」


「はい。仕事をやめてから数日は体調不良もつづきますが……だんだんよくなってくるので。あ、今は割と良好なんです」


「では、その調子で。物忌(ものい)みとでも思って休んでください。なんならどこかに(やと)ってもらうのはやめて、ギルドに登録するなり、個人で事業でもすればよろしい。そのほうが合ってるってかたもいますからね。あたしからは以上です」


「ありがとうございます。少し休んで、考えてみます。――と、報酬(ほうしゅう)のほうは? なんならここ、私がぜんぶ支払いますが」


「いえ、結構です。たいしたこともしてませんので、お(カネ)はいりません。お大事に。ご自愛ください」


 ロポートは破顔(はがん)して、何度もコギトにお(れい)を言ったのち、イスから立ち上がって、喫茶店(きっさてん)を去っていった。


 小夜子(さよこ)たちがいるのは屋外(おくがい)のテーブル(せき)なので、帰っていくようすがよく見える。


 来たときより若干(じゃっかん)かるい足取りで道路を引きかえしていくロポートの背を見送りつつ、小夜子はコギトに言った。


「コギトさん、カウンセラーか(うらな)い師やったらどうですか?」


「そうね……。あたし、占星術(せんせいじゅつ)トクイだし」


「にしても、呪いだなんて……どう考えてもあの人のはストレス――」


「サヨコちゃん」


 コギトはソースのついたフォークをピッと立てて、小夜子の科白(せりふ)に割り込んだ。


「魔法や魔術における〈呪術〉とは(こと)なるけど、一般人(いっぱんじん)のあいだでも、〈呪い〉と呼べる現象(げんしょう)は確かに存在する。あなたの言った『ストレス』もそのひとつ。でなきゃ誰かになにかを言われてキズついたり、立ち直れなくなったり、サイアク自殺したりなんてことは起こらない」


 ただし、とコギトはつづける。


「ロポートさんのような場合、呪われているのは(じつ)は彼自身ではないのよ。だって家にいるときは平気なんだもの」


「じゃあ?」


 小夜子は正直(しょうじき)()いた。


「呪われているのは、職場、学校といった空間そのもの――あるいは、そこに来ているヒトたちのうちの誰か。ひとりなのか複数なのかは不明よ。ただ(ひと)つ言えるのは――」


 ボロネーゼ・スパゲティの最後の一口(ひとくち)をぺろりと食べて、コギトは結論した。


「そこは人間の育つ環境(かんきょう)ではなくなってしまっているということね」





 

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