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フィーロゾーフィア  作者: とり
第9話 再テストについて
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再テストについて-③

 



 フィーロゾーフィア王都は、外周を一本(いっぽん)の坂道で取り巻くようにして、下層から中層、上層――王城までをつないでいる。


 小夜子(さよこ)は電動浮遊(ふゆう)キックボードを走らせて、上層の雑貨(ざっか)屋から、少し(くだ)った所にある住宅街に飛び込んだ。


 前庭(まえにわ)付きの()ジャレた二階(にかい)建て家屋(かおく)にやって来る。


「アリサー、テレサー」


 〈リーマジハの森〉で別れてから、二人(ふたり)がすぐに帰宅(きたく)したかは分からない。ひょっとしたらまだ森にいるのかも知れない。だとしたらアウトだ。


「人が帰ってきて早々(そうそう)……騒がしいですわね」


 かくして玄関(げんかん)ドアが開いた。

 ポニーテールの赤い髪――アリサが、(あき)れの半眼(はんがん)で出てくる。


「アリサー! やっぱりわたし、(さい)テスト受けなきゃならなかったんですよお!」

「それはお気の毒さまで」


 くるりと(きびす)を返してアリサは屋内(おくない)に戻ろうとした。

 小夜子(さよこ)は鉄格子の門扉(もんぴ)に取りついて、サマーセーターの背中に言う。


「待って、手伝って下さいよお、エチカも『経緯(けいい)は問わない』って」


 一度(いちど)意識がブラックアウトしたものの、小夜子はエチカの話をキッチリ覚えていた。

 アリサは肩()しに小夜子を見る。


「……分かりました。取りあえずお(はい)りなさい。よく聞かないと、こちらも手の出しようがありませんので」


 庭のアプローチを門扉(もんぴ)側に出てきて、アリサは小さな(かんぬき)(はず)す。


 小夜子(さよこ)はスピノザ家の敷居(しきい)をまたいだ。

 アリサに案内されて、家の中に(はい)る。



「あれー? サヨコちゃん、どうしたの?」


 二階(にかい)一室(いっしつ)に通されると、中でテレサがビデオゲームをしていた。


 無線のスマートな――というか骨組みだけのような――コントローラーを(にぎ)りしめて、室内でも(はず)さないキャスケットの下から、素直そうな眼差(まなざ)しを向けてくる。バー(じょう)筐体(きょうたい)から、ホログラフのモニターがペーパービューモードで立ち()がっていた。


「エチカのテストに(こま)って来たんです」


 カーペットの上に置いたクッションで、クツを()いたままあぐらを()いて格闘ゲームの一時停止(ポーズ)画面を開く少年に、小夜子(さよこ)は不満をぶつけるように返事する。


「あー、五次方程式以上の(かい)の公式は存在しないから、あれはひっかけ問題だよ」

「ペーパーテストじゃないんです。ってゆーかテレサ、何の話なんですか?」

一番(いちばん)最初にやったテストですわ。サヨコもわたくしたちと同じ問題だったなら、ですが」


 エチカの店に(やと)われる時にやった試験のことだ。確かに数学の(しき)もあったが、当時の小夜子は問題文が読めなかったのと、そもそも式が見慣れないものだったのとで、正解を出すのを断念(だんねん)した。


(そうだった。この二人(ふたり)は、エチカの採用(さいよう)テストに全問正解したんだったわ)


 しかしエチカはアリサもテレサも店に雇い()れはしなかった。


 二人(ふたり)は〈(キトリニクス)〉レベルの錬金術師(れんきんじゅつし)であり、学術的にも小夜子(さよこ)などとは比べものにならないくらい(すぐ)れているにも(かか)わらず。


(意地悪や(ねた)(そね)み――と考えることもできるけど)

 フッと笑って小夜子はその可能性を捨てた。

(ふつーに考えたら、もうひとつの(ほう)の理由よね)


 失格は必ずしも相手にとって不利に働くわけではない。そもそもエチカに他人を束縛(そくばく)するシュミはないのだ。


 一人(ひとり)渋面(じゅうめん)を作ったり、したり(がお)をする小夜子を、アリサが横から(のぞ)き込む。


「さっきから(なに)をニヤニヤしているのです?」

「ニヤニヤなんてしてませんよ」

「ねー、それよりさー、エチカさんなんて言ってたの? 教えてよ。一緒(いっしょ)に困ってあげる」

「それは(たの)もしいばかりですねー」


 コントローラーのボタンから、遠隔(えんかく)でゲーム機のスイッチを切って、テレサは勉強(づくえ)のイスを小夜子(さよこ)にすすめる。


 アリサはパイプベッドに腰かけた。

 小夜子も(うなが)されるまま、イスに座る。


「エチカが最高だって思う物を持ってかなきゃダメなんです。今日(きょう)中に」

「えー、それってムリじゃない?」

「サヨコ、あなた遠回しにクビ宣言(せんげん)されているんじゃありませんわよね?」

「ううう……否定できません……」


 しゅんと事務イスの上で小さくなる。

 テレサが見兼(みか)ねて、(さら)にヒントを引き出そうとする。


「他になんか言ってなかった? もしボクたちが作って、小夜子(さよこ)ちゃんに提出させてもいいんなら、できるだけのことはやってあげるけど」

「ありがとうございます、テレサ。でも、エチカはそれを許さないと思うんです」

「なぜですの?」


 アリサが心外そうに言って、


「彼女が言ったことを、なるべく忠実(ちゅうじつ)()べると、こうなるんですよ。エチカは、こうやって(えら)っそーに自分の胸に手を当てて――」


 ――この私が最高だと思う物を、錬金術で作って持ってきなさい。

 ――経緯(けいい)は問わないわ。

 ――私の研究室、およびそこにある材料は、勝手に使ってもらって(かま)わない。

 ――ただし、今日が終わる(まで)に私の元へ持ってくること。


「『以上よ』。ですって」

「だあはははは! 似てる似てる! フンイキそっくり!」

「はー? どこがですの? エチカ(さま)はもっとこう気高(けだか)く高貴で目だけで人を切り(ころ)せるような、まるでゴミでも見るような」

「うっとりして言うようなことなのかなあ、それ」

「もーっ、モノマネやってるわけじゃないんですよ、二人(ふたり)とも」

「ごめんごめん」


 両腕を振り上げる小夜子(さよこ)に、テレサはヒラヒラ手をやってあやまった。


「だけど今の条件だと、べつに誰が作ってもいいんじゃないの? ってゆーかサヨコちゃん、ボクらに代理(だいり)で作ってほしくて来たんじゃあ?」

「いえ、知恵(ちえ)を借りに来たんです」


 テレサの指摘(してき)に小夜子はキッパリと言った。


「エチカが、自分の研究室や材料を使ってもいいと豪語(ごうご)するなら、それはその権利をゆずった相手――つまりわたしに、なんらかの成果を求めているということだと思います。そこを()げて、外部の人間に(いち)から(じゅう)までをやってもらったんじゃあ、わたしの能力(のうりょく)査定(さてい)したい彼女に対する裏切(うらぎ)りでしかない」


「では、サヨコはわたくしたちに、具体的にどうしてほしいのです? 知恵とは?」

錬金術(れんきんじゅつ)を使って出来るもので、最高ランクの物を教えてほしいんです。エチカが求めているものからは(はず)れていたとしても、参考(さんこう)にはできるので」

「そういうことかあ」


 テレサは得心(とくしん)したように、両腕を組んだ。

 アリサは(あし)を組んで頬杖(ほおづえ)ついて、思案(しあん)顔である。


「……錬金術で最も(むずか)しく、なおかつ術師として最終目標となる生成物は、〈賢者(けんじゃ)(いし)〉ですわ」

「賢者の石?」


 小夜子(さよこ)はオウム返しに()いた。

 テレサが人差(ひとさ)し指を立てて、


「『哲学(てつがく)(いし)』とも呼ばれる、どんな物でも思った通りの物質に変えられる、万能(ばんのう)触媒(しょくばい)だよ。その(へん)の石コロから、黄金(おうごん)だって生み出せちゃうんだ。それに、人体に使えば、不老不死だって(かな)うって」

「ホントに?」

「ウワサですわ。誰も手に()れたことがないから、誇張(こちょう)して伝わっているだけです」


 アリサがピシャリと切って捨てる。

 テレサはブウと(ほお)をふくらませた。


「でもさあ、エチカさんはそれを持ってるって(はなし)だよ? 空気中から物を作ったり、なんなら(つえ)なしでも物を変化させられるのは、賢者の石のおかげだって」

「それもウワサ。テレサは人の話に(まど)わされすぎですわ」

「そーかなあ」


 頭ごなしに否定されて、テレサはおもしろくない。


 小夜子(さよこ)はアリサに訊く。


「それで、その賢者の石っていうのは、わたしがガンバったところで、今日中にできそうな物なんですか?」

「あと六時間ほどで?」


 アリサはハッと鼻で笑う。


「できるわけないでしょう。賢者の石の製造には、(ルベド)クラスを(ふく)め、歴史上(おお)くの錬金術師が生涯(しょうがい)()けて(いど)んできましたが、誰一人(ひとり)として成功させた者はいないのです」

「……」


 エチカも?

 と問いかけて、小夜子(さよこ)()み込んだ。それよりも――


「じゃあ他にわたしが合格する方法ってあると思います?」

「ないと思います」


 小夜子の口調(くちょう)をそっくりマネて、アリサが笑顔で応じる。


「なーに、悲観(ひかん)することないよ、サヨコちゃん。サヨコちゃんがいなくなったら採用枠(さいようわく)(ひと)つあくってわけで、ボクらにとってはエチカさんの店で働くチャンスがころがりこんでくるってことなんだからさ」

「あけたところでお二人(ふたり)起用(きよう)される未来なんて皆無(かいむ)ですけどねー」

「言ってくれますわね……」


 黒い目を必死に()いてテレサに反駁(はんばく)する少女に、アリサは(かた)を落としてつぶやいた。


「ともあれ、サヨコが合格するのに一番(いちばん)現実的なのは、やはりベストを()くすことですわね」

「ベスト……」


 小夜子(さよこ)空虚(くうきょ)にくり返す。


 最善(さいぜん)を尽くせということだが、本気を出すのは(なに)よりキライだ。全力(ぜんりょく)で考えてくたびれて、それでもダメだった時、()()がないからだ。心の逃げ場をなくすからだ。


「まあ、もしもわたくしがサヨコの立場だとしてですわ、とりあえず自分の力量(りきりょう)でできる範囲(はんい)で、最も難易度(なんいど)の高い生成物(せいせいぶつ)を作ります。あなたまだ〈(ニグレド)〉ですから――かなりガンバったとして、〈気付(きつ)(ぐすり)〉くらいなら、なんとかすることができるでしょう」


「お体裁(ていさい)ていどの出来だろーけどね」


 ニヤニヤと、テレサがアリサにつっかかる(ふう)横槍(よこやり)を入れる。

 じゃあお(まえ)はどうなんだと赤い瞳に(にら)まれ、テレサはふふんと(えら)そばった。


「ボクはアリサみたいに不確(ふたし)かなことはさせないよ。タイムリミットである、夜中の十二(じゅうに)時ギリギリまで、とにかく素材のある(かぎ)り、大量の種類の物を作る。それをぜーんぶ持ってって、エチカさん自身に、最高だと思うのを選んでもらうんだ。だったらクリアとまではいかなくても、不合格が出た時に、撤回(てっかい)させる反証(はんしょう)材料にはなるでしょ?」


「弱腰ですわね」

「なんだとおっ!」


 どや顔のテレサにアリサが肩をすくめてダメ()しし、一転憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)である。


(アリサもテレサも、なんだかんだで頭いいんですよね)

 小夜子(さよこ)はどちらのやり(かた)もありだと思った。


(タイムリミットぎりぎりまで(ねば)るのは、決定事項にするとして――)


 現在時刻を確かめる。


 部屋の()け時計を見上げる。長方形の(わく)にデジタルの数字が()かんでいて、午後の五時二〇(にじゅっ)分を伝えていた。


 あと六時間と少し――


(!!)


 小夜子(さよこ)は勉強机のイスから立ち上がった。

 色の()け落ちた蒼白(そうはく)な少女の顔に、テレサとアリサはギョッとする。


「サヨコ?」

「ど、どうしたのサヨコちゃん。いきなり」


 ガバッ!


 小夜子は自分の(ほお)を両手で(おお)った。

 あせった時のクセだったが、それほどに小夜子は、自分の思い(ちが)いに仰天(ぎょうてん)していた。


 エチカの出した条件の(ひと)つが、頭の中でリフレインする。


 ――今日が終わる(まで)に、私の元へ持ってくること――


(うかつだった。私の提出物(ていしゅつぶつ)を、エチカが見るのよ。つまり、彼女が起きている(あいだ)成果物(せいかぶつ)を持って行かなくちゃならない。だったらタイムリミットは、日付(ひづけ)の変わる十二(じゅうに)時でも、その直前でもない! だって――)


 いつだったかつけていた、エチカの日課(にっか)を観察していた記録が脳裏(のうり)に呼び起こされる。

 もう書き()めることはしていないが、彼女の習慣(しゅうかん)は、あいも変わらず継続(けいぞく)中だった。


 朝が早起きなこと。そして、


(エチカは、夜の(じゅう)時には寝ちゃうのよ!!)




 

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