エルフについて-④
ばんっ!
「くおらあ! エルフ!!」
ギルドの大扉が、爆音めいた音をたてて開け放たれた。
「ああっ! あの人たちは……」
イプセンが若草色の目を見開いて、ゾウキンを投げ捨て身をかくす。
小夜子のうしろに。
「え?」
是も非もなく盾にされ、さしもの小夜子も目を点にした。
冒険者ギルド本部の入り口にあらわれた三人の男――よく見ると、彼らはギルドへの道すがら、小夜子とすれちがった戦士たちだった。
モヒカン男の額には、ボールペンが刺さっていたはずだが、今は治療用の正方形のパッチが貼られている。血がにじんでいる。痛そう。
「さっきはよくもやってくれたなあ!!」
ズカズカ!
鋼鉄の板を仕込んで外部からのダメージに備えたブーツを不遜に鳴らして、モヒカン男が小夜子のうしろのイプセンに吠える。
事情がのみこめず目を白黒させる小夜子に、イプセンがすばやく耳打ちした。
「あの人たちは、さっきここに来てムチャな要求をわめいていたメイワク客なんです。あの時はなんとかなりましたが……」
「あ、それでさっきの散らかりようってわけですね」
コクン。
イプセンがうなずき、小夜子は得心した。
(つまり――もへったくれもなく、あの変なカッコをした男の人たちが暴れたおして、この施設のなかがしっちゃかめっちゃかになってた、と)
折れたイス。
割れたテーブル。
焼けて抜け落ちた床。
それらは先ほど小夜子が錬金術で修復したものの、チラリと黒い瞳を横にやれば、やはり傷痕なまなましい、小火でもあったようなカベが残っている。
(うん?)
小夜子はヒビだらけの黒いカベについている染み――なのかなんなのか――を凝視した。
人の形……にみえる。
なにか、強い力で全身を押しつけられ、その上から熱波でもくらわされれば、こういうふうに人の影めいた白い跡がつくだろうか。
(イプセンさんの型……ではないよね?)
カベの人型は身長があり、髪型までくっきり縁取っていた。
それはどう考えてもセミロングの華奢で中背な――エルフの女性職員のものではない。
「嬢ちゃ……サヨコちゃん」
チョイチョイ。
カウンターテーブルのほうから声がかかる。
イプセンの同僚(だか上司だかしらないが)ボームが、甲に毛のはえた手を動かして、小夜子に「来い来い」と合図していた。
逃げられるものなら逃げたかったが。
ワンピースの肩紐を握りしめるイプセンに、小夜子は足止めを食らっている。そうこうしている内に、
「人がただ不平不満をわめいてただけだってのに、この女あ……ああまですることねえだろが!! さっきの借りは、たっぷり返させてもらうぜ!! ――来てくだせいっ、オヤブン!!」
冒険者――というよりは賊っぽいくちぶりで、モヒカン男は外にいるのであろう仲間を呼んだ。
ぬうっ。
優に二メートルはある大扉をくぐって、縦にも横にも長さのある、もちろん厚みも相当量の、でっぷりとした禿頭の男が屋内に入ってくる。
年齢は不詳。
(ってゆーか人間なのかなあ)
と言いたくなるブヨブヨとした人相、そして脂肪だらけの体型には、裸の上からバッテンの形に鎖を巻きつけ、その先端部分であろう、鋼のイガグリともいうべき鉄球を、見せつけがましく手にぶらさげている。
モーニングスターとでも呼ぼうか。そんなかんじの武器だ。
下はレザー素材のロングパンツに、やはり鎖や鋲をジャラジャラさせたパンクルックで、ブヨブヨの大男は、のっしのっしとイプセンに迫った。
ついでに小夜子にも。
……二人のあいだに立っている(立たされている)のだから、こればっかりはしょうがない。
「ぐへへえ。デメエかあ、オデのかわいい子分たちを痛めつけたってのはあ」
(見た目どーりの口調だなあ)
小夜子は太った男と目を合わせないよう顔をそらして思った。もうこうなったら、目のまえのブヨブヨ男がよだれを垂らしていたっておどろかない。
イプセンはふるえる。小夜子のうしろで、勝手に。
「うう……い、痛めつけるなんて……私、そんなこと……。あんまり聞きわけなかったし、うるさかったから、もうカンベンしてくださいってお願いしただけで……」
「ウソつけあ!!」
モヒカン男が怒鳴る。
彼のうしろで、仲間の戦士たちがうんうんとうなずいている。
「な、なにをしたんですか?」
小夜子はこの際なんでもいいから状況を打開しようと――自分の身の安全だけは確保しようとあがいた。
その第一歩の情報収集である。
「それが、彼らが行こうとしていたダンジョン〈地下遺跡〉に立入禁止令が出たんです。新種のモンスターが発見されて、それで王国騎士が調査のために遠征に行って、調べおわるまでエリアを封鎖したんです。なのにこの人たちは、私たちを脅迫して、ムリヤリ探索の許可を出させようとしたんです」
――そうか。
小夜子は、だからエチカは同じように侵入禁止になっている〈地上〉に行ってしまったんだと合点した。
(フィーロゾーフィアの王国騎士の監視が手薄になってたから、あの人、彼らの手をすりぬけて行っちゃったんだわ)
ふだんはなんだかんだで見つかることが多いということだろう。
イプセンがつづける。
「でも……どれだけ『規則ですから』って断っても、あの人たち聞いてくれなくて。何度も同じことをわめきつづけて……私、怖くて……」
「……」
小夜子はなんとなく察した。
このエルフの女性があの戦士たちの恫喝におびえているのを見兼ねて、近くにいた冒険者のだれかが、彼らと彼女とのあいだに割って入ったのだろう。
(おそらくは、魔法か錬金術の使い手が)
カベの焼けこげは、彼もしくは彼女の術によってできた戦いの痕。
モヒカン戦士たちは、助けに入った冒険者の力に恐れをなし、逃げ帰り、逆恨みして、増援を呼んで仕返しに戻ってきた――
(でも、もうこのエルフのお姉さんを助けてくれた人はおらず、ガードのなくなったところに向こうは新しい戦力をこさえてやって来た、と)
ザッとこんなところだろう。
一連の経緯を推測し終えた小夜子は、とりあえず自分だけは逃げようと決意を新たにした。
だって人助けはシュミじゃないのだ。
ケンカだって好きじゃないのだ。
「ぐわはははー! なーんもせんなら、オデのほうからいくどおー!!」
ブウンブウン!
禿頭の巨漢が鉄球をふりまわす。
パリンッ!
パリーン!
ペンダント型のシーリングライトが、豪速の鉄塊に触れて割れ、床に落ちて更に砕ける。
「やっ、やめて……やめてー!」
イプセンが悲鳴をあげる。
受付からボームがテーブルを飛び越えて、二人の女の子と鉄球男のあいだに躍り出た。
(なんだ、助けてあげるんじゃないですか……あ?)
グイッ。
腕を引っぱられて、小夜子は凧みたいになってボームにつれていかれた。
受付のテーブルを壕に見立て、そのうしろに避難させられる。ボームも横で伏せている。
「えっ!? イプセンさんは――」
ポツネンとイプセンは一人悪漢たちのまえに取りのこされた。
小夜子はらしくもなく、ボームのことを薄情だと思った。
小夜子にとってイプセンは赤の他人だが、ボーム――そしてここで働く人たちにとっては、苦楽を共にする仲間……戦友ではないのか。
なのに、彼女一人、まるでのけものにするように置いてけぼりにしてしまうなんて。
(人間じゃない――エルフだから、ほったらかされてるのかな……)
小夜子の予想は、あながち外れてはいなかった。
ズドオ!!
轟音があがる。
イプセンに、鉄のトゲを持つ金属球が、突き刺さ――
「ホゲエ!?」
らなかった。
焼き切れた鎖。
とちゅうで縛めを解かれた鉄の塊は、ギルドの奥めがけてふっ飛んで、不幸にも待合席で剣を抜いて助太刀するか迷っていた一人の青年をペシャンコにした。
「ああっ! マーク! だから早くテーブルの下にかくれろって言ったのに!!」
青年(マークというらしい)の仲間であろう軽装の男が叫ぶ。ちゃっかり机の下にもぐりこんだまま。
小夜子には何が起こったかわからなかった。
ちぢこまっていたハズのイプセンを見る。
彼女は目に涙を浮かべていた。震えている。
しかし指を一本立てている。まっすぐに、男たちに腕をのばして。
彼女の指先には、白い熱の光が灯っている。
「魔法?!」
小夜子は最近この世界に存在することを知った技術の名前を口走った。
グスン、グスン。
イプセンがベソをかきながら言った。
「せっかく……せっかく女の子しかいない、山と森だらけのタイクツな郷から出てきて、あこがれの都会生活をしようと思ったのに。ギルドに務めていれば、カッコよくて強い人とめぐりあって、燃えるような恋をして永遠の愛を育めると思ったのに……」
鼻声で理想を口にする、エルフの女性。
イプセンを、いつのまにやら半眼になってながめて、小夜子はとなりのボームに言った。
「人間社会にユメ見すぎてません? 彼女」
「何度かそう注意したんだけどなあ。現実見ろって」
チロッ。
イプセンがこっちを見た。
サッ、とボームと小夜子は目をそらす。
「あデえ? お、オデの武器……どこに――」
「やっぱり、やっぱり女王様の言うとおり、エルフの里にひっこんでたほうがよかったのかしら。でも、でもごめんなさい。イプセンは……この健気で才気あふれて美しすぎる森精霊のイプセンは、おろかな人間たちの跋扈する世界であっても――いえ、自分よりはるかに劣ると断定する種族の社会であるがゆえに――そこにさまよう人々に正しき道を示し、あわよくばやっぱりカッコよくて強い人と結ばれて、うれし楽しく毎日私だけでもしあわせに生きていきたいのです!!」
両手をグーの形にして頭をふり、一人芝居じみた所作までして、抱負を語るエルフに、
「よくわがんねえが……よぐもやってぐれだなあ!」
禿頭の大男が、硬く握り込んだ拳を振り下ろす。
「それなのに……」
ぺちっ。
そんな音がしそうな軽い動きでイプセンは大男のグーを上に跳ねつけた。
ドガア!!
大男が吹っとび、天井に頭をぶつけ――貫く。
プラン……。
首から下の巨大な図体が、ちからなく上からぶらさがった。
「おっ、オヤブン!」
「オヤブンがやられた!!」
「逃げろお!!」
モヒカン男のうしろにいた二人が、一も二もなくギルドから飛び出していく。
「なっ……なんちゅーことすんだテメエ!!」
自分の仕返しのために来てくれたオヤブンへの義理か、モヒカン男は――彼だけはその場に留まった。
ガクーッとイプセンは床にくず折れる。
「なのにっ、人間ったらホントに愚鈍でグズでマヌケで、私のように高尚な存在に一切敬意を払わない! ばかりかこんなクズの代表格みたいなケダモノが、私と会話をするだけでは飽き足らず、脅してビビらせていい気になって、我が物顔で私と同じ世界の空気を吸って吐いて吸って吐いてしてるなんて!!」
「いいだろべつに呼吸くらいさせろや死んじゃうだろ!!」
(それはそう)
小夜子は、そして隣りのボームも、他の冒険者たちも、モヒカン男の主張にうんうんとうなずいていた。
「ったくこのエルフやろーが! さっきから言わせておけば好き放題ぬかしやがってえ!!」
モヒカン男が腰に佩いていた長剣を抜く。
ささやかながら、小夜子はモヒカン男に同情した。本当に、彼はよくこちらの気持ちを代弁してくれたものだ。
イプセンの口の悪さは、同じく毒舌な小夜子をして目を瞠るものがある。悪い意味で。
「いやああ!!」
抜刀して接近するモヒカン男に、イプセンは左手を突き出した。相手にストップをかけるように。
その動きだけで、彼女の掌から白色のエネルギー光がふくらみ、飛び出した。
「ウギャあ!!」
とっさによけた男の脇をかすめて、エネルギー波が大扉に直撃する。
ドオン!!
ギルドの玄関口が、木っ端微塵に消し飛んだ。
できた大穴から、メインストリートの景色がのぞく。
町はオレンジ色を帯びていた。
(もう夕方かあ)
小夜子は遠い目で思う。
「てっ……てめっ! 殺す気か――」
モヒカン男が言い終わるより先に、
「ごめんなさい! 許してください! 私ったら正直者だから……人間とちがって正直で純粋で美しい心と面の持ち主だから、つい思ったことをそのまま口走ってしまうんです!!」
あやまりながら、右、左、右、とイプセンは手を突き出して純白の熱塊を撃ち放つ。
今度はぜんぶ、モヒカン男に着弾した。
「うぎゃあううぉうぉげええ!!」
連続で三回の爆炎をマトモに受け、モヒカン男は火と煙と衝撃のなかを、壊れたオモチャのように跳ねまわった。
プスプス……。
焦げた臭いがギルドの建物内にただよう。
まあ大きな穴があいていることだし、換気に不足はない。すぐに臭いは拡散して外気に溶け消えるだろう。
(じゃ、なくて……)
小夜子は真っ黒コゲになって床に倒れているモヒカン男を、カウンターテーブルに隠れたままながめた。
モヒカン男の昏倒しているさまは、奇しくも焼けた壁にできた白いシルエットと同じ形だった。
「あの……ひょっとして、わたしがここに来た時に内装が荒れてたのも」
「ああ。イプセンが暴れたんだ。あんなふうにな」
ボームはエルフの娘がなおも「ごめんなさい、ゆるしてください」とさけびながら、つかつかモヒカン男に向かっていき、胸倉をつかんで、白目をむいている顔をボコボコに殴りつけているのを親指で差した。
「あやまりながら暴力ふるうって……傍から見てたらなんかコワイんですけど」
「ああ言ってりゃ警邏の兵士に傷害や殺人の現場をおさえられても『命のキケンを感じて気が動転していて自分がなにをしていたか分からなかったんです』で正当防衛が成立しやすいからって、前に言ってたぞ」
(自覚症状ありまくりかっ!!)
小夜子は更にゾッとした。
ボームがすっくと立ち上がる。
「おーい、イプセン、その辺にしとけや。やっこさん本気で死んじまうぞお」
「ボーム……」
イプセンは我に返ったようにハッとして――最初っから正気だっただろうが――テーブルのうしろから出てきたヒゲ面の男に、マジメな顔をして言った。
「ダーウィン賞って知ってます?」
(ああああ……)
小夜子は頭をかかえてちぢこまった。
早くこの場からいなくなってしまいたい。
ボームはとりあえず、モヒカン男をイプセンの手からひっぺがし、彼の安全を確保した。
こそこそ。
ギルドから脱出しようと、出口めざして匍匐前進していた小夜子を、ボームの黄色い目が見咎める。
「で、だ。新米冒険者のサヨコちゃん。たてつづけでワルいんだが」
高熱の破壊光線にあったかくなった床に這いつくばったまま、小夜子はギルド職員であるヒゲの男の声を聞いていた。
「ここ、もっぺん直してってくれねえか? 報酬は追加で五万出すからよ」
ギルドの職員直々の依頼に、小夜子は不承不承肯んずる。
イプセンが少女の厚意に感激して、手を打ちあわせた。
「まあ、すばらしい選択ですサヨコさん。愚鈍でどーしよーもない人間ながら、私たちのために馬車馬のごとくはたらくその精神は――その精神だけは、称賛に値しますね」
「これで本気でホメてるってのが悪質なんだよなあ」
「だったらちゃんと注意してくださいよ」
「いや、オレも命は惜しいんでな」
無責任にぼやくボームに、なんでそんなのを雇っているのかと訊くと、これで用心棒としては使えるし、他ではすぐにクビになったりブラックリストに載ってたりで勤め先がなくて不憫でなと返ってきた。
「イプセンさん、自分が冒険者になろうって思わないんですか? すごい強いし、稼げそうなもんですけど」
どうガンバッてもギルド職員は彼女には向かない職業な気がして、小夜子はたずねてみた。
イプセンは困ったような、しかしとびきりの笑顔を見せて、
「だってモンスターって怖いじゃないですか」
言った。




