お掃除について-③
フィーロゾーフィア王都下層は、雑然とした区画だった。
住宅もどこかちいさく簡素で、せまい路地にしきつめられた建物のそこかしこから、金属の槌を打つような音が聞こえてくる。
俗に職人街と呼ばれる界隈だ。
掃除屋〈スイーパー〉は、猥雑な小路のなかでも、さらに奥まった袋小路に建っていた。
「いらっしゃいませー。今日はどのようなご用件ですか?」
スタンダードなアイサツが、木の扉をあけてすぐに飛んでくる。
切り石の外壁に煙突のくっついた、さながら穴ぐらめいた建造物のなかには、店主らしき女性が一人いたっきりだった。
幅広の鍔のついたトンガリ帽子に、黒いマント。外套の下の服装こそチュニックにデニムの短パンと一般的だが、一見して『魔女』と言いたくなるルックスである。
ごていねいにも、彼女は手に木の枝を折ってそのままにしたような形状のステッキを持っていた。
鼻のあたりにそばかすをくっつけた顔は若い。二十歳をすこし越えたくらいだろう。
栗色の長い髪を一本の三つ編みにして、マントの肩口から垂らしているのが、いかにもといったフンイキで、うさんくさい。
「家の清掃をおねがいしたいんです。まるっと一軒分!」
ドカ!
と女性のいるカウンターテーブルを殴りつけて、小夜子はエチカの店の掃除を依頼した。
広告を見つけてすぐに、二人は宣伝文句と共に記されていた地図をたよりに来店したのだった。
「えーっ、二階もしてもらうの?」
「あたりまえです!」
うしろからだらしない声を出すエチカを、恫喝よろしく睨みつけて黙らせる。
魔女装束の女性は、「ハイハイ」と滞りなくうけたまわる。
「えーっと、お部屋のクリーニングですね。一軒分といいますと、リビングダイニング、トイレ、おフロ、寝室――といったところでしょうか」
「研究室も。ってゆーかそっちがメインなんです。そこを徹底的に洗ってほしいんですよお。浄化してくださいっ。ダニの一匹も生存できないように!」
「ムチャを言いますね……」
魔女はルージュをひいた口元をひくつかせて苦笑いした。
エチカがチラリと彼女の衣裳を見て指摘する。
「よっく言うわよ。一時的にならなんとかなるんでしょ。あなた、魔法使いなんだから」
「ギクッ」
魔女は分かりやすくうめいた。元より隠すつもりもなかったようだが。
「えーえー、そうです。魔法の国からやって来ました、コギト・E・スムとはあたしのことです。修行の一環として、先週からここでハウスクリーニングをやらせていただいてましてね。これからもよしなに」
「魔法?」
小夜子は黒い眼をパチクリさせた。
エチカを見上げる。
「錬金術のある世界に魔法があると言われても、ピンとこないんですが……なにがちがうんですか?」
「錬金術は物や現象の変質にプネウマが必要で、魔法は必要じゃないのよ」
フフッ、とエチカのザツな説明に魔女――コギトが笑った。電卓をたたく手を止める。
「なにをおっしゃいますやら。〈錬金術〉なんてのは魔法のまがいもの。隕石の落下というぐうぜんがなければ、永遠に存在できなかった他者依存性の技術ではありませんか。由緒正しき血統と格式高い伝統による、完全自己追求型の崇高なる神秘の御業〈魔法〉と、紙一重みたいな言い方をされるとは、心外もいいところです」
コギトのトビ色の瞳が、ろこつにコキ下ろす煌きをともなっている。
しかしそれは途中で険を失った。エチカの右手にある虫カゴを見て。
「ギャッ! ゴ×ブリ!!」
「ちがうっつーのっ。よく見てみなさいよ!」
エチカはテーブルに拳をたたきつけて、カゴをコギトの顔面につきつけた。
とばっちりを受けないよう、小夜子は整然とした店内の壁際に身を寄せる。
コギトがまん丸メガネをかけて、カゴのなかを確かめる。
どうやら彼女、かなりの近眼であるらしい。
「はあっ! すばらしいっ、ローチッククではありませんか!」
キラリとメガネのレンズを輝かせて破顔する。
そして、
「いやー、ちょうどオスがほしかったところなんですよね。あたし、メスを先日ひとつつかまえたところでして。あ、そうだ、今回のお掃除、トクベツ無料でかまいませんので、そのかわりそのローチッククを、あたしに提供するというのでいかがでしょうか?」
両手をさも「名案」とばかりに打ち合わせて、提案する。
おだやかじゃないのはエチカだ。
「はあっ? ジョーダン!! むしろテメーの持ってるメスをこっちによこしな――」
ガン!!
来客用の頑丈なイスで、小夜子はエチカの後頭部を打った。
木製の脚が一本折れる。頭に大きなタンコブを作って、エチカが床にくずおれる。
ゴトン。
机に落ちたゴキ××に激似の虫がはいったプラスチックケースを、ずっと抱えていた錬金術師の長杖――丸い石のついた先端で押して、魔女のコギトのほうに差し出す。
「どうぞ、こんなものでよければ引き取ってやって下さい」
「えっと……とってもありがたいんだけど――いいの? あなたのお姉さん、流血沙汰になっちゃってるけど」
「いいんです。あと、これはわたしの姉じゃなくてただの雇い主のエチカです。おまちがいなく」
「……よくクビにならないわね」
釈然としないものを感じながらも、コギトはこの黒髪の少女の依頼を受理した。
なんとなく心配で、床にのびている金髪の若い女性をのぞき込む。
「あら?」
腰のベルトに装着されたホルダーに目がいった。
銀と青と赤と黄色、四色の結晶が、つらなるようにしてぶら下がっている。
「四人の精霊を支配下に置いてる……。あれ? でも、若い人でそこまでの力を持ってるので、『エチカ』なんて名は――」
ドゲッ。
下から作業用グローブをつけた手がのびてきて、テーブルの虫カゴをつかみ、コギトのくちに押し込んだ。
「モガガ……」
意識を回復させたエチカが、頭から血を流しつつ這い上がってくる。
「でっ! いつ掃除には来てくれるわけ? あした? あさって?」
プラスチックケースの角っこをくちのなかでモガモガさせて、コギトは指を一本立てた。
小夜子はまっ青になって、泡をふいて倒れている。
いかんせん虫カゴの中身は銀色のゴキブ×だ。
「あしたね」
エチカがコギトの指を見て言った。
コンッ!
プラスチックケースをステッキで叩いて、うしろの棚に瞬間移動させたコギトが、エチカの解釈を矯正する。
「すぐにでも伺いますよ。そして、一分もあれば片づきます」




