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フィーロゾーフィア  作者: とり
第20話 夏休みについて
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夏休みについて-③

 




「ひょっとして……」

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)たる黒ヒゲの男を、小夜子(さよこ)は見やった。

「お父さまっていうのは……アリサとテレサのお父さんっていう意味ですか?」


「他にどんな意味があるんだよお!」

 テレサが(しば)られたまま、わーんと(なげ)く。


 その情けなくも少女じみた愛らしさのあるテレサの面差(おもざ)しに、残念ながら目のまえの男との遺伝(いでん)的なつながりを見出すことはできなかった。

 アリサのほうは、もっとである。


 小夜子のなかに、ハッとひらめきが(はし)る。それを先読みしてか、アリサが割り込んだ。

「いちおう言っておきますけど、実父(じっぷ)ですわよ。わたくしたちは母親似なのですわ」


「よかったですねー、父親に似なくて」

 小夜子はしみじみといった。


 よく言われることなのか、アリサとテレサはうりふたつの顔を見合わせて嘆息(たんそく)する。


初対面(しょたいめん)のクセして好き勝手ホザきよってからに、なんこのケッタクソわるいガキは!」


 小夜子にツバを飛ばしてから、男はエチカに向き直った。


「まさかおまえウチのどーでもいいせがれとメタクソかわいい愛娘(まなむすめ)のほかにもたぶらかしよったんか!?」


 商人(ふう)のチョッキとチュニック、ゆったりとしたズボンに(つつ)んだ太っちょのからだを、突進しそうないきおいで男は前進させる。


 エチカは、この男――アリサとテレサの父親を、ムシしないことに決めたようだ。

 窓枠(まどわく)にかけていた足を下ろし、床におりて、クルリと振りかえる。


 金色の長い髪がひるがえった。

 黒い男がクマだとすれば、さしづめエチカは獅子(しし)である。


 獰猛(どうもう)な気配を二人(ふたり)から感じて、小夜子はうしろに退()がった。


 アリサとテレサも、父親から可能なかぎり距離をおこうと後退する。

 二人(ふたり)とも連行される囚人(しゅうじん)みたいに、ぐるぐる巻きになった体からのびるロープを、父親の手に(にぎ)られていた。


「おあいにくさま、そいつはなりゆきでウチに(やと)()れているだけのバイトよ。にしても、いきなり来て人ん()のドアぶち抜くなんて、どーゆー了見(りょうけん)なのかしら、ミル」


「うっさい! 『さん』をつけろやこのクソアマ! 年上に対する礼儀(レーギ)っちゅーもんがあるやろがい!! どーゆー教育うけてきたんや!!」


「すくなくとも他人の家のものをいきなり壊した挙句(あげく)わめき散らすような人間よりかはマトモな教育をうけてきたわね」


(くち)のへらへんやっちゃでホンマに!!」


 男――ミルはブウンと脂肪(しぼう)だらけの腕をひと振りすると、ぜーぜー(かた)で息をした。

 どうやらここに来るまでにも、かなり体力(たいりょく)消耗(しょうもう)していたらしい。


「エチカ、この人は……」


 とにもかくにも、スピノザきょうだいの父でありミルという名前であるのは分かったものの、エチカに対して剣幕(けんまく)なのは不明である。

 もっとも、彼女の性格をかんがみれば、どこで(うら)みを買っていようとも不思議はないのだが。


 エチカはフンとアゴをしゃくる。


「ミル・スピノザ。(すで)に知ってのとおり、そこの双子ちゃんの父親であり、〈マッカーリモ〉っていう商都を拠点とする大商人よ。かなりの富豪(ふごう)で、商都近郊(きんこう)の町くらいでなら知らない者はいないんじゃないかしら。とーぜん、その子供たちについてもね」


「えっ、じゃあ、アリサもテレサも有名人?」


「……あの島では、ですわ」


 アリサがふてくされたように(つぶや)いた。


 豪商(ごうしょう)ミルが、ぶっとい腕を組んでハン! とトクイ()に胸を()らす。


「せや! マッカーリモ(いち)の大商人ミル・スピノザとはワシのことや! ほんでうしろにおるんはウチの跡取(あとと)(けん)カンバン娘にカンバン息子! なのにこいつらと来たら、どこのウマのホネとも知れん、ケッタイな術つかうしょーもないオンナにコロッとだまされよって! 『商人じゃなくて錬金術師になりたい!』なんてタンカ切って出て行きよってからに! ホンマどーしよーもないで!」


「いいじゃないの、子供たちが自分の道を自分で見つけたってことなんだから。祝福こそすれアンタみたいに『しょーもない』なんて切り捨てる道理はないわ」


「うるっさい! だまれアホ! 大体テレサはともかくなんでアリサまでおまえのこと(した)って家出(いえで)なんかせなあかんねん! アリサは女の子やねんぞ!」


「お父さま、愛はそれほどまでに偉大(いだい)なのですわ」


「生産性のないやっちゃで……」


「お父さん、今時それは通用しない考えかただよ」

 テレサがひかえめに水を差し、(あん)(じょう)ミルは「じゃかあしい!」と一喝(いっかつ)くれて、だまらせた。


 小夜子(さよこ)はコソコソとエチカのほうに寄っていって、

「えっと、つまり?」


「何年かまえに、マッカーリモに錬金術(れんきんじゅつ)の材料を買いに行ったのよ。貴重(きちょう)な鉱物で、当時はそこでしかあつかってなかった。で、行ってみたはいいんだけど、島の浮遊(ふゆう)機構(きこう)にトラブルがあったみたいでね。現地の錬金術師たちがてんやわんや。オリハルコンのあつかいに手を焼いてたの」


「オリハルコンっていうのが、その浮遊機構っていうのの(きも)かなにかだったんですか?」


「そ。で、私を見つけるなり――〈(ルベド)〉(※錬金術師として最高位の者のみが持てる色)の(つえ)をひっさげてったから――職員に泣きつかれてね。どうも商都でかかえてる人材じゃ、機構の修理もできないし、応援を呼んでも来るまでに下降(かこう)がはじまっちゃうってんで、なんとかしてください報酬(ほうしゅう)は言い()でけっこうです、といわけで、こころよく引き受けたのよ。十分(じゅっぷん)でかたづけたわ」


 フフンとエチカが両の手のひらを(かた)の高さまで上げてジマンする。


 ミルはドスンと(ゆか)()み抜く調子で足を鳴らし、(こぶし)をかためて怒号した。


「せやからて××(ちょう)グロリスは請求(せいきゅう)しすぎやろ! 国家予算しらべてからもの言えや! それは払えませんて職員が拒否(きょひ)ったらほんなら一番(いちばん)デカイ店にある品物ほしいだけよこせ言う! おかげでウチの店はカラッポや! もっぺん商品そろえんのにどんだけかかった思てんねん! どんだけあちこち頭()げたおした思とんねや!」


(けい)って言わなかっただけ親切でしょ。あと知らないわよアンタの苦労なんて」


 グローブをつけたまま自分の耳の穴に小指を突っこんでほじくるエチカ。

 フッと出てきた耳垢(みみあか)()く。





 

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