再テストについて-③
フィーロゾーフィア王都は、外周を一本の坂道で取り巻くようにして、下層から中層、上層――王城までをつないでいる。
小夜子は電動浮遊キックボードを走らせて、上層の雑貨屋から、少し下った所にある住宅街に飛び込んだ。
前庭付きの小ジャレた二階建て家屋にやって来る。
「アリサー、テレサー」
〈リーマジハの森〉で別れてから、二人がすぐに帰宅したかは分からない。ひょっとしたらまだ森にいるのかも知れない。だとしたらアウトだ。
「人が帰ってきて早々……騒がしいですわね」
かくして玄関ドアが開いた。
ポニーテールの赤い髪――アリサが、呆れの半眼で出てくる。
「アリサー! やっぱりわたし、再テスト受けなきゃならなかったんですよお!」
「それはお気の毒さまで」
くるりと踵を返してアリサは屋内に戻ろうとした。
小夜子は鉄格子の門扉に取りついて、サマーセーターの背中に言う。
「待って、手伝って下さいよお、エチカも『経緯は問わない』って」
一度意識がブラックアウトしたものの、小夜子はエチカの話をキッチリ覚えていた。
アリサは肩越しに小夜子を見る。
「……分かりました。取りあえずお入りなさい。よく聞かないと、こちらも手の出しようがありませんので」
庭のアプローチを門扉側に出てきて、アリサは小さな閂を外す。
小夜子はスピノザ家の敷居をまたいだ。
アリサに案内されて、家の中に入る。
「あれー? サヨコちゃん、どうしたの?」
二階の一室に通されると、中でテレサがビデオゲームをしていた。
無線のスマートな――というか骨組みだけのような――コントローラーを握りしめて、室内でも外さないキャスケットの下から、素直そうな眼差しを向けてくる。バー状の筐体から、ホログラフのモニターがペーパービューモードで立ち上がっていた。
「エチカのテストに困って来たんです」
カーペットの上に置いたクッションで、クツを履いたままあぐらを掻いて格闘ゲームの一時停止画面を開く少年に、小夜子は不満をぶつけるように返事する。
「あー、五次方程式以上の解の公式は存在しないから、あれはひっかけ問題だよ」
「ペーパーテストじゃないんです。ってゆーかテレサ、何の話なんですか?」
「一番最初にやったテストですわ。サヨコもわたくしたちと同じ問題だったなら、ですが」
エチカの店に雇われる時にやった試験のことだ。確かに数学の式もあったが、当時の小夜子は問題文が読めなかったのと、そもそも式が見慣れないものだったのとで、正解を出すのを断念した。
(そうだった。この二人は、エチカの採用テストに全問正解したんだったわ)
しかしエチカはアリサもテレサも店に雇い入れはしなかった。
二人は〈黄〉レベルの錬金術師であり、学術的にも小夜子などとは比べものにならないくらい優れているにも拘わらず。
(意地悪や妬み嫉み――と考えることもできるけど)
フッと笑って小夜子はその可能性を捨てた。
(ふつーに考えたら、もうひとつの方の理由よね)
失格は必ずしも相手にとって不利に働くわけではない。そもそもエチカに他人を束縛するシュミはないのだ。
一人で渋面を作ったり、したり顔をする小夜子を、アリサが横から覗き込む。
「さっきから何をニヤニヤしているのです?」
「ニヤニヤなんてしてませんよ」
「ねー、それよりさー、エチカさんなんて言ってたの? 教えてよ。一緒に困ってあげる」
「それは頼もしいばかりですねー」
コントローラーのボタンから、遠隔でゲーム機のスイッチを切って、テレサは勉強机のイスを小夜子にすすめる。
アリサはパイプベッドに腰かけた。
小夜子も促されるまま、イスに座る。
「エチカが最高だって思う物を持ってかなきゃダメなんです。今日中に」
「えー、それってムリじゃない?」
「サヨコ、あなた遠回しにクビ宣言されているんじゃありませんわよね?」
「ううう……否定できません……」
しゅんと事務イスの上で小さくなる。
テレサが見兼ねて、更にヒントを引き出そうとする。
「他になんか言ってなかった? もしボクたちが作って、小夜子ちゃんに提出させてもいいんなら、できるだけのことはやってあげるけど」
「ありがとうございます、テレサ。でも、エチカはそれを許さないと思うんです」
「なぜですの?」
アリサが心外そうに言って、
「彼女が言ったことを、なるべく忠実に述べると、こうなるんですよ。エチカは、こうやって偉っそーに自分の胸に手を当てて――」
――この私が最高だと思う物を、錬金術で作って持ってきなさい。
――経緯は問わないわ。
――私の研究室、およびそこにある材料は、勝手に使ってもらって構わない。
――ただし、今日が終わる迄に私の元へ持ってくること。
「『以上よ』。ですって」
「だあはははは! 似てる似てる! フンイキそっくり!」
「はー? どこがですの? エチカ様はもっとこう気高く高貴で目だけで人を切り殺せるような、まるでゴミでも見るような」
「うっとりして言うようなことなのかなあ、それ」
「もーっ、モノマネやってるわけじゃないんですよ、二人とも」
「ごめんごめん」
両腕を振り上げる小夜子に、テレサはヒラヒラ手をやってあやまった。
「だけど今の条件だと、べつに誰が作ってもいいんじゃないの? ってゆーかサヨコちゃん、ボクらに代理で作ってほしくて来たんじゃあ?」
「いえ、知恵を借りに来たんです」
テレサの指摘に小夜子はキッパリと言った。
「エチカが、自分の研究室や材料を使ってもいいと豪語するなら、それはその権利をゆずった相手――つまりわたしに、なんらかの成果を求めているということだと思います。そこを曲げて、外部の人間に一から十までをやってもらったんじゃあ、わたしの能力を査定したい彼女に対する裏切りでしかない」
「では、サヨコはわたくしたちに、具体的にどうしてほしいのです? 知恵とは?」
「錬金術を使って出来るもので、最高ランクの物を教えてほしいんです。エチカが求めているものからは外れていたとしても、参考にはできるので」
「そういうことかあ」
テレサは得心したように、両腕を組んだ。
アリサは脚を組んで頬杖ついて、思案顔である。
「……錬金術で最も難しく、なおかつ術師として最終目標となる生成物は、〈賢者の石〉ですわ」
「賢者の石?」
小夜子はオウム返しに訊いた。
テレサが人差し指を立てて、
「『哲学の石』とも呼ばれる、どんな物でも思った通りの物質に変えられる、万能の触媒だよ。その辺の石コロから、黄金だって生み出せちゃうんだ。それに、人体に使えば、不老不死だって叶うって」
「ホントに?」
「ウワサですわ。誰も手に入れたことがないから、誇張して伝わっているだけです」
アリサがピシャリと切って捨てる。
テレサはブウと頬をふくらませた。
「でもさあ、エチカさんはそれを持ってるって話だよ? 空気中から物を作ったり、なんなら杖なしでも物を変化させられるのは、賢者の石のおかげだって」
「それもウワサ。テレサは人の話に惑わされすぎですわ」
「そーかなあ」
頭ごなしに否定されて、テレサはおもしろくない。
小夜子はアリサに訊く。
「それで、その賢者の石っていうのは、わたしがガンバったところで、今日中にできそうな物なんですか?」
「あと六時間ほどで?」
アリサはハッと鼻で笑う。
「できるわけないでしょう。賢者の石の製造には、赤クラスを含め、歴史上多くの錬金術師が生涯を賭けて挑んできましたが、誰一人として成功させた者はいないのです」
「……」
エチカも?
と問いかけて、小夜子は呑み込んだ。それよりも――
「じゃあ他にわたしが合格する方法ってあると思います?」
「ないと思います」
小夜子の口調をそっくりマネて、アリサが笑顔で応じる。
「なーに、悲観することないよ、サヨコちゃん。サヨコちゃんがいなくなったら採用枠が一つあくってわけで、ボクらにとってはエチカさんの店で働くチャンスがころがりこんでくるってことなんだからさ」
「あけたところでお二人が起用される未来なんて皆無ですけどねー」
「言ってくれますわね……」
黒い目を必死に剥いてテレサに反駁する少女に、アリサは肩を落としてつぶやいた。
「ともあれ、サヨコが合格するのに一番現実的なのは、やはりベストを尽くすことですわね」
「ベスト……」
小夜子は空虚にくり返す。
最善を尽くせということだが、本気を出すのは何よりキライだ。全力で考えてくたびれて、それでもダメだった時、立つ瀬がないからだ。心の逃げ場をなくすからだ。
「まあ、もしもわたくしがサヨコの立場だとしてですわ、とりあえず自分の力量でできる範囲で、最も難易度の高い生成物を作ります。あなたまだ〈黒〉ですから――かなりガンバったとして、〈気付け薬〉くらいなら、なんとかすることができるでしょう」
「お体裁ていどの出来だろーけどね」
ニヤニヤと、テレサがアリサにつっかかる風に横槍を入れる。
じゃあお前はどうなんだと赤い瞳に睨まれ、テレサはふふんと偉そばった。
「ボクはアリサみたいに不確かなことはさせないよ。タイムリミットである、夜中の十二時ギリギリまで、とにかく素材のある限り、大量の種類の物を作る。それをぜーんぶ持ってって、エチカさん自身に、最高だと思うのを選んでもらうんだ。だったらクリアとまではいかなくても、不合格が出た時に、撤回させる反証材料にはなるでしょ?」
「弱腰ですわね」
「なんだとおっ!」
どや顔のテレサにアリサが肩をすくめてダメ出しし、一転憤怒の形相である。
(アリサもテレサも、なんだかんだで頭いいんですよね)
小夜子はどちらのやり方もありだと思った。
(タイムリミットぎりぎりまで粘るのは、決定事項にするとして――)
現在時刻を確かめる。
部屋の掛け時計を見上げる。長方形の枠にデジタルの数字が浮かんでいて、午後の五時二〇分を伝えていた。
あと六時間と少し――
(!!)
小夜子は勉強机のイスから立ち上がった。
色の抜け落ちた蒼白な少女の顔に、テレサとアリサはギョッとする。
「サヨコ?」
「ど、どうしたのサヨコちゃん。いきなり」
ガバッ!
小夜子は自分の頬を両手で覆った。
あせった時のクセだったが、それほどに小夜子は、自分の思い違いに仰天していた。
エチカの出した条件の一つが、頭の中でリフレインする。
――今日が終わる迄に、私の元へ持ってくること――
(うかつだった。私の提出物を、エチカが見るのよ。つまり、彼女が起きている間に成果物を持って行かなくちゃならない。だったらタイムリミットは、日付の変わる十二時でも、その直前でもない! だって――)
いつだったかつけていた、エチカの日課を観察していた記録が脳裏に呼び起こされる。
もう書き留めることはしていないが、彼女の習慣は、あいも変わらず継続中だった。
朝が早起きなこと。そして、
(エチカは、夜の十時には寝ちゃうのよ!!)




