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フィーロゾーフィア  作者: とり
第8話 報酬(ほうしゅう)について
30/137

報酬について-④

 


「オレ、家に全然お(かね)がないんです」


 コジマは正直に小夜子(さよこ)に言った。

 昼()がりの雑貨(ざっか)屋の庭のテーブルで、エチカと小夜子と対面する形で、少年はカチンコチンになって座っていた。


 三人の(あいだ)にある、皿に()ったドーナッツだけが場違いにファンシーでどこか(いびつ)だ。


 紅茶のカップを取って飲み、片手に(つま)んでいたドーナッツを(かじ)るエチカをチラリと見て――助け(ぶね)を期待したのだろう――コジマは話しつづける。小夜子に。


「父さんが剣士をやってて……でも、弱っちくて〈Fランク〉()まりで、収入(しゅうにゅう)がほとんど無くて。ギルドの人に『もっと実入(みい)りのいい仕事はないか』って相談したら、(ひと)つ上のランクの仕事を回してもらえたんです。けど、それが危険度の高い〈モンスター討伐(とうばつ)〉っていうタイプの内容で……なんか、オオカミみたいな化物(ばけもの)と戦って大ケガして、近くにいた同業者の小隊(チーム)が駆けつけてくれたから、一命(いちめい)は取り()めたんだけど」


「うっ……う~ん……」

 (せき)を切ったように(つむ)がれるコジマの説明に、小夜子(さよこ)はグルグル目を回す。


 彼の気持ちは(わか)る。大事な家族の負傷(ふしょう)に気が気ではないのだろう。

 だが小夜子(さよこ)もまた、少年の(くち)から連発される用語の処理が追いつかない。


 Fランク。


 ギルド。


 チーム。


 この世界に来て何度か聞いたことはあるし、意味もそれなりに(つか)んでいるが――


「ど、どうしたんですか、黒い(ほう)のお(ねえ)ちゃん」

「気にするこたあないわよ。この()〈フィーロゾーフィア〉の(そと)から来た人だから、国内の事情にちょっと(うと)くて理解が()っついてないだけ」

「そう、なんですか?」

「ええ、あとこのちっちゃいのはサヨコって名前だから、さしつかえなければそっちで呼んでやって頂戴(ちょうだい)

「分かりました、エチカさん」


 (すで)にエチカとは自己紹介を()わしていたらしく――冷静に考えればそうだ。名前も知らない者同士(どうし)で茶菓子を(かこ)うのはなかなかのマッドティーパーティーである――コジマは快活に(うなず)くと、小夜子(さよこ)に向き直った。


「えっと、サヨコさんは、ギルドっていうのは知っていますか?」


 小夜子は頭を両手で(かか)えて、テスト問題に苦心(くしん)する学生みたいにテーブルに()()した。


「ほんとに耳にしたことがあるくらいなので、できれば(いち)から教えてほしいです」

「はい!――って言っても、オレも父さんから聞いたり、たまにギルドカウンターにくっついてって見聞きしただけで、実際に〈冒険者(ぼうけんしゃ)〉として活動したわけじゃないから、(うわ)っぱりの情報だけになるんですけど」

充分(じゅうぶん)です」

「それじゃあ……」


 コホン。

 と大人(おとな)のマネをするように咳払(せきばら)いして、コジマは人差し指を立てた。


「ギルドっていうのは、〈冒険者ギルド〉のことです。で、この〈冒険者〉っていうのが、剣や槍、(ゆみ)、魔法や錬金術など――色んな攻撃手段や、戦闘におけるサポート、回復などの技術を持つ、戦士たちのことを()します。(こま)かい区分では、『ギルドに登録している戦士』に限定されるんですけど、魔法使いや錬金術師といった専門(しょく)以外の人は、戦うだけでは(かせ)ぎが得にくいし、加入(かにゅう)した方がメリットも大きい。例えば、素材を薬屋(くすりや)とかに直売(ちょくばい)するにしても、ノラだと(やす)く買いたたかれたり、逆に引き取り代金としてマイナスに(はたら)くこともあるみたいですからね。お城の兵隊も戦士だけど、あれは(むずか)しい試験もあって、エリート職だから、(うで)っぷしに自信のある人でも、なれる人は少ないです」


「へえ……」

 まるで説明書か利用規約(きやく)引用(いんよう)するように話すコジマに、小夜子(さよこ)相槌(あいづち)を打つ。


「エチカもそうなんですか?」

 (とな)りの金髪金眼(きんめ)の若い女錬金術師に()く。


「ギルド? 一応(いちおう)入ってるわよ。つーか冒険者にならなきゃ立入申請(しんせい)通らないエリアってかなりあるし。仕方なくって感じね」

「いえそっちじゃなくて、いたいけな戦士さんたちからあこぎなやり(かた)で薬草や鉱物などの資源を買い(たた)いたりタダ同然でブン()ったり、なんならナンクセつけて(カネ)まで出させたことがあるんですかってことを()いたんです」

「いえ、むしろ今()いてそんなやり(かた)横行(おうこう)してたんだって思ったわ」

「よかった」

「今度からやるわ」

「コジマ(くん)、なるべく割愛(かつあい)してつづきを教えて下さい」

「はい……」


 余計(よけい)なことを言ってしまった。と(あわ)れな少年はションボリして、小夜子(さよこ)の言葉に(したが)った。


「それで、〈冒険者ギルド〉っていうのは、先も言った(とお)り、戦士たちが加入(かにゅう)する組織のことです。この組織を設立した目的は、ズバリ戦士職の人たちへの報酬(ほうしゅう)分配(ぶんぱい)(やす)いようにするためです。あと、仕事中の負傷(ふしょう)――ケガや(やまい)、呪いに()かった場合、再び現場に出てこれるようになるまでの期間、生活を保障するために、一定(いってい)の金額を出してくれます」

「ははあ、いわゆる互助組織(ごじょそしき)ってやつですね」


 小夜子(さよこ)(あご)に手を当てて、いかにも名推理(すいり)とばかり、目の(はし)っこをキラリとさせた。コジマもその(とお)りと小夜子に人差し指を向けた。


「そうなんです。でも――」

「ランクが低い冒険者は、負傷手当が出ないこともあるのよ」


 これはエチカが()り込んだ。

 小夜子は「?」と彼女につづきを(うなが)す。

 テーブルの向こう(がわ)で、コジマが痛切に(うつむ)いている。


「さっきそこのボクちゃんがチラッと言ってたの覚えてる? 〈危険度(きけんど)〉ってやつ。ランクが低い冒険者は、都市近郊(きんこう)の森や洞窟(どうくつ)での採取(さいしゅ)凶暴(きょうぼう)性の少ないモンスター退治、もしくは町中での害獣(がいじゅう)、害虫駆除(くじょ)(まか)されるのが(せき)の山。それらは王国兵士のおひざもと、ある程度の安全が確保されているエリアでの仕事であり、遠征(えんせい)の必要も無いから、報酬はかなり(やす)いわ。そうね、かなりガンバってこなして、一日(いちにち)に五件消化できたとして……一月(ひとつき)十万グロリスってところじゃないかしら」

「……生きていけるんですか? それ」


 エチカは肩をすくめた。

「かなり(むずか)しい、とだけ。参考になるかどうか(わか)らないけど、サヨコ。あんたと私が暮らしておよそ一ヶ月(いっかげつ)になるけど、生活費だけで()十万は(くだ)らないわよ」


 小夜子(さよこ)(くち)ごもった。

 コジマの身なりに目がいき、これ以上この話を()り下げるのは野暮(やぼ)だとして打ち切る。


「それで、(てい)ランクの人はどうしてその――〈負傷手当〉? ってのが()りないんですか?」

「危険じゃないから」

「はあ……?」

 エチカの短い(こたえ)に小夜子は首を(かし)げる。


「冒険者として最も低い(くらい)とされるF(エフ)ランクは、命を(うしな)う確率を(もと)に実数化される〈危険度〉という水準(すいじゅん)が、『ゼロ』の仕事しかさせてもらえない約束になっている。(ゆえ)にゼロ。この『ゼロ』ってのがミソでね、こいつはケガや病気、それに(じゅん)じる不具合によって動けなくなった時、支給される金額に()け算される数字でもあるのよ。支給に際しては冒険者のランクに依拠する(あたい)だから、よっぽどの功績(こうせき)でもない限り、例外的に金額が()えるということは無い。依頼書(いらいしょ)記載(きさい)されている危険度については、仕事を回す管理者(がわ)に対する注意書きって感じね。ギルド職員が、低ランク冒険者に高ランクの仕事を回すなんてことをしないように」


「じゃあ――」

 小夜子(さよこ)はうかつに思ったことをそのまま言った。エチカと、コジマに。


「コジマ(くん)のお父さんは、ゼログロリスの支給しかもらえないってこと?」

「そう。とどのつまりは無いってこと。討伐(とうばつ)も失敗に終わっちゃったから、そっちの収入(しゅうにゅう)も無し」

「じゃあどうやって生活していくんですか」

「だーからこーやってオヤジさんのケガ(なお)すのに、私んとこに来たんでしょーがっ」


 トンマな質問をする小夜子(さよこ)の顔をアイアンクローで()めあげてエチカが(うな)る。

 コジマは(こら)えられなくなって、(くち)を開いた。


「王様に相談したら、『エチカ商店(しょうてん)』ってとこに行きなさいって言われて、兵士の人たちに、地図を書いてもらったんです」

 何度も見返してクチャクチャになった紙切(かみき)れをテーブルに置く。

 それが国王からの紹介(じょう)だとでも言うように。


「うちは便利屋じゃないんだけどね」

 エチカはうんざりと項垂(うなだ)れる。


 小夜子(さよこ)はドーンと()まれたドーナッツの山を見た。

「ははあ。それでこのドーナッツってわけですね」

「やっとのご明察(めいさつ)ね。(なに)がどうなってこの()げた小麦粉の山なのか、ぜひ聞きたいわ」


 小夜子はリング(じょう)のお菓子を(ひと)つ乱暴に(つま)んで、まじまじとエチカに見せつけた。遠目(とおめ)からパッと見た瞬間に分かっていた事だった。


「この(いびつ)な造形は、どー考えてもエチカが作ったものじゃないんですもの。どうせそこの健気(けなげ)な男の子に『交換(こうかん)条件だ』とか言って、今日のおやつ(づく)りを押しつけたんでしょ。瀕死(ひんし)の状態からでも完全復活できる〈蘇生薬(そせいやく)〉と引き()えに」


 ――蘇生薬は満身創痍(そうい)のケガ人や病人を、たちまち修復して元気にする(ユメ)のような魔法性回復(やく)だ。

 もっとも、先天(せんてん)性の病気に対しては効果が無いとされているし、『蘇生』の名がつくにも(かか)わらず、死者が生き返るわけでもない。万能や(よみがえ)りとはほど遠い治療(ちりょう)アイテムだが。


 コジマの父親は大ケガを()ったというのだから、彼を救うのには充分(じゅうぶん)だ。


 エチカはフンと鼻でわらう。

(はち)割正解」

(負け()しみを……)

 ニヤニヤする(とな)りの女を、小夜子は半眼(はんがん)(にら)み返す。


 エチカは向かいのコジマに「どーぞ」とお菓子の山へと手をやった。


 コジマはそろりそろり、さきほど烈火(れっか)のごとく(いか)り狂って凶器(バット)を振り回していた少女つまり小夜子(さよこ)を気にしながらドーナッツを取って、小夜子が(おそ)いかかってこないと見るなりもそもそ食べる。


 おそらく彼には味がよく分かっていないだろう。

 生きた心地(ここち)もしていないに違いない。


「そうね。あんたの言った(とお)り、これはコジマに作らせた。なぜなら私は無料(タダ)働きが(だい)キライだから」

()かってま――……」


 エチカに(あらた)めて言われて、小夜子(さよこ)は気がついた。


 〈蘇生薬(そせいやく)〉は高価なのだ。

 (ひと)つにつき三万グロリスは(くだ)らないほどに。


 持っていたお菓子(かし)をもぐもぐごっくん飲み込んで、指に残っていたシュガーパウダーを()める。(あま)い。


(でも、こんなお菓子を作っただけで、蘇生薬の代金(だいきん)にはならないよね)


 いくら大皿(おおざら)にてんこ()りとは言え、(かず)にすれば四十か五十といったところ。とても三万グロリスの価値は無い。


 エチカが相手に同情したのでもなければ。


(そんな偽善(ぎぜん)をエチカは許すのかしら?)


 偽善は欺瞞(ぎまん)だ。


 エチカはこの『欺瞞』を(きら)っている。

 特に、自分自身をごまかすタイプの(あざむ)きは。


 小夜子(さよこ)(かたち)のくずれたドーナッツをもう一個(いっこ)取って、モギュモギュと頬張(ほおば)りながら、考えた。




 

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