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フィーロゾーフィア  作者: とり
第20話 夏休みについて
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夏休みについて-⑤

 




 『エチカ商店』の一階(いっかい)に下りた小夜子(さよこ)たちは、大通りに出てミルの乗りものと対面した。


「あっ! これ! これですよ! わたしが帰ってくる時に見たUFO! これにアリサたちがさらわれたんです!」


 ガラスのドームをフタとする、短い土管(どかん)型のコックピット。

 すでにアームは収納されてしまっているものの、土管部分から伸びてきたマジック・ハンドのインパクトはまだ小夜子の記憶にあざやかだ。


「ははーん、一人(ひとり)用の浮遊艇(ふゆうてい)にムリヤリ三人のせたから、動力(どうりょく)コアがイカレちゃったってわけね」


「おそらくな。ったく、レンキンジュツの勉強する言うて出てったクセに、カンジンの術がこーゆー時に使えへんなんて、ヘッポコな奴らやで!」


 ミルは(とな)りに立たせている娘と息子をにらんだ。

 アリサはムッと(ほお)をふくらませ、テレサは眉間(みけん)にシワを寄せて言い返す。


「しょーがないだろ! (つえ)がないんだもん!」

「コンジョーでなんとかせんかい! 根性で!」

「ムチャクチャ言ってるわね」


 エチカは(かた)をすくめ、小夜子(さよこ)一階(いっかい)のカウンターに置いていた錬金術師の杖を取って来させた。


 小夜子(さよこ)は急ぎ足に店に入り、(なが)テーブルに立てかけてあったエチカ愛用の長杖(ロッド)を取って、駆け戻る。


「ありがと」

 エチカが受け取ると、杖の先端の石は〈(ニグレド)〉から〈(ルベド)〉に変わった。これは〈エーテル(せき)〉と呼ばれる神秘の宝石で、この世界における錬金術は、エーテル石と大気中にただよう〈プネウマ〉という微粒子(びりゅうし)媒体(ばいたい)を反応させることによって発動する。


 腕の立つ者であれば、杖なしでも錬金術を使うことができるし、エチカはそういう芸当をこともなげにやってしまえる英才だが、この場では杖を使うことに決めたらしい。


(なんだかんだで、アリサとテレサを大事にしてますよねー)


 UFO(もはや持ち主が確認できたので未確認飛行物体(unidentified flying object)ではないが、便宜上(べんぎじょう)そう呼ぶことにする)を道路に横倒しにして――なにをどうやったのか、杖を当てると意志を持ったように乗り物が倒れたのだ――エチカは土管にもぐり込み、カチャカチャやったかと思うと、手のひらにおさまるサイズの丸いアクセサリーめいたユニットを持って出てくる。


「ヒビ入ってるじゃない。安物(やすもの)使ってんじゃないの?」

「ほざけ。天然(てんねん)もののオリハルコンなんざ、こんな大量生産品に使えるかっ。文句(もんく)あるならそんなチンケな人工鉱石作った術師に言えや」

「あいにくと三流に関わってやるヒマはないんでね。ほら、サヨコ」


 エチカがポイッと金属片に(おお)われた琥珀(こはく)色の鉱石を投げ渡す。

 小夜子は両手で受け止めた。ものものしいパーツの組み合わさった中心に、球形に加工された浮遊の(かなめ)オリハルコンが、心臓のように脈打(みゃくう)っている。


 ボンヤリとながめる黒髪の少女に、エチカが言う。


「よく見ておきなさい。いくら人工物(じんこうぶつ)っていっても、そいつは一般人(いっぱんじん)ではめったにお目に掛かれないシロモノでね。次はいつ見られるか分からないわよ」


 小夜子はしかし、ただ見つめていることしかできなかった。ヘタに(さわ)って、オリハルコンに入った亀裂(きれつ)をひろげてしまったらと危惧(きぐ)したし、周囲の機構を壊すのもおそれたからだ。


「……キレイですね」

「そうね」

 小夜子(さよこ)の感想にエチカはうなずいた。


 小夜子が返すと、片手に持って、杖の先端を当てる――

「っと、その前に。直すには直すけど、ちょっとイジるわよ。三人で乗っていくんでしょ? 私独自(どくじ)の改良になるから、一応(いちおう)許可が欲しいんだけど」

「違法な改造になれへんねやったら構わん。(はよ)してくれ」

「言ったわね?」


 エチカはひっそりと微笑(ほほえ)んだ。

 邪悪に(ゆが)口元(くちもと)に、小夜子は察する。


(あ、なんかヤな予感)

 思っているあいだに、エチカが杖の石を軽く装置に当てた。


 カチカチカチカチ。


 まるで生命を持った立体パズルのように、機械部分が動いて、配線やバルブの位置、本数を編成する。


 最後に、肝心(かんじん)のオリハルコンの傷がキレイに無くなってることを確認して、エチカは依頼者の男――ミルに見せた。


「終わったわよ。これでいいわね?」


「まあ、ヒビは無くなっとるな。あとはホバービークルが動けば文句ないけど」


「え、エチカさまあ……」

 半泣きになったアリサが、(うら)めし気にエチカを見つめている。


 テレサも同じような表情で、エチカを見上げていた。

「なんで直しちゃうんだよお……」


「んなカオしないでよ。今生(こんじょう)の別れってわけでもないんだからさ。休暇(きゅうか)が明けりゃ、またこっちに来れるわよ」


 言いながら、直した浮遊装置を元の位置に設置するエチカ。出て来たところを、アリサが追及(ついきゅう)した。

「なにをコンキョにそんな楽観的な……」


 メソメソしている二人(ふたり)の肩を、バシンバシンと父親が(たた)く。


「なんや、アリサもテレサも知らんのかいな! 夏休みっちゅーんは、もともと学生が実家の手伝いするために(もう)けられた帰省(きせい)期間なんや。農家の繁忙期(はんぼうき)やからなー。まあ、ワシらは農家ちゃうけど。(いそが)しいんは同じや」

「せっかくの夏休みですのに……遊べそうにないなんて」

「うっ……うっ……友達と海に行く約束してたのに……」


 ポロポロこぼれる涙をぬぐうこともできず(ロープで(しば)られているために)、テレサはただただ鼻をすする。


「ああ、あと、ワシは夏休み終わったところでお前ら王都に帰す気は無いからな。学校には商都から船で(かよ)え。ほんで帰ってきたら店の手伝い。決まりな。えーと、それから、そうそう、成人式には絶対出なあかんで!」


 ええー! と声をあげる双子の姉弟に、小夜子(さよこ)は黒い(まなこ)(またた)かせた。


「フィーロゾーフィアって、十四才で成人なんですか? わたしも出た方がいいでしょうか。ってゆーか出れる?」

「なにを言ってますのサヨコ。フィーロゾーフィアにおける成人年齢は、十七才ですわ」


 アリサの注釈(ちゅうしゃく)に、小夜子は「えっ」と目を丸くした。


「ボクたち十七才だよ。いくつだと思ってたのさ」

「それは……その……二人(ふたり)とも、てっきりわたしと同い年かと……」

「そんなわけないでしょう。まあ、若く見られるのは悪い気はしませんが」

「しょーがないか。ボクかわいいもん」

「オラ! ごちゃごちゃ言うてんと早よ乗り!」


 (なわ)(はし)を引っぱられ、(しぶ)るのをムリヤリUFOに詰め込まれて、アリサとテレサはいよいよ囚人(しゅうじん)めいていた。


 最後にミルが乗り込んで、UFO――ホバービークルと彼は言っていた――の操縦桿(そうじゅうかん)を握り、キャノピを閉める。


 ウィイイン。


 静かな駆動(くどう)音をあげて、ホバービークルは石畳(いしだたみ)の地面に砂埃(すなぼこり)のわだちを作り、浮かび上がった。


 白い雲がそこかしこにただよう青い空に、フヨンフヨンフヨンと飛んでいく。


 小夜子とエチカは、スピノザの父子を乗せた浮遊艇が小さくなっていくのを見送った。


「よかったんですか? アリサとテレサ、行かせちゃって」

「いいのよ。どーせ休みが終わるころには帰ってくるわ。ひょっとすると、それより早く戻ってこれるかもね」


 自信たっぷりに言って伸びをするエチカに、小夜子は胡乱(うろん)な顔をした。


「さっき動力(どうりょく)コアを触った時、わざと壊れるようにしたんじゃないですよね?」

「んなアコギなマネしないわよ。他の技術者じゃ直せないよーにしただけ。またマシンにトラブルがあった時に、こっちの言い()で直してやれるようにね」

「外部の会社に自社のコンピュータのシステムを一任(いちにん)する企業に対するのと同じ系統の恐怖を感じます」

「そう。もはやミルの破滅も破産も私の思いのまま」


 白い太陽光に輝く夏の青空に両腕を広げて、悪の総大将よろしくエチカは(のたま)う。

 彼女の横から、小夜子(さよこ)は刺すように()(みず)を浴びせた。


「クレームがきたら交渉(こうしょう)するつもりなんですね。アリサとテレサがまた王都に住めるように。お金ももらってなかったもの」

「つまんないヤツねー。大人(おとな)しく(だま)されときなさいよ」


 肩を落としてエチカは小夜子に詰め寄った。

 小夜子はなにもない天空を見つめたまま、


「毎年こんなかんじだったんですか?」

「ここまで強引(ごういん)なのは初めてね。成人式ってのもあるんだろうけど、いいかげん(さみ)しくなってきたのかもねー」

「そんなもんですか」


 故郷に残す形となった母親を、小夜子はほんのわずかな時間、想った。

 が、(かぶり)を振って、かすかに生まれた逡巡(しゅんじゅん)払拭(ふっしょく)する。


 自分はこの世界で生きていくのだ。


 生きていきたいのだ。


「んじゃ、私たちも家に戻りましょうか。(かく)ゲーするんでしょ?」

「そういえばそうでしたね。コテンパンにしてやりますよお!」

「あんた威勢(いせい)だけは良いわよね」


 (なか)(あき)れながらエチカは一階(いっかい)玄関(げんかん)ドアをくぐり、小夜子も中に入っていった。



 格闘ゲームはドローだった。

 お(たが)いにヘタっぴのタコケンで、プレイヤースキルが同レベル(どっこいどっこい)だったのだ。






 

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