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フィーロゾーフィア  作者: とり
第9話 再テストについて
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再テストについて-②

 


 売り場の外は、(だいだい)色に暮れて夜に移行(いこう)しつつあった。


 フィーロゾーフィア王国、王都にある小さな雑貨(ざっか)屋、『エチカ商店(しょうてん)』である。

 夕方(ゆうがた)の五時が近付き、客足(きゃくあし)ももう見込めない(ころ)だった。


「なあエチカ」


 (あそ)びに来ていたフィーロゾーフィア国王が、店の(おく)――居住(きょじゅう)スペースと店を仕切る(かべ)を見上げている。カウンターにいる女に言う。


(きみ)、今日の日付(ひづけ)に書き込みしてるけど、何かの記念日かなのかい?」

「はあ?」


 エチカは会計用の(なが)テーブルで読書をしていた。いつもはアルバイトの女の子が座っている場所だが、彼女は(つか)いにやっている。


「べつに、特に(なに)も無かったと思うけど?」


 エチカ――長い金髪に、気丈(きじょう)(きらめ)く金色の双眸(そうぼう)を持つ、十代後半の美女だ――は、(ほそ)いヘアピンで大きく分けた前髪の下から、オーギュスト(おう)の向いている先、()りつけたカレンダーを一瞥(いちべつ)した。


 即答(そくとう)したものの、少し引っかかりを感じる。


 作業用の白手袋をつけた手に(あご)をのせ、沈思黙考(ちんしもっこう)する。

 〈錬金術師(れんきんじゅつし)〉という知識職には不似合いな、ノースリーブにミニスカート、流行のブーツといったハデな()で立ちだが、思考する時の横顔(よこがお)は学者に共通の、深淵(しんえん)(のぞ)き込むような、心ここにあらずというような、人跡(じんせき)未踏(みとう)の領域に(いど)むような、ある種(うつ)ろな、ある種(ひい)でた、悟りの境地めいた静謐(せいひつ)さを帯びる。


 例えどんなにくだらないことを考えていたとしても、だ。


「スーパーマーケットの特売日(とくばいび)だったかしら?」

「それで分かるのは、(ぼく)には関係がないってことだけだな」

「あたり前でしょ」


 エチカは読んでいたマンガ雑誌(ざっし)をカウンターテーブルに放り出した。いつもはここで読書用のメガネを(はず)すところだが、今日は私室(ししつ)に忘れてきたため無しである。


「それよりオーギュスト、ヒマ(つぶ)しで来たんでしょ? ついでの用事で、さっさとその(こよみ)を次の(つき)に換えなさいよ」

「君たちに求婚(きゅうこん)に来たんだ。ヒマ潰しでも、アゴで使われに来たんでもない」


 ビリリ。

 言いつつもオーギュストはカレンダーの五月のページを(やぶ)った。下から六月の(こう)が現れる。


「にしても、サヨコちゃんはどこに行ったんだよ? こちとら兵士の目を(ぬす)んで来てるんだ。あんまり長くはいられないんだぜ?」


 シャンプー(くさ)いサラサラの短い髪にバンダナを巻き、いかにも上質なシャツとロングパンツ、ブーツに身を(つつ)んだオーギュストは、育ちのいい(ぼっ)ちゃんという(てい)の、(さわ)やかな蒼穹(そうきゅう)の瞳をおどけたまん丸にして、さも大事(おおごと)のように両腕を広げる。


 御年(おんとし)二十四の彼は、さっさと縁談(えんだん)を結べと外野から()かされている――わけでもなく、()まれつきの性分で、手当たり次第(しだい)国内外(こくないがい)問わず、気に()った女性に声を()けて回っている。


 エチカは()れた調子で返した。


「サヨコはおつかい。あんたみたいにヒマじゃないのよ」

「んじゃあ、(きみ)だけでガマンするか。とりあえずこの婚姻(こんいん)届けにサイン欲しいんだけど?」

一度(いちど)断られたら二度(にど)と顔を見せないくらいの甲斐性(かいしょう)は欲しいものね」


 ことあるごとにやって来ては、「結婚しよーよ」と口癖(くちぐせ)みたいにさえずる現国王に、エチカは迷惑(めいわく)している。なぜならエチカは誰とも結ばれる気はないからだ。(ひと)りで気ままが一番(いちばん)いい。


「五月……」


 我知らずエチカは(くち)ずさんでいた。

 イスから立ち上がり、カレンダーを確かめに行く。


 彼女の思索(しさく)阻害(そがい)するのは、冬眠(とうみん)あけのクマにちょっかいをかけるが(ごと)く危険な行為(こうい)と心得ているため、オーギュストはゆっくり歩いて来る錬金術師に道をゆずる。

 ついでに自分が取り(はず)した五月のページを渡した。


 ――五月。


「この(つき)初旬(しょじゅん)にサヨコが来たのよね――」

「エチカー!」


 バーン!


 爆音みたいな音をたてて、店のドアが()いた。


 ストレートロングの黒髪に、大きな黒い両眼(りょうめ)、頭にカチューシャをのせたワンピース姿の少女が、息せき切って店内に()け来んでくる。

 出掛ける(さい)に、護身(ごしん)用にと持たせた、錬金術師の長杖(ロッド)を両手で(かか)えていた。


 小夜子(さよこ)だ。


「エチカー! このわたしに再テストを()すだなんて、身のほど知らずなことをするって本当ですか――あっ?!」


 ガンッ!


 クツの先を(ゆか)(ゆが)みに引っかけて、小夜子は思いっきり前方に飛んだ。

 振り返った矢先(やさき)、弾丸のようにすっ飛んできた少女に押し倒されて、エチカも床にひっくり返る。


 小夜子は転倒しながら、ほっぺに当たる感触(かんしょく)にこんな感想を(いだ)いていた。


(やっ、(やー)らけ~)


「わーい、僕も僕もー♡」

「〇ね」


 小夜子(さよこ)の上から、(さら)(おお)いかぶさるように両手を広げて飛び込んでくるオーギュストに、エチカは(ころ)がっていた錬金術師の(つえ)を投げつける。


 丸い石の()まっている部分――とは逆の、鋭く(とが)った鉄の下端(かたん)部分が、オーギュストの顔面に()さった。


(いた)い」

「しょーもないことするからでしょ」


 オーギュストは、大人(おとな)しくゼログラビティの姿勢から直立姿勢に(もど)った。不平ったらしく(くち)をブーイングの形にする。


「なんだよー。なんで僕はダメでサヨコちゃんはいいんだよお」

「しょーがないでしょ、いくらこまっしゃくれて生意気(なまいき)で性格が破綻(はたん)してても、サヨコはまだ十七にもなってない子供(ガキ)で女の子で幼児(ようじ)体型なんだから」

「え~んっ、巨乳のワガママボデーが(なん)()ってるー!」

「よしっ、この(はなし)やめようか」


 冷静になって、オーギュストはエチカと小夜子(さよこ)(いさ)めた。

 少女の両わきを支えて、()っこする要領で立たせてやる。


「それで、どうしたんだいサヨコちゃん、そんな血相(けっそう)変えて? 大きくなったら僕のお(よめ)さんになるって決心でもついたのかい?」

「王様となんて永遠にお(ことわ)りなのでそんな希望はさっさと()てて下さい」


 (ねこ)なで声で(のぞ)き込んでくるオーギュストの下顎(したあご)に、アッパーを食らわせながら、小夜子(さよこ)

 エチカに向き(なお)る。

 彼女もまた、服の(ほこり)を払って立ち()がったところだった。


「アリサとテレサから聞いたんです。エチカが今月の(すえ)に、わたしの採用(さいよう)について再試験を(おこな)うつもりだって。それに失格したら、わたしを店から追い出すって!」

「サヨコ、あんたまたワケの()か――」


 る。


 エチカは片手に(にぎ)りしめたままだった、五月のカレンダーを自分の顔の前に持ってきて(にら)みつけた。

 三十一(さんじゅういち)日のマスに赤い二重(にじゅう)丸が描いてある。


「エチカ?」


 足早(あしばや)(とな)りの研究室に引っ込むエチカを、小夜子(さよこ)は不安に揺れる黒い瞳で追いかける。


 エチカはすぐに戻ってきた。

 片手にスケジュール(ちょう)を持って、中身を確かめながら。


「――あっ!……覚えていたわよ。もーちろん」

「たっ、」


 小夜子は今しかないと思い、実行した。


「たあー!!」


 バキイ!!


 エチカの脳天(のうてん)めがけて、鉄製の長杖(ロッド)(たた)きつける!


 とっさによけた女錬金術師の()の腕をかすめ、〈(ニグレド)〉の玉石(ぎょくせき)は、フローリングの床を打ち抜いた。

 雷鳴(らいめい)みたいな音をあげて、木の(いた)があっけなくへし折れる。くぼみが出来る。


「なっ、なにすんのよ!」

 さしものエチカも、オーギュストも()(さお)だ。


「さっきのは絶対(わす)れてたっ!」


 ギュッと(つえ)(かま)え直し、小夜子(さよこ)はエチカに()える。


「だからもう一度(いちど)忘れてもらうために、軽いショックを頭に与えようとしたんです!」

「記憶を()くすくらいじゃ()まない威力(いりょく)だったでしょーがっ! 加減してからもの言えや!」

「いいんです! この(さい)記憶さえ喪失(そうしつ)していただければ、他のことなんてどーなったっていいんです!」


 (ふたた)び小夜子は(なぐ)りかかった。


 ドッカン!

 バキキ!!


 大上段(だいじょうだん)から杖を振り下ろすたび、フルスイングするたび、(かべ)が、(かし)のテーブルが、甲高(かんだか)い悲鳴をあげて(こわ)れていく。


「ハハハ、仲良(なかよ)きことは美しき(かな)。それじゃあ、(きみ)たちのじゃれ合いをジャマするのもなんなんで、僕はこの(へん)で失礼させてもらうよ」

「テメー! こーゆー時くらい役に立ちなさいよっ!」

「ムリだ」


 パタンとドアを()めてオーギュストは外に避難(ひなん)した。


 デタラメのようでいて、しっかり頭部を(ねら)い打ちしてくる小夜子(さよこ)(もう)攻撃に、エチカは()や汗をかく。


 ()ぎ払いをしゃがんでかわし、(せん)なく地面に手をついた。床材(しょうざい)にプネウマを作用させる。


 ゴオッ!!


 垂直(すいちょく)に上へと、木の(はしら)が飛び出した。

 小夜子(さよこ)(あご)を、アッパーカットの勢いで柱の先が強打(きょうだ)する。


 (つえ)――についている〈エーテル(せき)〉――()しでの錬金術に、小夜子は()をまわしながら、やっぱりエチカはデタラメだと思わざるを得ない。


「これじゃあ、錬金術師っていうより魔法使いですよ……」


 ドスン。

 背中から小夜子(さよこ)(ゆか)に落ちた。


「あんなケッタイな連中と一緒(いっしょ)にしないでちょうだい」


 パシッ。


 (ちゅう)に取りこぼされたロッドが、クルクル回転しながら落ちてくるのを(つか)まえる。

 杖は元の持ち(ぬし)――エチカの手に戻った。


 先端の黒い石が、最上位の術者を示す〈(ルベド)〉に色を変える。


「ったく、おちおち忘れものもしてらんないわね」

「うう~、やっぱり忘れてたんだ。余計(よけい)なこと言わなきゃよかった……」

「ズルするようには出来てないってことでしょ。よかったじゃない」

「いやだ~。テストはやだ~っ。追い出されるのもやだ~っ。漫然(まんぜん)怠惰(たいだ)をむさぼってたい~」

「親が聞いたら泣くわね……」


 (ゆか)でジタジタ手足を振り回してダダをこねる小夜子(さよこ)に、エチカはしれっと背を向ける。

「……」


 小夜子は()ざとく気がついた。


「あっ、今問題(もんだい)考えてる! そーゆーのって無しですよお。だいたい忘れてたんなら、そもそもテストする必要性を感じなかったってことで、引きつづき(やと)うでいいじゃないですか」

「うるっさいわねー。あんたが得意(とくい)そーな内容なんだから、安心なさい」


 (した)からブーブー抗議(こうぎ)する少女に、エチカは立ったまま杖を向ける。赤い〈エーテル石〉に、溺愛(できあい)されて育ったような、(あま)ったれた童顔(どうがん)(うつ)り込む。


「よく聞きなさい、サヨコ。二度(にど)は言わないわ」


 不承不承(ふしょうぶしょう)、小夜子は身を起こした。

 フローリングの上に正座する。

 エチカのに耳を(かたむ)ける。


 彼女が「二度(にど)は言わない」と言えば実際そうで、これは試験(しけん)である以上、二度目(にどめ)を言わせてしまえば、その時点で失格なのだ。


 沈黙(ちんもく)して思考を切りかえる小夜子(さよこ)に、エチカは(うなず)いて告げた。

 悠然(ゆうぜん)と、自分を手で示して。


「この(わたし)が最高だと思うものを、錬金術(れんきんじゅつ)で作って持ってきなさい。経緯(けいい)は問わないわ。私の研究室、およびそこにある材料も、勝手に使ってもらって(かま)わない。ただし、今日が終わるまでには、私の元へ持ってくること。以上よ」


 ――エチカが最高だと思う物を今日中に――


 小夜子(さよこ)は胸中でエチカの出題を反芻(はんすう)した。


 ボンッ!


 頭が湯気(ゆげ)をあげ、(のう)がフリーズする。

 根性(こんじょう)で三秒後に再起動させることができたが、


「うわああああんっ!」


 小夜子(さよこ)は店から飛び出した。


 絶望的な泣き声をあげながら、浮遊(ふゆう)キックボードに乗って、夕暮(ゆうぐ)れの町を疾駆(しっく)する。

 だって、


(だってそんなの、ムリに決まってるじゃないですかあああー!!)




 

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