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フィーロゾーフィア  作者: とり
第23話 呪(のろ)いについて
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呪いについて-①

 




「わるいわねー、サヨコちゃん。いきなりお(ひる)さそっちゃって」


「かまわないですよ。おごりなら」


 小夜子(さよこ)はコギトという女性と一緒(いっしょ)に、オープンカフェの屋外(おくがい)席で昼食を()っていた。


 ――夏の晴天(せいてん)の下、(まち)に散歩に出ておなかがへってきたから中層にある家に帰ろうと、王都の大通りを歩いていた(おり)である。


『あれー。あなた、確かあの()ナマイキな錬金術師といっしょにウチの店に来てくれた子よね? ちょうどよかった。ちょっと気になる新しいカフェができたんだけど、一人で入るのもカッコつかないから、一緒に来てよ。ねっ、おねがーい』

 と手を合わせて懇願(こんがん)されて、小夜子は相手のおごりだと知るなりついていった。


 ――小夜子のいるここ、フィーロゾーフィア国の王都は、雲の上に浮かぶ島にある。


 しかし(がい)(えん)部をめぐる一本(いっぽん)道の大通りからおがむ景色(けしき)――地平線がなく、無限に広がる(そら)――そして上空にただよう〈スペース・コイル〉と呼ばれる緑の神秘の石(〈渡煌石(とこうせき)〉という)のつくる輝きの(おび)――以外には、特筆すべきところはない。


 切り石やレンガ、スレートや(かわら)を建材とする、中世ヨーロッパ風の街並に、ただよう空気はただひとこと『のどか』に()きる。


 日本(にほん)ではついぞ得られなかった安閑(あんかん)を、小夜子はこちらに来てから存分に味わっている。


 そのために「帰りたくない」という気持ちにもなるのだが、日本に残してきた母親のことが気がかりになることも、最近は――ある。


「うーん、前評判(まえひょうばん)で聞いていたほどのおいしさはないわね」


 コギトはトンガリ帽子を三つ編みのヘアスタイルの上にかぶせたまま、注文したボロネーゼを批評した。


 小夜子はなにをたのんだらいいかサッパリだったので、無難(ぶなん)なところでえらんだミックスサンドを食べつつ返す。


「そうですか? このハムとタマゴのサンドイッチ、すごくおいしいですよ?」


「ホント?」


「あげませんけど」


「そーよねー」


 セットでたのんでいたコーヒーを、コギトはメガネをくもらせながらすする。


 と、チラ、と通りを行く人がコギトを見た。

 (いち)度、()度。


 たしかに、コギトの衣装(いしょう)は目立つ。

 いかにも魔法使いといった風情(ふぜい)のトンガリ帽子(ぼうし)に、黒のローブ。下はシャツとジーンズといったフツウのルックスだが、いかんせん上着が彼女の職業のすべてをものがたっている。


 コギトは魔法使いなのだ。


 ローブの(すそ)にかくし持っている(ステッキ)をひとふりして、妖精をあやつり一軒家(いっけんや)をまたたくまにキレイにしてしまったことは、小夜子の記憶に新しい。


「あのー」


 何度もコギトを見ていた男が、のびっぱなしの黒い前髪の下から、ドンヨリと(にご)った瞳をのぞかせて言った。


「そちらのかた、魔法使いさんですか?」


「えーえー」


 コギトはコーヒーを置いて、やってきた男に答える。得意の営業スマイルと、営業用の口調(くちょう)で。


「このまえまで魔法を使ったハウスクリーニングをしていました。でもなんやかんやあって今は無職です。無職の魔法使いになにか?」


(ケンカ売ってるのかなあ……)


 コギトのひらきなおったような、ヤケクソのような自己紹介に、小夜子は他人事ながらヒヤヒヤする。


 男は特に気にしたふうもなく。


「じゃあ、(のろ)いとかにもくわしいですか?」


「もちろんです。悪魔の使役(しえき)なんておちゃのこさいさい。ただし、呪いの代行(だいこう)はかなり()が張りますよ。骨折(こっせつ)以上のケガを所望(しょもう)なら一千万(いっせんまん)から、事故死(じこし)に見せかけたいなら(おく)はくだりません。個人的にはタンスの(かど)で足の小指をぶつけるとか、ガラス()を閉めるときにツメを立てちゃってイヤな感触(かんしょく)と音がするとか、ごはんを食べてるときに思いきり下唇(したくちびる)かんじゃって血が出るとかくらいがちょうどいいかと思います。これなら四百から千グロリスでの低価格で仕返しができますし、ご利用者のかたのうち3パーセントが大満足かもしれないと証言しようとしてくれていますので」


 うさんくさい通販のCMでも聞かされている目付きになって、男。


「魔法使いさん、お時間があるなら、すこしだけ私の話を聞いてほしいんです。報酬(ほうしゅう)もお支払いします」


「えー? 内容にもよりますねえ」


「でもコギトさん、時間はありあまってるじゃないですか。聞くだけ聞いてあげたらどうです? わたしは無関係()めこんで一人(ひとり)おいしく食事してますんで」


「……うーん。じゃ、お兄さん、こっちどうぞ」


 コギトはだれも使っていないテーブルからイスをひとつ引っぱって、男のための席をつくった。


恐縮(きょうしゅく)です」


 男が頭を下げてイスに座る。


 夏なのに長袖(ながそで)のシャツに、よれよれのカーゴパンツといった服装だった。としはコギトとそう変わらない、ニ十才くらいなのだろうが、睡眠(すいみん)不足か体調不良か――もしくはその両方――目の下に()いシワができていて、もう十年は()けて見える。


「とつぜんですみません。お食事中のところ……魔法使いなんてこの国ではめったに会えなくって、声をかけるなら今しかないと思ったものですから。ああ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。私はロポートといいます」


「ロポートさんね。あたしはコギト・E(イー)・スム。こっちは友達のサヨコちゃん。それで、あたしに相談したいことっていうのは?」


 男――ロポートは、シワクチャのズボンの上で、血の()のない色の手を(にぎ)りしめた。


(じつ)は……私は、(のろ)われているんです」






 

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