再テストについて-⑤
時計が夜の九時を打った。
――九時十分。
――九時二十分。
――九時二十九分。
「しょえええええ!!」
散らかった研究室から小夜子は意味不明な声を上げて出ていった。
室内には数種類の薬品がガラス瓶に入った状態で実験用テーブルの上にころがっている。
「愚かなエチカー!!」
バン! と二階のエチカの部屋を開けて小夜子は呼んだ。
「返事はしてあげるわ。愚かではないけど」
ベッドに腹這いになりながら、金髪ロングヘアの若い女錬金術師が、せっせと何やら書いている。大量のハガキだ。
「なにやってるんですか人にワケの分からないテストやらせといてーー!!」
「懸賞ハガキ書いてんのよ。新作のゲームソフトほしくって」
「はあ? 一冊にそんな何枚もついてるものなんですか?」
「や、ちゃんと百冊雑誌を買って、ついてた分を切ってそろえたのよ」
(買ったほうが絶対お得だろうに)
言ってやりたかったが「ん」と手を突き出されて、小夜子は錬金術で作った物を差し出した。
エチカはハガキにボールペンで記入しながら、
「じゃ、合格ね」
言った。
それからチラッとだけ金色の瞳を動かして自分の左手にある物を確かめる。
終了。
「はあ!?」
小夜子は喚いた。
決してさきほどの文章が、描写の順番をまちがえていたわけではない。
エチカは確かに「合格」と言ったあとで、小夜子の渡したブツを見たのだ。チラッと。
「ふざけないで下さいよ! わたしがどんだけ苦心して作ったか語り明かしたいのを分かっててそんなテキトーこいてるんですか!?」
「じゃあ不合――」
「ちがうう! 合格はいいの! じゃなくて何がどーなって合否を決めたのかとか、そーゆーのが分からないのがイヤなの!」
「えー……やっぱ説明しなきゃダメか」
しちめんどくさそうにエチカはベッドから身を起こした。
もう夕飯も入浴もすませた彼女は、タンクトップにホットパンツという寝巻姿で、当然クツも履いていない。手袋も、ヘアピンもない。
手に持った小夜子の提出物をながめて、どう切り出したものか、決めかねているようだった。
「まあ、そうね……私には落とす条件はあったわけよ。どっこい、サヨコ、あんたはそれをかわしてみせた。これだけよ」
「それでわたしが引き下がると思ってるなら、エチカはやっぱり愚かです」
「なら、その汚名はリボンつけてテメエにたたき返せるていどには努めましょうか」
エチカは指先で薬の容器をもてあそび、立ちっぱなしの小夜子にライティングデスクのイスをすすめた。
小夜子は不承不承したがう。
時計が九時三十五分を打つ。
「そうねー、あんたに今からいくつかの質問をするから、答えてくれる? ま、どーせ軽くいなしちゃうんだろうけどさ」
「どうしてそう思うんです?」
イスに座り、ヒザの上に両手を置いて、小夜子はベッドに腰かけるエチカに問い返す。
「でなきゃこんな状況にはなってないからよ」
エチカはフンと鼻を鳴らした。
「どの質問から……ああ、とりあえずこれね。なんでこの時間になったの? 日付変更線はまだ先よ?」
「よく言いますよ。あなたはもう後三十分もしたら眠っちゃうじゃないですか。その後にこれを出したとして、受け取ってくれるんですか?」
「まさか。でももっと早くてもよかったわけよね。ってなところで二つ目の質問よ」
エチカは左手に掴んでいた小さな円筒形の容器を、小夜子によく見える高さまで掲げた。
「あんた、なんで錬金術で最もカンタンな〈術師の軟膏〉を作ってきたの?」
ギクリと小夜子はひるんだ。
術師の軟膏は庭のルルド菊と水道水、近くの浮島にある草原から採れる〈チリヨの花〉を合成することで出来る。
チリヨの花は、つい先日エチカが採りに行って、大量に余っているのを知っていた。
(どう答えたものか……)
小夜子は困った。
(正直に言うしか――ないか)
溜めていた息を吐き出して、白状する。
「ホントはもうすこし高いレベルの薬を作りたかったし、実際に何種類か作りました。でも、効果が見込めなかったんです。とても実用に耐えられるものじゃない。だから、確実に完成させられるもので、特に良質な出来をと考えた時、基本中の基本であるその軟膏しか、今のわたしにはなかったわけで」
エチカは小夜子の説明に、特に反応らしい反応をしなかった。
(えっ、まさかまちがった?)
不合格の条件を、踏んでしまったのだろうか。
焦燥する小夜子に構わず、エチカはつづける。
「じゃ、最後の質問。なぜカンタンなはずの術師の軟膏を作って持ってくるのに、ここまで時間がかかったのよ」
「それは――」
小夜子はホッとした。
これならちゃんと答えられるからだ。
小夜子は自分を手で示した。
「このわたしが、最高だと思える物を持っていくためには、いくつも同じものを作って吟味しなくてはならなかったんです。もちろん、他の種類の生成物もあったので、それらとも比較検討しましたが、宣言した時間ギリギリまで粘った結果、わたしはそれが、最高の物だと判断して、エチカの元に持ってきたというわけです」
どおだ! と胸を張ってみせる。
エチカは半眼になって手元の薬を見下ろした。
「あんたと話してるとトンチしてる気分になってくるわね」
「わたしだって、揚げ足を取るようなマネはしたくなかったんですけれど。他にエチカを説得できる方法が思いつかなかったんです」
「ナメないでよね。想像の範疇だわ」
え、と小夜子は、不意に立ったエチカを目で追った。
「言ったでしょ? 『あんたが得意そうな内容』って。こうなるだろうとは分かっていたし、こうなったから合格なのよ」
相手の掌の上で踊っていただけ――というのは癪だったが、怒りを露わにするほど小夜子は悪い気がしなかった。
エチカは紙クズやノート、読みさしの本で散らかった床を、サンダルを履いて移動した。
整理棚にトンッと持っていた軟膏を置く。
「今度採取に行く時にでも使わせてもらうわ。私がケガをすればの話だけど」
「その時には使用期限が切れていそうなものですが」
目の前の女がケガなんぞする未来が想像できず、小夜子は期待せずに言った。
「あるいは誰かさんがまた殴りかかってきて、運悪く攻撃がヒットした時にでもね」
(それはありそう)
小夜子はじゃあ近々自分のキズ薬が役に立ちそうだと思った。
「ちなみに、わたしを落とす条件ってなんだったんですか? 術師の軟膏以外を持ってきた時?」
「んな綱渡りさせるわけないでしょトーシロに。いくつも項目はあるから、全部言えってのはパスね。三つだけでガマンしてちょうだい」
エチカは人差し指、中指、薬指を順に立てながら挙げていった。
「一つは私の就寝時刻を過ぎて持ってくること。二つめは私の元に複数の生成物を持ってくること。三つめは使い道のないクオリティの物を持ってくること」
「一つめは、まあ分からなくもないですけど」
エチカは自分の行動を妨げられるのがキライだ。
「二つめと三つめは何でなんですか?」
作っている途中で、何度も誘惑にかられたやり方だ。案を出してくれたのはテレサとアリサで、小夜子は名案とすら思っていた。
とは言え最終的には自分の意見を推したわけだが。
エチカが答える。
「複数個持ってくるのがダメなのは、判断力のなさだけでなく、その無力さを私に補填してもらおうって気が透けてみえるからよ。そりゃあ業務上の問題なら、私だっていくらでもフォローしてやるわよ。どっこい、これはサヨコに出した試験であり、そうした決断力も織り込んだ設問だから、こちらも然るべき評価を下すというわけ」
「ってことは、誰かに作ってもらった物を提出するってのもダメだったわけですね」
「言語道断ね」
短く返して、エチカは三つめの話に移った。
「使いようのないハンパものじゃダメってのは、まっとうに考えて当然よね。作った当人が失敗していることに気付いていないなら、まず落第だし、失敗していると分かっていて持ってくるなら、んなもん見て『最高だ』と私が判断すると考えている時点で、やっぱり落第。ダメなもんはダメだし、それを分かったうえで、私が納得できそうなものを持って来なければならない」
「……ひょっとして、エチカが『最高』って思うものって、ちゃんとあったんですか?」
「そりゃあね」
小夜子はガクーッと肩を落とす。
『無い』と判断したからこそ、詭弁に走ったわけなのだが、まさか正解があったとは。
「それって、何なんです? 賢者の石?」
「ちがうわよ。あの限られた時間内で、頭フル回転させて作って持ってきたものなら、何でもよかった。ちゃんと使えるレベルならね」
つまらないことを言ったとばかりに伸びをして、エチカはベッドに戻る。
もうすぐ十時だ。
小夜子はイスから降りた。
エチカにおやすみを言って部屋を出る。
あおむけに寝そべって、エチカは気楽にウインクする。
「ま、今後もこの調子でガンバってちょうだい。見習い錬金術師さん」
(勝手なことを……)
なにはともあれ、小夜子は今後もこの雑貨屋――エチカ商店の従業員として働くことが決定した。
「ふああ」
廊下に出ると、あくびが出た。おフロはまだ入っていなかったが。
(明日の朝でいっか)
張りつめていた神経が一気にほぐれて、眠くなり、小夜子は隣りにあてがわれた、自分の寝室へと歩いていく。




