報酬について-④
「オレ、家に全然お金がないんです」
コジマは正直に小夜子に言った。
昼下がりの雑貨屋の庭のテーブルで、エチカと小夜子と対面する形で、少年はカチンコチンになって座っていた。
三人の間にある、皿に盛ったドーナッツだけが場違いにファンシーでどこか歪だ。
紅茶のカップを取って飲み、片手に摘んでいたドーナッツを齧るエチカをチラリと見て――助け舟を期待したのだろう――コジマは話しつづける。小夜子に。
「父さんが剣士をやってて……でも、弱っちくて〈Fランク〉止まりで、収入がほとんど無くて。ギルドの人に『もっと実入りのいい仕事はないか』って相談したら、一つ上のランクの仕事を回してもらえたんです。けど、それが危険度の高い〈モンスター討伐〉っていうタイプの内容で……なんか、オオカミみたいな化物と戦って大ケガして、近くにいた同業者の小隊が駆けつけてくれたから、一命は取り留めたんだけど」
「うっ……う~ん……」
堰を切ったように紡がれるコジマの説明に、小夜子はグルグル目を回す。
彼の気持ちは解る。大事な家族の負傷に気が気ではないのだろう。
だが小夜子もまた、少年の口から連発される用語の処理が追いつかない。
Fランク。
ギルド。
チーム。
この世界に来て何度か聞いたことはあるし、意味もそれなりに掴んでいるが――
「ど、どうしたんですか、黒い方のお姉ちゃん」
「気にするこたあないわよ。この娘〈フィーロゾーフィア〉の外から来た人だから、国内の事情にちょっと疎くて理解が追っついてないだけ」
「そう、なんですか?」
「ええ、あとこのちっちゃいのはサヨコって名前だから、さしつかえなければそっちで呼んでやって頂戴」
「分かりました、エチカさん」
既にエチカとは自己紹介を交わしていたらしく――冷静に考えればそうだ。名前も知らない者同士で茶菓子を囲うのはなかなかのマッドティーパーティーである――コジマは快活に頷くと、小夜子に向き直った。
「えっと、サヨコさんは、ギルドっていうのは知っていますか?」
小夜子は頭を両手で抱えて、テスト問題に苦心する学生みたいにテーブルに突っ伏した。
「ほんとに耳にしたことがあるくらいなので、できれば一から教えてほしいです」
「はい!――って言っても、オレも父さんから聞いたり、たまにギルドカウンターにくっついてって見聞きしただけで、実際に〈冒険者〉として活動したわけじゃないから、上っぱりの情報だけになるんですけど」
「充分です」
「それじゃあ……」
コホン。
と大人のマネをするように咳払いして、コジマは人差し指を立てた。
「ギルドっていうのは、〈冒険者ギルド〉のことです。で、この〈冒険者〉っていうのが、剣や槍、弓、魔法や錬金術など――色んな攻撃手段や、戦闘におけるサポート、回復などの技術を持つ、戦士たちのことを指します。細かい区分では、『ギルドに登録している戦士』に限定されるんですけど、魔法使いや錬金術師といった専門職以外の人は、戦うだけでは稼ぎが得にくいし、加入した方がメリットも大きい。例えば、素材を薬屋とかに直売するにしても、ノラだと安く買いたたかれたり、逆に引き取り代金としてマイナスに働くこともあるみたいですからね。お城の兵隊も戦士だけど、あれは難しい試験もあって、エリート職だから、腕っぷしに自信のある人でも、なれる人は少ないです」
「へえ……」
まるで説明書か利用規約を引用するように話すコジマに、小夜子は相槌を打つ。
「エチカもそうなんですか?」
隣りの金髪金眼の若い女錬金術師に訊く。
「ギルド? 一応入ってるわよ。つーか冒険者にならなきゃ立入申請通らないエリアってかなりあるし。仕方なくって感じね」
「いえそっちじゃなくて、いたいけな戦士さんたちからあこぎなやり方で薬草や鉱物などの資源を買い叩いたりタダ同然でブン奪ったり、なんならナンクセつけて金まで出させたことがあるんですかってことを訊いたんです」
「いえ、むしろ今聞いてそんなやり方が横行してたんだって思ったわ」
「よかった」
「今度からやるわ」
「コジマ君、なるべく割愛してつづきを教えて下さい」
「はい……」
余計なことを言ってしまった。と哀れな少年はションボリして、小夜子の言葉に従った。
「それで、〈冒険者ギルド〉っていうのは、先も言った通り、戦士たちが加入する組織のことです。この組織を設立した目的は、ズバリ戦士職の人たちへの報酬を分配し易いようにするためです。あと、仕事中の負傷――ケガや病、呪いに掛かった場合、再び現場に出てこれるようになるまでの期間、生活を保障するために、一定の金額を出してくれます」
「ははあ、いわゆる互助組織ってやつですね」
小夜子は顎に手を当てて、いかにも名推理とばかり、目の端っこをキラリとさせた。コジマもその通りと小夜子に人差し指を向けた。
「そうなんです。でも――」
「ランクが低い冒険者は、負傷手当が出ないこともあるのよ」
これはエチカが割り込んだ。
小夜子は「?」と彼女につづきを促す。
テーブルの向こう側で、コジマが痛切に俯いている。
「さっきそこのボクちゃんがチラッと言ってたの覚えてる? 〈危険度〉ってやつ。ランクが低い冒険者は、都市近郊の森や洞窟での採取、凶暴性の少ないモンスター退治、もしくは町中での害獣、害虫駆除を任されるのが関の山。それらは王国兵士のおひざもと、ある程度の安全が確保されているエリアでの仕事であり、遠征の必要も無いから、報酬はかなり安いわ。そうね、かなりガンバってこなして、一日に五件消化できたとして……一月十万グロリスってところじゃないかしら」
「……生きていけるんですか? それ」
エチカは肩をすくめた。
「かなり難しい、とだけ。参考になるかどうか判らないけど、サヨコ。あんたと私が暮らしておよそ一ヶ月になるけど、生活費だけで二十万は下らないわよ」
小夜子は口ごもった。
コジマの身なりに目がいき、これ以上この話を掘り下げるのは野暮だとして打ち切る。
「それで、低ランクの人はどうしてその――〈負傷手当〉? ってのが下りないんですか?」
「危険じゃないから」
「はあ……?」
エチカの短い答に小夜子は首を傾げる。
「冒険者として最も低い位とされるFランクは、命を失う確率を基に実数化される〈危険度〉という水準が、『ゼロ』の仕事しかさせてもらえない約束になっている。故にゼロ。この『ゼロ』ってのがミソでね、こいつはケガや病気、それに準じる不具合によって動けなくなった時、支給される金額に掛け算される数字でもあるのよ。支給に際しては冒険者のランクに依拠する値だから、よっぽどの功績でもない限り、例外的に金額が増えるということは無い。依頼書に記載されている危険度については、仕事を回す管理者側に対する注意書きって感じね。ギルド職員が、低ランク冒険者に高ランクの仕事を回すなんてことをしないように」
「じゃあ――」
小夜子はうかつに思ったことをそのまま言った。エチカと、コジマに。
「コジマ君のお父さんは、ゼログロリスの支給しかもらえないってこと?」
「そう。とどのつまりは無いってこと。討伐も失敗に終わっちゃったから、そっちの収入も無し」
「じゃあどうやって生活していくんですか」
「だーからこーやってオヤジさんのケガ治すのに、私んとこに来たんでしょーがっ」
トンマな質問をする小夜子の顔をアイアンクローで締めあげてエチカが唸る。
コジマは堪えられなくなって、口を開いた。
「王様に相談したら、『エチカ商店』ってとこに行きなさいって言われて、兵士の人たちに、地図を書いてもらったんです」
何度も見返してクチャクチャになった紙切れをテーブルに置く。
それが国王からの紹介状だとでも言うように。
「うちは便利屋じゃないんだけどね」
エチカはうんざりと項垂れる。
小夜子はドーンと積まれたドーナッツの山を見た。
「ははあ。それでこのドーナッツってわけですね」
「やっとのご明察ね。何がどうなってこの揚げた小麦粉の山なのか、ぜひ聞きたいわ」
小夜子はリング状のお菓子を一つ乱暴に摘んで、まじまじとエチカに見せつけた。遠目からパッと見た瞬間に分かっていた事だった。
「この歪な造形は、どー考えてもエチカが作ったものじゃないんですもの。どうせそこの健気な男の子に『交換条件だ』とか言って、今日のおやつ作りを押しつけたんでしょ。瀕死の状態からでも完全復活できる〈蘇生薬〉と引き換えに」
――蘇生薬は満身創痍のケガ人や病人を、たちまち修復して元気にする夢のような魔法性回復薬だ。
もっとも、先天性の病気に対しては効果が無いとされているし、『蘇生』の名がつくにも拘わらず、死者が生き返るわけでもない。万能や蘇りとはほど遠い治療アイテムだが。
コジマの父親は大ケガを負ったというのだから、彼を救うのには充分だ。
エチカはフンと鼻でわらう。
「八割正解」
(負け惜しみを……)
ニヤニヤする隣りの女を、小夜子は半眼で睨み返す。
エチカは向かいのコジマに「どーぞ」とお菓子の山へと手をやった。
コジマはそろりそろり、さきほど烈火のごとく怒り狂って凶器を振り回していた少女つまり小夜子を気にしながらドーナッツを取って、小夜子が襲いかかってこないと見るなりもそもそ食べる。
おそらく彼には味がよく分かっていないだろう。
生きた心地もしていないに違いない。
「そうね。あんたの言った通り、これはコジマに作らせた。なぜなら私は無料働きが大キライだから」
「分かってま――……」
エチカに改めて言われて、小夜子は気がついた。
〈蘇生薬〉は高価なのだ。
一つにつき三万グロリスは下らないほどに。
持っていたお菓子をもぐもぐごっくん飲み込んで、指に残っていたシュガーパウダーを舐める。甘い。
(でも、こんなお菓子を作っただけで、蘇生薬の代金にはならないよね)
いくら大皿にてんこ盛りとは言え、数にすれば四十か五十といったところ。とても三万グロリスの価値は無い。
エチカが相手に同情したのでもなければ。
(そんな偽善をエチカは許すのかしら?)
偽善は欺瞞だ。
エチカはこの『欺瞞』を嫌っている。
特に、自分自身をごまかすタイプの欺きは。
小夜子は形のくずれたドーナッツをもう一個取って、モギュモギュと頬張りながら、考えた。




