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フィーロゾーフィア  作者: とり
第10話 お掃除について
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お掃除について-④

 




 エチカ商店(しょうてん)の住所を聞くなり、コギトは(そと)へ出て竹箒(たけぼうき)にまたがった。


 これと言った呪文を(とな)えることなく、ヒューンと空に()い上がり、小路(こみち)煩雑(はんざつ)な地理をものともせずに、目的地へ飛んでいく。


「いいなあ~。エチカはあーゆーのできないんですか?」

風の精霊(ジールフェ)を使えばできるけど、べつに飛ばなくたっていいでしょ。歩くわよ」


 建物の(かべ)でほそながく仕切(しき)られた夏の青空を見上げる少女を、エチカは(くつ)の先でつっつく。

 小夜子(さよこ)錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)を肩にのっけて、ブチブチ文句(もんく)をいいながら歩きだした。



 ◇



 王都の大通りに面する雑貨屋(ざっかや)に帰ってくると、コギトがすでに()(ぐち)待機(たいき)していた。


「おそーい」

 とまで言ってくる。


「コギトっていったっけ。あんた客に対する態度(たいど)がなってないんじゃないの?」

「客でもなんでも、思ったまんまを言うのがあたしのスタイルなのです」


 えっへん。

 コギトはマントの上から自分の胸をたたいた。

 エチカは店の玄関扉の(じょう)(はず)す。なかに掃除屋の魔女を(まね)()れる。


「勝手になかのもの持ち出さないでよ?」

「そんなドロボーみたいなマネしませんよ。まったくヒトをなんだと――ああ!」


 コギトは店にはいるなり、商品の陳列台(ちんれつだい)に駆け寄った。

 あれも、これも、と薬品の(びん)を取り、せわしなくラベルを確認したり、ほかの物と見比(みくら)べたりしている。


「こっ、これは、今や(まぼろし)と言われている、魔法の精度(せいど)を高める秘薬、魔女の軟膏(なんこう)! こっちは魔力(まりょく)全快薬――エリクシル! な、なんでこんなチンピラみたいな女が(いとな)むチンケな店なんかに!」


 ガガッ! ゴゴゴンッ!

 エチカはコギトの(よこ)っつらをグーで(なぐ)った。


「ったく、知り合ってまもない他人じゃなかったら、あと十回はパンチしてたわよ」

「たっぷり五十発は入ってましたけどね」


 目のあたりやほっぺを()らして血を流し、即席(インスタント)のお(いわ)さんみたいになって床にのびているコギトをながめて、小夜子(さよこ)


 コギトはすぐに起きあがると、器用にもいくつもの薬瓶(くすりびん)を自分の顔のあたりに空中浮遊させて、もみ手をしながら。


「あのー、なんなら一年(いちねん)以内であれば何度でも使える六パーセント割引きクーポンをひとつさしあげますんで、ここに持ってきた商品をぜんぶタダでゆずっていただくわけには」

「たわけ」


 エチカはやや腰低くずうずうしい交渉(こうしょう)をしてくる魔女の頭にカカト落としを食らわせた。

 コギトのトンガリ帽子がぺしゃんとつぶれる。


「くう~、フンパツしたつもりだったのに……」

「そんなことよりコギトさん。はやいとこ部屋をキレイにしてくださいよ」


 昼前に(むし)が出たこともあり――その虫はコギトの手に渡ったわけだが――小夜子(さよこ)はエチカのうしろにかくれて、雑然(ざつぜん)とした売り場を見渡しながら言った。


「あっ、それもそうね」

 コギトはマントのなかにおさめていたステッキを取り、一振(ひとふ)りして、浮かせていた薬品を棚にもどす。ついでに自分のケガも(なお)す。

 ぜんぶが元の位置にテレポートしたのを見届けてから、(さら)にコギトは短杖(たんじょう)を振った。


「それじゃあ、ブラウニー。よろしくおねがい」


 ピッ。

 指揮棒をあやつるように、ステッキを動かす。


 ポポポンッ!


 (ゆか)の上にちいさな影がいくつもあらわれた。

 黄色やオレンジ色の三角帽(さんかくぼう)に、厚手(あつで)のチュニックと長ズボン、ブーツといった、サンタクロースをミニチュアにして(おさな)くしたような生きもの。


「うわあ~っ! かわいい~!」


 小夜子(さよこ)はペタンとフローリングに座って、突如(とつじょ)としてあらわれたちいさな生きもの――小人(こびと)たちをながめた。


 小人たちはみな一様(いちよう)に、ホウキやチリトリ、ハタキや掃除機、ゾウキンなどの用具を持って、小夜子を(おび)えた表情で見上げている。


「お手伝い妖精(ようせい)ってやつね。私もはじめて見るけど」

「妖精? 妖精なんているんですか!?」

「ふふーん。フツーの人にはふだん見えないし、こうやってよぶこともできないけどね。あたしたち魔法使いにはできるのです。なぜなら悪魔(あくま)の血を引いているから」

「ほえー!!」


 よく分からないが、小夜子(さよこ)は分からないなりに感心した。


「そーれっ、ブラウニーたち。はやくこの小汚(こぎたな)いおうちを、ピッカピッカにしてさしあげなさい」

『はーい!!』


 色とりどりの小人たちは、元気よくコギトに返事をした。

 そして分裂――としか言いようがない――して増えて、あっというまに千体ほどになったかと思うと、床や壁に取りつきキラキラ星屑(ほしくず)()きながら掃除をはじめる。


「やっぱあなた、性格に(なん)ありだと思うわ」

「そうでもないですけど?」


 コギトの言いかたに気を悪くしたエチカは、自分のことを棚上(たなあ)げにして指摘した。が、コギトはなんのこっちゃ分からないようすである。


「ひい~っ! いきなりウジャウジャ増えた!」


 小夜子(さよこ)はエチカのベルトにしがみつき、部屋にむらがる小人(こびと)たちに鳥肌をたてる。


「あんたさっきカワイイって目をキラキラさせてたじゃないのよ」

「少ない時はいいんですっ。でも聞いてエチカっ、わたしダメなんですよアリの行列とか人が集団でどこかにあつまってるのとかっ。気分が悪くなるんです! めまいしてくるんですよお」

「集合体恐怖症?」


 半眼(はんがん)になってエチカがジョウダンめかした時、


「おわりましたよ」

 コギトが小人を指揮する手を止めた。指揮――というか、傍目(はため)からはただながめていただけにしか見えないが。


「えっ、もう?」

 小夜子がおそるおそる顔を上げる。


 あれほどあふれかえっていた小人(こびと)たちは、もう一人(ひとり)としておらず、部屋には正午を過ぎた陽光が満ちていた。

 どこもかしこも、チリひとつない。商品棚もカウンターテーブルも、(うつ)り込んだ天井(てんじょう)をクッキリ反射させるほどにピカピカである。


 エチカが他の部屋に移動する。

「ふ……ん。研究室も、リビングのほうも買ったときみたいにキレイなもんね」


 その後エチカは二階(にかい)に上がり、階段やトイレ、自分たちの寝室も確認した。新品同様だった。


「庭のほうにあった、別棟(べっとう)のおフロも洗っておきました。あとでご確認くださいね」

 営業スマイルを作って、コギトは庭につづく研究室を手で示す。


「よく分かりましたね。どこに何があるのか……」

「どーせ妖精たちから得た情報でしょ。彼らの視認したものを、そのまま意識下でのぞき見れるっていう」

「へー、魔法って便利なんですね」

「えっへん」

「錬金術でも似たようなことはできるわよ」


 (ほこ)らしげに胸を張るコギトに、エチカはおもしろくなさそうにうめく。


「それでは、これにて一件落着(いっけんらくちゃく)ということで。あっ、いただいたローチッククは、責任をもってだいじに育てますので、ご安心ください。またのご利用、お待ちしてまーす」


 コギトは最後にトンガリ帽子をとって一礼(いちれい)して、軽やかに店から出ていった。

 竹箒(たけぼうき)にまたがり、ビューンと空に飛んでいく。自分の受付事務所にもどるのだろう。


 小夜子(さよこ)はおそるおそる、研究室のほうへ行った。


「ああっ、すごい!」


 なかは光かがやいていた。

 ライティングデスクには水溶液の入った試験管が整然とならび、フラスコやビーカーも木棚のほうにスッキリとおさまっている。


「書くスペースがある!」

 紙クズやファイルで()まっていた(つくえ)の上は、今や資料と原稿用紙を横にならべてもあまりができる広さがあった。


「これで実験用の(だい)で書く必要もなくなりましたね。この状態を毎日維持(いじ)してくださいね、エチカ」

「それができてりゃ苦労しないわよ。とゆーわけでサヨコ、また来週にでも掃除してちょうだいね」

「バカじゃないですか」


 小夜子(さよこ)はエチカに内心でツバを飛ばした。

 そして一抹(いちまつ)の不安を感じる。


 あの、ゴ×ブリによく似た虫を、コギトは(つがい)で持っていることになるわけだが。


(ま、まあ、いっか……)

 とりあえず自分の生活(けん)内からローチッククが遠ざかったことに、小夜子は安堵(あんど)するのだった。



 それから一ヶ月(いっかげつ)ほどのち。

 掃除屋ブルームは、閉店を余儀(よぎ)なくされた。


 小夜子(さよこ)懸念(けねん)したとおり、ローチッククはコギトの飼育によって繁殖(はんしょく)し、それらのはいったカゴを得意気に受付のテーブルにかざっていたのも(たた)って、コギトの店舗(てんぽ)には誰も寄りつかなくなってしまったのだ。


 コギトは来る人ごとに、ことごとく「これはゴキ×リではありません。ローチッククといって都市型のモンスターで――」と説明したが、一般人(いっぱんじん)はもちろんのこと、モンスターに()れているはずの戦士たちや、特殊な虫にくわしい錬金術師でさえも「キモチわるい!」と悲鳴をあげて逃げていった。


 そうした事実を朝刊の三面記事で知り、小夜子(さよこ)はやっぱり自分の感覚はマトモだったんだと息をついたものの。


「なによっ、コギトったら。()やすのに成功したんだったら、私んとこにおすそわけにでも来るのがスジってもんじゃないの!」


 と(いきどお)る同居人のエチカに、「たのむから取りにいくなんてことはしないでくださいね」と涙ながらにうったえ、油断のならない日々をすごすのだった。






 

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