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フィーロゾーフィア  作者: とり
第18話 釣りについて
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釣りについて

 




「やあ。奇遇(きぐう)だね、サヨコちゃん」


 建物から出てきた少女に、オーギュストは半身(はんみ)をひねってあいさつをした。

 短い黒髪にバンダナを()いた、良質な素材(そざい)の服に身をつつんだ青年だ。


 雲の上の王国、フィーロゾーフィアの国王だが、今は市民に(ふん)しておしのびで外出中である。


 彼の手には()竿(ざお)一本(いっぽん)にぎられていた。


 メインストリートと(そら)を区切る鉄の(さく)から、ぶ厚い雲へと糸を()らしている。


 小夜子(さよこ)は下宿している雑貨屋(ざっかや)『エチカ商店』の玄関(げんかん)ドアをあけたまま、(かた)まっていた。


 長い黒髪(くろかみ)に黒い()の、十四才の少女である。

 カチューシャにワンピースといった普段着(ふだんぎ)で、、昼食でも食べに行こうかと家を出たところだった。


「なにが『奇遇だな』ですか。人ん()のまえで待ち()せしておいて」


「おいおい、人聞(ひとぎ)きわるいなあ。見てみなよ、釣りしてるだけだよ、(ぼく)あ」


 『釣り』と聞いて小夜子(さよこ)(とお)りに出ていった。

 手すりに両手を置いて、(そと)(そら)をのぞきこむ。


 足元には白い雲があるばかりだった。これをさらに(した)にいけば、(むらさき)から黒へと色と濃度(のうど)を変える、毒の蒸気(じょうき)(そう)に出る。


 白雲(しらくも)には、オーギュストの持っている釣り竿から、糸が一本(いっぽん)のびていた。

 先は雲海(うんかい)()まれて見えない。


 白い雲を凝視(ぎょうし)しながら、小夜子はオーギュストに()いた。


「雲のなかに(さかな)がいるんですか?」


「いやー、いないよ。雲の底に怪蛇(かいだ)がいる、なんて言うやつもいるけどね。エチカは見たことはないって言うし、なんもいないんだろ。あるのはロマンだけ」


 キリキリ。

 リールを()いて、オーギュストは糸を引き()げる。


 先にはルアーもエサも()(ばり)もない。

 オモチャのティーカップが糸でくくりつけてあって、カップのなかには茶色い粉末(ふんまつ)がギュッとつめ込まれていた。


 こぼれないように、(たく)みに固めてある。


「へんなの。針もなにもないんですね。それ、なんなんですか?」


「ココアパウダーだよ」


「ココアパウダー? それで雲の魚がつれるんですか?」


「だから魚はいないんだってば」


 オーギュストは苦笑(くしょう)して、また糸を雲に(しず)めた。


「こうやってね、ココアを()らして、サヨコちゃんでも釣れないかなーって、()がな一日(いちにち)まったりしてたってわけだよ」


「釣れるわけないでしょうが!! わたしをなんだと思ってんです!? いくらわたしがココア好きだからって、んなもんで釣れると思ったら大間違(おおまちが)いです! プライドくらいありますよ!」


「ははは、ごもっとも。こりゃとんだ無礼(ぶれい)をはたらいちまったい」


 オーギュストは自分の頭をペシっと(たた)いた。

 小夜子は(いか)りが()めやまない。


 クスクス。

 道行(みちゆ)く人が、二人(ふたり)を見て笑いながら通りすぎていく。


 それをながめ見たオーギュストが、


「うわっ、すげー美人! サヨコちゃん、これ持ってて! おーい、そこの美しいご婦人(ふじん)!」


 あわてて()け出し、年の(ころ)二十才ほどの女の人に声をかけた。


 女性は栗色(くりいろ)の髪をひとつに()って、質素な町人服をまとっていた。いかにも町娘(まちむすめ)という(ふう)(さい)だが、()()ふるまいに(ひん)がある。ふりかえった時に見えた表情は(はかな)く、庇護(ひご)(よく)をそそるような美しさがあった。


 女性はうしろから追い駆けてきたオーギュストに立ち止まった。まだ笑いのおさまらない声で答える。


「ごめんなさい、あんまり仲がよさそうだったので。ごきょうだいですか?」


「はあ!? ジョーダンじゃないですよこんな――モグ!?」


 (すう)メートルは(はな)れているはずのオーギュストの手がのびて、小夜子(さよこ)(くち)をふさいだ。


 そのまま女性を口説(くど)きにかかる。


「ははは、いやご慧眼(けいがん)だなあ。じつはそうなんですよ。血のつながった(いもうと)でしてね。カワイイでしょう。ところで今から僕と二人(ふたり)で昼食でもどうですか。おごりますよ。もちろん」


「そんな、でも、妹さんはほっといてよろしいんですか?」


「かまやしません。――と、ちょっとだけ待っててください」


 愛想(あいそ)のいい笑いをふりまきながら、小走(こばし)りでオーギュストが小夜子(さよこ)のもとに(もど)ってくる。


「サヨコちゃん、ここだけ話を()わせてくれ。たのむよ。その()竿(ざお)あげるからさ。四十万もするいいやつだぜ。いらないなら質屋(しちや)に入れてくれてもいいっ!」


「うー、そこまで言われたところで王様(おうさま)なんかと血のつながった妹っていう設定は受け入れがたいものがあります」


「そう言うなよ。とにかく一言(ひとこと)『いってらっしゃいませお兄さま♡』と言ってくれりゃあいい。それですべてが上手(うま)くいく」


「そのセリフを言うのはキモすぎてイヤですけど。……わかりました。とりあえず王様がわたしのことを妹()ばわりするのは、この場では否定(ひてい)しないことにします」


「よし、交渉(こうしょう)成立だ。では、お兄ちゃんは大事(だいじ)な用事ができたので、ここで失礼するぞ、(じつ)の妹よ!」


「はいはい、いってらっさい」


 シッシと手を振って、小夜子(さよこ)は四十万グロリスの釣り竿を手に入れた。


 オーギュストはさっき声をかけた女性をつれて、大通(おおどお)りを繁華街(はんかがい)方面(ほうめん)へと下っていく。


(どく)の雲の底にヘビ……か)


 小夜子(さよこ)一度(いちど)、雲から釣り糸を巻き上げて、エサはさわらずに、あらためて白い蒸気(じょうき)(かたまり)に落とした。


 リールをほどいて、糸をのばす。

 夕方(ゆうがた)まで待った。


 なにも()れなかった。





 

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