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フィーロゾーフィア  作者: とり
第8話 報酬(ほうしゅう)について
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報酬について-⑤

 


 エチカは作業用のグローブの手首部分をずらして、その下に()いている(ほそ)いシルエットの腕時計を確かめた。


「ああ、もう三時(はん)か……そろそろ帰さないとオヤジさんが心配するわね」

「あの、お(くすり)は」


 料理と引き()えに、コジマは重篤(じゅうとく)なケガもたちまち治すと言うエチカの薬をもらえる気でいる。

 約束を反故(ほご)にされては叶わないと、悲愴(ひそう)感さえ(ただよ)う少年の顔に、エチカは小さなケースを突きつけた。


(あれは……)


 小夜子(さよこ)は黙って()りゆきを見守る。

 コジマは白い箱に(はい)った()り薬を見て、とたんに安堵(あんど)の表情になっていた。


「これで、父さんのケガが治るんですね」

「ええ、折れた箇所(かしょ)や打撲(こん)にちょっとずつつけてやんなさい。半分くらい(あま)るだろうから、それは次の仕事の時にでも持たせてやって」

「ありがとうございます!」


 コジマは庭のテーブルセットから飛び出すなり、店の玄関(げんかん)(ぐち)へと走って行った。

 家に帰るのだろう。バタバタという足音が屋内(おくない)から街路(がいろ)側へと抜けて、遠のいていく。


「あのー、さっき(わた)した薬って」


 小夜子はエチカの横から、()いた対面席に移動した。ワンピースのスカートが引っかからないように、押さえて座る。


「〈術師の軟膏(なんこう)〉よ」

「ひっどーい!」


 小夜子(さよこ)は悲鳴じみた声でエチカを非難(ひなん)した。

 錬金術師(れんきんじゅつし)基本の傷薬である術師の軟膏は安価(あんか)だが、重傷(じゅうしょう)を治すほどの効果は無いのだ。フツウは。


「あんな小さな子供を(だま)すなんて、見損(みそこ)ないました! ちょっとはマシな性格してるのかと感心しようか人が(なや)もうとしたらコレなんですもん!」

「あんたよりはマトモなんだからいいでしょ。あと私に対して『騙した』と言いたいのなら、効果を見てから言いなさい。明日(あした)にはあの子の父親、ピンピンして(けん)かついで走り回ってるだろうから」


 自信たっぷりに言い切るエチカに、小夜子(さよこ)鼻白(はなじろ)む。


「何を根拠(こんきょ)に――」

「私を誰だと思ってるのよ」


 ハッと頬杖(ほおづえ)ついて、脚組みした姿勢でエチカは言った。


「この大天才錬金術師であるエチカ(さま)丹精(たんせい)込めて作った軟膏(なんこう)よ? 大ケガどころか、虫の息だって一瞬(いっしゅん)後には()びはねて暴れ回れるくらい回復してやれるわ」


 つまらなそうに()き捨てて、エチカは座ったままミニスカートのポケットを探る。ハンドクリームでも(はい)っていそうな円筒(えんとう)形の容器(ようき)小夜子(さよこ)に渡した。


 コジマが持っていったのと同じ、〈術師の軟膏〉だ。


 小夜子は受け取るなり(ふた)を開けて、今朝(けさ)深めに切ってしまった左手の親指に()った。

 バンソーコーで()れてふやけていた指先が、パックリ()れた赤い切れ目部分と共に治っていく。


 高速の巻き戻しのように、修復は一瞬(いっしゅん)で完了した。

 (いた)みもない。


「けど、もし万が(いち)ダメだったら」

「〈蘇生薬(そせいやく)〉を渡さざるを得ないわね」


 小夜子(さよこ)の疑問にエチカはキッパリと返す。


「たまにはケガもしてみるものね、サヨコ。いつか誰かが言ってたけど、『()』とは金額がつけられないくらい高尚(こうしょう)なものらしいわよ?」


 言外(げんがい)に「てめーのせいだよ」と言われて、小夜子はなぜエチカが効かなかった時に高価な薬と交換すると明言(めいげん)したかを思い知った。


 ギルド。

 Fランク。

 冒険者。

 負傷(ふしょう)手当(てあて)――


(ああっ!)


 気付いて小夜子(さよこ)は頭を(かか)える。

 カチューシャをつけた黒髪が(みだ)れるのも構わない。


 エチカが組んだ(あし)の先をプラプラさせて、小夜子のロングスカートをつっついた。


「コジマ少年の(はなし)はタメになったでしょ? あんたもギルドにゃ世話になる日が来るかもなんだから、知ってて(そん)はないわよ」


(くう~っ)

 小夜子(さよこ)はうつむいたままだった。


 コジマ少年は悪くない。

 というか誰も悪くない。


 ただ目の前の女が、まさか自分以外の人間が()た物に対して代理で(なに)かを(むく)いてやるとも思えず、実際にそうだった。


「言っとくけど、()わりに渡す蘇生薬はあんたが作りなさいよ。黄色(キトリニクス)レベルの生成物だから、死ぬ気でガンバれば一徹(いってつ)でどうにかなるわ」

「やだやだやだ!」


 小夜子(さよこ)はテーブルに()()して(かぶり)を振った。


「わたしがこの世で何がキライかを分かっててそんなこと言ってるんですか!?」

努力(どりょく)でしょ」

「うん」


 小夜子(さよこ)(おもて)を上げてエチカに言った。



 (さいわ)いにも――


 その日の内に、エチカの薬を()ったコジマの父親は全快(ぜんかい)し、閉店後の雑貨(ざっか)屋に、息子をつれてお礼の言葉を伝えにやって来た。


 エチカの(そば)で聞いていた小夜子(さよこ)は、コジマのお父さんが回復したのを喜び、初対面であるにも(かか)わらず、涙を流して「よかった」と(つぶや)いた。


 ヒゲ(づら)頬骨(ほおぼね)の浮いた壮年(そうねん)の剣士は、(とな)りにくっついてる息子に「(やさ)しいお(じょう)さんじゃないか。バットを振り(まわ)して人に(なぐ)りかかるなんて、やっぱりお前の見間違いだったんだよ」と(じゅう)になったばかりの我が子の頭を軽く小突(こづ)いてたしなめた。


 小夜子(さよこ)はそんな二人(ふたり)をニコニコして、店から()っていく最後まで見送った。

 バタンと店のドアを閉める。


「え~んっ、よかったよう」

 今日何度(なんど)目かの涙をグシグシ(ぬぐ)う。


「これでガリ勉も一夜漬(いちやづ)けもチャラになったんですよね」

「テメエという(やつ)は」


 よかった、よかったよう。と小夜子(さよこ)は当然の権利と心得(こころえ)て、徹頭徹尾(てっとうてつび)自分のためだけに泣いた。


 あたりまえじゃ。






 

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