お掃除について-②
「サヨコっ。サヨコったら!」
聞き慣れた声が、暗い意識にひびいた。
いつになくコウフン気味の音だったが、まだ夢見心地の小夜子はそのことにさして疑問も持たず、黒瞳の目を開ける。
長い金色の髪、金色の両眼。
自家製の整髪油でねぐせをまとめ、生来の艶やかな美貌をよく見えるように大きく分けた前髪を、いくつもの細いヘアピンで耳のそばにひっつけている。
ハーフジップのハイネックに、レザー素材のミニスカート、なにを食ったらそんな長く細く形がよくなるのか不明な脚線美には、黒いブーツサンダルをはいている。
エチカ商店の主人にして、錬金術師のエチカだ。十八才と若いにもかかわらず、一流を証明する〈赤〉色のエーテル石をくっつけた、長い杖を片手に持っている。小夜子をのぞき込んでいる。
「ふあっ」
あくびともおどろきともつかない声を小夜子は出した。
背中にはやわらかい感触。
身体の上にもまた布特有のかるくてたよりない感触がある。
どうやら寝台にねかされていたらしい。
エチカは折りまげていた身体を起こしながら言った。
「大きな音がして、ビックリして見に行ったらあんたが倒れてるんだもの。……大丈夫?」
「ううう……めんぼくない」
うしろ頭が痛んだ。どうやら思いきり床にぶつけてしまったらしい。
「熱中症かと思って計ってみたんだけど、体温は問題なかったのよね」
電子タイプの体温計をエチカは小夜子に見せる。数字は36.5度。
「えっと、わたし、掃除をしてて……」
うまく思い出せない。
小夜子はベッドに仰向けに寝たまま、額に手を置いた。
よほどイヤな記憶なのか、時間はわずかしか経っていないはずなのに、なぜ気を失ったのかハッキリとしない。
「ま、無事なんだったらいいわ。それより、いいもの見せたげる」
「いいもの?」
小夜子は怪訝になって身を起こした。
ここに来て以来、おそらくは二度目になるエチカの上キゲンな顔。
一度目は、別の世界から来た小夜子を質問攻めにした時だ。
エチカは部屋の――整頓されていることと、こぢんまりとしていることから、小夜子は自分の部屋とあたりをつけた――デスクから、一つの箱を取りあげた。
昆虫採集で使われるような、プラスチックの透明な容器に、空気孔をつけた緑のフタが載ってるものだ。
エチカはよほど小夜子をおどろかせたいらしく、愛用の杖まで床に横たえて、作業用の白グローブをつけた手で、虫カゴの前面を目かくししている。
「なんですか? カブトムシでも捕まえたの?」
「バーカ、それよりもっといいものよ。レアよレア、超稀少なの♡」
「へー」
さして興味なく小夜子は言った。
エチカは見た目のハデさに反して研究者肌であり、くわえて収集癖まであるようだが、小夜子にそうした気質はない。
小夜子もまた錬金術師ではあるものの、勉強と言えばエチカがなんかやってるのを見ておもしろそうなところだけメモしたり、「あれ作って」「これ作って」と言われた時に、指定された物を既定の材料を使って作るくらいなものだ。
あとの時間は昼寝や、最近ではソーシャルネットワークゲーム、ウェブ小説やマンガの閲覧で過ごしている。……。
「ったく、焦らし甲斐のないヤツー。ま、いいわ。見たらゼッタイびっくりするから」
「講釈はいいから、はやく見せてくださいよ」
「なんだ、実はけっこー気になってんじゃないの」
「そりゃそんなにニコニコされたら誰だって気にはなりますよ」
言い返しながらも、小夜子はすっかりその気だった。
いつの間にやらベッドに座って、エチカの虫カゴに顔を近づけている。
「それじゃ、ご照覧あれ~♡」
エチカのハイテンションな口上と共に、手が上へとどけられる。
ドキドキ。
とする小夜子のすぐ目の前に、それは現れた。
再び。
――カサカサカサ。
「っ…………!!」
透明なプラスチックケースの向こう側で、小さくてアーモンド型の黒光りする『あれ』が元気に動いている。
ただ小夜子の知識にある『あれ』とちがうのは、体表面の色が黒ではなく銀色であるということのみ。
「き……」
小夜子は顔面を蒼白にして、サイドボードのひき出しをうしろ手にあけた。
なにかの時に使おうと思っていた小刀を取り出す。
その『なにかの時』というのは購入時には考えておらず、衝動買いした直後に『まあなにかの時に使えるだろう』と思ったていどだったのだが、とりあえず今はその『なにかの時』に該当するのだろう。しなかったらさせるのだろう。
「きぃいいいやああああ!!」
絶望の高周波を喉の奥から張りあげて、小夜子は小刀をサヤから抜いた。
エチカの手ごと斬りつける。
「うわっ!」
真横に走った一閃を、エチカはサッと上にカゴごとどけることでかわした。
大事そうにささげ持つ形になって、
「なにすんのよ!!」
「それをわたしに近づけないで下さい!!」
「はあっ?」
エチカは顔のすぐ横で――薄い合成樹脂の板一枚へだてた先で、カサコソ動く『あれ』的なムシを一瞥した。
はは~ん、と金色の目を光らせる。
「さてはあんた、コレを見てゴキ××とカンちがいしたんでしょ?」
ヒュンッ。
小夜子を指差した刹那、抜き身の脇差が飛んできた。
エチカの頬を白刃がかすめる。
ツーと血の雫がたれる。
「いいですかっ!? そこからゆっくり離れて下さい! カゴは絶対落とさないで! わたしの部屋を出たところまで行って下さい! はやく!(←矛盾)」
「だっ、だからこれはゴキ××じゃないんだってば」
「似たよーなもんです!」
「いやいや、よく考えてみなさいよ。サヨコだって草ムラで黒い虫がはねて、ゴ××リかなーって思ったら、コオロギだって分かってホッとしたことくらいあるでしょ? そんなカンジなのよ」
「ウソ! 絶対ウソ!」
小夜子はわめいてシッシと足でエチカを遠ざけた。
こりゃあ冷静な説得はムリねと判断して、エチカは強引に説明をする。
虫カゴを肩の高さまで上げ、中の銀色のゴ×ブ×を目で示して。
「こいつは〈ローチックク〉って言ってね。都市型のモンスターなのよ。すんごく弱くて、倒すのはカンタンなんだけど、めったにお目にかかれなくってね。体液がかなり特殊で、魔の森に群生する〈トレント〉っていう怪物樹を一滴で枯らせる除草剤のいい材料になるの。で、私も手に入れたかったんだけど、今の今まで見つけることすらできなかったってわけ」
ほっぺをピンク色にホクホクさせて、ニコニコするエチカに、小夜子はブンブン首を振った。横に。
「バカじゃないですか!? あんだけ部屋がきたなかったらゴ××リだって湧きますよ! これにこりたらこまめに掃除しましょうよ! てゆーか今から徹底的にしよう!? 漂白剤ぶちまけて、洗剤で床もカベもピッカピカにしてあらゆるムシが入ってくる余地も生きのびる可能性も皆無にしましょうよお!!」
エチカがパチンと指を鳴らす。
「そうか、存外見た目が似ていれば、習性も似てくるものなのかもね。サヨコ、もう掃除はいいわよ、しばらくあのままにしといてちょーだい。せめてもう一匹つかまえるまでは」
「はあ!? わたしのハナシ聞いてました!? なんでとっちらかしたままの挙句そんな気持ちワルイものもう一匹ほしがるんですか!?」
「繁殖させるために決まってんじゃないのよ」
しれっと出て行こうとするエチカを、小夜子は決して近づかないまま引き止める。大声で。
「やめて下さい! 『なに言ってんだコイツ?』みたいなカオしてゴキブ×を殖やすとか言わないでください! わたしの感性がへんみたいになっちゃうじゃないですか! フツーに一般論ですからね!!」
涙を流して小夜子はベッドに拳を打ちつけた。
――ハッ!
とひらめいてエチカに確認を取る。
「そうだ! エチカ、ここってわたしの部屋ですよね!?」
「ええ」
「だったら、たしか……」
小夜子はエチカから距離をじゅうぶんに取って、行動した。
ベッドから下りて、出入り口近くに置いているゴミ箱に移動する。カニ歩きで。
「なに? ひょっとしてサヨコのとこにすでに一匹いるとか? メスがほしいんだけど」
「んなわけないでしょう。コレですよ、コレ」
小夜子は四つ折りにして捨てていた、一枚の広告を取り出した。先日フィーロゾーフィア王都を散歩していたときに、変なかっこうをした人にもらったものだ。
「なにこれ?」
問うエチカのまえで立ちあがり、小夜子は広告をひろげる。
不仲をうたがわせるだけの空間をあけたまま、小夜子はエチカに、紙に印刷されている内容を読んで聞かせた。
『お掃除代行業者〈ブルーム〉
あなたの汚部屋、払います』
・お掃除代行業者の名前を、〈スイーパー〉から〈ブルーム〉に変更しました。
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