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フィーロゾーフィア  作者: とり
第9話 再テストについて
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再テストについて-④

 


 初任給(しょにんきゅう)で買った〈浮遊(アンチグラビティ)キックボード(スケーター)〉を(うな)らせて、小夜子(さよこ)はスピノザの家から王都(おうと)中層に舞い戻った。

 スケーターに乗ったまま店のドアを蹴破(けやぶ)り、店主の姿が見あたらないのをいいことに、(さら)にドアを一枚(いちまい)突き破って、もう一枚(いちまい)ついでに突き破って、庭に出る。


(確か気付(きつ)(ぐすり)の材料は――)


 レンガの(へい)にぶつかる寸前(すんぜん)でスケーターを乗り捨てて、小夜子は暗くなりつつある庭に四つん()いになる。

 (まち)の外灯からこぼれる電気の()かりを頼りに、そのへんの草を凝視(ぎょうし)する。


「あんた人の店(こわ)しといてなんか言うことはないわけ?」

「ああっ! エチカ!」


 小夜子(さよこ)はこの世の終わりのような顔をして悲鳴を上げた。

 ()つん()いのまま。


「いつからそこに!」

「あんたが出てってすぐによ。閉店時刻(じこく)以降、ここでずっと作業してたわ」


 エチカは野外(やがい)用のテーブルで、お茶をしながら四百字詰めの原稿用紙になにやら(したた)めていた。

 飲みすぎ防止のために紅茶は一杯(いっぱい)分だけ。ティーポットは無し。


 読書や執筆(しっぴつ)(さい)にはつけているメガネ――そういえば夕方にマンガを読んでゲラゲラ笑いころげている時にはつけていなかった――を、部屋から取ってきたのだろう、今は()けて、生来の目鼻立ちのハッキリした美貌(びぼう)を、いくらか落ちついたものにしている。


「なにを探してんのよ」

「ヒミツです」


 小夜子(さよこ)はとっさに答えた。エチカに他意のないのは分かっているが、ここで彼女に手伝ってもらったとあっては、なんだか口惜(くや)しい。


「ジャマなら退()くわよ?」


 小夜子が庭の芝生(しばふ)に這いつくばってる理由を(さっ)したのだろう。

 エチカは書く手を止めて(たず)ねた。


 小夜子は首を振った。


「いえ、おかまいなく。研究室は使っていいんでしたよね?」


 プチッと目当ての野草を、これも初任給で購入(こうにゅう)していた作業用のホック付きグローブで()み取って、小夜子(さよこ)は立ち上がる。


「ええ」


 とだけエチカは返した。

 小夜子は駆け足で研究室に移動する。


「じゃあ、しばらく引き()もるので。――あっ、晩ごはんはいりません。それと、提出物は九時半までには持ってくるので、ご心配なく」

余裕(よゆう)シャクシャクね」


 バタン。

 と小夜子(さよこ)が研究室に飛び込んだのと同時だったので、エチカの声は聞こえなかった。



「よーしっ、それじゃあさっそく」


 小夜子(さよこ)はベルトのポーチに入れてある、パンダの絵柄(えがら)がプリントされたメモ帳を取り出した。店がヒマな時にこっそりエチカの作業をのぞいて、コツっぽい点をメモしたり、必要素材以外の触媒(しょくばい)を書き込んだりしていたのだ。


(えっと、〈()()(ぐすり)〉の作り(かた)は――)


 もちろん、エチカのいない時にこの部屋や彼女の私室(ししつ)の本棚をあさって、参考になりそうなノートものぞいている。その中に何冊(なんさつ)か、錬金術(れんきんじゅつ)用の手順書があって、小夜子はキチンと目ぼしい物を書き写しておいたのだ。


(これも日頃(ひごろ)の勉強のおかげっと)


 気付け薬に必要な素材は、ルルド(ぎく)とカラッチョ(すい)、ミントース(そう)に、少量の塩と砂糖。


(ルルド菊はその辺の雑草(ざっそう)だから、カンタンに手に入る)


 庭先や土手(どて)などで見かける、ノゲシによく似た草だ。ただし、大きさは(じゅっ)センチていどと小さい。


(ミントース草は、確か……)


 小夜子(さよこ)は実験用の大きなテーブルに、取ってきたばかりの野草を置いた。

 薬棚(くすりだな)のほうを見る。


 棚は()種類あって、ひとつはカギ付き、そしてものものしいラベルの()られたビンが、ガラス()の向こうに整然と並べられている。


 小夜子の用があるのは、もう(ひと)つのほう。乾燥(かんそう)した植物や、お茶っ()のように(せん)じられた薬を保存したビンが、ごちゃっと()め込まれたほうだった。

 木枠(きわく)のガラス戸の向こうにのぞくラベルには、手書きで材料の名前が記入(きにゅう)されている。


 小夜子は木の棚のほうへと手を()ばす。


 もう(ひと)つの、物騒(ぶっそう)な薬品類が詰まっているのはスチール製だ。青酸(せいさん)カリや砒素(ひそ)硝酸(しょうさん)などの劇薬(げきやく)を保管した棚で、前に開けようとしたらエチカに見つかって、本気の形相(ぎょうそう)で怒られた。


 木棚のほうはカギがなく、引き()で、ごちゃごちゃになったビンをよけて探すと、かくして『ミントース』と読みにくい(はし)()きのある容器を発見した。


 他の薬草類のガラス容器を壊さないよう、慎重(しんちょう)に、元あった位置に戻していく。

 ミントースのビンだけを持って、小夜子(さよこ)は棚の戸をしめた。


「ふう」

 テーブルに、野草と並べて置く。


(んで、カラッチョ(すい)は自分で作ったほうがプネウマとの反応(はんのう)がよい、と)


 カラッチョ水はトウガラシとカンシャクゴケ、火、(みず)から作ることができる。

 であるならば、わざわざ〈カラッチョ水〉を作らずとも、先の素材に野草と塩と砂糖をくわえて合成すれば、晴れて〈気付け薬〉はできるのだが――


(なるべくそういうズボラは()けたほうがいい。錬金術で、一度(いちど)に作らなきゃならない物が増えるから、失敗したり、なまじ成功しても品質が低くなる。質を上げたいなら、手作りで出来るものは、できるだけ手作りで)

 アンチョコを見ながら(うなず)く。


 小夜子(さよこ)三脚鼎(さんきゃくかなえ)をテーブルに持ってきて、アルコールランプに火を()れた。

 小さな鉄製の(うつわ)に、これも木棚から失敬したトウガラシの粉末(ふんまつ)、カンシャクゴケを一匙(ひとさじ)、そして水道水(すいどうすい)をいれる。


(で、最後に……)


 沸騰(ふっとう)して、浮いてきたカンシャクゴケを(ねら)って、火をつけたマッチを投下する。


 パン!

 大きな音をたてて、鍋の中のものが煙につつまれた。


 おタマみたいな(さじ)でかきまぜてみる。赤い、どろりとした液体が出来ている。


(何回か作ったことはあるけど……慣れない(にお)いだなあ)

 (から)みと苦みが混ざったような、こもった臭いが鼻から脳まで浸透(しんとう)する。


(もうこれを提出物にしちゃおうかなあ)


 と弱気になったものの、『錬金術を使って作った物』が条件のため、却下(きゃっか)した。


 出来た緋色(ひいろ)の液体をおタマに一杯(いっぱい)分すくって別の容器に移し、薬草類の(とな)りに置く。


 時計を見ると、ここまででもう夜の六時を回っていた。

 塩と砂糖を引き出しから出して(料理で使う用とは別にしてある)、ポットごと他の材料と並べる。


「えっと、(つえ)、杖……」


 あたりを見回すと、あった。

 研究室の()(ぐち)。店側とをつなぐドア――さきほど壊したため、蝶番(ちょうつがい)(はず)れて(かたむ)き、把手(とって)の部分から『く』の字に折れている――のそばに、(ちから)なく倒れている。


 小夜子(さよこ)が手に取ると、透明だった先端の丸い石が、ボウと黒色に変わった。


 両手で長い杖を持って、準備した材料の待つ実験台に戻る。


 必要な分量ずつ素材を取って、大きな(はち)に入れ、混ぜ合わせることなく杖を当てた。

 小夜子の精神(りょく)が、エーテル石を経由(けいゆ)して、大気中にただよう微粒子(びりゅうし)媒体(ばいたい)〈プネウマ〉に、気付け薬の生成を命じる。


 魔法性の媒体(ばいたい)は、錬金術師の意を受けて、材料を合成し、変化させた。


 ボウン!


 煙が立ちのぼる。

 白い(はち)の中に、オレンジ色の薬液が現れた。


(ちょっと(にご)ってる……)


 よく言えば臙脂(えんじ)色、悪く言えば茶色く変色した薬を、計量(けいりょう)用のスプーンですくう。

 ドロリ。


(……失敗に限りなく近い成功だわ)


 ()げたりせずに体裁(ていさい)が整っている、という点では『成功』だが、濁っているわ粘性(ねんせい)が高いわという点では『失敗』である。気付け薬は気絶した人間に意識を取りもどさせる効果があるが、これではそのままこんこんと眠り続けてしまうだろう。


 マトモなクオリティなら、夕日もかくやというバーミリオンで、清涼(せいりょう)飲料水のごとくさわやかなサラサラだ。


(でも、高レベルな物を作ろうとした努力(どりょく)と、ダメで元々で提出する勇気は(みと)めてくれるかな?)


 自分に言い訳しながら、携行(けいこう)用のボトルを持ってきて、(にご)った薬を()れる。

 と――


(……いや、ダメだわ)

 小夜子(さよこ)は唐突に気がついた。


(――これじゃダメ。エチカは納得(なっとく)しない。絶対に!)


 小夜子は確信した。

 台に(そな)えつけてある(なが)しに、作ったばかりの薬を()しげもなく


(ううううううう! 一生(いっしょう)懸命つくったのにいいいいいい!!)


 惜しみながら廃棄(はいき)する。


 新しく、ちがう種類の物を作りはじめる。




 

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