音楽について
空の王国〈フィーロゾーフィア〉の王都は、メインストリートこそ下層、中層、上層のエリアへスムーズに行くために、大きく一本道で分かりやすいものの、横道にそれればその限りではない。
街区と街区のあいだに、スッポリとできた、めずらしく大きい広場。
植木や井戸で近所の人の憩いの場となったスクエア型の公園に、小夜子は来てしまった。
長いストレートの黒髪に、黒い両眼の女の子である。
年は十四だが、小柄な身体と幼い子供がつけるようなワンピースドレス、リボン飾りのついた白いカチューシャの服装が、必要以上に彼女を年下に見せる。
(家に帰ろうとしたのに)
近道をしたのが迷子への入り口だった。
こことは異なる世界の、日本という国からやってきた小夜子だが、フィーロゾーフィアでもうだいぶと過ごしているし、たまには冒険心にまかせて寄り道をしてもよかろうと、大通りを脇へそれてしまったのだ。
広場にはいくつかのベンチが出ていた。
楽器を手にした若者が四人、なにやら準備をしている。
ベンチにはすでに何人もの人が着席していた。
老人や子供が多いが、立ち見の人たちもいて、そちらは圧倒的に、十代から三十代ほどまでの若年層が多かった。
(ここで何が?)
雑談でにぎわう広場の中心を、小夜子は人だかりのうしろからのぞき込んだ。
と、肩をたたかれる。
「このわたしになにをするんですかこの狼藉者おー!!」
相手の手を払いざま、振り返ってポケットにたまたま忍ばせていたハサミを閉じたまま突きを放つ。
――目だ! 目をねらうんだ!!
脳裏にまたたく必殺の声の導くまま、小夜子は刃を敵の眼球に肉薄させた。
「殺し屋かなんかかアンタは」
コンッ。
ハサミの切っ先に杖の先端が当てられる。
赤い丸い宝石が、持ち主である〈錬金術師〉の意を介して、ステンレスの刃を化けさせる。
ボン!
ハサミは鋼鉄製のハンコになった。
把手はハサミの形のままなので、シルエットだけならまるでウサギの置きものだ。
「ああっ!」
小夜子は相手の顔を見て悲鳴をあげた。
ぐいっ。
鉄の部分をひねられ、あっけなく元ハサミ(現スタンプ)を取りあげられる。
無防備にあいたおデコに、ポンッ! と金属のつめたい感触がぶつかった。
『バカ』
と見る人の側からは読める。
小夜子にはむろん見えない。カガミでもないかぎりは。
「エチカ!」
「はあい」
スタンプをベルのように振って、長い金髪に金色の眼の、若い女錬金術師が軽いアイサツをした。
小夜子の下宿先の家主であり、雇い主のエチカだ。
「なあんだ、おどかさないでくださいよ~」
「そりゃこっちのセリフだっつーの。まさか肩たたいてハサミが飛んでくるとは思わなかったわよ」
変形させてハンコになった元ハサミを横目にやって、エチカは小夜子に返す。
「だってエチカは〈地上〉に行って、一週間も帰ってこなかったんですもん。てっきりもう死んじゃって、あなたの所有する物件も財産もぜんぶわたしのものになってるつもりでいましたよ」
「うかうか寄り道もしてらんないわね」
エチカはもう片方に持っていた杖でトントン自分の肩をたたいた。
「調査から帰ったついでで、よその町を旅行してたのよ。王都に戻ってきたのはついさっき。地上に行くのに使ったバイクと荷物は、ぜんぶ王立研究所の連中に持ってかれちゃった。あいつら、いつも待ちぶせしてんのよね」
「はー。あ、それでエチカもここに迷い込んじゃったんですね。近道しようとして」
「なワケないでしょ、今日は前から野外ライブやるってビラが配られてたから、ついでに聴いてこうってなっただけよ」
「はあ……」
小夜子はギターやドラム、アンプをいじっている面々をながめた。
「上手だったらいいですけど、そうじゃなかったらわたしは帰りたいです。道を教えてくださいよ」
「そこそこうまいわよ。ところでタイヤキ食べる?」
「カスタードなら食べます」
エチカは杖の先にぶらさげていた、手提げタイプの紙袋を下ろした。
「残念ね。黒あんと白あんしかないわ」
「じゃあ白あんだけ食べます」
「『じゃあいりません』とはならないわけね」
エチカはタイヤキを出して、割ってなかを見てから小夜子にわたす。
ギュイーン!
エレキギターの音がひびく。
なんの口上もなく音楽がはじまった。
ドラムの正確なリズムと、ギター、ベースの明確な音階。三人のクセをカバーするエレクトーン。
「エレクトーンだけレベルちがいません?」
「いやー、ギターも相当なもんよ。てか全体的にレベル高いし。前より格段にうまくなってる」
聴いている人たちは、口々にエチカと小夜子と似たようなことをささやき合う。
小夜子は白あんのタイヤキをまくまく食べながら、アップテンポな、流行風の曲のいくつかに聴き入った。
すこしでもイヤ気がさしたら帰ろうと決めていたが、結局は最後まで四人のバンドを聴いていた。
ほとんどの客が、彼らの演奏をアンコールまで鑑賞して、拍手喝采で幕を閉じた。
四人の演奏家は、終了のアイサツとお礼だけをして、片付けに取りかかる。
ぞろぞろと、人が建物や道のほうに移動をはじめる。
エチカもくるりと踵をかえした。
「じゃ、私たちも帰りましょうか」
「そうですね」
また迷子にならないよう、小夜子はエチカにくっついて歩く。
で? とエチカの金色の眼が動いた。
「どーだった? 少しでもあんたの琴線には触れたのかしら?」
さっきのライブのことを言っているのだと小夜子は分かった。
それゆえに、これは彼らの曲を聞いた気持ちとしてどうなんだろうと迷う。
しかしこれ以外に出せる意見がなかったため、小夜子は言った。
「タイヤキがおいしかったです」




