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フィーロゾーフィア  作者: とり
第11話 エルフについて
42/137

エルフについて-②

 



   ◇



 小夜子(さよこ)はフィーロゾーフィア王都の外縁(がいえん)にいた。


 (どく)の雲の上に浮かぶ、大小の島と大陸。これが天上(てんじょう)の世界〈ユックリッド〉の全容であり、(むらさき)瘴気(しょうき)につつまれた地上はその名称が許す領域(りょういき)(ふく)まれていない。


 (よど)んだ空気――毒気(どくけ)()ちた〈地上〉は、ただ俗称(ぞくしょう)を持つばかり。

 いわく、〈旧世界(きゅうせかい)〉と。


「ヒマ~」


 錬金術(れんきんじゅつ)大国(たいこく)フィーロゾーフィアは、その王都を小さな島の上に(きず)いていた。


 (みやこ)一本(いっぽん)の大通りによって、下層から上層へとくるりと蜷局(とぐろ)を巻くようにしてつながっている。


 天空の都市の(さら)に上にある(そら)を、小夜子(さよこ)は見上げていた。


 大通りから、(した)雲海(うんかい)(地上よりはるか天高くにあるため、毒は濾過(ろか)されて白く(きよ)水蒸気(すいじょうき)(かたまり)になっている)に落ちぬように設置された鉄の(さく)によりかかる。

 (そら)には(みどり)の石――〈渡煌石(とこうせき)〉の()れが、遠近法によって上空にいくにつれて小さくなっていた。


 ゆっくりと頭上をめぐるようにして円形(えんけい)軌跡(きせき)をえがいているあの緑の群石(ぐんせき)は、ひとつひとつが魔法がかった宝石で、別の世界とのつながりを持たせる能力(のうりょく)があった。


 ユックリッドに新たな知識や観念(かんねん)をもたらし、世界を拡張(かくちょう)することを可能にする。


 とはいえ『無条件に』というわけではない。


 錬金術大国(たいこく)銘打(めいう)つ〈フィーロゾーフィア〉国内でも、若くして(ひい)でた知識と技術を開花させた錬金術の才女(さいじょ)エチカに言わせれば、世界が新しい概念(がいねん)や、もっと言えば新たな物質を得るためには、そこにいる生命体が、それを得るに()えうる能力(のうりょく)を身につけなければならない。


 『全員ってわけじゃないわよ。一人(ひとり)でいいの』


 とは彼女の(べん)

 ゆえに()をこよなく愛する彼女は、知的探究をおこたることをしないのだ――


「――そう言いわけして、〈地上〉に飛行(エア)バイクに乗って行っちゃったんですよねー」


 〈スペース・コイル〉とも〈翻訳(ほんやく)(おび)〉呼ばれる緑の輝石(きせき)がえがく螺旋(らせん)(おび)を見上げたまま、小夜子(さよこ)()め息をつく。


 あまったほうの手で、首からぶら()げた、台座(だいざ)のカラになったペンダントをいじる。

 と。


「そりゃあ聞き()てならないなあ」


 横にのっしっと、手すりに(ひじ)ごと背中をもたせかける者がある。


 二十(にじゅう)中頃(なかごろ)の男だ。

 バンダナを巻いた黒い頭髪に青い目、夏仕様(しよう)の町人装束(しょうぞく)を着て、おしのび外出中のフィーロゾーフィア国王である。


「やあ、カワイ()ちゃん」

小夜子(さよこ)です」

「なんだいツレないなあ。今日はひとりかい?」


 国王――オーギュストは、キョロリとメインストリートを見まわした。

 上層――『エチカ商店(しょうてん)』のある(とお)りには、シャッターを下ろした小売店が(のき)をつらね、()きすぎる人がチラホラいるものの、彼のおめあての人物はいない。


「そう。スピノザの姉弟(きょうだい)は実家に帰っちゃったし、エチカもさっきわたしがボヤいた通りの事情でいません。証拠みます? 今朝(けさ)起きたらリビングにあったんです」


 小夜子(さよこ)はワンピースのポケットから、(ふた)つ折りにした紙片(しへん)を出した。

 白いカチューシャをつけた長いストレートロングの黒髪が、もったりとした昼下(ひるさ)がりの風にゆれる。


 小夜子(さよこ)(とな)りの男――オーギュスト王とは、以前から面識(めんしき)があった。おそらく『知人』と呼んでさしつかえないていどの仲ではある。


 ともあれ小夜子は彼のことが苦手だが。


 オーギュストは小夜子(さよこ)から紙切れを受け取った。

 カサリと開けて読む。


「『サヨコへ。

 〈地上(ちじょう)〉のほうにあそびに行ってきます。()、三日は帰ってこないから、そのつもりでね

   大天才美人錬金術師エチカ様より』

 あそこ立ち()り禁止なんだけどなあ。毒気(どくけ)にあてられたら死ぬんだぜ?」


「ヘルメットしてるから大丈夫って本人は言ってましたけどね。ガスマスクの機能もついてるんですって」


 小夜子の言及(げんきゅう)にオーギュストは(かた)を落とした。

 が、メモの最後にくっついている(べに)色のキスマークを見るなり、元気を取りもどす。


「なあ、サヨコちゃん。このメモ用紙もらっていい? 好きにしていいかい?」

「どーぞご勝手に」


 返事するやいなや、オーギュストは文末(ぶんまつ)のキスマークに「んちゅっ!」と自分の(くちびる)をくっつけた。

 間接(かんせつ)キッスのつもりだろう。


「んで? サヨコちゃんは()がな一日(いちにち)こんなところで()なたぼっこかな。エチカの店はしばらく休業だしな」


「はい。それで、お(かね)がなくって、ほしいお菓子(かし)とかゲームがあっても、買えないんです」


 小夜子(さよこ)(そら)と町を区切る欄干(らんかん)に腕をかけて、グッタリ頭を()らした。


 オーギュストが青い目をパチクリさせる。


「なんだ、じゃあ冒険者(ぼうけんしゃ)ギルドにでも行きゃあいいじゃないか。キミくらいの(トシ)の子にとっては、いい小遣(こづか)いかせぎの()だぜ、あそこは」

「冒険者ギルド……ですか」


 小夜子(さよこ)はその単語をくり返した。


 聞いたことはある。


 ランク(べつ)に仕事が割りふられる、魔物(モンスター)との戦いや探索(たんさく)を中心とした完全な現場職。


 実入(みい)りのいい依頼(いらい)は高いランクの者に優先されるが、たとえ最も低い〈F(エフ)ランク〉冒険者であったとしても、糊口(ここう)をしのぐくらいの収入(しゅうにゅう)にはなる。


「行ってみようかなあ」


 お(かね)のこともあったが、〈冒険者ギルド〉という場所に、小夜子(さよこ)は以前からキョウミがあった。


 もともと小夜子は、こことはちがう世界より、〈渡煌石(とこうせき)〉によって飛ばされてきた遭難(そうなん)者だ。


 かつては『日本(にほん)』という国にいた。

 中学生として公立の学校に(かよ)う身分だったが、人づきあいが苦手で、クラス内にもクラス(がい)にも友人はいなかった。


 気を許せる存在は唯一(ゆいいつ)父親だけ。

 その父も、今年の春先に他界した。


 教育熱心な母により、ゲームやマンガ、インターネットなどの娯楽(ごらく)はきびしく制限されていたが、父が学者でありながらゲーム好きだったのと、マンガや小説にも関心がふかかったために、両親ともに不在(ふざい)の時間をねらって、こっそり閲覧(えつらん)したり、()えつけ型のオフラインゲームにひたったりした。


 フィーロゾーフィアにも、インターネット環境(かんきょう)電子(でんし)機器、IT(アイティー)技術はある。


 むしろ日本――地球の技術と(くら)べて、こちらの科学のほうが高い水準(すいじゅん)だといえる。


 この天空に浮かぶ島々も、〈錬金術(れんきんじゅつ)〉という〈地球〉においては再現不可能な未知(みち)(わざ)による。


 もっとも、魔法性の媒体(ばいたい)物質によって存在を可能とする技術を、〈科学〉と混同(こんどう)するのはいささか乱暴かもしれないが。


 ともあれ、小夜子(さよこ)は〈冒険者〉であったり、それを実質管理する〈冒険者ギルド〉について、もともといた世界でもファンタジー小説やマンガで聞き知っていた。

 もちろん、当時は空想上(フィクション)産物(さんぶつ)としてだったが。


 フィーロゾーフィアにおいては、住民たちの会話にちらほら出てくるので、自然と耳に(はい)ってきたものだ。


「もしギルドに行くんだったら、下層のほうだよ。雲がわに突き出た(がけ)っぷちに建ってる」


 オーギュストが道路の落下(らっか)防止(さく)ら身を起こして、通りを(くだ)りに向かって指差した。


「王様が案内してくれるんじゃないんですか?」

 てっきりナンパ目的で女冒険者でものぞきに行くかと思っていた小夜子(さよこ)は、大マジメに言った。


「いや~、行きたいのはやまやまなんだけどさ……。(ぼか)あどーもあそこにいるエルフが合わなくてね。イプセンっていう女の子なんだけど」


 女性とみれば見境(みさかい)なく声をかけるオーギュストが、()けたがる女がいるとは思わなかった。

「ひょっとして、造形(ぞうけい)(なん)ありなんですか?」

「まさか。エルフは(つぶ)ぞろいさ。みんな美人だよ。イプセンもそうさ。でもなあ……」


 オーギュストは白々(しらじら)とした午後三時の日射(ひざ)しに、「う~ん」と眉根(まゆね)をよせた渋面(じゅうめん)をじっくりあぶらせた。


「まあ、よく分かりませんけど、王様がくっついてこないのはわたしにとって好都合(こうつごう)です」

手厳(てきび)しいなあ。キミだって(ぼく)の花嫁候補(こうほ)にはいってるんだぜ? もうちょっとおてやわらかにたのむよ」

「だからイヤなんですよ」


 小夜子(さよこ)はゲーでも()きそうな表情になって、オーギュストから(はな)れた。


「ギルドの場所を教えていただいたのは、ありがとうございます」

「ああ。気をつけてね」


 足早(あしばや)に坂道を下りていく小夜子(さよこ)の背中に、オーギュストは手を振って見送(みおく)った。




 

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