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フィーロゾーフィア  作者: とり
第17話 大人(おとな)になることについて
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大人になることについて

 




 夏の夕方(ゆうがた)にその少女はまたやってきた。

 王都にある雑貨(ざっか)屋のまえである。


 従業員(じゅうぎょういん)小夜子(さよこ)は――といっても今は夏期(かき)休暇(きゅうか)中なので、実質はただの下宿(げしゅく)人だが――軒下(のきした)のイスに座ってやっていたソーシャルネットワークゲームの手を止めた。


 不知火(しらぬい) 小夜子――長い黒髪にカチューシャをつけた、十四才の女の子である。

 ある事故により、日本(にほん)からここフィーロゾーフィアにやって来た。


 小夜子は操作(そうさ)していた携帯(けいたい)端末(たんまつ)をワンピースドレスのポケットにしまって、自分の背丈(せたけ)の半分もない少女を、座ったままながめた。


 ジュリちゃんだ。


 近所の幼稚園(ようちえん)にかよっている女の子で、(とし)は四つか五つほど。

 先日、さみしそうな顔をして店先(みせさき)にやってきたのがはじまりだった。


 小夜子(さよこ)が声をかけたわけではない。

 『おねえちゃん、なにしてるの?』と()かれて、『ヒマだからダラダラしてるんです』と答えたら、『そうなんだ。あのね、わたしはね、ジュリっていってね』と、むこうは自己紹介(しょうかい)をして、なにやら他愛(たあい)もないことをしゃべった。


 もとより人と会話をするのが得意なほうではない小夜子は、完全に()(やく)(てっ)していた。


 この世界に来てから気兼(きが)ねなく他者に(せっ)することが多いものの(いかんせんこの世界の住民が、小夜子以上に気が強い傾向(けいこう)にあるので、気兼ねのしようがないのだ)、相手がまだ()まれて四、五年しか()っていない幼児(ようじ)ともなれば、小夜子とていくらか大人(おとな)にだってなろうというものだ。


 うん、うん、とつたない自己紹介や、家庭でのできごとにあいづちを打つ小夜子に気をよくしたのか、ジュリちゃんは『またあしたも来るね』と言って、バイバイと手を振って、来た道をひきかえしていった。


 小夜子(さよこ)はその時、名乗ることをしなかった。

 する義理もなかったし、その気持ちはジュリちゃんがつぎの日にやってきた時も、そのつぎの日にやってきた時も、変わらなかった。


 だが、どういう理由か、テキトウに話を聞いてうなずくだけの小夜子に、ジュリちゃんは色んなことをしゃべった。


「きょうはおうちでおにいちゃんとあそんだの」とか、「おかあさんにしかられたんだ」とか。


 このジュリちゃんという少女のことが過剰(かじょう)に心配になったのは、きのうのことである。

 理由は特にない。

 もしあるとすれば、こんな状況が一週間(いっしゅうかん)もつづいているということだろうか。


 だから小夜子(さよこ)は、今日はちゃんと言おうと思った。


 ジュリちゃんは、夕方の、だいたいいつもの時間に、動きやすいT(ティー)シャツに、綿(めん)の半ズボン姿で、髪型だけオシャレな()()みにして、ポテポテ小夜子のところまで歩いてくると、石畳(いしだたみ)の地面にしゃがみこんだ。


「おねえちゃん、わたしのたからものみせてあげるね」


 そう言って、だいじそうにかかえていた小物入(こものい)れをあける。


 アニメのキャラクターのカードやら、ビーズやら、小動物(しょうどうぶつ)のミニチュアやら、シールやら。

 どこかしらキラキラしたものが、かわいらしく装飾(そうしょく)された箱のなかにメチャクチャに入っていた。


 おもちゃ(ばこ)をひっくりかえした感じだろうか。小夜子(さよこ)にはそんな気がした。


「ジュリちゃん」

 小夜子はイスからおりて、(おさな)い女の子と目線をあわせるようにしゃがみこんだ。


「もうわたしと(あそ)んじゃダメですよ」


 自分のたからものを(ゆか)にならべていたジュリちゃんは、小夜子(さよこ)を見あげて、なにを言われたかわからないというふうに、首をかたむけた。


 ほんとうにわからなかったのだと思う。


 小夜子はつづけた。


 彼女に対して、こんな警告(けいこく)を出す権利があるのかと、自問する声をねじふせて。


「わたしがもし(わる)い人だったら、どうするんですか?」


 ジュリちゃんは素直だった。

 利発(りはつ)だった。


 小夜子の言ったことを、そっくりそのまま受け止めた。


『そんなハズない』とか、『それでもいい』とか、そうした幻想は(くち)にしない。


 ただ黙って、うつむいて、小夜子(さよこ)に見せようと持ってきた自分のコレクションを、また元の箱のなかにもどしていった。


 幼いジュリちゃんの手のなかで、小さいはずの箱は大きく見えた。


 (ゆか)にならべたカードやミニチュアをもどす作業が、想像していた以上に難儀(なんぎ)に感じた。


 ジュリちゃんはふてくされた顔で立ちあがって、なにも言わずに帰っていった。


 その背中は、はじめて会った時よりも、はるかにさみしそうに見えた。



 それからジュリちゃんは、小夜子(さよこ)の元にこなくなった。





 

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