表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーロゾーフィア  作者: とり
第16話 なにもしないについて
49/137

なにもしないについて

 




 雲の上の王国(おうこく)フィーロゾーフィアには、天才錬金術師(れんきんじゅつし)(いとな)雑貨(ざっか)屋がある。

 『エチカ商店(しょうてん)』がそれだ。


 一階(いっかい)店舗(てんぽ)を置く建物(たてもの)、その二階(にかい)部分が、店主のエチカとアルバイトの小夜子(さよこ)起居(ききょ)するスペースとなっている。


 六月のはじめから、この錬金術師の(みせ)長期(ちょうき)休暇(きゅうか)にはいっていた。だから(あさ)十時(じゅうじ)をすぎても、この家の住民(じゅうみん)はのんびりとしたものである。


 特に小夜子(さよこ)はのんびりしていた。

 というより――。


「……で?」


 エチカはベッドに(よこ)たわる少女に、もう何度目かになる「で?」を言った。


 エチカ――金色の長い髪に金色の双眸(そうぼう)(ほそ)いヘアピンで前髪(まえがみ)を大きく分けた、十八才の女性である。


 (かた)から腕を()き出しにしたシャツと、ベルトを()いたミニスカート、ブーツといった()()ちは、いかにも(あそ)()きそうなルックスだが、両手に()めた作業用(さぎょうよう)のグローブと、聡明(そうめい)眼差(まなざ)しがその印象(いんしょう)を否定する。


 彼女は錬金術大国(たいこく)であるここ、フィーロゾーフィアでも屈指(くっし)才媛(さいえん)で、錬金術に関しては比肩(ひけん)しうる者のない英傑(えいけつ)である。


 彼女の視線の先には、黒髪(くろかみ)黒眼(くろめ)の少女があおむけに()そべっていた。


 不知火(しらぬい) 小夜子(さよこ)という、よその世界からやってきた十四才の女の子だ。


 寝間着(ねまき)の白いローブ姿(すがた)で、彼女はシーツをひっぺがされたまま、身動(みうご)きせずに、ただ(くち)だけを動かしていた。

 こちらももう何度目かのセリフを()く。


「つまり、『なにもしない』ということをするのは、理屈(りくつ)で言えばすごくむずかしいということなんです。わたしは今こうしているあいだにも、息を()って、()いている。しゃべっている。目を()じている。

 お(なか)のうえに両手をかさねて置いている。ベッドの上に寝ている。ベッドを下向(したむ)きの(ちから)で押している。そして作用(さよう)反作用(はんさよう)法則(ほうそく)でいうと、ベッドもまた、わたしを押しかえしている」


「サヨコ」


 エチカはたまりかねて片眉(かたまゆ)をピクリとひきつらせた。


 小夜子(さよこ)はつづける。

 エチカの苛立(いらだ)ちにはかまわずに。


「だからね、エチカの言う『あんた今日(きょう)なにもしないつもり?』っていうのは、どうがんばってもわたしにはできないってことなんですよ。わたしはここでゴロゴロして、生きていて、なんていうか……ゴロゴロしているんです。ね? なにもしてないわけじゃないでしょ――ぎゃあああ!!」


 唐突(とうとつ)に下のシーツもひっぱられ、小夜子は悲鳴(ひめい)をあげた。


 ひきずられるままシーツといっしょに寝台(しんだい)をすべり、(ゆか)に落っこちてしまう。

 がばと()きあがる。


 ()グセのないストレートな黒髪が、(まど)から()し込む(ひる)近くの日射に、エナメル線のごとき光沢(こうたく)()びる。


「なにするんですかこの乱暴者(らんぼうもの)!!」


「やかましいわ! 居候(いそーろー)のブンザイで昼までぐーすか寝やがって!! いーかげん起きろっつーの! これ以上(いじょう)ダラダラしてたらあんたヘドロになっちゃうわよ!?」


「やだー! なにもしたくないー! 惰眠(だみん)をむさぼってたいんです!! だってエチカ、(あつ)いんですもんこんな暑い日になにかやろうなんて気が起こるわけないじゃないですか! わたしはフトンの上でダラダラしてるしかないんですー!!」


「んなことのために一丁前(いっちょうまえ)にへりくつこねてんじゃないわよ!」


「こんな些細(ささい)(ねが)いを成就(じょうじゅ)させるためであっても(みょう)理屈(りくつ)をこねくりまわしたわたしの労力(ろうりょく)(おもんぱか)ってほしいものですね。あわよくばそれに(めん)じてこのまま寝かせておいてください。おねがいします」


「このっ、クソガキ」


 小夜子(さよこ)はエチカからシーツをひったくって、くるまって、床のうえで()を閉じた。

 グウグウと寝息(ねいき)をたてはじめる。


「ったく、しょーがないやつ……」


 こんな暑いなら、(ねむ)る気も起きなくなりそうなものだがと、エチカは胸中(きょうちゅう)反論(はんろん)しつつも、もうほうっておくことにした。


「せっかくいただきもので、いいココアが手にはいったから作ってやろうと思ったのに」


「なーんだ、それを(はや)く言ってくださいよ♡ 人がわるい」


 ぴょこんと立ちあがって、小夜子(さよこ)は部屋を出ていくエチカを()いかけた。


「あんた今日はなにもしたくないんじゃなかったの?」


「いやだなあエチカ、なにもしないをするっていうのは、理屈のうえではかなりむずかしいって、さんざん言ったじゃないですか」


「あっそ」


 とりあえず、こうして小夜子(さよこ)起床(きしょう)して、(のこ)りの時間をテキトウに(あそ)んですごした。


 いやー。やればできるもんだ。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ