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フィーロゾーフィア  作者: とり
第8話 報酬(ほうしゅう)について
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報酬について-①

 



 ああめんどくさいめんどくさい、とグチりながら包丁(ほうちょう)を使っていたのがいけなかった。


 フィーロゾーフィア王国、王都(おうと)内にある一軒(いっけん)雑貨(ざっか)屋である。

 店主とその従業員である小夜子(さよこ)が住む、住居も()ねた()階建て家屋(かおく)で、その不幸は起こった。


 ザク。


 朝のさわやかな日射(ひざ)しが、一階(いっかい)のキッチンの窓からキラキラ(そそ)ぐ景色の中、そんな物音が鳴る。

 タマネギを切っていた時だった。


 少女――小夜子(さよこ)は、「まさかまさか」と半分(しん)じられない思いで、まな板に()えていた自分の左手を見る。


 年端(としは)もいかない子供でもあるまいし――小夜子(さよこ)は十四才の少女だ――ましてや今日(はじ)めて厨房(ちゅうぼう)に立ったわけでもない。


 実家にいた(ころ)は、中学校が休みの日には、母に()わってなるべく昼食を作るようにしていたし、料理の腕前(うでまえ)はそこまで悪く品評(ひんぴょう)されたことは無い。手際(てぎわ)(ふく)めて。


 まあ(ちゅう)(じょう)くらいだ。

 小夜子(さよこ)自身、多少は「腕に自信がある」と自負(じふ)できるていどの評判。


 ダラー。


 切断(せつだん)の音色から数秒()って、左の親指から(つめ)にかけて出来た、およそ五ミリメートルの切れ目から、()()れする程にキレイな赤色の鮮血(せんけつ)が、(なん)のためらいもなく指のつけ()に向かって流れる。


 ここまでザックリ切ったのは、小夜子にとって(はじ)めての経験だった。


(三時のおやつの用意はエチカに()わってもらおう)


 呆然(ぼうぜん)と、胸中でおやつの心配をするていどには冷静だったが、それは同時に自分のマヌケさに対して、深く失望しているという(しるし)でもある。


「ただいまー」

 と事情を知らないエチカが帰ってきた。

「サヨコー、(のど)かわいたから飲み物くれない? (なん)でもいいからさー」


 朝の内に「あ、(くすり)の材料()らしてた」とどこかの浮島(うきじま)に飛ぶバイクで採取(さいしゅ)へ行ったのから帰ってきたのだ。


 ――そう言えば彼女は素材(そざい)は〈ギルド〉を介入(かいにゅう)して手に入れるのではなく、自分たちで調達する()だったな。薬草(やくそう)にはシロウトの〈冒険者〉の収穫(しゅうかく)では良質なものが手に(はい)りにくい種類もあるとかで。


 と(なか)ば現実逃避気味(ぎみ)反芻(はんすう)している(あいだ)、エチカへの返事はしていない。


 小夜子(さよこ)無言(むごん)をどう受け取ったのか。エチカはキッチンと一体化(いったいか)しているリビングにくつろごうとして、やめて、少女の元にやって来た。


 気楽(きらく)に、書架(しょか)から出した本をシャツから()き出しの自分の肩にやりながら、金髪金眼(きんめ)の若い女錬金術師――エチカは、(やと)っている黒髪ワンピース姿の少女、小夜子に、やはり気楽な調子で声を()けた。背後から。


「どうしたの?」


 〈錬金術師(れんきんじゅつし)〉――この世界の空気中に存在する、魔法性の媒体(ばいたい)(つえ)操作(そうさ)してあらゆる物質と反応させ、べつの物を生み出す技術を使う専門家――であるエチカは、(あそ)び好きそうな風采(ふうさい)に反して、一流(いちりゅう)の名に()じない錬金技術と知識を持っている。


 小夜子(さよこ)もそれは心得(こころえ)ていて、エチカの日頃のたゆまぬ努力(どりょく)と存外マジメな性格から、彼女の持つ実力(じつりょく)(つちか)われて(しか)るべき『(むく)い』だとしている。


 特筆すべきは薬の調合だ。


 錬金術の基本生成物の(ひと)つに、小さな傷を完治(かんち)させる〈術師の軟膏(なんこう)〉という回復薬(やく)がある。

 エチカの店でも(あつか)っている人気(にんき)商品で、彼女の作った物は他より()きが早く、多少(おも)いキズさえキレイに治せてしまえると評判だった。


「わあーお、(いった)そー」


 小夜子(さよこ)の親指からピューピュー血が出ているのを(のぞ)き込んで、エチカは急いで物置棚(ものおきだな)へ行き、やはり急いで戻って来て、少女の傷口(きずぐち)にスポイトの先端を軽く当てて、血液を採取した。


「よしっ」

「なにが『よし』ですかっ!」


 小夜子(さよこ)はようやく、自分より四つだけ年上の店主を振り返った。

 ()りたての薬草を()めた袋を腕に引っかけ、微量(びりょう)な血を()ったスポイトを慎重(しんちょう)(とな)りの研究室に(はこ)ぼうとする長い金髪の女のうしろ姿(すがた)にわめく。


「そんなバカなことやってないで、一刻(いっこく)も早くわたしの(ため)に傷薬を作ってくださああい!!」


 出血の時点でジワジワ来ていた(いた)みに「死ぬっ! 死んじゃううううう!!」と(はじ)外聞(がいぶん)もなく大騒(おおさわ)ぎし、「それくらいガマンしなさいよ」と、とりあえず救急箱を出してくれた(研究室に材料を保管した(あと)で)エチカに(さら)に泣きわめいてワガママ言って、軟膏(なんこう)の調合とおやつの代打(だいだ)を取りつけた。

 ついでに、


「朝のお店の掃除もできない……店番も出来ない……だから今日はずっと会計台(キャッシャー)に無意味に座りつづけてお昼寝してます」

「あんたいっつも寝てるじゃない」


 救急箱から取り出した、効きの悪い化学合成薬の化膿止(かのうど)めを小夜子の親指に塗布(とふ)し、バンソーコーで傷口(きずぐち)(ふさ)いで、応急処置とした。


「まあ、掃除くらい()わってやるけどさ」

「うう……ありがとう。あとキズがパッと一瞬(いっしゅん)で治るタイプの()り薬は?」

「今から作るわよ。できるのは夕方(ゆうがた)頃になるわ。それまでは辛抱(しんぼう)しなさい」

「パパッと作って下さいよ。できるでしょう? いつもみたいに、プネウマってゆーのと反応させて……」

()き目が期待できなくなっていいならね。〈錬金術〉って、あんまり連続して使うと、生成物の質が落ちちゃうのよね。……指数関数的に」

「ええ~っ、じゃあ、品質を(たも)つためには……」


 エチカが「そっ」と小夜子(さよこ)の言葉を()ぐ。


「定期的にちゃんとした手順を()んで、作り(かた)を確認しなきゃならないってこと。で、今日がまさに、その手順を確かめようと思ってた日よ。あんたにとっては(うん)の悪いことにね」

「そんなあ~」


 ポン。


 なぐさめるように小夜子の肩を(たた)いて、エチカはキッチンから店の(ほう)に出て行った。

 小夜子(さよこ)は相も変わらず(なさ)けない涙声(なみだごえ)をあげて、不平不満を(うった)えつづけた。




 

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