お掃除について-④
エチカ商店の住所を聞くなり、コギトは外へ出て竹箒にまたがった。
これと言った呪文を唱えることなく、ヒューンと空に舞い上がり、小路の煩雑な地理をものともせずに、目的地へ飛んでいく。
「いいなあ~。エチカはあーゆーのできないんですか?」
「風の精霊を使えばできるけど、べつに飛ばなくたっていいでしょ。歩くわよ」
建物の壁でほそながく仕切られた夏の青空を見上げる少女を、エチカは靴の先でつっつく。
小夜子は錬金術師の杖を肩にのっけて、ブチブチ文句をいいながら歩きだした。
◇
王都の大通りに面する雑貨屋に帰ってくると、コギトがすでに入り口に待機していた。
「おそーい」
とまで言ってくる。
「コギトっていったっけ。あんた客に対する態度がなってないんじゃないの?」
「客でもなんでも、思ったまんまを言うのがあたしのスタイルなのです」
えっへん。
コギトはマントの上から自分の胸をたたいた。
エチカは店の玄関扉の錠を外す。なかに掃除屋の魔女を招き入れる。
「勝手になかのもの持ち出さないでよ?」
「そんなドロボーみたいなマネしませんよ。まったくヒトをなんだと――ああ!」
コギトは店にはいるなり、商品の陳列台に駆け寄った。
あれも、これも、と薬品の瓶を取り、せわしなくラベルを確認したり、ほかの物と見比べたりしている。
「こっ、これは、今や幻と言われている、魔法の精度を高める秘薬、魔女の軟膏! こっちは魔力全快薬――エリクシル! な、なんでこんなチンピラみたいな女が営むチンケな店なんかに!」
ガガッ! ゴゴゴンッ!
エチカはコギトの横っつらをグーで殴った。
「ったく、知り合ってまもない他人じゃなかったら、あと十回はパンチしてたわよ」
「たっぷり五十発は入ってましたけどね」
目のあたりやほっぺを腫らして血を流し、即席のお岩さんみたいになって床にのびているコギトをながめて、小夜子。
コギトはすぐに起きあがると、器用にもいくつもの薬瓶を自分の顔のあたりに空中浮遊させて、もみ手をしながら。
「あのー、なんなら一年以内であれば何度でも使える六パーセント割引きクーポンをひとつさしあげますんで、ここに持ってきた商品をぜんぶタダでゆずっていただくわけには」
「たわけ」
エチカはやや腰低くずうずうしい交渉をしてくる魔女の頭にカカト落としを食らわせた。
コギトのトンガリ帽子がぺしゃんとつぶれる。
「くう~、フンパツしたつもりだったのに……」
「そんなことよりコギトさん。はやいとこ部屋をキレイにしてくださいよ」
昼前に虫が出たこともあり――その虫はコギトの手に渡ったわけだが――小夜子はエチカのうしろにかくれて、雑然とした売り場を見渡しながら言った。
「あっ、それもそうね」
コギトはマントのなかにおさめていたステッキを取り、一振りして、浮かせていた薬品を棚にもどす。ついでに自分のケガも治す。
ぜんぶが元の位置にテレポートしたのを見届けてから、更にコギトは短杖を振った。
「それじゃあ、ブラウニー。よろしくおねがい」
ピッ。
指揮棒をあやつるように、ステッキを動かす。
ポポポンッ!
床の上にちいさな影がいくつもあらわれた。
黄色やオレンジ色の三角帽に、厚手のチュニックと長ズボン、ブーツといった、サンタクロースをミニチュアにして幼くしたような生きもの。
「うわあ~っ! かわいい~!」
小夜子はペタンとフローリングに座って、突如としてあらわれたちいさな生きもの――小人たちをながめた。
小人たちはみな一様に、ホウキやチリトリ、ハタキや掃除機、ゾウキンなどの用具を持って、小夜子を怯えた表情で見上げている。
「お手伝い妖精ってやつね。私もはじめて見るけど」
「妖精? 妖精なんているんですか!?」
「ふふーん。フツーの人にはふだん見えないし、こうやってよぶこともできないけどね。あたしたち魔法使いにはできるのです。なぜなら悪魔の血を引いているから」
「ほえー!!」
よく分からないが、小夜子は分からないなりに感心した。
「そーれっ、ブラウニーたち。はやくこの小汚いおうちを、ピッカピッカにしてさしあげなさい」
『はーい!!』
色とりどりの小人たちは、元気よくコギトに返事をした。
そして分裂――としか言いようがない――して増えて、あっというまに千体ほどになったかと思うと、床や壁に取りつきキラキラ星屑を撒きながら掃除をはじめる。
「やっぱあなた、性格に難ありだと思うわ」
「そうでもないですけど?」
コギトの言いかたに気を悪くしたエチカは、自分のことを棚上げにして指摘した。が、コギトはなんのこっちゃ分からないようすである。
「ひい~っ! いきなりウジャウジャ増えた!」
小夜子はエチカのベルトにしがみつき、部屋にむらがる小人たちに鳥肌をたてる。
「あんたさっきカワイイって目をキラキラさせてたじゃないのよ」
「少ない時はいいんですっ。でも聞いてエチカっ、わたしダメなんですよアリの行列とか人が集団でどこかにあつまってるのとかっ。気分が悪くなるんです! めまいしてくるんですよお」
「集合体恐怖症?」
半眼になってエチカがジョウダンめかした時、
「おわりましたよ」
コギトが小人を指揮する手を止めた。指揮――というか、傍目からはただながめていただけにしか見えないが。
「えっ、もう?」
小夜子がおそるおそる顔を上げる。
あれほどあふれかえっていた小人たちは、もう一人としておらず、部屋には正午を過ぎた陽光が満ちていた。
どこもかしこも、チリひとつない。商品棚もカウンターテーブルも、映り込んだ天井をクッキリ反射させるほどにピカピカである。
エチカが他の部屋に移動する。
「ふ……ん。研究室も、リビングのほうも買ったときみたいにキレイなもんね」
その後エチカは二階に上がり、階段やトイレ、自分たちの寝室も確認した。新品同様だった。
「庭のほうにあった、別棟のおフロも洗っておきました。あとでご確認くださいね」
営業スマイルを作って、コギトは庭につづく研究室を手で示す。
「よく分かりましたね。どこに何があるのか……」
「どーせ妖精たちから得た情報でしょ。彼らの視認したものを、そのまま意識下でのぞき見れるっていう」
「へー、魔法って便利なんですね」
「えっへん」
「錬金術でも似たようなことはできるわよ」
誇らしげに胸を張るコギトに、エチカはおもしろくなさそうにうめく。
「それでは、これにて一件落着ということで。あっ、いただいたローチッククは、責任をもってだいじに育てますので、ご安心ください。またのご利用、お待ちしてまーす」
コギトは最後にトンガリ帽子をとって一礼して、軽やかに店から出ていった。
竹箒にまたがり、ビューンと空に飛んでいく。自分の受付事務所にもどるのだろう。
小夜子はおそるおそる、研究室のほうへ行った。
「ああっ、すごい!」
なかは光かがやいていた。
ライティングデスクには水溶液の入った試験管が整然とならび、フラスコやビーカーも木棚のほうにスッキリとおさまっている。
「書くスペースがある!」
紙クズやファイルで埋まっていた机の上は、今や資料と原稿用紙を横にならべてもあまりができる広さがあった。
「これで実験用の台で書く必要もなくなりましたね。この状態を毎日維持してくださいね、エチカ」
「それができてりゃ苦労しないわよ。とゆーわけでサヨコ、また来週にでも掃除してちょうだいね」
「バカじゃないですか」
小夜子はエチカに内心でツバを飛ばした。
そして一抹の不安を感じる。
あの、ゴ×ブリによく似た虫を、コギトは番で持っていることになるわけだが。
(ま、まあ、いっか……)
とりあえず自分の生活圏内からローチッククが遠ざかったことに、小夜子は安堵するのだった。
それから一ヶ月ほどのち。
掃除屋ブルームは、閉店を余儀なくされた。
小夜子の懸念したとおり、ローチッククはコギトの飼育によって繁殖し、それらのはいったカゴを得意気に受付のテーブルにかざっていたのも祟って、コギトの店舗には誰も寄りつかなくなってしまったのだ。
コギトは来る人ごとに、ことごとく「これはゴキ×リではありません。ローチッククといって都市型のモンスターで――」と説明したが、一般人はもちろんのこと、モンスターに慣れているはずの戦士たちや、特殊な虫にくわしい錬金術師でさえも「キモチわるい!」と悲鳴をあげて逃げていった。
そうした事実を朝刊の三面記事で知り、小夜子はやっぱり自分の感覚はマトモだったんだと息をついたものの。
「なによっ、コギトったら。増やすのに成功したんだったら、私んとこにおすそわけにでも来るのがスジってもんじゃないの!」
と憤る同居人のエチカに、「たのむから取りにいくなんてことはしないでくださいね」と涙ながらにうったえ、油断のならない日々をすごすのだった。




