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フィーロゾーフィア  作者: とり
第11話 エルフについて
43/137

エルフについて-③

 



   ◇



 坂道を歩いて上層から下層に()りていく。


 石畳(いしだた)みの道路の先から声が飛んできた。

 男の声だ。


「ひええっ!!」

「テメーおぼえてろ!!」

「オヤブンに報告だあ!!」


 ドタドタ!

 ブーツを鳴らして、三人の男が駆けあがってくる。


 鉄柵(てっさく)によりかかって駄菓子(だがし)を食べている若者たちや、軒先(のきさき)のベンチにすわって〈エメラルド(タブレット)〉というハンディタイプの情報端末(たんまつ)をいじっていた町人のあいだを、息せききって走りぬけていく。


(ボールペン?)


 横切っていった男たちの一人(ひとり)――先頭を走っていた、モヒカンの鎧武者(よろいむしゃ)(ひたい)()さっていたものを見て、小夜子(さよこ)は黒い目を丸くした。


(……ギャグじゃなかったら死んでたよね)


 深々と突き刺さって(のう)に達していることまちがいなしのペンを尻目(しりめ)に、小夜子(さよこ)はそんなことを思う。


 なにげに男たちのやってきた方角に目を()けると、ちょうどさがしていた建物を見つけた。


 『冒険者ギルド』。


 (りゅう)と剣の意匠(いしょう)()った看板(かんばん)に、(もう)しわけていどに建造物(けんぞうぶつ)の名を()げる刻印(こくいん)がある。


 石づくりの、四角く無骨(ぶこつ)なその建物は、道の(わき)に不自然にできた突端(とったん)――もとは(みさき)か、でなければ船の発着場(はっちゃくじょう)としてこさえようとしたのが頓挫(とんざ)してしまったような地形――に、スポッとおさまるようにして建っていた。


「おじゃましまーす」

 誰にともなく言いながら、小夜子(さよこ)(がけ)っぷちに建つギルド本部の大扉(おおとびら)をひらく。


 なかは雑然(ざつぜん)としていた。


 冒険者(ぼうけんしゃ)らしい、武具で(よろ)った老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)

 (ゆか)は木の板張(いたば)りであったかみを感じるものの、なぜかところどころ()げた(あと)があったり、露骨(ろこつ)(あな)のあいている箇所(かしょ)まである。


「うっ……ひっく……」


 ()れたガラスのカケラや、(くだ)けた調度品――もとはツボや絵画(かいが)だったのだろう――の破片(はへん)を、泣きベソをかいた一人(ひとり)の女性が、チリトリと(ほうき)であつめている。


 小夜子(さよこ)は息をのんだ。

 (とし)のころ二十(にじゅう)ほどの女性が、公衆の面前(めんぜん)でしゃくりをあげていることに対してではない。

 ()けば泣くほど強くなると、昔の日本のヒットソングにもあるじゃあないか。


 それはともかく小夜子の目を()いたのは、女性の人形(にんぎょう)めいた可憐(かれん)さにあった。


(この世界って美人(びじん)多いなあ)

 そう思わざるを得ない。男女()わずキレイなやつが多い。


 にしても、受付カウンターのまえで、()掃除(そうじ)にいそしむ(みどり)のセミロングの女性の美しさについては、尋常(じんじょう)ならざるものがあった。


「ん?」

 と小夜子(さよこ)は気付く。


 緑の髪の女の、(たまご)型の輪郭(りんかく)から突き出たものに。長い、先の(とが)った耳。

 もしかして――。


「……エルフ?」

「ひい!」


 小夜子がつぶやくと、女はせっかく取りあげた、奇跡(きせき)的に無傷だったヒヨコの彫像(ちょうぞう)を取り落とした。


 パリイイン!

 (きん)ピカのヒヨコ(ぞう)が、かわいた音をたてて(くだ)け散る。


「こおらイプセン! 国王陛下(へいか)直々(じきじき)にたまわった、『年間クエスト件数百万()えで(しょう)』の贈呈品(ぞうていひん)を、てめえ壊しやがったな!!」


 奥のほうから、四角い顔をつつむようにアゴヒゲを()やした黒髪の大男が声を(あら)らげる。

 どうやら彼も掃除――というか片づけ――をしていたようで、イスやテーブルを(ととの)えるなり、ドカドカ足音(たか)くやってきた。


「ごっ、ごめんなさいボーム! この人がいきなり……」

「アホかっ。子供になんか言われたくらいでビビるやつがあるかっ!」

「ううう~……」


 イプセンと呼ばれた女性は、(ひん)のいいブラウスにタイトスカートといった、オフィスレディ(ふう)衣装(いしょう)をまとった身体をぐっと(ちぢ)めた。


 決して大柄(おおがら)ではないが、小柄(こがら)でもない。小夜子(さよこ)より十センチほど高めの、中背(ちゅうぜい)ほどの身長だが、今は小夜子よりも小さくもろい存在に見えた。


「んで、そっちの(じょう)ちゃんはここになにしに来たんだい」


 ギロッ。

 アゴヒゲの大男の黄色(きいろ)い目が小夜子(さよこ)(にら)む。


「え? えっと、冒険者(ぼうけんしゃ)になろうと思って、(もう)()みに来たんです。でも、このありさまは……」


 よけいなことだと思いつつも、小夜子は()かずにはいられなかった。


 ギルド内は、小夜子のいる()(ぐち)から、奥へと(じゅん)に、

 『受付カウンター』

 『換金・報酬窓口(まどぐち)

 『依頼(いらい)検索(けんさく)

 の(ふだ)が天井から()かっている。


 依頼(いらい)はコルクの掲示板(けいじばん)にピン()めされているものもあるが、そこに出しきれなかった市民や公共機関(きかん)からの依頼書(いらいしょ)を、壁際(かべぎわ)三機(さんき)置いてあるパソコンで調べることもできる。


 先に()べた()(あと)や、壊れた家具(かぐ)調度品、ところどころに血痕(けっこん)といった惨状(さんじょう)は、換金を(にな)う、待合(まちあい)席もある広間(ひろま)には(ごく)わずかにしかおよんでいなかった。


 とはいえ(はい)ってすぐ――しかも(はじ)めて来た施設(しせつ)が血や()けあとまみれでは、小夜子(さよこ)の質問もむべなるかなである。


 彼女の問いかけに、エルフ――イプセンから『ボーム』と呼ばれていた大男は、ごほんと咳払(せきばら)いをひとつした。


「気にするな」

(いやさすがに物騒(ぶっそう)なところってなるとわたしもさっさとずらかりたいんですが――)


 小夜子(さよこ)胸中(きょうちゅう)で青ざめながら、受付カウンターにひっこむ四十がらみの男の背中を見送った。


 男――ボームがイスに窮屈(きゅうくつ)そうに(おさ)まる。


「ほれ、登録(とうろく)するなら、さっさとこれを書いてくんな。現在の職業は? 名前は? 現住所は?」

 まくし立てるように言いながら、登録用紙(ようし)をヒラヒラさせるボームに、小夜子(さよこ)は逃げ場を(うしな)ったことを悟った。


 水拭(みずぶ)きをしようと雑巾(ぞうきん)をしぼっていたイプセンが告げる。


「すみません。新規(しんき)登録者の獲得(かくとく)に、当ギルドは必死なんです。かつては小学生の将来(しょうらい)なりたい職業(しょくぎょう)ランキング第一位(いちい)()めていた〈冒険者〉ですが、最近では『やっぱりラクして安全にかせげるのがいいよね~』という考えかたが定着(ていちゃく)し、ランキングの上位を〈動画投稿(とうこう)者〉や〈ゲーム実況(じっきょう)者〉、〈ウェブ小説家〉や〈マンガ()〉などのエンターテイメント業がかっさらうようになりまして」


「……現場(げんば)仕事の若者(ばな)れはどこの世界でも同じなんですね」


 小夜子(さよこ)はボソリと言った。

 イプセンは(かた)までの長さのあるグリーンの髪をゆらして、「?」という表情をしている。


「と、いうわけだ。ここに来ちまったからには(はら)をくくってくれ。こいつを書かなければ()きて出られないと思いな」

「ボームったら口汚(くちぎたな)い。それは悪党(あくとう)のセリフです」

「おめーはさっさと自分のあとしまつをしろい!」


 カンッ!


 ボームの()げたジッポライターがイプセンの白い(ひたい)に当たる。


 彼女はまたグスッ、グスッと(はな)を鳴らして、()き掃除にかかった。

 (くろ)ずんだ壁紙(かべがみ)を、ごしごしこすっていく。


 小夜子(さよこ)もまた、ボームに言われた(とお)り受付カウンターに移動した。

 依頼の発注・受注もこのテーブルは(にな)っているようで、となりの席で熟練(じゅくれん)らしい剣士や術師が、つぎつぎに受けたい仕事の書類(しょるい)を持ってきて、担当(たんとう)の者と話している。


 小夜子(さよこ)登録(とうろく)の用紙に(そな)えつけのボールペンで必要事項(じこう)記入(きにゅう)していった。

 この世界の文字(もじ)は、すでに習得()みだった。


「ほおー。あんた、錬金術師(れんきんじゅつし)かい。……ん? この住所――。ああ……あのジャジャ(うま)の」


 エチカのことを言っているのだろうと気付いて、小夜子(さよこ)はなにも言わなかった。


 ボームは前をあけた黒いジャケットに、スラックスの巨体をグッと()らして、


「おーい、この(じょう)ちゃんに錬金術師の(つえ)を貸してやってくれ。あるだろ、前にだれか忘れてったやつが。一本(いっぽん)くらい」


 張りのある大声を受けて、奥の事務所からパタパタ若い男がやってきた。

 (ほお)ににきびのある、まだ十代ほどの若者が、丸い透明(とうめい)な石のついたロッドをボームの手に渡す。


「おお、サンキュ」

 ボームは言って、小夜子(さよこ)(つえ)を差し出した。


「えっと……? これで、(なに)を?」

「仕事だよ仕事。さっそくでワリイけど、そこの待機(たいき)スペースをすっかりキレイにしてくんな。五万グロリス出す」

「ごっ……」


 たった一件(いっけん)で五万グロリス!!


 ――この世界の貨幣単位(かへいたんい)〈グロリス〉は、日本円(にほんえん)とそう価値が変わらないことを、小夜子(さよこ)は日々の買い物で思い知らされていた。


 もちろん、物資(ぶっし)輸送(ゆそう)や流通の度合(どあ)いにより、この法則の合わないケースもままある。が、食糧(しょくりょう)日用品(にちようひん)の値段から換算(かんさん)すると、(いち)グロリス=一円(いちえん)という解釈(かいしゃく)でじゅうぶんに通用する


「わかりました。でも、わたしまだ錬金術(れんきんじゅつ)を習って()もないので、カンペキに修復するのはムリだと思いますよ」


 小夜子(さよこ)は両手でロッドを持った。

 先端(せんたん)玉石(ぎょくせき)〈エーテル(せき)〉が反応し、透明から〈(ニグレド)〉に色を変える。


 ボームが(うな)る。


「むっ……そうか。じゃあ、直せそうなものだけ直してくれ。それだけでも助かる。ひとつにつき五千グロリスだそう。それでどうだ?」


「やってみます」


 小夜子(さよこ)はうなずいた。

 振りかえると、イプセンが立っている。雑巾(ぞうきん)をにぎりしめて。


「あのー、イスやテーブルを早めになおしていただけると、ありがたいんですが」

「わっ! は……はい」


 (あし)が折れたり天板(てんばん)()れたりしたイスやテーブルを指で示されて、小夜子(さよこ)小走(こばし)りにそちらへ行った。


 (つえ)の先端を、材料となるもの――さいわい、テーブルセットは破損(はそん)しているだけで、必要な物はすべてそろったままだった――に当てる。


 小夜子(さよこ)が強く意識するのは、〈(なお)れ〉ということだけでよかった。

 あとは大気(たいき)中にただよう触媒(しょくばい)〈プネウマ〉が、術者の力量(りきりょう)にのっとり、その意図(いと)するところをエーテル石を(かい)して読み取って、用意された素材(そざい)を組み合わせてくれる。


 おそろしいのは、この〈プネウマ〉は、錬金術師の技量が高まれば、(ちり)からでも木材を作り出したり、もっと言えば貴金属(ききんぞく)さえ()み出すことが可能になってしまうのだ。


 小夜子(さよこ)はまだそこまでの腕前(うでまえ)を持たないが、できる人物(じんぶつ)身近(みぢか)におり、その人に言わせれば「原子(げんし)をいじるのよ」とのことらしい。


 失敗した時のことを考えると、そらおそろしくて(ため)そうという気にはなれないが。


 ボン!


 かくして(こわ)れたイスが、(けむり)をひとかたまり発生させて、四つ脚になってピッタリ床に立っていた。

 この調子でテーブルも直していく。


「わあー、キレー。上手(じょうず)ですねー」


 手を()ち合わせて喜ぶイプセンに、小夜子(さよこ)は「えへへ」と()れ笑いする。

 調子に()って、(ゆか)()(あと)(あな)(ふさ)いでいく。

 ヒヨコの彫像(ちょうぞう)に関しては、ザンネンながら元のカタチを想像できなかったので断念(だんねん)した。


「ほおお」


 焼けた物を新品(しんぴん)同様に還元(かんげん)したり、材料の損失(そんしつ)のある穴ぼこを(ふさ)ぐのは、あるていど訓練を受けた錬金術師でなければ失敗することが多い。


 精神(せいしん)を伝達する〈エーテル(せき)〉は、小夜子(さよこ)能力(のうりょく)を『適正』と判断し、プネウマに補正(ほせい)を命じてくれたようだ。でなければ木の(ゆか)は、元のものよりうすっぺらく、足を()けば()みぬいてしまっていただろう。


 そこだけ()りかえたようにツヤピカの床板(ゆかいた)を踏んで、体重をかけ、ガタピシとさえいわないようすに小夜子(さよこ)は満足げに胸をそらせた。


「はいっ。これで直りましたよ」

「すごいすごーい! たかが人間ごときにこんなことができるなんてっ、錬金術ってすごいんですねー」

(ん?)


 小夜子(さよこ)はトクイ()な笑顔のままかたまった。

 イプセンが今なにか――。


 聞きまちがいかと思って彼女のほうに首をまわす。


 ニコニコ。

 イプセンは愛想(あいそ)のいい、可憐(かれん)な、西洋人形のような精緻(せいち)な表情で――笑顔で、こちらを見つめている。




 

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