夏休みについて-③
「ひょっとして……」
突然の闖入者たる黒ヒゲの男を、小夜子は見やった。
「お父さまっていうのは……アリサとテレサのお父さんっていう意味ですか?」
「他にどんな意味があるんだよお!」
テレサが縛られたまま、わーんと嘆く。
その情けなくも少女じみた愛らしさのあるテレサの面差しに、残念ながら目のまえの男との遺伝的なつながりを見出すことはできなかった。
アリサのほうは、もっとである。
小夜子のなかに、ハッとひらめきが奔る。それを先読みしてか、アリサが割り込んだ。
「いちおう言っておきますけど、実父ですわよ。わたくしたちは母親似なのですわ」
「よかったですねー、父親に似なくて」
小夜子はしみじみといった。
よく言われることなのか、アリサとテレサはうりふたつの顔を見合わせて嘆息する。
「初対面のクセして好き勝手ホザきよってからに、なんこのケッタクソわるいガキは!」
小夜子にツバを飛ばしてから、男はエチカに向き直った。
「まさかおまえウチのどーでもいいせがれとメタクソかわいい愛娘のほかにもたぶらかしよったんか!?」
商人風のチョッキとチュニック、ゆったりとしたズボンに包んだ太っちょのからだを、突進しそうないきおいで男は前進させる。
エチカは、この男――アリサとテレサの父親を、ムシしないことに決めたようだ。
窓枠にかけていた足を下ろし、床におりて、クルリと振りかえる。
金色の長い髪がひるがえった。
黒い男がクマだとすれば、さしづめエチカは獅子である。
獰猛な気配を二人から感じて、小夜子はうしろに退がった。
アリサとテレサも、父親から可能なかぎり距離をおこうと後退する。
二人とも連行される囚人みたいに、ぐるぐる巻きになった体からのびるロープを、父親の手に握られていた。
「おあいにくさま、そいつはなりゆきでウチに雇い入れているだけのバイトよ。にしても、いきなり来て人ん家のドアぶち抜くなんて、どーゆー了見なのかしら、ミル」
「うっさい! 『さん』をつけろやこのクソアマ! 年上に対する礼儀っちゅーもんがあるやろがい!! どーゆー教育うけてきたんや!!」
「すくなくとも他人の家のものをいきなり壊した挙句わめき散らすような人間よりかはマトモな教育をうけてきたわね」
「口のへらへんやっちゃでホンマに!!」
男――ミルはブウンと脂肪だらけの腕をひと振りすると、ぜーぜー肩で息をした。
どうやらここに来るまでにも、かなり体力を消耗していたらしい。
「エチカ、この人は……」
とにもかくにも、スピノザきょうだいの父でありミルという名前であるのは分かったものの、エチカに対して剣幕なのは不明である。
もっとも、彼女の性格をかんがみれば、どこで恨みを買っていようとも不思議はないのだが。
エチカはフンとアゴをしゃくる。
「ミル・スピノザ。既に知ってのとおり、そこの双子ちゃんの父親であり、〈マッカーリモ〉っていう商都を拠点とする大商人よ。かなりの富豪で、商都近郊の町くらいでなら知らない者はいないんじゃないかしら。とーぜん、その子供たちについてもね」
「えっ、じゃあ、アリサもテレサも有名人?」
「……あの島では、ですわ」
アリサがふてくされたように呟いた。
豪商ミルが、ぶっとい腕を組んでハン! とトクイ気に胸を反らす。
「せや! マッカーリモ一の大商人ミル・スピノザとはワシのことや! ほんでうしろにおるんはウチの跡取り兼カンバン娘にカンバン息子! なのにこいつらと来たら、どこのウマのホネとも知れん、ケッタイな術つかうしょーもないオンナにコロッとだまされよって! 『商人じゃなくて錬金術師になりたい!』なんてタンカ切って出て行きよってからに! ホンマどーしよーもないで!」
「いいじゃないの、子供たちが自分の道を自分で見つけたってことなんだから。祝福こそすれアンタみたいに『しょーもない』なんて切り捨てる道理はないわ」
「うるっさい! だまれアホ! 大体テレサはともかくなんでアリサまでおまえのこと慕って家出なんかせなあかんねん! アリサは女の子やねんぞ!」
「お父さま、愛はそれほどまでに偉大なのですわ」
「生産性のないやっちゃで……」
「お父さん、今時それは通用しない考えかただよ」
テレサがひかえめに水を差し、案の定ミルは「じゃかあしい!」と一喝くれて、だまらせた。
小夜子はコソコソとエチカのほうに寄っていって、
「えっと、つまり?」
「何年かまえに、マッカーリモに錬金術の材料を買いに行ったのよ。貴重な鉱物で、当時はそこでしかあつかってなかった。で、行ってみたはいいんだけど、島の浮遊機構にトラブルがあったみたいでね。現地の錬金術師たちがてんやわんや。オリハルコンのあつかいに手を焼いてたの」
「オリハルコンっていうのが、その浮遊機構っていうのの肝かなにかだったんですか?」
「そ。で、私を見つけるなり――〈赤〉(※錬金術師として最高位の者のみが持てる色)の杖をひっさげてったから――職員に泣きつかれてね。どうも商都でかかえてる人材じゃ、機構の修理もできないし、応援を呼んでも来るまでに下降がはじまっちゃうってんで、なんとかしてください報酬は言い値でけっこうです、といわけで、こころよく引き受けたのよ。十分でかたづけたわ」
フフンとエチカが両の手のひらを肩の高さまで上げてジマンする。
ミルはドスンと床を踏み抜く調子で足を鳴らし、拳をかためて怒号した。
「せやからて××兆グロリスは請求しすぎやろ! 国家予算しらべてからもの言えや! それは払えませんて職員が拒否ったらほんなら一番デカイ店にある品物ほしいだけよこせ言う! おかげでウチの店はカラッポや! もっぺん商品そろえんのにどんだけかかった思てんねん! どんだけあちこち頭下げたおした思とんねや!」
「景って言わなかっただけ親切でしょ。あと知らないわよアンタの苦労なんて」
グローブをつけたまま自分の耳の穴に小指を突っこんでほじくるエチカ。
フッと出てきた耳垢を吹く。




