呪いについて-②
ロポートという男性の言葉に、コギトは頬杖をついてオウム返しした。
「呪われてる?」
「はい」
ロポートは真面目に返事する。
ふざけているようには見えないものの、彼の主張はいささか突飛に聞こえた。
ロポートも自覚しているのだろう。
だからこそ、呪に造詣の深い魔法使いに、救いを求めているのだ。
「――というのも、私は他人のいるところが苦手でして……」
「それは結構な割合の人がそうだと思いますけど――サヨコちゃんはどう?」
「わたしも人混みとかキライですよ」
「そうですか。……私は、学校とか、会社とかがダメなんです。ああいう、人がたくさんいて、なおかつ風通しの悪いところにいると、具合が悪くなってくるんです。具体的に言うと、おなかが痛くなって、家に帰って次の日になったらもう二度と勤め先に行く気がなくなってしまうんです」
「初日から?」
コギトが訊く。
ロポートは首を横に振った。
小夜子は二人の脇で、もくもくミックスサンドを平らげている。
「たとえば、べつの事業所に再雇用されて、勤め先が変わると、すこしのあいだは平気なんです。でも、一ヶ月もするともうダメで、体調を崩してしまうんですよ。この体質のせいで、私はハイスクールを中退し、アルバイトで雇われてはやめ、雇われてはやめを繰りかえして、今は無職です。一応あたらしい仕事をさがしていますが、こんな状態じゃあ、またいつ気分が悪くなるか、こわくて気が気じゃありません。魔女さん、どうかこの呪いを解いていただけないでしょうか」
コギトはせっかくカフェまで来て注文したスパゲティが冷めて台無しにしてしまわぬよう、食べながらロポートの話を聞いていた。
先に食べ終わった小夜子が、カフェオレを飲んで意見する。
「ただのストレスって感じもしますけどねー」
「いいえ、ロポートさんは確かに呪われてるわね」
コギトは細い栗色の眉毛を八の字にして、うさんくさい笑顔で断言した。ロポートの表情が、ほんのわずかに明るくなる。
つづける。
「でも、魔法の力を借りるまでもなく解けるものです。しばらくは自宅でのんびり過ごしているのがいいでしょう。失業手当をすべて回収するまでは、好きなことでもやって休養していればよろしいかと。家で一人でいるぶんには、大丈夫なんですよね?」
「はい。仕事をやめてから数日は体調不良もつづきますが……だんだんよくなってくるので。あ、今は割と良好なんです」
「では、その調子で。物忌みとでも思って休んでください。なんならどこかに雇ってもらうのはやめて、ギルドに登録するなり、個人で事業でもすればよろしい。そのほうが合ってるってかたもいますからね。あたしからは以上です」
「ありがとうございます。少し休んで、考えてみます。――と、報酬のほうは? なんならここ、私がぜんぶ支払いますが」
「いえ、結構です。たいしたこともしてませんので、お金はいりません。お大事に。ご自愛ください」
ロポートは破顔して、何度もコギトにお礼を言ったのち、イスから立ち上がって、喫茶店を去っていった。
小夜子たちがいるのは屋外のテーブル席なので、帰っていくようすがよく見える。
来たときより若干かるい足取りで道路を引きかえしていくロポートの背を見送りつつ、小夜子はコギトに言った。
「コギトさん、カウンセラーか占い師やったらどうですか?」
「そうね……。あたし、占星術トクイだし」
「にしても、呪いだなんて……どう考えてもあの人のはストレス――」
「サヨコちゃん」
コギトはソースのついたフォークをピッと立てて、小夜子の科白に割り込んだ。
「魔法や魔術における〈呪術〉とは異なるけど、一般人のあいだでも、〈呪い〉と呼べる現象は確かに存在する。あなたの言った『ストレス』もそのひとつ。でなきゃ誰かになにかを言われてキズついたり、立ち直れなくなったり、サイアク自殺したりなんてことは起こらない」
ただし、とコギトはつづける。
「ロポートさんのような場合、呪われているのは実は彼自身ではないのよ。だって家にいるときは平気なんだもの」
「じゃあ?」
小夜子は正直に訊いた。
「呪われているのは、職場、学校といった空間そのもの――あるいは、そこに来ているヒトたちのうちの誰か。ひとりなのか複数なのかは不明よ。ただ一つ言えるのは――」
ボロネーゼ・スパゲティの最後の一口をぺろりと食べて、コギトは結論した。
「そこは人間の育つ環境ではなくなってしまっているということね」




