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フィーロゾーフィア  作者: とり
第11話 エルフについて
44/137

エルフについて-④

 





 ばんっ!


「くおらあ! エルフ!!」


 ギルドの大扉(おおとびら)が、爆音(ばくおん)めいた音をたてて()(はな)たれた。


「ああっ! あの人たちは……」

 イプセンが若草(わかくさ)色の目を見開(みひら)いて、ゾウキンを投げ()て身をかくす。

 小夜子(さよこ)のうしろに。


「え?」

 ()()もなく(たて)にされ、さしもの小夜子(さよこ)も目を点にした。


 冒険者ギルド本部の()(ぐち)にあらわれた三人の男――よく見ると、彼らはギルドへの(みち)すがら、小夜子(さよこ)とすれちがった戦士たちだった。


 モヒカン男の(ひたい)には、ボールペンが()さっていたはずだが、今は治療(ちりょう)用の正方形(せいほうけい)のパッチが()られている。血がにじんでいる。痛そう。


「さっきはよくもやってくれたなあ!!」


 ズカズカ!


 鋼鉄(こうてつ)(いた)を仕込んで外部からのダメージに(そな)えたブーツを不遜(ふそん)に鳴らして、モヒカン男が小夜子(さよこ)のうしろのイプセンに()える。


 事情がのみこめず目を白黒(しろくろ)させる小夜子に、イプセンがすばやく耳打(みみう)ちした。


「あの人たちは、さっきここに来てムチャな要求(ようきゅう)をわめいていたメイワク(きゃく)なんです。あの時はなんとかなりましたが……」


「あ、それでさっきの()らかりようってわけですね」


 コクン。

 イプセンがうなずき、小夜子(さよこ)得心(とくしん)した。


(つまり――もへったくれもなく、あの変なカッコをした男の人たちが(あば)れたおして、この施設(しせつ)のなかがしっちゃかめっちゃかになってた、と)


 折れたイス。

 ()れたテーブル。

 ()けて()け落ちた(ゆか)

 それらは先ほど小夜子が錬金術(れんきんじゅつ)で修復したものの、チラリと黒い(ひとみ)を横にやれば、やはり傷痕(しょうこん)なまなましい、小火(ボヤ)でもあったようなカベが残っている。


(うん?)


 小夜子(さよこ)はヒビだらけの黒いカベについている()み――なのかなんなのか――を凝視(ぎょうし)した。


 (ひと)(かたち)……にみえる。


 なにか、強い(ちから)で全身を押しつけられ、その上から熱波(ねっぱ)でもくらわされれば、こういうふうに人の影めいた(しろ)(あと)がつくだろうか。


(イプセンさんの(かた)……ではないよね?)


 カベの人型(ひとがた)は身長があり、髪型までくっきり縁取(ふちど)っていた。

 それはどう考えてもセミロングの華奢(きゃしゃ)中背(ちゅうぜい)な――エルフの女性職員のものではない。


(じょう)ちゃ……サヨコちゃん」


 チョイチョイ。

 カウンターテーブルのほうから声がかかる。


 イプセンの同僚(どうりょう)(だか上司だかしらないが)ボームが、(こう)()のはえた手を動かして、小夜子(さよこ)に「()い来い」と合図(あいず)していた。


 逃げられるものなら逃げたかったが。

 ワンピースの肩紐(かたひも)を握りしめるイプセンに、小夜子は足止めを食らっている。そうこうしている(うち)に、


「人がただ不平(ふへい)不満をわめいてただけだってのに、この(おんな)あ……ああまですることねえだろが!! さっきの()りは、たっぷり返させてもらうぜ!! ――来てくだせいっ、オヤブン!!」


 冒険者(ぼうけんしゃ)――というよりは(ぞく)っぽいくちぶりで、モヒカン男は(そと)にいるのであろう仲間を呼んだ。


 ぬうっ。


 (ゆう)()メートルはある大扉をくぐって、(たて)にも横にも長さのある、もちろん(あつ)みも相当(りょう)の、でっぷりとした禿頭(とくとう)の男が屋内(おくない)(はい)ってくる。

 年齢は不詳(ふしょう)


(ってゆーか人間なのかなあ)


 と言いたくなるブヨブヨとした人相(にんそう)、そして脂肪(しぼう)だらけの体型には、(はだか)の上からバッテンの形に(くさり)を巻きつけ、その先端(せんたん)部分であろう、(はがね)のイガグリともいうべき鉄球(てっきゅう)を、見せつけがましく手にぶらさげている。

 モーニングスターとでも呼ぼうか。そんなかんじの武器だ。


 (した)はレザー素材(そざい)のロングパンツに、やはり(くさり)(びょう)をジャラジャラさせたパンクルックで、ブヨブヨの大男は、のっしのっしとイプセンに(せま)った。

 ついでに小夜子(さよこ)にも。

 ……二人(ふたり)のあいだに立っている(立たされている)のだから、こればっかりはしょうがない。


「ぐへへえ。デメエかあ、オデのかわいい子分(こぶん)たちを痛めつけたってのはあ」


(見た目どーりの口調(くちょう)だなあ)


 小夜子(さよこ)(ふと)った男と目を合わせないよう顔をそらして思った。もうこうなったら、目のまえのブヨブヨ男がよだれを()らしていたっておどろかない。


 イプセンはふるえる。小夜子(さよこ)のうしろで、勝手に。


「うう……い、痛めつけるなんて……私、そんなこと……。あんまり()きわけなかったし、うるさかったから、もうカンベンしてくださいってお(ねが)いしただけで……」

「ウソつけあ!!」


 モヒカン男が怒鳴(どな)る。

 彼のうしろで、仲間の戦士たちがうんうんとうなずいている。


「な、なにをしたんですか?」


 小夜子(さよこ)はこの(さい)なんでもいいから状況を打開(だかい)しようと――自分の()の安全だけは確保(かくほ)しようとあがいた。

 その第一歩(いっぽ)の情報収集(しゅうしゅう)である。


「それが、彼らが行こうとしていたダンジョン〈地下遺跡(ちかいせき)〉に立入禁止(れい)が出たんです。新種のモンスターが発見されて、それで王国騎士(きし)調査(ちょうさ)のために遠征(えんせい)に行って、調べおわるまでエリアを封鎖(ふうさ)したんです。なのにこの人たちは、私たちを脅迫(きょうはく)して、ムリヤリ探索(たんさく)の許可を出させようとしたんです」


 ――そうか。

 小夜子(さよこ)は、だからエチカは同じように侵入(しんにゅう)禁止になっている〈地上(ちじょう)〉に行ってしまったんだと合点(がてん)した。


(フィーロゾーフィアの王国騎士の監視(かんし)手薄(てうす)になってたから、あの(ひと)、彼らの手をすりぬけて行っちゃったんだわ)


 ふだんはなんだかんだで見つかることが多いということだろう。


 イプセンがつづける。

「でも……どれだけ『規則(きそく)ですから』って(ことわ)っても、あの人たち聞いてくれなくて。何度も同じことをわめきつづけて……私、(こわ)くて……」

「……」


 小夜子(さよこ)はなんとなく(さっ)した。

 このエルフの女性があの戦士たちの恫喝(どうかつ)におびえているのを見兼(みか)ねて、近くにいた冒険者のだれかが、彼らと彼女とのあいだに割って(はい)ったのだろう。


(おそらくは、魔法か錬金術の使い手が)

 カベの()けこげは、彼もしくは彼女の(じゅつ)によってできた戦いの(あと)

 モヒカン戦士たちは、助けに入った冒険者の(ちから)(おそ)れをなし、逃げ帰り、逆恨(さかうら)みして、増援(ぞうえん)を呼んで仕返(しかえ)しに(もど)ってきた――


(でも、もうこのエルフのお(ねえ)さんを助けてくれた人はおらず、ガードのなくなったところに()こうは新しい戦力(せんりょく)をこさえてやって来た、と)

 ザッとこんなところだろう。


 一連(いちれん)経緯(けいい)推測(すいそく)し終えた小夜子(さよこ)は、とりあえず自分だけは逃げようと決意を(あら)たにした。

 だって人助(ひとだす)けはシュミじゃないのだ。

 ケンカだって()きじゃないのだ。


「ぐわはははー! なーんもせんなら、オデのほうからいくどおー!!」


 ブウンブウン!


 禿頭(とくとう)巨漢(きょかん)が鉄球をふりまわす。


 パリンッ!

 パリーン!


 ペンダント(がた)のシーリングライトが、豪速(ごうそく)鉄塊(てっかい)に触れて割れ、床に落ちて(さら)(くだ)ける。


「やっ、やめて……やめてー!」

 イプセンが悲鳴(ひめい)をあげる。


 受付からボームがテーブルを飛び()えて、二人(ふたり)の女の子と鉄球男のあいだに(おど)り出た。


(なんだ、助けてあげるんじゃないですか……あ?)


 グイッ。


 (うで)を引っぱられて、小夜子(さよこ)(タコ)みたいになってボームにつれていかれた。


 受付のテーブルを(ごう)に見立て、そのうしろに避難(ひなん)させられる。ボームも横で()せている。


「えっ!? イプセンさんは――」


 ポツネンとイプセンは一人(ひとり)悪漢たちのまえに取りのこされた。

 小夜子(さよこ)はらしくもなく、ボームのことを薄情(はくじょう)だと思った。


 小夜子にとってイプセンは赤の他人だが、ボーム――そしてここで(はたら)く人たちにとっては、苦楽(くらく)を共にする仲間……戦友(せんゆう)ではないのか。

 なのに、彼女一人(ひとり)、まるでのけものにするように置いてけぼりにしてしまうなんて。


(人間じゃない――エルフだから、ほったらかされてるのかな……)


 小夜子(さよこ)の予想は、あながち(はず)れてはいなかった。


 ズドオ!!


 轟音(ごうおん)があがる。

 イプセンに、鉄のトゲを持つ金属球が、突き()さ――


「ホゲエ!?」

 らなかった。


 ()き切れた(くさり)

 とちゅうで(いまし)めを()かれた鉄の(かたまり)は、ギルドの(おく)めがけてふっ飛んで、不幸にも待合(まちあい)席で剣を抜いて助太刀(すけだち)するか(まよ)っていた一人(ひとり)の青年をペシャンコにした。


「ああっ! マーク! だから(はや)くテーブルの下にかくれろって言ったのに!!」


 青年(せいねん)(マークというらしい)の仲間であろう軽装(けいそう)の男が(さけ)ぶ。ちゃっかり(つくえ)の下にもぐりこんだまま。


 小夜子(さよこ)には(なに)が起こったかわからなかった。

 ちぢこまっていたハズのイプセンを見る。


 彼女は目に(なみだ)を浮かべていた。(ふる)えている。

 しかし指を一本(いっぽん)立てている。まっすぐに、男たちに(うで)をのばして。


 彼女の指先には、白い(ねつ)の光が(とも)っている。


魔法(まほう)?!」

 小夜子(さよこ)は最近この世界に存在することを知った技術の名前を口走(くちばし)った。


 グスン、グスン。

 イプセンがベソをかきながら言った。


「せっかく……せっかく女の子しかいない、山と森だらけのタイクツな(くに)から出てきて、あこがれの都会(とかい)生活をしようと思ったのに。ギルドに(つと)めていれば、カッコよくて強い人とめぐりあって、()えるような(こい)をして永遠の(あい)(はぐく)めると思ったのに……」

 鼻声(はなごえ)で理想を(くち)にする、エルフの女性。


 イプセンを、いつのまにやら半眼(はんがん)になってながめて、小夜子(さよこ)はとなりのボームに言った。


「人間社会にユメ()すぎてません? 彼女(かのじょ)

「何度かそう注意(ちゅうい)したんだけどなあ。現実(ゲンジツ)見ろって」


 チロッ。

 イプセンがこっちを見た。


 サッ、とボームと小夜子(さよこ)は目をそらす。


「あデえ? お、オデの武器(ぶき)……どこに――」


「やっぱり、やっぱり女王様(じょおうさま)の言うとおり、エルフの(さと)にひっこんでたほうがよかったのかしら。でも、でもごめんなさい。イプセンは……この健気(けなげ)才気(さいき)あふれて美しすぎる森精霊(エルフ)のイプセンは、おろかな人間たちの跋扈(ばっこ)する世界であっても――いえ、自分よりはるかに(おと)ると断定(だんてい)する種族の社会であるがゆえに――そこにさまよう人々に(ただ)しき道を示し、あわよくばやっぱりカッコよくて強い人と(むす)ばれて、うれし(たの)しく毎日(まいにち)私だけでもしあわせに生きていきたいのです!!」


 両手をグーの形にして(かぶり)をふり、一人(ひとり)芝居(しばい)じみた所作(しょさ)までして、抱負(ほうふ)を語るエルフに、


「よくわがんねえが……よぐもやってぐれだなあ!」


 禿頭(とくとう)の大男が、硬く(にぎ)り込んだ(こぶし)を振り下ろす。


「それなのに……」


 ぺちっ。

 そんな音がしそうな(かる)い動きでイプセンは大男のグーを(うえ)()ねつけた。


 ドガア!!

 大男が()っとび、天井(てんじょう)に頭をぶつけ――(つらぬ)く。


 プラン……。


 首から(した)の巨大な図体(ずうたい)が、ちからなく(うえ)からぶらさがった。


「おっ、オヤブン!」

「オヤブンがやられた!!」

「逃げろお!!」


 モヒカン男のうしろにいた二人(ふたり)が、(いち)()もなくギルドから飛び出していく。


「なっ……なんちゅーことすんだテメエ!!」


 自分の仕返しのために来てくれたオヤブンへの義理(ぎり)か、モヒカン男は――彼だけはその場に(とど)まった。


 ガクーッとイプセンは(ゆか)にくず折れる。


「なのにっ、人間ったらホントに愚鈍(ぐどん)でグズでマヌケで、私のように高尚(こうしょう)な存在に一切(いっさい)敬意を(はら)わない! ばかりかこんなクズの代表格(だいひょうかく)みたいなケダモノが、私と会話をするだけでは()()らず、(おど)してビビらせていい気になって、()物顔(ものがお)で私と同じ世界の空気(くうき)()って()いて吸って吐いてしてるなんて!!」

「いいだろべつに呼吸(こきゅう)くらいさせろや死んじゃうだろ!!」

(それはそう)


 小夜子(さよこ)は、そして隣りのボームも、他の冒険者たちも、モヒカン男の主張にうんうんとうなずいていた。


「ったくこのエルフやろーが! さっきから言わせておけば好き放題(ほうだい)ぬかしやがってえ!!」


 モヒカン男が腰に()いていた長剣(ロングソード)を抜く。


 ささやかながら、小夜子はモヒカン男に同情した。本当に、彼はよくこちらの気持ちを代弁(だいべん)してくれたものだ。

 イプセンの(くち)の悪さは、同じく毒舌(どくぜつ)な小夜子をして目を(みは)るものがある。悪い意味で。


「いやああ!!」

 抜刀(ばっとう)して接近するモヒカン男に、イプセンは左手を突き出した。相手にストップをかけるように。


 その動きだけで、彼女の(てのひら)から(しろ)色のエネルギー(こう)がふくらみ、飛び出した。


「ウギャあ!!」

 とっさによけた男の(わき)をかすめて、エネルギー()大扉(おおとびら)に直撃する。


 ドオン!!


 ギルドの玄関口(げんかんぐち)が、()()微塵(みじん)に消し飛んだ。

 できた大穴(おおあな)から、メインストリートの景色がのぞく。

 町はオレンジ色を()びていた。


(もう夕方(ゆうがた)かあ)


 小夜子(さよこ)は遠い目で思う。


「てっ……てめっ! 殺す気か――」

 モヒカン男が言い終わるより先に、


「ごめんなさい! (ゆる)してください! 私ったら正直者(しょうじきもの)だから……人間とちがって正直で純粋(じゅんすい)で美しい心と(おもて)の持ち(ぬし)だから、つい思ったことをそのまま口走(くちばし)ってしまうんです!!」


 あやまりながら、(みぎ)(ひだり)(みぎ)、とイプセンは手を突き出して純白(じゅんぱく)熱塊(ねっかい)()ち放つ。

 今度はぜんぶ、モヒカン男に着弾(ちゃくだん)した。


「うぎゃあううぉうぉげええ!!」


 連続で三回の爆炎(ばくえん)をマトモに受け、モヒカン男は火と(けむり)衝撃(しょうげき)のなかを、壊れたオモチャのように()ねまわった。


 プスプス……。


 ()げた(にお)いがギルドの建物内にただよう。

 まあ大きな穴があいていることだし、換気(かんき)不足(ふそく)はない。すぐに臭いは拡散(かくさん)して外気(がいき)に溶け消えるだろう。


(じゃ、なくて……)


 小夜子(さよこ)は真っ黒コゲになって(ゆか)に倒れているモヒカン男を、カウンターテーブルに(かく)れたままながめた。


 モヒカン男の昏倒(こんとう)しているさまは、()しくも焼けた(かべ)にできた白いシルエットと同じ形だった。


「あの……ひょっとして、わたしがここに来た時に内装(ないそう)()れてたのも」

「ああ。イプセンが(あば)れたんだ。あんなふうにな」


 ボームはエルフの(むすめ)がなおも「ごめんなさい、ゆるしてください」とさけびながら、つかつかモヒカン男に()かっていき、胸倉(むなぐら)をつかんで、白目(しろめ)をむいている顔をボコボコに(なぐ)りつけているのを親指で差した。


「あやまりながら暴力(ぼうりょく)ふるうって……(はた)から見てたらなんかコワイんですけど」

「ああ言ってりゃ警邏(けいら)の兵士に傷害(しょうがい)や殺人の現場をおさえられても『命のキケンを感じて気が動転(どうてん)していて自分がなにをしていたか分からなかったんです』で正当(せいとう)防衛(ぼうえい)が成立しやすいからって、前に言ってたぞ」

自覚(じかく)症状ありまくりかっ!!)


 小夜子(さよこ)(さら)にゾッとした。


 ボームがすっくと立ち()がる。

「おーい、イプセン、その(へん)にしとけや。やっこさん本気で死んじまうぞお」

「ボーム……」


 イプセンは(われ)に返ったようにハッとして――最初っから正気(しょうき)だっただろうが――テーブルのうしろから出てきたヒゲ(づら)の男に、マジメな顔をして言った。


「ダーウィン(しょう)って知ってます?」


(ああああ……)


 小夜子(さよこ)は頭をかかえてちぢこまった。

 (はや)くこの場からいなくなってしまいたい。


 ボームはとりあえず、モヒカン男をイプセンの手からひっぺがし、彼の安全を確保した。


 こそこそ。

 ギルドから脱出(だっしゅつ)しようと、出口(でぐち)めざして匍匐(ほふく)前進していた小夜子(さよこ)を、ボームの黄色い目が見咎(みとが)める。


「で、だ。新米(しんまい)冒険者のサヨコちゃん。たてつづけでワルいんだが」


 高熱の破壊(はかい)光線(こうせん)にあったかくなった床に()いつくばったまま、小夜子(さよこ)はギルド職員であるヒゲの男の声を聞いていた。


「ここ、もっぺん直してってくれねえか? 報酬は追加(ついか)五万(ごまん)出すからよ」


 ギルドの職員直々(じきじき)依頼(いらい)に、小夜子は不承不承(がえ)んずる。

 イプセンが少女の厚意(こうい)に感激して、手を打ちあわせた。


「まあ、すばらしい選択(せんたく)ですサヨコさん。愚鈍(ぐどん)でどーしよーもない人間ながら、私たちのために馬車馬(ばしゃうま)のごとくはたらくその精神は――その精神だけは、称賛(しょうさん)(あたい)しますね」

「これで本気(ホンキ)でホメてるってのが悪質なんだよなあ」

「だったらちゃんと注意(ちゅうい)してくださいよ」

「いや、オレも命は()しいんでな」


 無責任(むせきにん)にぼやくボームに、なんでそんなのを(やと)っているのかと()くと、これで用心棒(ようじんぼう)としては使えるし、他ではすぐにクビになったりブラックリストに()ってたりで(つと)め先がなくて不憫(ふびん)でなと返ってきた。


「イプセンさん、自分が冒険者になろうって思わないんですか? すごい強いし、(かせ)げそうなもんですけど」


 どうガンバッてもギルド職員は彼女には向かない職業な気がして、小夜子(さよこ)はたずねてみた。

 イプセンは(こま)ったような、しかしとびきりの笑顔を見せて、


「だってモンスターって怖いじゃないですか」


 ()った。






 

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