夏休みについて-⑤
『エチカ商店』の一階に下りた小夜子たちは、大通りに出てミルの乗りものと対面した。
「あっ! これ! これですよ! わたしが帰ってくる時に見たUFO! これにアリサたちがさらわれたんです!」
ガラスのドームをフタとする、短い土管型のコックピット。
すでにアームは収納されてしまっているものの、土管部分から伸びてきたマジック・ハンドのインパクトはまだ小夜子の記憶にあざやかだ。
「ははーん、一人用の浮遊艇にムリヤリ三人のせたから、動力コアがイカレちゃったってわけね」
「おそらくな。ったく、レンキンジュツの勉強する言うて出てったクセに、カンジンの術がこーゆー時に使えへんなんて、ヘッポコな奴らやで!」
ミルは隣りに立たせている娘と息子をにらんだ。
アリサはムッと頬をふくらませ、テレサは眉間にシワを寄せて言い返す。
「しょーがないだろ! 杖がないんだもん!」
「コンジョーでなんとかせんかい! 根性で!」
「ムチャクチャ言ってるわね」
エチカは肩をすくめ、小夜子に一階のカウンターに置いていた錬金術師の杖を取って来させた。
小夜子は急ぎ足に店に入り、長テーブルに立てかけてあったエチカ愛用の長杖を取って、駆け戻る。
「ありがと」
エチカが受け取ると、杖の先端の石は〈黒〉から〈赤〉に変わった。これは〈エーテル石〉と呼ばれる神秘の宝石で、この世界における錬金術は、エーテル石と大気中にただよう〈プネウマ〉という微粒子の媒体を反応させることによって発動する。
腕の立つ者であれば、杖なしでも錬金術を使うことができるし、エチカはそういう芸当をこともなげにやってしまえる英才だが、この場では杖を使うことに決めたらしい。
(なんだかんだで、アリサとテレサを大事にしてますよねー)
UFO(もはや持ち主が確認できたので未確認飛行物体(unidentified flying object)ではないが、便宜上そう呼ぶことにする)を道路に横倒しにして――なにをどうやったのか、杖を当てると意志を持ったように乗り物が倒れたのだ――エチカは土管にもぐり込み、カチャカチャやったかと思うと、手のひらにおさまるサイズの丸いアクセサリーめいたユニットを持って出てくる。
「ヒビ入ってるじゃない。安物使ってんじゃないの?」
「ほざけ。天然もののオリハルコンなんざ、こんな大量生産品に使えるかっ。文句あるならそんなチンケな人工鉱石作った術師に言えや」
「あいにくと三流に関わってやるヒマはないんでね。ほら、サヨコ」
エチカがポイッと金属片に覆われた琥珀色の鉱石を投げ渡す。
小夜子は両手で受け止めた。ものものしいパーツの組み合わさった中心に、球形に加工された浮遊の要オリハルコンが、心臓のように脈打っている。
ボンヤリとながめる黒髪の少女に、エチカが言う。
「よく見ておきなさい。いくら人工物っていっても、そいつは一般人ではめったにお目に掛かれないシロモノでね。次はいつ見られるか分からないわよ」
小夜子はしかし、ただ見つめていることしかできなかった。ヘタに触って、オリハルコンに入った亀裂をひろげてしまったらと危惧したし、周囲の機構を壊すのもおそれたからだ。
「……キレイですね」
「そうね」
小夜子の感想にエチカはうなずいた。
小夜子が返すと、片手に持って、杖の先端を当てる――
「っと、その前に。直すには直すけど、ちょっとイジるわよ。三人で乗っていくんでしょ? 私独自の改良になるから、一応許可が欲しいんだけど」
「違法な改造になれへんねやったら構わん。早してくれ」
「言ったわね?」
エチカはひっそりと微笑んだ。
邪悪に歪む口元に、小夜子は察する。
(あ、なんかヤな予感)
思っているあいだに、エチカが杖の石を軽く装置に当てた。
カチカチカチカチ。
まるで生命を持った立体パズルのように、機械部分が動いて、配線やバルブの位置、本数を編成する。
最後に、肝心のオリハルコンの傷がキレイに無くなってることを確認して、エチカは依頼者の男――ミルに見せた。
「終わったわよ。これでいいわね?」
「まあ、ヒビは無くなっとるな。あとはホバービークルが動けば文句ないけど」
「え、エチカさまあ……」
半泣きになったアリサが、恨めし気にエチカを見つめている。
テレサも同じような表情で、エチカを見上げていた。
「なんで直しちゃうんだよお……」
「んなカオしないでよ。今生の別れってわけでもないんだからさ。休暇が明けりゃ、またこっちに来れるわよ」
言いながら、直した浮遊装置を元の位置に設置するエチカ。出て来たところを、アリサが追及した。
「なにをコンキョにそんな楽観的な……」
メソメソしている二人の肩を、バシンバシンと父親が叩く。
「なんや、アリサもテレサも知らんのかいな! 夏休みっちゅーんは、もともと学生が実家の手伝いするために設けられた帰省期間なんや。農家の繁忙期やからなー。まあ、ワシらは農家ちゃうけど。忙しいんは同じや」
「せっかくの夏休みですのに……遊べそうにないなんて」
「うっ……うっ……友達と海に行く約束してたのに……」
ポロポロこぼれる涙をぬぐうこともできず(ロープで縛られているために)、テレサはただただ鼻をすする。
「ああ、あと、ワシは夏休み終わったところでお前ら王都に帰す気は無いからな。学校には商都から船で通え。ほんで帰ってきたら店の手伝い。決まりな。えーと、それから、そうそう、成人式には絶対出なあかんで!」
ええー! と声をあげる双子の姉弟に、小夜子は黒い眼を瞬かせた。
「フィーロゾーフィアって、十四才で成人なんですか? わたしも出た方がいいでしょうか。ってゆーか出れる?」
「なにを言ってますのサヨコ。フィーロゾーフィアにおける成人年齢は、十七才ですわ」
アリサの注釈に、小夜子は「えっ」と目を丸くした。
「ボクたち十七才だよ。いくつだと思ってたのさ」
「それは……その……二人とも、てっきりわたしと同い年かと……」
「そんなわけないでしょう。まあ、若く見られるのは悪い気はしませんが」
「しょーがないか。ボクかわいいもん」
「オラ! ごちゃごちゃ言うてんと早よ乗り!」
縄の端を引っぱられ、渋るのをムリヤリUFOに詰め込まれて、アリサとテレサはいよいよ囚人めいていた。
最後にミルが乗り込んで、UFO――ホバービークルと彼は言っていた――の操縦桿を握り、キャノピを閉める。
ウィイイン。
静かな駆動音をあげて、ホバービークルは石畳の地面に砂埃のわだちを作り、浮かび上がった。
白い雲がそこかしこにただよう青い空に、フヨンフヨンフヨンと飛んでいく。
小夜子とエチカは、スピノザの父子を乗せた浮遊艇が小さくなっていくのを見送った。
「よかったんですか? アリサとテレサ、行かせちゃって」
「いいのよ。どーせ休みが終わるころには帰ってくるわ。ひょっとすると、それより早く戻ってこれるかもね」
自信たっぷりに言って伸びをするエチカに、小夜子は胡乱な顔をした。
「さっき動力コアを触った時、わざと壊れるようにしたんじゃないですよね?」
「んなアコギなマネしないわよ。他の技術者じゃ直せないよーにしただけ。またマシンにトラブルがあった時に、こっちの言い値で直してやれるようにね」
「外部の会社に自社のコンピュータのシステムを一任する企業に対するのと同じ系統の恐怖を感じます」
「そう。もはやミルの破滅も破産も私の思いのまま」
白い太陽光に輝く夏の青空に両腕を広げて、悪の総大将よろしくエチカは宣う。
彼女の横から、小夜子は刺すように冷や水を浴びせた。
「クレームがきたら交渉するつもりなんですね。アリサとテレサがまた王都に住めるように。お金ももらってなかったもの」
「つまんないヤツねー。大人しく騙されときなさいよ」
肩を落としてエチカは小夜子に詰め寄った。
小夜子はなにもない天空を見つめたまま、
「毎年こんなかんじだったんですか?」
「ここまで強引なのは初めてね。成人式ってのもあるんだろうけど、いいかげん淋しくなってきたのかもねー」
「そんなもんですか」
故郷に残す形となった母親を、小夜子はほんのわずかな時間、想った。
が、頭を振って、かすかに生まれた逡巡を払拭する。
自分はこの世界で生きていくのだ。
生きていきたいのだ。
「んじゃ、私たちも家に戻りましょうか。格ゲーするんでしょ?」
「そういえばそうでしたね。コテンパンにしてやりますよお!」
「あんた威勢だけは良いわよね」
半ば呆れながらエチカは一階の玄関ドアをくぐり、小夜子も中に入っていった。
格闘ゲームはドローだった。
お互いにヘタっぴのタコケンで、プレイヤースキルが同レベルだったのだ。




