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フィーロゾーフィア  作者: とり
第20話 夏休みについて
54/139

夏休みについて-②

 



 ◇



 ぱたん。


 小夜子(さよこ)雑貨屋(ざっかや)玄関(げんかん)ドアを閉めた。

 十四才の少女である。黒くて長い髪に、黒い()の、典型(てんけい)的な日本人。


 さる悲劇から、もともといた世界とは異なる(ことわり)のはたらくこの雲の上の島にやって来たのだが、もうひと(つき)ちかくも住んでいるせいか、生活は()れたものである。


 小夜子は居候(いそうろう)している錬金術師(れんきんじゅつし)の店に帰ってきたのだった。

 店主の錬金術師の部屋に、階段をあがって向かっていく。

 彼女にノートを買いにいくようたのまれて、下層の市場(いちば)――というか商店街に出向いていたのだ。


 小柄(こがら)体躯(たいく)によく似合うワンピースのスカートが、どこかしらふわふわとたよりない足取りにあわせて、はかなく()れる。


 小夜子の表情は、心ここにあらずといった具合だった。


 バシバシ!

 格闘ゲームのサウンド・エフェクトがくぐもって聞こえてくる。


 ガチャ。

 バタン。

 トコトコ。

 トスン。

 カチ。


「をい」


 小夜子(さよこ)がまずドアをあけて、閉めて、歩いてきて、座って、ゲーム機のリセットボタンを押した。

 コントローラが有線(ゆうせん)の時代の、古いハードを使っていたのがアダとなったのだ。


 室内で一人(ひとり)でゲームをしていた、この雑貨屋の(あるじ)にして錬金術師のエチカは、金色の()刃物(はもの)みたいにすがめて、となりに正座する少女をにらみつけた。


 ちゃっかりコントローラを構えている。

 小夜子は十字(じゅうじ)キーをポチポチ押して、メニュー画面から『対戦モード』をえらんだ。


 その横顔は、ホログラフのモニターをみつめているようで、見ていない。


「エチカ、聞いてほしいことがあるんですよ」


「その前に、たのんでたノートどうしたのよ? あと(なん)でいきなり人のゲーム邪魔したわけ?」


「わたしもやってみたかったからです。そして今からあなたをコテンパンにします。あとたのまれてたブツはこれここに」


「……ありがと」


 エチカは能面(のうめん)みたいに――いつになく無感情に(くち)だけをうごかして答える小夜子(さよこ)に、不気味さを感じつつ彼女から紙袋を受け取った。


「で、話したいことって?」

 少女のすすめるままに対戦モードでゲームをすすめ、キャラクターを選択する。


 小夜子はとなりの、長い金髪に金眼(きんめ)の、ミニスカ姿が(どう)()った十八才の(あで)やかな女――そのくせ職人風なグローブを毎日欠()かさずつけている学者(はだ)――を一度(いちど)だけ横目に見て、切り出した。


「さっき帰ってくるとちゅうでアリサとテレサを見たんです。アイサツはしなかったですけど。ってゆーかできなかった」


「ああ、あの子らも夏休みにはいるもんね。おおかた二人(ふたり)でくっちゃべってて、割って(はい)()もなかったってとこでしょ?」


「いえ、(ちゅう)に浮いてたからなんです。キックボードに乗ってるような、数センチってもんじゃなくって、(そら)にガッツリ持ち上げられてたんですよ」


「はあ?」


「なかに誰か乗ってたのかは、分かりません。なんてゆーか――」


 この世界でこの表現が通用するのか? と首をかしげながらも、小夜子(さよこ)は説明した。


「あの、子供むけのアニメで、パンが主役のヒーローものって言って……わかりますか?」


「ああ、『アンパンヒーロー』ね」


「……じゃ、それで。そこに出てくる、悪い――こう、きたない感じの、触角(しょっかく)二本(にほん)()えた、黒とむらさきの(かたき)役って、いるじゃないですか。……っていうか、います?」


「バッチイマンのことね」


「ありがとうございます。で――そのバッチイマンが乗ってる、空飛ぶ乗りものってあるじゃないですか。UFO(ユーフォ―)っていうか……そこからビヨーンって()びてきた腕に、アリサとテレサはつかまってしまったんです」


「なにそれ」


「おまけにアリサがヒーローに助けを求めるがごとく『エチカ(さま)ー』なんて悲鳴(ひめい)をあげるものだから、わたしは正義のパンを生産する秘密工場の(おさ)に連絡をする足軽(あしがる)のごとく、こうして報告にやってきたというわけです。ただ(たん)に帰ってきただけってのもあるけど、ここわたしの(いえ)だし」


「私の家だっつーの。あんたはただの居候(いそうろう)


 画面はステージセレクトに変わっていた。

 荒廃(こうはい)した、サイバーパンク的な未来型都市の背景で止まっている。


「いや、ちょっと待って。あんた(いま)言ったことってホントウ? (ゆめ)を見たとかじゃなくって」


「ウソみたいだけどホントの話です。そして夢みたいだけど現実に見た話なんですよ、自分で言ってて『なに言ってんだろわたし……』とすら思うんですけど」


「…………まさか……」


 エチカはゲームのスイッチを切って、コントローラをクッションに(ほう)り出し、立ち上がった。


 クローゼットをドカッとあけて、旅行用のキャリーケースを出し、タンスをひっかきまわして服を()めていく。何日(ぶん)かは知らない。


「な、なにしてるんですか?」

 小夜子(さよこ)(ゆか)にすわったまま、エチカの突然の行動に目を()いた。


「見りゃわかるでしょ、準備よ準備」


「わたしに負けるのが怖くて遠くの山に六年ほど引きこもるつもりですか」


「このヤロー、分からないのをいいことにテキトーこきやがって。ちがうわよ! 遠くに行くのは合ってるけど、あんたが怖いんじゃなくって……とにかく、逃げるわよ!」


 エチカは言って、ハタと小夜子の目をまともに見た。

 わけが分からないという顔をしている。


(まあそれもそうか)

 頭痛をこらえる面持(おもも)ちになって、エチカはフッと顔をそらした。


「いえ、逃げるわ。私、しばらく帰ってこないから、そのあいだは好きなように過ごしててちょうだい」


「えー!? お(みせ)はどうするんですか!?」


「ああ、そうか、言ってなかったわね……」


 自分のウカツさに歯噛(はが)みしつつ、旅行ケースの上に乗ってフタをしめて、(ねん)のためバンドで(ふう)をしながら、エチカは()げた。


「ウチの店も夏休みに(はい)ってるのよ。今日だって平日なのに休みだったでしょ? 向こう三カ月ほど完全に停止させるから、その(かん)仕事はなしよ。どーぞご自由に」


「ご自由にって、お給料もとうぜん……」


「ないわね。(カネ)にこまったらギルドにでも行ってちょうだい。じゃねっ」


 エチカは二階(にかい)(まど)をガコンと押し上げて、そこから(そと)に飛び出そうと(ちから)を込めた。


 刹那(せつな)


「どおおらああ!! 来たったでえ!! インチキ錬金術師!!」


 ドガア!!


 大きな(くつ)が、部屋のドアをぶち抜いた。


 背はさほど高くない。が、横幅(よこはば)(あつ)みがある。ドワーフという種族がいれば、こんな体型だろうか。黒々としたアゴ(ひげ)に、もっさりとたくわえた口髭(くちひげ)。頭には小さな帽子(ぼうし)()せ、手にはジャラジャラ、メリケンサックの代替(だいたい)のごとく、金属の指輪を()めている。


「うう……お父さま、何度も(もう)し上げているように、エチカ様はインチキではありませんわ」


「そーだよ、お父さん。でなきゃボクたちだって、実家(じっか)おん出てこっちになんて――」


「じゃかあしいわボケ!!」


 ツバを飛ばして、アゴヒゲの男はうしろから(うった)える二人(ふたり)にがなった。


「あ、アリサ……テレサ……」


 小夜子(さよこ)はいいかげん床から立ち上がり、男のうしろに、(からだ)をロープでグルグル巻きにされてひかえる少女と少年に、声を上げた。


 少女のほうは、赤い長髪をリボンでポニーテールにした、勝ち気な()の双子の(あね)。だが、今はその気丈(きじょう)さもなりをひそめてしまっている。


 少年のほうは、短い赤毛にキャスケットをかぶった、素直そうな面差(おもざ)しの――双子の弟。


 優秀な錬金術師として、スピノザきょうだいの愛称でエチカも一目(いちもく)おいている、小夜子(さよこ)にとっては錬金術の実技や素材の採集(さいしゅう)における、たよれるセンパイにして指南(しなん)役。


 アリサ・スピノザと、テレサ・スピノザだ。


「……一歩(いっぽ)おそかったか……」


 口元(くちもと)をゆがめて(ひたい)に手を当てるエチカ。


 ドアの(はず)れた部屋。

 (しば)られてうな()れる、双子の姉弟。

 フンヌと鼻息(あら)く、窓に足をかけたままのエチカを(にら)みつける、壮年(そうねん)の男。


 四人のようすを、「え、え、え?」と交互(こうご)に見て、それでも事態(じたい)をのみこめない小夜子は、とりあえずただ(ひと)つ、分かっている事実を取りあげた。


 確かめるように。


「――お、お父さまって……?」




 

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