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フィーロゾーフィア  作者: とり
第10話 お掃除について
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お掃除について-③

 




 フィーロゾーフィア王都下層(かそう)は、雑然(ざつぜん)とした区画だった。


 住宅もどこかちいさく簡素(かんそ)で、せまい路地にしきつめられた建物のそこかしこから、金属の(つち)を打つような音が聞こえてくる。

 (ぞく)職人街(しょくにんがい)と呼ばれる界隈(かいわい)だ。


 掃除屋(そうじや)〈スイーパー〉は、猥雑(わいざつ)小路(こみち)のなかでも、さらに奥まった袋小路(ふくろこうじ)に建っていた。


「いらっしゃいませー。今日はどのようなご用件ですか?」


 スタンダードなアイサツが、木の扉をあけてすぐに飛んでくる。


 ()(いし)の外壁に煙突(えんとつ)のくっついた、さながら(あな)ぐらめいた建造物のなかには、店主らしき女性が一人(ひとり)いたっきりだった。


 幅広(はばひろ)(つば)のついたトンガリ帽子に、黒いマント。外套(がいとう)の下の服装こそチュニックにデニムの短パンと一般的(いっぱんてき)だが、一見(いっけん)して『魔女』と言いたくなるルックスである。


 ごていねいにも、彼女は手に木の(えだ)を折ってそのままにしたような形状のステッキを持っていた。


 鼻のあたりにそばかすをくっつけた顔は若い。二十歳(はたち)をすこし越えたくらいだろう。

 栗色(くりいろ)の長い髪を一本(いっぽん)の三つ編みにして、マントの肩口(かたぐち)から()らしているのが、()()()()といったフンイキで、うさんくさい。


「家の清掃をおねがいしたいんです。まるっと一軒分(いっけんぶん)!」


 ドカ!

 と女性のいるカウンターテーブルを(なぐ)りつけて、小夜子(さよこ)はエチカの店の掃除を依頼した。

 広告を見つけてすぐに、二人(ふたり)宣伝文句(せんでんもんく)と共に(しる)されていた地図をたよりに来店(らいてん)したのだった。


「えーっ、二階(にかい)もしてもらうの?」

「あたりまえです!」


 うしろからだらしない声を出すエチカを、恫喝(どうかつ)よろしく(にら)みつけて黙らせる。


 魔女装束(しょうぞく)の女性は、「ハイハイ」と(とどこお)りなくうけたまわる。


「えーっと、お部屋のクリーニングですね。一軒分(いっけんぶん)といいますと、リビングダイニング、トイレ、おフロ、寝室――といったところでしょうか」

研究室(けんきゅうしつ)も。ってゆーかそっちがメインなんです。そこを徹底(てってい)的に洗ってほしいんですよお。浄化してくださいっ。ダニの一匹(いっぴき)も生存できないように!」

「ムチャを言いますね……」


 魔女はルージュをひいた口元(くちもと)をひくつかせて苦笑いした。

 エチカがチラリと彼女の衣裳(いしょう)を見て指摘(してき)する。


「よっく言うわよ。一時的(いちじてき)にならなんとかなるんでしょ。あなた、魔法使いなんだから」

「ギクッ」

 魔女は分かりやすくうめいた。元より(かく)すつもりもなかったようだが。


「えーえー、そうです。魔法(まほう)の国からやって来ました、コギト・E(イー)・スムとはあたしのことです。修行の一環(いっかん)として、先週からここでハウスクリーニングをやらせていただいてましてね。これからもよしなに」

「魔法?」


 小夜子(さよこ)は黒い()をパチクリさせた。

 エチカを見上げる。


錬金術(れんきんじゅつ)のある世界に魔法があると言われても、ピンとこないんですが……なにがちがうんですか?」

「錬金術は物や現象の変質にプネウマが必要で、魔法は必要じゃないのよ」


 フフッ、とエチカのザツな説明に魔女――コギトが笑った。電卓(でんたく)をたたく手を止める。


「なにをおっしゃいますやら。〈錬金術〉なんてのは魔法のまがいもの。隕石(いんせき)の落下というぐうぜんがなければ、永遠に存在できなかった他者依存性(いぞんせい)の技術ではありませんか。由緒(ゆいしょ)正しき血統と格式高い伝統による、完全自己追求ついきゅう)型の崇高(すうこう)なる神秘の御業(みわざ)〈魔法〉と、紙一重(かみひとえ)みたいな言い方をされるとは、心外もいいところです」


 コギトのトビ色の瞳が、ろこつにコキ()ろす(きらめ)きをともなっている。

 しかしそれは途中で(けん)(うしな)った。エチカの右手にある(むし)カゴを見て。


「ギャッ! ゴ×ブリ!!」

「ちがうっつーのっ。よく見てみなさいよ!」


 エチカはテーブルに(こぶし)をたたきつけて、カゴをコギトの顔面につきつけた。


 とばっちりを受けないよう、小夜子(さよこ)は整然とした店内の壁際(かべぎわ)に身を寄せる。


 コギトがまん(まる)メガネをかけて、カゴのなかを確かめる。

 どうやら彼女、かなりの近眼であるらしい。


「はあっ! すばらしいっ、ローチッククではありませんか!」


 キラリとメガネのレンズを輝かせて破顔(はがん)する。

 そして、


「いやー、ちょうどオスがほしかったところなんですよね。あたし、メスを先日ひとつつかまえたところでして。あ、そうだ、今回のお掃除、トクベツ無料でかまいませんので、そのかわりそのローチッククを、あたしに提供するというのでいかがでしょうか?」


 両手をさも「名案」とばかりに打ち合わせて、提案する。

 おだやかじゃないのはエチカだ。


「はあっ? ジョーダン!! むしろテメーの持ってるメスをこっちによこしな――」


 ガン!!

 来客用の頑丈(がんじょう)なイスで、小夜子(さよこ)はエチカの後頭部を打った。

 木製(もくせい)の脚が一本(いっぽん)折れる。頭に大きなタンコブを作って、エチカが(ゆか)にくずおれる。


 ゴトン。


 (つくえ)に落ちたゴキ××に激似(げきに)の虫がはいったプラスチックケースを、ずっと(かか)えていた錬金術師の長杖(ちょうじょう)――丸い石のついた先端で押して、魔女のコギトのほうに差し出す。


「どうぞ、こんなものでよければ引き取ってやって下さい」

「えっと……とってもありがたいんだけど――いいの? あなたのお(ねえ)さん、流血沙汰(ざた)になっちゃってるけど」

「いいんです。あと、これはわたしの(あね)じゃなくてただの(やと)(ぬし)のエチカです。おまちがいなく」

「……よくクビにならないわね」


 釈然(しゃくぜん)としないものを感じながらも、コギトはこの黒髪の少女の依頼を受理(じゅり)した。

 なんとなく心配で、(ゆか)にのびている金髪の若い女性をのぞき込む。


「あら?」

 腰のベルトに装着されたホルダーに目がいった。

 銀と青と赤と黄色、四色(よんしょく)の結晶が、つらなるようにしてぶら下がっている。


「四人の精霊を支配下に置いてる……。あれ? でも、若い人でそこまでの(ちから)を持ってるので、『エチカ』なんて名は――」


 ドゲッ。

 下から作業用グローブをつけた手がのびてきて、テーブルの(むし)カゴをつかみ、コギトのくちに押し込んだ。


「モガガ……」


 意識を回復させたエチカが、頭から血を流しつつ()い上がってくる。

「でっ! いつ掃除には来てくれるわけ? あした? あさって?」


 プラスチックケースの(かど)っこをくちのなかでモガモガさせて、コギトは指を一本(いっぽん)立てた。


 小夜子(さよこ)はまっ(さお)になって、(あわ)をふいて倒れている。

 いかんせん虫カゴの中身は銀色のゴキブ×(あれ)だ。


「あしたね」

 エチカがコギトの指を見て言った。


 コンッ!

 プラスチックケースをステッキで(たた)いて、うしろの(たな)に瞬間移動させたコギトが、エチカの解釈(かいしゃく)矯正(きょうせい)する。


「すぐにでも(うかが)いますよ。そして、一分(いっぷん)もあれば片づきます」





 

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