エルフについて-③
◇
坂道を歩いて上層から下層に下りていく。
石畳みの道路の先から声が飛んできた。
男の声だ。
「ひええっ!!」
「テメーおぼえてろ!!」
「オヤブンに報告だあ!!」
ドタドタ!
ブーツを鳴らして、三人の男が駆けあがってくる。
鉄柵によりかかって駄菓子を食べている若者たちや、軒先のベンチにすわって〈エメラルド板〉というハンディタイプの情報端末をいじっていた町人のあいだを、息せききって走りぬけていく。
(ボールペン?)
横切っていった男たちの一人――先頭を走っていた、モヒカンの鎧武者の額に刺さっていたものを見て、小夜子は黒い目を丸くした。
(……ギャグじゃなかったら死んでたよね)
深々と突き刺さって脳に達していることまちがいなしのペンを尻目に、小夜子はそんなことを思う。
なにげに男たちのやってきた方角に目を向けると、ちょうどさがしていた建物を見つけた。
『冒険者ギルド』。
竜と剣の意匠を彫った看板に、申しわけていどに建造物の名を告げる刻印がある。
石づくりの、四角く無骨なその建物は、道の脇に不自然にできた突端――もとは岬か、でなければ船の発着場としてこさえようとしたのが頓挫してしまったような地形――に、スポッとおさまるようにして建っていた。
「おじゃましまーす」
誰にともなく言いながら、小夜子は崖っぷちに建つギルド本部の大扉をひらく。
なかは雑然としていた。
冒険者らしい、武具で鎧った老若男女。
床は木の板張りであったかみを感じるものの、なぜかところどころ焦げた跡があったり、露骨に穴のあいている箇所まである。
「うっ……ひっく……」
割れたガラスのカケラや、砕けた調度品――もとはツボや絵画だったのだろう――の破片を、泣きベソをかいた一人の女性が、チリトリと箒であつめている。
小夜子は息をのんだ。
年のころ二十ほどの女性が、公衆の面前でしゃくりをあげていることに対してではない。
泣けば泣くほど強くなると、昔の日本のヒットソングにもあるじゃあないか。
それはともかく小夜子の目を惹いたのは、女性の人形めいた可憐さにあった。
(この世界って美人多いなあ)
そう思わざるを得ない。男女問わずキレイなやつが多い。
にしても、受付カウンターのまえで、掃き掃除にいそしむ緑のセミロングの女性の美しさについては、尋常ならざるものがあった。
「ん?」
と小夜子は気付く。
緑の髪の女の、卵型の輪郭から突き出たものに。長い、先の尖った耳。
もしかして――。
「……エルフ?」
「ひい!」
小夜子がつぶやくと、女はせっかく取りあげた、奇跡的に無傷だったヒヨコの彫像を取り落とした。
パリイイン!
金ピカのヒヨコ像が、かわいた音をたてて砕け散る。
「こおらイプセン! 国王陛下直々にたまわった、『年間クエスト件数百万越えで賞』の贈呈品を、てめえ壊しやがったな!!」
奥のほうから、四角い顔をつつむようにアゴヒゲを生やした黒髪の大男が声を荒らげる。
どうやら彼も掃除――というか片づけ――をしていたようで、イスやテーブルを整えるなり、ドカドカ足音高くやってきた。
「ごっ、ごめんなさいボーム! この人がいきなり……」
「アホかっ。子供になんか言われたくらいでビビるやつがあるかっ!」
「ううう~……」
イプセンと呼ばれた女性は、品のいいブラウスにタイトスカートといった、オフィスレディ風の衣装をまとった身体をぐっと縮めた。
決して大柄ではないが、小柄でもない。小夜子より十センチほど高めの、中背ほどの身長だが、今は小夜子よりも小さくもろい存在に見えた。
「んで、そっちの嬢ちゃんはここになにしに来たんだい」
ギロッ。
アゴヒゲの大男の黄色い目が小夜子を睨む。
「え? えっと、冒険者になろうと思って、申し込みに来たんです。でも、このありさまは……」
よけいなことだと思いつつも、小夜子は訊かずにはいられなかった。
ギルド内は、小夜子のいる入り口から、奥へと順に、
『受付カウンター』
『換金・報酬窓口』
『依頼検索』
の札が天井から掛かっている。
依頼はコルクの掲示板にピン留めされているものもあるが、そこに出しきれなかった市民や公共機関からの依頼書を、壁際に三機置いてあるパソコンで調べることもできる。
先に述べた焦げ跡や、壊れた家具調度品、ところどころに血痕といった惨状は、換金を担う、待合席もある広間には極わずかにしかおよんでいなかった。
とはいえ入ってすぐ――しかも初めて来た施設が血や焼けあとまみれでは、小夜子の質問もむべなるかなである。
彼女の問いかけに、エルフ――イプセンから『ボーム』と呼ばれていた大男は、ごほんと咳払いをひとつした。
「気にするな」
(いやさすがに物騒なところってなるとわたしもさっさとずらかりたいんですが――)
小夜子は胸中で青ざめながら、受付カウンターにひっこむ四十がらみの男の背中を見送った。
男――ボームがイスに窮屈そうに収まる。
「ほれ、登録するなら、さっさとこれを書いてくんな。現在の職業は? 名前は? 現住所は?」
まくし立てるように言いながら、登録用紙をヒラヒラさせるボームに、小夜子は逃げ場を失ったことを悟った。
水拭きをしようと雑巾をしぼっていたイプセンが告げる。
「すみません。新規登録者の獲得に、当ギルドは必死なんです。かつては小学生の将来なりたい職業ランキング第一位を占めていた〈冒険者〉ですが、最近では『やっぱりラクして安全にかせげるのがいいよね~』という考えかたが定着し、ランキングの上位を〈動画投稿者〉や〈ゲーム実況者〉、〈ウェブ小説家〉や〈マンガ家〉などのエンターテイメント業がかっさらうようになりまして」
「……現場仕事の若者離れはどこの世界でも同じなんですね」
小夜子はボソリと言った。
イプセンは肩までの長さのあるグリーンの髪をゆらして、「?」という表情をしている。
「と、いうわけだ。ここに来ちまったからには肚をくくってくれ。こいつを書かなければ生きて出られないと思いな」
「ボームったら口汚い。それは悪党のセリフです」
「おめーはさっさと自分のあとしまつをしろい!」
カンッ!
ボームの投げたジッポライターがイプセンの白い額に当たる。
彼女はまたグスッ、グスッと鼻を鳴らして、拭き掃除にかかった。
黒ずんだ壁紙を、ごしごしこすっていく。
小夜子もまた、ボームに言われた通り受付カウンターに移動した。
依頼の発注・受注もこのテーブルは担っているようで、となりの席で熟練らしい剣士や術師が、つぎつぎに受けたい仕事の書類を持ってきて、担当の者と話している。
小夜子は登録の用紙に備えつけのボールペンで必要事項を記入していった。
この世界の文字は、すでに習得済みだった。
「ほおー。あんた、錬金術師かい。……ん? この住所――。ああ……あのジャジャ馬の」
エチカのことを言っているのだろうと気付いて、小夜子はなにも言わなかった。
ボームは前をあけた黒いジャケットに、スラックスの巨体をグッと反らして、
「おーい、この嬢ちゃんに錬金術師の杖を貸してやってくれ。あるだろ、前にだれか忘れてったやつが。一本くらい」
張りのある大声を受けて、奥の事務所からパタパタ若い男がやってきた。
頬ににきびのある、まだ十代ほどの若者が、丸い透明な石のついたロッドをボームの手に渡す。
「おお、サンキュ」
ボームは言って、小夜子に杖を差し出した。
「えっと……? これで、何を?」
「仕事だよ仕事。さっそくでワリイけど、そこの待機スペースをすっかりキレイにしてくんな。五万グロリス出す」
「ごっ……」
たった一件で五万グロリス!!
――この世界の貨幣単位〈グロリス〉は、日本円とそう価値が変わらないことを、小夜子は日々の買い物で思い知らされていた。
もちろん、物資の輸送や流通の度合いにより、この法則の合わないケースもままある。が、食糧や日用品の値段から換算すると、一グロリス=一円という解釈でじゅうぶんに通用する
「わかりました。でも、わたしまだ錬金術を習って間もないので、カンペキに修復するのはムリだと思いますよ」
小夜子は両手でロッドを持った。
先端の玉石〈エーテル石〉が反応し、透明から〈黒〉に色を変える。
ボームが唸る。
「むっ……そうか。じゃあ、直せそうなものだけ直してくれ。それだけでも助かる。ひとつにつき五千グロリスだそう。それでどうだ?」
「やってみます」
小夜子はうなずいた。
振りかえると、イプセンが立っている。雑巾をにぎりしめて。
「あのー、イスやテーブルを早めになおしていただけると、ありがたいんですが」
「わっ! は……はい」
脚が折れたり天板が割れたりしたイスやテーブルを指で示されて、小夜子は小走りにそちらへ行った。
杖の先端を、材料となるもの――さいわい、テーブルセットは破損しているだけで、必要な物はすべてそろったままだった――に当てる。
小夜子が強く意識するのは、〈直れ〉ということだけでよかった。
あとは大気中にただよう触媒〈プネウマ〉が、術者の力量にのっとり、その意図するところをエーテル石を介して読み取って、用意された素材を組み合わせてくれる。
おそろしいのは、この〈プネウマ〉は、錬金術師の技量が高まれば、塵からでも木材を作り出したり、もっと言えば貴金属さえ生み出すことが可能になってしまうのだ。
小夜子はまだそこまでの腕前を持たないが、できる人物は身近におり、その人に言わせれば「原子をいじるのよ」とのことらしい。
失敗した時のことを考えると、そらおそろしくて試そうという気にはなれないが。
ボン!
かくして壊れたイスが、煙をひとかたまり発生させて、四つ脚になってピッタリ床に立っていた。
この調子でテーブルも直していく。
「わあー、キレー。上手ですねー」
手を打ち合わせて喜ぶイプセンに、小夜子は「えへへ」と照れ笑いする。
調子に乗って、床の焦げ跡や穴も塞いでいく。
ヒヨコの彫像に関しては、ザンネンながら元のカタチを想像できなかったので断念した。
「ほおお」
焼けた物を新品同様に還元したり、材料の損失のある穴ぼこを塞ぐのは、あるていど訓練を受けた錬金術師でなければ失敗することが多い。
精神を伝達する〈エーテル石〉は、小夜子の能力を『適正』と判断し、プネウマに補正を命じてくれたようだ。でなければ木の床は、元のものよりうすっぺらく、足を置けば踏みぬいてしまっていただろう。
そこだけ貼りかえたようにツヤピカの床板を踏んで、体重をかけ、ガタピシとさえいわないようすに小夜子は満足げに胸をそらせた。
「はいっ。これで直りましたよ」
「すごいすごーい! たかが人間ごときにこんなことができるなんてっ、錬金術ってすごいんですねー」
(ん?)
小夜子はトクイ気な笑顔のままかたまった。
イプセンが今なにか――。
聞きまちがいかと思って彼女のほうに首をまわす。
ニコニコ。
イプセンは愛想のいい、可憐な、西洋人形のような精緻な表情で――笑顔で、こちらを見つめている。




