報酬について-③
「ああっ!」
店の庭に見知らぬ少年が一人いるのを認めて、小夜子は悲鳴をあげた。
驚愕と大声は、小夜子が人見知りのためという理由だけではない。彼女の性格の所為も多分にあったが。
店の商品棚の方へと駆け戻る。
年の頃十才くらいの、エチカとテーブルを挟んで向かい合って座る男の子は、埃っぽい茶褐色の目をパチクリさせていた。
「わっ、わかっ、わかり、分かりました!」
売り場から今この場に必要な物を取ってきた小夜子は、気の急くまま気の向くままに任せて、エチカと少年に手を突き出す。
冷静に! という意味である。
「何が分かったのよ」
小夜子の右手に握られている物に金色の瞳をやって、エチカが問う。
答えは行動で返って来た。
「たあーーっ!!」
小夜子は店から持って来た釘バットを思いきりエチカの脳天に叩きつけた。左手の親指に今朝作ってしまった切り傷が痛むが、構っていられない。
これは正義の鉄槌なのだ。
メキョッ。
頭上からの縦一閃を、サッとイスからどいて半歩引くことで避けたエチカのそばで、木製の背もたれつきのチェアが不快な音をたててひしゃげた。
背もたれをかすめて、座席部分がキッパリVの字に折れたのだ。
小夜子は追撃する。
「ついにやってしまったんですねーエチカ!!」
ぶおんっ!
渾身のスイングをお見舞いする。
エチカのこめかみを狙ったものだが、これもしゃがむことで躱された。
一人流れについていけてない――というか小夜子以外誰もこの流れがよく分からない――少年が、ガクガク震えているが構わない。
エチカは大罪を犯したのだ!
「いつかやると思っていました! だってこんなみすぼらくてエチカなんかが主人のちっぽけな店がいつまでも黒字経営なわけがないんだもの!」
「あんたが何を言ってるのか分からないわ。失礼なことを言われたってのは分かったけど。この私が店主なんだから儲かるのは当たり前でしょ」
「しらばっくれないで下さい!」
反駁と共に、息継ぎのために芝生に先端を載せていた釘バットを斬り上げる。
エチカはこれも軽く首をひねることで回避した。
(憎たらしい……!)
ぜえぜえ、小夜子は肩で息をする。
「くうっ……」
黒い目から涙が落ちる。
キレイな涙。
その名は涙。
「こんな小さな子供を誘拐して……身代金を要求しようなんて見下げ果てました! いくらわたしだって、そんな犯罪をさせてまで居候をつづけようなんて思いません。悪いことは言いませんから、すぐにお城のほうへ自首しに行きましょう。安心して下さい、エチカがキレイな心になって帰ってくるまで、わたしがこの店と家を守りつつ快適な一人暮らしを謳歌して幸せな余生を過ごしていてあげますから。例えあなたの刑期が何年、何十年――いえ何百年になろうとも!」
「たわけ」
拳を握りしめて熱く語る小夜子のまっ黒な頭にエチカのカカト落としが埋まる。
ぷくう。
小夜子の頭頂部にタンコブができた。
杖の先端を壊れたイスに当て、エチカが錬金術を行使すると、元の――よりはるかにしっかりした、新品の状態に戻る。
「ったく、何をカンチガイしてるかと思えば、そんなしょーもない」
「だってえ~」
イスに座り直すエチカに、尚もバットを握りしめたまま、唇を尖らせる。
また殴りかかられる前に、エチカは対面に座る男の子を紹介した。
「この子は店に薬を買いに来たお客さん。コジマ君よ。あんたがのんきに鼻提灯作って寝てたからまごついてたところを、私が出てきて用件を伺ったってわけ」
「なあんだ、そうだったんですか。わたしとしたことがうっかり」
安心して小夜子は釘バットを地に下ろした。
「うっかりで殺されかけてりゃ世話ないわね」
背中まである金髪をゾンザイに払って、エチカは金色の目をすがめる。
小夜子は往生際悪く、
「だったら店にこんなもの置いとかないで下さいよ。何だってこんな、目についたら一度は人を撲殺したくなること必至のアイテムがあるんですか? 武器屋でもスポーツ用品店でもあるまいし」
「需要があるからよ」
「へえ~? どんな層になのか、ぜひともお伺いしたいものですねー」
「客の対応を寝過ごしてやり損なうバカな部下のフォローをしてやった無辜の上司に対して誘拐の嫌疑をかけた挙句問答無用で殴りかかる暴走機関車娘とかにかしらね」
「その節はたいへん申しわけなく……」
皮肉に皮肉で返されて、小夜子は素直に謝った。
気を取り直して、コジマという少年の方を見る。
エチカがコソッと「女の子みたいなファーストネームよね」と言ったが、小夜子はむしろ苗字っぽい名前だなと思う。
「えっと、それで、コジマ君? レジカウンターが機能するまで、ここでお茶でもしてようって、このお姉さんに提案でもされたんですか?」
「えっ、あのっ、いえ……」
血の気の失せた蒼白な顔を、コジマは横に振った。
肩より少し上くらいで切った――のか、もしくはもっと短かった頭髪が、そこまで伸びてしまったのか――茶褐色の髪がハラハラ揺れる。
大皿に山と盛られたドーナッツの一つをエチカが取る。
「べつにそんな緊張するこたないわよ。このちっこいお姉ちゃんは、ちょっと頭がおかしくて時々死ぬような攻撃をしてくるけど、避ければ無事ですむし遠くに逃げれば聞くに堪えない罵詈雑言を喚いてくるだけで無害だから」
「それはフツウに有害なのでは……」
とコジマ。
汚れた半袖から伸びるやせた両腕と、裾のすり切れた半ズボンからのぞく骨っぽいヒザ小僧。くつ下の無い足には、ところどころ破れた靴。
いかにも生活に恵まれていなさそうだ。
建物の外壁に置いてある、予備の折り畳みスツールを取ってきて、エチカの横に座りながら小声で問う。
「買い物に来たって言ってましたけど、エチカの薬って結構値が張りますよね。お金はちゃんともらえるんですか?」
このヒソヒソに不穏なものを嗅ぎ取ったのか、コジマは小夜子に説明した。
ここにいる経緯を。




