怒りについて
「ちょわー! たあっ! やあー!」
空の上の王国フィーロゾーフィア。
毒の雲の上に浮かぶ島にある王都で、小夜子はさけんでいた。
錬金術師が営む雑貨屋『エチカ商店』の庭である。
空飛ぶバイクや浮遊するキックボードを停めた芝生の端で、小夜子は跳び蹴りをしたり正拳突きをくり出したりしていた。
不知火 小夜子――十四才の女の子でる。
長い黒髪に白いカチューシャをつけた、黒い眼の日本人。
フィーロゾーフィアにはちょっとしたハプニングによって流れつき、国王のはからいで『エチカ商店』に住まわせてもらうことになった。
また、店主のエチカの厚意(?)で従業員として雇われている身でもある。
ただ現在は夏休み期間中で、店は長い休暇にはいっているため、開店時刻の午前九時をすぎても、こうして庭でヒマをもてあますことができている。
「どおおりゃあー!」
ワンピースドレスのスカートがひるがえるのもかまわず(レギンスをはいてるから恥ずかしくないのだ)小夜子は空中で二回連続蹴りを放つ。
「あんたさー」
研究室のドアが開いて、たまりかねたといった塩梅でエチカが言った。
「さっきからドッスンバッタンなにやってるわけ? 格闘技にでも目覚めたの?」
「なに言ってるんですかエチカ! 見てわかりませんか?」
小夜子は「ほわちゃー!」と気合を吐いて、アッパーカットした。
エチカ――長い金髪に気丈な金色の眼の若い女性だ。
前髪をいくつかの細いヘアピンで掻きあげて、ものがよく見えるようにしている。
袖なしのシャツにミニスカート、薬品をいじっていたらしく、その上から白衣をひっかけている。
両手には作業用の手袋をつけていて、ところどころ焼けたり溶けたりしていた。
片手には自分の身長ほどもある長い杖を持っていて、その先端には最高位の錬金術師であることを示す〈赤〉の丸い石がおさまっていた。
エチカはあいかわらず虚空に向かって拳を打ちつづける少女をながめる。
「わっかんないわねー。格闘ゴッコじゃないなら何よ? ケンカの練習?」
「ちがいますー。怒る練習ですよ、怒る練習!」
「また妙なことやってるわね」
「なに言ってるんですか、大事なことなんですよ。こーやってたまに理由もなく怒っとかないと、いざって時に困るんですから」
「あんたいっつも怒ってるじゃない」
「訓練の甲斐ありというわけですね。わたしだっていつでもニコニコしてるのではないということです。笑って許す日もあれば、怒って戒めることもあるという、そのキレイなお手本ですよ」
「決して見習いたいとは思わないけどね」
「そーやって斜にかまえてられるのも今の内ですよ。エチカもほら、たまには皮肉るのをやめて、ちょっとは素直に怒る練習をしてみたらどうですか。じゃなきゃいま以上に根性ねじくれて取り返しのつかないことになりますよ。破綻済みの性格が崩壊済みになるまえに――」
ボコバキグシャドゴッ!!
エチカはトクイ気に胸を張る小夜子を持っていた杖で殴った。
星のまたたき。
血の味。
頭からネジの取れる感覚――もしくは衝撃。
「なるほど、たしかにたまには怒ってみるもんね。スッキリしたわ」
パンパン、と手をたたいて、エチカは研究室に引っ込んでいった。
あとにはボッコボコになった小夜子が、庭の芝生にうつぶせになって倒れているだけで。
小夜子はこれからは逆ギレする練習もしておこうと思った。




