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フィーロゾーフィア  作者: とり
第10話 お掃除について
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お掃除について-②

 




「サヨコっ。サヨコったら!」

 聞き()れた声が、暗い意識にひびいた。


 いつになくコウフン気味の音だったが、まだ夢見心地(ゆめみごこち)小夜子(さよこ)はそのことにさして疑問も持たず、黒瞳(こくどう)の目を開ける。


 長い金色の髪、金色の両眼。


 自家製の整髪油(せいはつゆ)でねぐせをまとめ、生来の(あで)やかな美貌(びぼう)をよく見えるように大きく分けた前髪を、いくつもの(ほそ)いヘアピンで耳のそばにひっつけている。


 ハーフジップのハイネックに、レザー素材のミニスカート、なにを()ったらそんな長く細く形がよくなるのか不明な脚線美(きゃくせんび)には、黒いブーツサンダルをはいている。


 エチカ商店(しょうてん)の主人にして、錬金術師(れんきんじゅつし)のエチカだ。十八才と若いにもかかわらず、一流(いちりゅう)を証明する〈(ルベド)〉色のエーテル石をくっつけた、長い(つえ)を片手に持っている。小夜子(さよこ)をのぞき込んでいる。


「ふあっ」

 あくびともおどろきともつかない声を小夜子は出した。


 背中にはやわらかい感触(かんしょく)

 身体の上にもまた(ぬの)特有のかるくてたよりない感触がある。


 どうやら寝台にねかされていたらしい。


 エチカは折りまげていた身体を起こしながら言った。


「大きな音がして、ビックリして見に行ったらあんたが倒れてるんだもの。……大丈夫?」

「ううう……めんぼくない」


 うしろ(あたま)が痛んだ。どうやら思いきり(ゆか)にぶつけてしまったらしい。


「熱中症かと思って(はか)ってみたんだけど、体温は問題なかったのよね」

 電子タイプの体温計をエチカは小夜子に見せる。数字は36.5度。


「えっと、わたし、掃除をしてて……」


 うまく思い出せない。

 小夜子(さよこ)はベッドに仰向(あおむ)けに寝たまま、(ひたい)に手を置いた。

 よほどイヤな記憶なのか、時間はわずかしか()っていないはずなのに、なぜ気を失ったのかハッキリとしない。


「ま、無事(ぶじ)なんだったらいいわ。それより、いいもの見せたげる」

「いいもの?」


 小夜子は怪訝(けげん)になって身を起こした。

 ここに来て以来、おそらくは二度(にど)目になるエチカの(じょう)キゲンな顔。

 一度(いちど)目は、別の世界から来た小夜子を質問()めにした時だ。


 エチカは部屋の――整頓(せいとん)されていることと、こぢんまりとしていることから、小夜子は自分の部屋とあたりをつけた――デスクから、(ひと)つの箱を取りあげた。


 昆虫(こんちゅう)採集(さいしゅう)で使われるような、プラスチックの透明な容器に、空気孔(くうきあな)をつけた(みどり)のフタが()ってるものだ。


 エチカはよほど小夜子をおどろかせたいらしく、愛用の(つえ)まで(ゆか)に横たえて、作業用の白グローブをつけた手で、虫カゴの前面(ぜんめん)を目かくししている。


「なんですか? カブトムシでも(つか)まえたの?」

「バーカ、それよりもっといいものよ。レアよレア、超稀少(きしょう)なの♡」

「へー」


 さして興味なく小夜子(さよこ)は言った。

 エチカは見た目のハデさに(はん)して研究者(はだ)であり、くわえて収集(へき)まであるようだが、小夜子(さよこ)にそうした気質はない。


 小夜子もまた錬金術師ではあるものの、勉強と言えばエチカがなんかやってるのを見ておもしろそうなところだけメモしたり、「あれ作って」「これ作って」と言われた時に、指定された物を既定(きてい)の材料を使って作るくらいなものだ。


 あとの時間は昼寝(ひるね)や、最近ではソーシャルネットワークゲーム、ウェブ小説やマンガの閲覧(えつらん)で過ごしている。……。


「ったく、()らし甲斐(がい)のないヤツー。ま、いいわ。見たらゼッタイびっくりするから」

講釈(こうしゃく)はいいから、はやく見せてくださいよ」

「なんだ、(じつ)はけっこー気になってんじゃないの」

「そりゃそんなにニコニコされたら誰だって気にはなりますよ」


 言い返しながらも、小夜子(さよこ)はすっかりその気だった。

 いつの()にやらベッドに座って、エチカの(むし)カゴに顔を近づけている。


「それじゃ、ご照覧(しょうらん)あれ~♡」

 エチカのハイテンションな口上(こうじょう)と共に、手が上へとどけられる。


 ドキドキ。

 とする小夜子(さよこ)のすぐ目の前に、それは現れた。

 (ふたた)び。


 ――カサカサカサ。


「っ…………!!」

 透明なプラスチックケースの向こう(がわ)で、小さくてアーモンド型の黒光りする『あれ』が元気に動いている。

 ただ小夜子の知識にある『あれ』とちがうのは、体表面(たいひょうめん)の色が(くろ)ではなく(ぎん)色であるということのみ。


「き……」


 小夜子は顔面を蒼白(そうはく)にして、サイドボードのひき出しをうしろ()にあけた。


 なにかの時に使おうと思っていた小刀(こがたな)を取り出す。


 その『なにかの時』というのは購入時(こうにゅうじ)には考えておらず、衝動(しょうどう)()いした直後に『まあなにかの時に使えるだろう』と思ったていどだったのだが、とりあえず今はその『なにかの時』に該当(がいとう)するのだろう。しなかったらさせるのだろう。


「きぃいいいやああああ!!」

 絶望の高周波(こうしゅうは)(のど)の奥から張りあげて、小夜子(さよこ)は小刀をサヤから抜いた。

 エチカの手ごと斬りつける。


「うわっ!」

 真横に走った一閃(いっせん)を、エチカはサッと上にカゴごとどけることでかわした。

 大事そうにささげ持つ形になって、


「なにすんのよ!!」

「それをわたしに(ちか)づけないで下さい!!」

「はあっ?」


 エチカは顔のすぐ横で――(うす)い合成樹脂(じゅし)(いた)一枚(いちまい)へだてた先で、カサコソ動く『あれ』的なムシを一瞥(いちべつ)した。

 はは~ん、と金色(きんいろ)の目を光らせる。


「さてはあんた、コレを見てゴキ××とカンちがいしたんでしょ?」


 ヒュンッ。

 小夜子(さよこ)を指差した刹那(せつな)、抜き身の脇差(わきざし)が飛んできた。


 エチカの(ほお)白刃(はくじん)がかすめる。

 ツーと血の(しずく)がたれる。


「いいですかっ!? そこからゆっくり(はな)れて下さい! カゴは絶対落とさないで! わたしの部屋を出たところまで行って下さい! はやく!(←矛盾(むじゅん))」

「だっ、だからこれはゴキ××じゃないんだってば」

()たよーなもんです!」

「いやいや、よく考えてみなさいよ。サヨコだって(くさ)ムラで黒い虫がはねて、ゴ××リ(やつ)かなーって思ったら、コオロギだって分かってホッとしたことくらいあるでしょ? そんなカンジなのよ」

「ウソ! 絶対ウソ!」


 小夜子(さよこ)はわめいてシッシと足でエチカを遠ざけた。

 こりゃあ冷静(れいせい)な説得はムリねと判断して、エチカは強引(ごういん)に説明をする。

 虫カゴを肩の高さまで上げ、中の銀色のゴ×ブ×を目で示して。


「こいつは〈ローチックク〉って言ってね。都市型のモンスターなのよ。すんごく弱くて、(たお)すのはカンタンなんだけど、めったにお目にかかれなくってね。体液(たいえき)がかなり特殊(とくしゅ)で、魔の森に群生(ぐんせい)する〈トレント〉っていう怪物(じゅ)一滴(いってき)で枯らせる除草剤(じょそうざい)のいい材料になるの。で、私も手に()れたかったんだけど、今の今まで見つけることすらできなかったってわけ」


 ほっぺをピンク色にホクホクさせて、ニコニコするエチカに、小夜子(さよこ)はブンブン首を振った。横に。


「バカじゃないですか!? あんだけ部屋がきたなかったらゴ××リだって()きますよ! これにこりたらこまめに掃除(そうじ)しましょうよ! てゆーか今から徹底的(てっていてき)にしよう!? 漂白剤(ひょうはくざい)ぶちまけて、洗剤(せんざい)(ゆか)もカベもピッカピカにしてあらゆるムシが(はい)ってくる余地(よち)も生きのびる可能性も皆無(かいむ)にしましょうよお!!」


 エチカがパチンと指を鳴らす。


「そうか、存外(ゾンガイ)見た目が似ていれば、習性(しゅうせい)も似てくるものなのかもね。サヨコ、もう掃除はいいわよ、しばらくあのままにしといてちょーだい。せめてもう一匹(いっぴき)つかまえるまでは」

「はあ!? わたしのハナシ聞いてました!? なんでとっちらかしたままの挙句(あげく)そんな気持ちワルイものもう一匹(いっぴき)ほしがるんですか!?」

繁殖(はんしょく)させるために決まってんじゃないのよ」


 しれっと出て行こうとするエチカを、小夜子は決して近づかないまま引き止める。大声で。


「やめて下さい! 『なに言ってんだコイツ?』みたいなカオしてゴキブ×を()やすとか言わないでください! わたしの感性がへんみたいになっちゃうじゃないですか! フツーに一般論(いっぱんろん)ですからね!!」


 (なみだ)を流して小夜子はベッドに(こぶし)を打ちつけた。


 ――ハッ!

 とひらめいてエチカに確認を取る。


「そうだ! エチカ、ここってわたしの部屋ですよね!?」

「ええ」

「だったら、たしか……」

 小夜子(さよこ)はエチカから距離(きょり)をじゅうぶんに取って、行動した。


 ベッドから下りて、()()(ぐち)近くに置いているゴミ(ばこ)に移動する。カニ(ある)きで。

「なに? ひょっとしてサヨコのとこにすでに一匹(いっぴき)いるとか? メスがほしいんだけど」

「んなわけないでしょう。コレですよ、コレ」


 小夜子(さよこ)()()りにして捨てていた、一枚(いちまい)の広告を取り出した。先日フィーロゾーフィア王都を散歩していたときに、変なかっこうをした人にもらったものだ。


「なにこれ?」


 問うエチカのまえで立ちあがり、小夜子は広告をひろげる。

 不仲(ふなか)をうたがわせるだけの空間(スペース)をあけたまま、小夜子はエチカに、紙に印刷(いんさつ)されている内容を読んで聞かせた。


 『お掃除(そうじ)代行(だいこう)業者〈ブルーム〉

 あなたの汚部屋(おへや)(はら)います』





 ・お掃除代行業者の名前を、〈スイーパー〉から〈ブルーム〉に変更しました。



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