呪いについて-①
「わるいわねー、サヨコちゃん。いきなりお昼さそっちゃって」
「かまわないですよ。おごりなら」
小夜子はコギトという女性と一緒に、オープンカフェの屋外席で昼食を摂っていた。
――夏の晴天の下、街に散歩に出ておなかがへってきたから中層にある家に帰ろうと、王都の大通りを歩いていた折である。
『あれー。あなた、確かあの小ナマイキな錬金術師といっしょにウチの店に来てくれた子よね? ちょうどよかった。ちょっと気になる新しいカフェができたんだけど、一人で入るのもカッコつかないから、一緒に来てよ。ねっ、おねがーい』
と手を合わせて懇願されて、小夜子は相手のおごりだと知るなりついていった。
――小夜子のいるここ、フィーロゾーフィア国の王都は、雲の上に浮かぶ島にある。
しかし外縁部をめぐる一本道の大通りからおがむ景色――地平線がなく、無限に広がる空――そして上空にただよう〈スペース・コイル〉と呼ばれる緑の神秘の石(〈渡煌石〉という)のつくる輝きの帯――以外には、特筆すべきところはない。
切り石やレンガ、スレートや瓦を建材とする、中世ヨーロッパ風の街並に、ただよう空気はただひとこと『のどか』に尽きる。
日本ではついぞ得られなかった安閑を、小夜子はこちらに来てから存分に味わっている。
そのために「帰りたくない」という気持ちにもなるのだが、日本に残してきた母親のことが気がかりになることも、最近は――ある。
「うーん、前評判で聞いていたほどのおいしさはないわね」
コギトはトンガリ帽子を三つ編みのヘアスタイルの上にかぶせたまま、注文したボロネーゼを批評した。
小夜子はなにをたのんだらいいかサッパリだったので、無難なところでえらんだミックスサンドを食べつつ返す。
「そうですか? このハムとタマゴのサンドイッチ、すごくおいしいですよ?」
「ホント?」
「あげませんけど」
「そーよねー」
セットでたのんでいたコーヒーを、コギトはメガネをくもらせながらすする。
と、チラ、と通りを行く人がコギトを見た。
一度、二度。
たしかに、コギトの衣装は目立つ。
いかにも魔法使いといった風情のトンガリ帽子に、黒のローブ。下はシャツとジーンズといったフツウのルックスだが、いかんせん上着が彼女の職業のすべてをものがたっている。
コギトは魔法使いなのだ。
ローブの裾にかくし持っている杖をひとふりして、妖精をあやつり一軒家をまたたくまにキレイにしてしまったことは、小夜子の記憶に新しい。
「あのー」
何度もコギトを見ていた男が、のびっぱなしの黒い前髪の下から、ドンヨリと濁った瞳をのぞかせて言った。
「そちらのかた、魔法使いさんですか?」
「えーえー」
コギトはコーヒーを置いて、やってきた男に答える。得意の営業スマイルと、営業用の口調で。
「このまえまで魔法を使ったハウスクリーニングをしていました。でもなんやかんやあって今は無職です。無職の魔法使いになにか?」
(ケンカ売ってるのかなあ……)
コギトのひらきなおったような、ヤケクソのような自己紹介に、小夜子は他人事ながらヒヤヒヤする。
男は特に気にしたふうもなく。
「じゃあ、呪いとかにもくわしいですか?」
「もちろんです。悪魔の使役なんておちゃのこさいさい。ただし、呪いの代行はかなり値が張りますよ。骨折以上のケガを所望なら一千万から、事故死に見せかけたいなら億はくだりません。個人的にはタンスの角で足の小指をぶつけるとか、ガラス戸を閉めるときにツメを立てちゃってイヤな感触と音がするとか、ごはんを食べてるときに思いきり下唇かんじゃって血が出るとかくらいがちょうどいいかと思います。これなら四百から千グロリスでの低価格で仕返しができますし、ご利用者のかたのうち3パーセントが大満足かもしれないと証言しようとしてくれていますので」
うさんくさい通販のCMでも聞かされている目付きになって、男。
「魔法使いさん、お時間があるなら、すこしだけ私の話を聞いてほしいんです。報酬もお支払いします」
「えー? 内容にもよりますねえ」
「でもコギトさん、時間はありあまってるじゃないですか。聞くだけ聞いてあげたらどうです? わたしは無関係決めこんで一人おいしく食事してますんで」
「……うーん。じゃ、お兄さん、こっちどうぞ」
コギトはだれも使っていないテーブルからイスをひとつ引っぱって、男のための席をつくった。
「恐縮です」
男が頭を下げてイスに座る。
夏なのに長袖のシャツに、よれよれのカーゴパンツといった服装だった。としはコギトとそう変わらない、ニ十才くらいなのだろうが、睡眠不足か体調不良か――もしくはその両方――目の下に濃いシワができていて、もう十年は老けて見える。
「とつぜんですみません。お食事中のところ……魔法使いなんてこの国ではめったに会えなくって、声をかけるなら今しかないと思ったものですから。ああ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。私はロポートといいます」
「ロポートさんね。あたしはコギト・E・スム。こっちは友達のサヨコちゃん。それで、あたしに相談したいことっていうのは?」
男――ロポートは、シワクチャのズボンの上で、血の気のない色の手を握りしめた。
「実は……私は、呪われているんです」




