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フィーロゾーフィア  作者: とり
第9話 再テストについて
32/137

再テストについて-①

 



 夕刻(ゆうこく)

 〈リーマジハの森〉に三人は来ていた。


 小夜子(さよこ)はエチカのお(つか)い、他の二人(ふたり)もまた、それぞれ錬金術で使う材料を()る為に散策(さんさく)している。


「……!」


 小夜子――十四才の少女である。


 『日本(にほん)』から来た人間で、その(くに)ではありふれた黒髪に黒い目をしている。髪は切るのがめんどうくさくて()ばしっぱなしにしたような、しかしサラサラとしたストレートのロングヘア。(ひたい)のあたりにカチューシャを()けている。

 タータンチェックの地味なワンピースが、この少女のほぼ毎日の衣装(いしょう)だった。洗濯(せんたく)はしているので(きたな)くないとは彼女の弁だが、同居人からは「いいかげん服を買え」と言われている。


 しかし(かね)が無い。


『グウルルルル』


 小夜子(さよこ)の前には一頭(いっとう)(クマ)がいた。小熊(コグマ)ほどの大きさだが、これで大人(おとな)だ。


 〈ウォッシュベア〉というモンスターで、茶と白の(まだら)の毛皮に、刀剣(サーベル)もかくやという(きば)一対(いっつい)生やした、〈リーマジハの森〉に生息する生物の一種(いっしゅ)である。


 木々の狭間(はざま)で、小夜子(さよこ)はこの魔物と遭遇(そうぐう)した。


 エチカ(前述(ぜんじゅつ)の同居人のことである)から()りた錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)――〈エーテル(せき)〉という丸い石を先端(せんたん)につけた長杖(ちょうじょう)。魔法性媒体(ばいたい)〈プネウマ〉と、素材をエーテル石で反応させることで、様々は物質や現象を生み出すことが可能――を(にぎ)りしめる。


「あら、サヨコが一番(いちばん)に見つけましたのね」


 ヒョコ。


 と小熊サイズの怪物(ぐま)対峙(たいじ)する小夜子(さよこ)の元に、赤毛の少女が現れる。

 十代中(ごろ)の、赤い長髪をポニーテールに()った、半袖(はんそで)のブラウスにサマーセーター、プリーツスカートの少女だ。


 小夜子の友人にして、優秀な錬金術師、アリサ・スピノザである。彼女も(つえ)を持っているが、小夜子の石の色が初級を意味する〈(ニグレド)〉であるのに対して、上級の〈(キトリニクス)〉だった。


「ってことは、あれはサヨコちゃんの獲物(えもの)か。あーあ、ボクも〈水核(アックアコア)(ねら)ってたのになあ」


 アリサとは反対の方角(ほうがく)から、ヒョコリと同じように顔を出したのは、キャスケット(ぼう)をかぶった短い赤毛の少年、テレサ・スピノザだ。

 アリサの双子の弟で、姉と同様黄色(きいろ)の石をつけた(つえ)(たずさ)えている、錬金術の使い手である。


 学校から帰ってから着替(きが)えていない、カッターシャツにスラックスという()で立ちで、テレサは小夜子(さよこ)の前にいる小さな熊をながめていた。


 日暮(ひぐ)れ時。(けもの)たちが血の()を多くする時刻(じこく)である。


 エサを()りに来たのだろう、(まだら)(くま)ウォッシュベアは、本日のご馳走(ちそう)が三つに()えたとあって息()いていた。


『グオオオオッ!』


 ヨダレの糸を引いて、咆哮(ほうこう)をあげて飛びかかる。

 スプリングをきかせた後肢(うしろあし)(いきお)いよく撃ち出した短躯(たんく)が、ジャレるにしては殺意にまみれた威力(いりょく)(ともな)って、最初に目の合った少女――小夜子(さよこ)に飛びかかる。


「えーいっ!」


 (つえ)(さか)さまにして、小夜子は地面に〈黒〉の石を(たた)きつけた。


 ベコンッ!


 大きな音をたてて、土の大地がめくれ()がる。


『ギャウ!』


 (たたみ)返しの要領で、くっきり長方形に区切られた地面に下顎(したあご)を打ち抜かれ、ウォッシュベアはその小さな体躯(たいく)を空中に(おど)らせた。


 ドスン――


 と着地する予定の位置に、小夜子が追い打ちを()ける。

 もう一度(いちど)、杖をひっくり返したまま地を打ち、大きな穴を作る。


 スポン。


 深さ(いち)()メートルほどの落とし穴に、怪物熊の身体が、引力(いんりょく)に導かれて()い込まれた。


 仕上げとばかり、小夜子(さよこ)はもう一度(いちど)地面を打って、今度は穴の上を(つち)(ふさ)ぐ。


『うー、うー』


 中でしばらく(くま)のもがく音と声が聞こえ、


『…………』


 やがて聞こえなくなった。


「うーん。だいぶと時間も()ちましたし、いいかげん窒息(ちっそく)したでしょうか?」

(むご)たらしい()り方ですわ」

「誰にそんな方法(おそ)わったんだろうね」

「エチカ」


 アリサとテレサの血の()の無い顔に、小夜子(さよこ)は答えた。


 エチカはこの二人(ふたり)――熟練(じゅくれん)レベルのスピノザ姉弟を(しの)ぐ、超凄腕(すごうで)の錬金術師である。


 〈錬金術(れんきんじゅつ)〉は、この世界〈ユックリッド〉において、〈エーテル(せき)〉と材料、そして〈プネウマ〉をかち合わせることで、あらゆる事物を生成する技術だが、エチカは時々材料なしで――本人(いわ)く、大気(たいき)中のチリから――物を作ってしまう。


 小夜子は現在、そのエチカの元に居候(いそうろう)しているのだが、使っている寝具(しんぐ)や最低限必要なその他の家具、()えの服やパジャマは、木や綿(めん)や金属などの素材を(そろ)えず、ホイホイっと魔法みたいに空中から()み出された物である。


 錬金術の()い世界から来た小夜子(さよこ)は、(はじ)めて見た錬金術がそんな具合のものだったから、しばらくはそれがフツウなのだと思っていた。


 が、同じ腕利(うでき)きの術者であるアリサとテレサに言わせれば、「いや、それが彼女の『天才』と呼ばれる所以(ゆえん)なんですけどね」とのことだった。


 (なお)、初心者である小夜子(さよこ)に、当然(おな)じ芸当がこなせるはずもなく、作れる物も、キチッと材料が確保できて、かつ作り(かた)がそう煩雑(はんざつ)ではない基礎(きそ)的な薬品か、塩水(しおみず)から塩だけを分離(ぶんり)するといったような簡単な精製(せいせい)、もしくは、地面や空気といった、資源の集合体を動かして、臨時(りんじ)のトラップや武器とするくらいしかできない。


 エチカはそれで充分(じゅうぶん)としている。

 そして、「(よう)は使いようよ」と、先のような戦法をアドバイスしてくれた。


「でも――」


 トストス。


 (くま)を生き()めにした、(いびつ)()り土になった部分をローファーのつま(さき)(たた)いて小夜子(さよこ)は言う。


「これ、どうやって(なか)にあるのを取り出したらいいんでしょう」

「あなた倒すことしか考えてなかったんですのね」

空気(エア)使えばいけるかなあ」


 (あき)れ顔でアリサが(つえ)を構え、小夜子(さよこ)の作った落とし穴――その(ふた)に黄色の石を当てる。


 サアア……


 土の湿度(しつど)が抜けていき、カラカラの(すな)になる。

 いざとなったらまた土に戻して()め直す気でいるのだ。


 かくして怪物――ウォッシュベアは、息()えていた。


「サヨコ、空気は動かせますか?」

「自信は()いですけど――やってみます」


 小夜子(さよこ)は空中に(つえ)を振って、(かぜ)を起こした。


 ヒューッ。


 小さなつむじ(かぜ)が、落とし穴周辺(しゅうへん)に冷たい音を立てる。

 パワーが()りず、底の魔物を浮き上がらせるには(いた)らない。


「中の土を、ここら(へん)の高さまで持ってくるってのでもいいんだけど」

「う~ん……」


 テレサに助言(じょげん)されて、小夜子は穴の内側(うちがわ)に杖を()ばして当ててみたが、(なん)の変化も起きなかった。


状態(じょうたい)を変える質量が大きすぎるのですわ」

「じゃあ、やっぱり空気使った(ほう)がカンタンか。ボクがやるねっ」


 テレサが杖を振って宙を(たた)く。


 ゴオッ!


 空気(ほう)(いきお)いで風が飛び出し、底にいた魔物の身体を頭上まで放り出した。


 ドスン!


 動物の死体が森の草地に横たわる。


「ここから(さら)に素材を取り出さなきゃいけないんですよね……」


 うんざりと言って、小夜子(さよこ)はワンピースのベルトの背に()していたナイフの()(つか)んだ。

 アリサが赤い目を丸くする。


「あら? 解体(かいたい)するつもりですの?」

「うーんと……」


 小夜子は出掛(でか)ける前に、エチカとした会話を思い(かえ)して返事した。


「『アリサとテレサを(さそ)って、来なかったらそれしかないわね』って言ってましたけど」

「なんだい、ボクらにやらす()満々なんじゃん」

「わたくしたちの(うで)を買ってくれているのですわ」


 好意的に解釈(かいしゃく)して、アリサは唇を(とが)らせる弟の肩に手を置いた。小夜子にナイフを片付(かたづ)けさせる。


「よく見ていなさいな、サヨコ。錬金術は、あるていどであれば(きん)(あやつ)ることもできますのよ」

「え――」


 問い返そうとする小夜子(さよこ)に、(ろん)より証拠(しょうこ)とアリサは小さな熊の死体に(つえ)を当てた。


 時間を早送りにした(ごと)く、獣皮(じゅうひ)をまとっていたウォッシュベアの肉体が(くろず)み、溶けるようにして、下の筋肉や脂肪(しぼう)をのぞかせる。

 やがて洗った(さら)のように、まっ(しろ)な骨だけが残る。


 その上半身――肋骨(あばらぼね)の中心に、死して(なお)美しく輝く、濃紺(のうこん)の石があった。

 かち()った鉱物のような形をしたそれを、アリサがしゃがんで(つか)み取る。


「今のは……」


 問う小夜子(さよこ)に、アリサは収穫(しゅうかく)物である宝石(ほうせき)――〈アックアコア〉を手渡した。

 立ち()がる。


腐敗(ふはい)を早めたのです。上級の中でも(むずか)しい部類の技術ですから、ここまでキレイに分解できるのは、さすがにいつもと言うわけにはいきませんが」

「ボクはこういうの下手(へた)なんだよな……」


 むう。とテレサが(うら)みがましそうに自分の(つえ)を見上げる。


「はあ……よく分かりませんが、すごいんですね」

「サヨコも訓練をつづけていれば、いずれ出来るように――」


 言いながら時刻(じこく)を確かめようと、アリサは自分の腕時計を見て、止まった。『日付(ひづけ)』を示す正方形の小窓(こまど)に、『31』とある。


「そう言えばサヨコ、あなたもちろん、再試験(さいしけん)には合格したんですのよね?」

「はい?」


 問われている意味が分からず、小夜子(さよこ)()の抜けた声を返す。

 テレサがパチンと指を()らす。


「そーいや前に遊びに行った時、エチカさんが言ってたよね。『月末(げつまつ)にでもサヨコを(さい)テストして、ダメなら(みせ)から追い出す』って。サヨコちゃんはその時、体調悪くて寝込んでたからいなかったけど」

「はああああ!?」


 店から追い出す――。


 小夜子(さよこ)はある事情から、錬金術師のエチカの店である『エチカ商店(しょうてん)』に住み込みで働いている。


雇用(こよう)される時に、確か採用(さいよう)テストは()ませたハズじゃあ――)


 クラクラする頭を、片方の手で(かか)える。


 テストの内容は、『バカではないことを証明しろ』というもので、これに小夜子は我ながら不出来ながら、一生(いっしょう)懸命に答えを出した。


 エチカも小夜子(さよこ)の回答を見て、「人を見る目はあるわね」と(みと)めたからこそ、店の一員(いちいん)として(むか)え入れたのだ。きっと。


 なのに――


「ま、まあ、わたくしたちの()間違(まちが)いかも知れませんし」


 頭を(かか)えたまま石化した小夜子の背中に、アリサが気遣(きづか)わし気に声を()ける。


「そーかなあ? エチカさん、ひょっとしたら忘れてるんじゃないの? だってさー、魔物からしか取れない『核石(コア)』なんて物を一時(いちじ)採用のアルバイトに(まか)せるなんて、フツーしないよ」

「それもそう……」


 テレサとアリサの会話を耳鳴(みみな)りの(そと)に聞きながら、小夜子(さよこ)はグルグル頭をフル回転させていた。


 ――再テスト? エチカも忘れてる? じゃあ()み倒せばいいんじゃあってゆーかそもそもそんなの約束してたっけ? こっちから()いた(ほう)がいい? でも相手が忘れてるんだったらそれこそヤブヘビってもんで訊いたらエチカのアホが思い出していらない苦労させられるわけででも――


 アリサが言った。ボソリと。


「でもエチカ(さま)の場合、()えてギリギリまで()せておいて、次の日になる直前に問題を提示(ていじ)し、タイムリミットを()ぎた瞬間に追い出すくらいのことはやりかねませんわね」

「それえっ!」


 ズビシ! とアリサの考察(こうさつ)渦巻(うずま)模様(もよう)指紋(しもん)を向けて、小夜子は同意する。


「わたし、急いで店に帰ります!」


 森に来る時に()ってきた〈浮遊(アンチグラビティ)キックボード(スケーター)〉の元に()け戻り――ここから百メートルほど(はな)れた所に()めていた――飛び乗って、最大速度の時速二十(にじゅっ)キロメートルで、ハンドル部分に取りつけたヒヨコ人形の帽子(ぼうし)のプロペラをガラガラガラガラ! 鳴らしながら、王都に続く舗装路(ほそうろ)を目指して地面の(うえ)数センチをかっ飛んでいく。


「ガンバってねー、サヨコちゃん」


 ヒイイインというモーターの(うな)りに()じって、テレサのエールが届いた。


(再テストなんて――)


 小夜子(さよこ)は「くうっ!」と歯を食いしばり、(くや)しさに一瞬(いっしゅん)目を固く閉じた。

 怒号(どごう)する。


「ひとっ(こと)も、そんなの言ってなかったじゃないですかああああ!!」


 夕日(ゆうひ)のオレンジに()れなずむ、天空の国〈フィーロゾーフィア〉。


 (どく)の雲の(うえ)に浮かぶ、(そら)の王国の(さら)上方(じょうほう)、輝く小さな(みどり)の石の(むれ)螺旋(らせん)を描く天体に、小夜子(さよこ)絶叫(ぜっきょう)()い込まれていく。



 (なお)――。


 再テストに関しては、エチカは一応(いちおう)だが小夜子(さよこ)に伝えていた。

 ただ小夜子があっというまに忘れてしまっただけで。


 小夜子が採用(さいよう)された当初から、再テストは(おこな)われる予定だったのである。




 

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