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フィーロゾーフィア  作者: とり
第8話 報酬(ほうしゅう)について
28/137

報酬について-②

 


 ぱちん!


 鼻提灯(はなちょうちん)が割れて、小夜子(さよこ)はその音にビックリした。


 売り場に()かった、売り物ではない振り子時計を見ると、三時を()している。

 夏の()(ぐち)にある、天空の(くに)〈フィーロゾーフィア〉は、中天(ちゅうてん)を過ぎても(なお)白々と(まばゆ)い日光にさらされて、空調(くうちょう)の無い店内は若干(じゃっかん)()風呂(ぶろ)状態だ。


「夢?」


 朝食の準備中に手を切ったのが、白昼夢(はくちゅうむ)のごとく非現実的になって、小夜子は左手を確かめる。

 親指の(はら)から(つめ)にかけて、バンソーコーが(おお)うようにして()ってある。


 (だいだい)色のフィルムのまん中にある脱脂綿(だっしめん)には、気休(きやす)めていどに化膿止(かのうど)めが塗ってあり、血液と()ざってじんわりと赤く(にじ)んでいた。


 軽く右手で()れてみる。


(いた)い)


 小夜子(さよこ)傷口(きずぐち)が開かないように、確認は最低限でやめておいた。

 簡単な武具や文房具(ぶんぼうぐ)、小型の電子機器や医薬品、魔法薬などでひしめく商品(だな)の並ぶ店内には、誰もいない。


 会計台にはいくつかのメモとグロリス硬貨(こうか)(かさ)ねてあって、来客があったことを示していた。

 名前と連絡(れんらく)先、購入(こうにゅう)していった物から、いつもの人だと小夜子は息をつく。


(よく来てくれてるみたいだけど、まだ一度(いちど)もまともに応対したことないんですよね)

 カチューシャをつけた長い黒髪をポリポリ()く。


 その日(ごと)収支(しゅうし)はエチカが管理していて、いつも採算(さいさん)の合っていることから、客からのごまかしは無い。


 誠実な常連(じょうれん)客相手に、毎度毎度爆睡(ばくすい)で対応していていいのだろうかと、小夜子(さよこ)は日頃の勤務(きんむ)態度を(かえり)みた。


(いいかげんちゃんと起きれるようにならないと……ん?)


 ふわ~ん。

 (こう)ばしい匂いがする。


(ちょっと(あぶら)くさいけど)


 今日のおやつはエチカに作らせたんだった、と小夜子(さよこ)は急に元気になる。

 カウンターテーブルのイスから立って、自分の(ぶん)を取りにリビングへと駆けて行った。


「あれ?」


 食堂とリビングとキッチンが一所(いっしょ)の大部屋には、誰もいない。

 コンロには火が無いし、スイッチのONを示すランプも消えていたから、調理者が料理中に退室したのではないと(さっ)して安心する。


「エチカ?」


 無人――ということは、エチカが庭の(ほう)に自分で作ったおやつを全部持っていって(ひと)()めでとてもいい度胸をしているということで小夜子(さよこ)はさっそくケンカ(ごし)になって庭に走った。


「こらーっ! わたしの三時のおやつを(かす)め取ろうとは、お天道様(てんとうさま)が許しても、このわたしが許さない!」


 人差し指を突きつけて、(やと)(ぬし)蛮行(ばんこう)(とが)める。


 錬金術師の研究室とリビングから出られる庭には、いつものように野外(やがい)用の折り(たた)みテーブルが出ていた。

 その(ひと)つにエチカは座っていて、本なんぞ開いてノートや付箋(ふせん)に書き込みをしている。

 彼女の前には、大皿(おおざら)(やま)()まれたプレーンとシュガーのドーナッツがある。


(そこまでは(かろ)うじて見慣(みな)れた光景……山盛りのドーナッツは馴染(なじ)みないけど)

 小夜子(さよこ)はもう(ひと)つの座席にチョコンと腰掛けている人物に注意を(うつ)す。


「こ……こんにちは」


 恐々(こわごわ)と、ドーナッツに()ばしかけていた手を引っ込めて、声変(こえが)わりもまだの高音で、十才くらいの少年が小夜子に挨拶(あいさつ)をした。




 

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