時計について
三枚の羽根をつけた風車が、町の外周でゴンゴンと回っている。
フィーロゾーフィア国の王都に小夜子はいた。
黒い両目に、赤系統のカチューシャをつけた黒いストレートなロングヘア、いかにも世間知らずのお嬢さんといったワンピースドレスに、教育関係者が好みそうな、飾り気のないローファーをつけている。
胸元には台座になにもないペンダントをぶら提げていた。
『エチカ商店』の看板がかかった雑貨屋の軒下で、小夜子は両脚を投げだした格好でイスに座っていた。
ミーン、ミーン。
セミが鳴いている。
家――エチカ商店の二階に小夜子は下宿している――から持ち出してきたチョコアイスが、朝九時の日差しにやんわりと溶けていく。
空は快晴。
雲の上に浮かぶ世界で、小夜子は青い上空にたゆたう緑の石たちの輝きを見つめながら、アイスを食べていた。
「おや、サヨコ殿。立ち食いとは感心しませんな」
「座り食いです」
店の前にかようメインストリートから、ひょっと滑り込んできた声に小夜子は答えた。
声の主は、目元まで金属部分のある兜と、フィーロゾーフィア王国の徽章をつけた鉄の甲冑、紋章入りの旗を巻いたショート・スピアで武装していた。
王国騎士である。
小夜子の知っている王国騎士は、みんな判で押したような(もしくは工場で鋳型にはめて量産されたような)同じ背丈、同じ体格、同じ見た目だが、この男だけはちがった。
他の兵士たちの身長を、ヌッと頭一つ分越えた上背に、ゴリラみたいな肉付き。
王国支給の武具で更にふくれあがった図体をさらす彼は、騎士のなかでも〈警邏隊〉という部署に所属しており、こうして朝から晩まで町をねり歩いている。
もちろん、休憩や交代は挟むだろうが。
見まわりの偉丈夫は快活に笑った。
「ははは、そーか、座っているから立ち食いではないのか」
とはいえカブトのせいで見えるのはケツアゴと口元だけなので、本気でおかしくて笑っているのかは不明だが。
「兵隊さんは、なんの用ですか? いつもはアイサツだけして通りすぎるのに」
小夜子はアイスの棒にチョコが落ちてきたのに慌てた。
もうあと少しだったし、一口で食べてしまう。
ベトベトの手を、ワンピースのポケットからつまんでだしたハンカチでぬぐう。
足元にアリがたかってきやしないかが心配だった。
石畳の上に少しだけ垂れたのだ。
「ああ、君んとこの時計が動いていないんでね、ちょっと寄らせてもらったのさ」
「時計?」
槍の穂先で示されて、小夜子は見上げた。
店の玄関屋根には電池式の掛け時計を吊るしている。
これはフィーロゾーフィアでは義務化されていることだった。
国内にある建物は、必ずアナログ式の時計を表に出していなければならない。
国が強制する装飾だから、時計の購入や電池は国家が負担する。
また、バッテリーやネジが切れていないかの確認は、こうして警邏の兵士が請け負っていた。
「どれ、私が外して電池を入れかえてあげよう。単三のアルカリでいいかな」
「はい」
兵士は槍を外壁に立てかけると、つま先立ちをすることなく丸い掛け時計を外した。
うら側のフタを取る。
「ちょっと持っててくれるかい」
「いいですよ」
「ありがとう」
フタを小夜子にあずけると、腰のポシェットから換えのバッテリーを出して、カチ、カチ、とはめていく。
この乾電池を入れかえる時の音が小夜子は好きだった。
「さて、今は何時かな――おお、九時二十分か」
兵士は別のポケットから出した懐中時計を見て、掛け時計の針を合わせていく。
「あの、この世界って、デジタル時計や電波時計もありますよね? それを外に出すんじゃダメなんですか? アナログって、不便じゃあ?」
小夜子は疑問を口にした。
警邏の兵士は、動き始めた時計を玄関屋根からせり出している棒につるしなおし、小夜子にウインクをした――らしかった。
目元がカブトにかくれているので、気配と動きで、彼が片目を閉じたと思ったのだ。
「不便であってもね。存外、この時計の針の音が、わたしたちに穏やかな時間を提供してくれている、なんてこともあるものさ」
ビシッと兵士は敬礼をして、小夜子の前から立ち去っていった。
カチ、コチ。
いつの間にか止まっていて、さきほど息を吹きかえした時計の秒針が、かすかな音を伝えてくる。
小夜子はなんとなく、兵士の言っていることがわかる気がした。




