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フィーロゾーフィア  作者: とり
第7話 お給料について
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お給料について-②

 




「じゃーん!」


 小夜子(さよこ)は両手を突きだした。


 給料をもらったつぎの日の昼である。

 今日も今日とて店の庭で地味に読書をしていたハデな格好の割に地味なメガネを()けている若い錬金術師の美女が、うろんげに頬杖(ほおづえ)をついて小夜子を睥睨(へいげい)する。


「どうしたの、それ?」


 社交辞令(しゃこうじれい)ていどにエチカは小夜子に返事した。ただし対象は少女の両手ではなく、彼女が手を見せる直前にドサッと置いた、芝生(しばふ)の上の荷物である。


 小夜子(さよこ)はあくまで自分の両手に執着してた。手をワキワキ動かしている。

「じゃじゃーんっ! 手袋(てぶくろ)ですよーっ。わたしもエチカみたいに作業用のグローブつけることにしたんですっ。いーでしょ~」

「…………」


 自慢(じまん)をされたところで(なん)と返して良いか分からず、エチカは目の前の黒髪の少女に「そうね」とだけ言った。


 満足そうに小夜子(さよこ)はフンスと鼻息を鳴らす。

 しゃがみ()んで、カチューシャにワンピース姿のお嬢様(じょうさま)は、他に買ってきた物をゴソゴソ(あさ)った。


「エチカの()けてるメガネ(それ)ってダテでしょ? 度入(どい)りじゃないならわたしもマネしてみようと思って、一式(いっしき)そろえてきたんですよ」


 手袋(てぶくろ)に始まってメガネ、サングラス、アイマスク、腕時計、リップクリームやポータブルCDプレイヤーまで出てきた時には「よく見てる」とエチカは感心した。


 イヤリングが無かったのはどうしたのかと()いたら、「耳が痛くなりそうだったからそれだけはやめた」とのことだった。


「キックボードは私のマネじゃないわね」

 荷物の中にひょっこり出ている乗り物を指差して問う。


「これはアリサとテレサが乗ってたのが(うらや)ましくて買ったんです。(ちゅう)(すべ)るのって、楽しそうなんですもの」

「ほんの(すう)センチしか浮かないわよ? バイオエタノールじゃないから、馬力(ばりき)もそんなに出ないし」

「いいんです。そっちは免許(めんきょ)がいるって聞いてますし、スピードはそんなに()りませんから」


 〈浮遊(アンチグラビティ)キックボード(スケーター)〉は電動で滑走(かっそう)する、ティーンエイジャー向けの乗り物だ。デザインやメーカーを選ばなければ、五千G(グロリス)ほどで買い求められる(しな)である。


 小夜子(さよこ)はさっそく外箱(そとばこ)を取っ(ぱら)ってハンドル付きのボードを取り出した。庭の地面に立たせて乗ってみたものの、動かし(かた)が分からない。


「コレどうやって動かすんです?」

「説明書()なさいよ。……ハンドル部分のスイッチを入れて、同じくハンドル部分をひねるのよ。それで加速も減速もできるわ。スイッチをOFFにするか、バッテリーが切れたら勝手に着地するから、気をつけなさい」


 小夜子(さよこ)はエチカに言われる通りに動かした。

 フォン。

 (たよ)りない音をたててボードが浮上する。


 ハンドルをひねると、ゆっくりと前進を始めた。最高時速20km/hの小型車輛(しゃりょう)が、歩くよりも(おそ)い速さでよちよち進む。


「なんだか仙人(せんにん)になった気分です」

「まあ呑気(のんき)な連中だろうしそれくらいの(はや)さで生きてたとしても不思議じゃないわね」


 皮肉気(ひにくげ)に返してエチカはテーブルに視線をやった。

 放り出していた小夜子(さよこ)のダテメガネを取る。

 ツルを(つま)んでためつすがめつする。


 ヒモでくっついているタグには、国内では有名な百G(グロリス)均一(きんいつ)ショップのロゴがプリントされていた。


「サヨコ、これレンズが透明だけど」

「あたりまえじゃないですか、メガネのレンズは基本(きほん)無色透明です」

「基本はね」


 エチカは自分の()けていたメガネ(グラス)を取って、浮遊(ふゆう)ボードでよたよたしている小夜子に投げて寄越(よこ)した。

 キャッチして、小夜子はバランスを(くず)す。

 (すう)センチしか上昇していなかったのが(さいわ)いして、地面に足を出して接地した。


 夏の近い日差しにかざしたりして調べる。

 顔に掛けてみる。

「あっ、レンズにうっすら(いろ)(はい)ってる!」


 グレーを(さら)希釈(きしゃく)した濃度だが、確かに遮光(しゃこう)用の暗さが付与(ふよ)されていた。

 エチカは自分の目を、手袋(てぶくろ)をつけた右手で指差す。

 金色の瞳を、アッカンベーするように。


「ここはただでさえ太陽に近い土地だからね。住民のほとんどは目の保護(ほご)に気を(くば)ってんのよ。光彩(こうさい)濃淡(のうたん)はカンケイない。ちなみにアンタが買ってきたのは(よる)用」

「なんとまあ……」


 自分のメガネのタグに表記のあるのを(みと)めて、小夜子(さよこ)唖然(あぜん)(くち)を開けた。

 (そら)に浮かぶ国とは、ロマンに(あふ)れる一方(いっぽう)で、住むのには工夫(くふう)がいるようだ。


「お(のぞ)みなら着色してあげるけど?」

「いいんですか?」

「色の()さのグレード(いち)段階アップにつき(いち)万グロリス(はら)ってくれるならね」

「はあ!? このたった一日(いちにち)一文(いちもん)無しになったいたいけな美少女にこれ以上カネ出せって言うんですか!?」

「マジで(なに)買ってきたのよあんた……」


 ムダ(づか)いに(いな)やを(とな)えるつもりはなかったエチカだが、数万円は渡した給料を一日(いちにち)でゼロにする浪費ぶりにジワリと危機感が()しかかる。


 小夜子(さよこ)は指を折って使い道を挙げていった。


「えっと、気になってたカフェでケーキ食べてー、市場(いちば)(はず)れにある大きなショッピングモールで変な人形(にんぎょう)買ってー、それだけです」

「変な人形?」


 エチカが片目をすがめると、小夜子(さよこ)荷物(にもつ)(ぶくろ)をガサガサやって、小さな箱を取り出した。


 封を開ける。


 ちょん。

 少女の(てのひら)に、一匹(いっぴき)の黄色い鳥のマスコットが乗った。


「じゃーんっ! これぞ交通安全のお(まも)り、『ヒヨコちゃんパフホーンEX(イーエックス)』です! 従来(じゅうらい)のデザインとは違うらしいメタリックなボディ! 頭のプロペラはなんと以前の一.五(いってんご)倍の速さで回転するといいなあという()れ込み! これでなんとお値打(ねう)ち価格の×万×千グロリス!」


「あんたが納得(なっとく)してるなら私も何も言えないけどさ」


 エチカは百G(グロリス)均一(きんいつ)ショップでも見たことのあるヒヨコ人形をながめて(うめ)いた。もっとも、百均(ひゃっきん)で見たのはメタリックではなくただのイエローカラーだったが。


「この浮遊ボードのハンドル部分にも取りつけられるんです。(かぜ)()びたらこの帽子(ぼうし)のプロペラがカラカラ(まわ)るんですよ? すごいと思いませんか? すごいカワイイと思いませんか?」

「他に有意義(ゆういぎ)機能(きのう)は無いのかしら」


 プピー!


 小夜子(さよこ)がヒヨコのボディを押した。

 ヒヨコの(くち)の中から、押し出された空気による音が鳴る。


 プピー! ピッ! ピッ! プキュー!


「以上です」


 小夜子は得意気(とくいげ)に胸を張った。

 エチカは(ほか)に言うことも見つからず、


「つーかあんた、服とか(くつ)は買わなかったの? いつまで同じやつ着回(きまわ)してる気よ」

「ちゃんと(あら)ってるんだからいいじゃないですか。それに、これ以外にもエチカが用意してくれたやつ使ってるんだから、それで充分(じゅうぶん)です」

「ありゃパジャマでしょーが」


 小夜子(さよこ)無頓着(むとんちゃく)さにエチカは頭痛を(こら)えた。


「それより(いろ)、つけて下さいよ」

「ハイハイ」


 買ってきたばかりのダテメガネを押しつけられて、エチカはもう無料でいいやと色々妥協(だきょう)した。渡されたメガネに黒味(くろみ)を入れる。そばに立てかけていた(つえ)を取り、大気(たいき)中のプネウマを反応(はんのう)させて、レンズを加工した。


 うっすらと(はい)色のかかったメガネを小夜子(さよこ)が掛ける。

「思ったより暗い。でも、しっかり見えるものなんですね」


「まーね。ところで、」

 エチカは薄暗(うすぐら)い視界に感動する小夜子(さよこ)()いた。

「なんだって私のマネなんかしたがるわけ?」


「ふふーん、天才のマネをすれば天才になれるって寸法(すんぽう)ですよ。エチカはパッと見アホですけど、その(じつ)わたしも認める知性派ですからね。あなたのマネをしてわたしも(ろう)せず一流(いちりゅう)学者の仲間()りってわけです。ってゆーかこれからはバリバリ追い抜いてくつもりなので、覚悟してて下さい」

「なるほど。確かにこの私が天才美人錬金術師なのは自他(じた)共に認める真実だしアンタみたいなクソガキが(あこが)れるのも仕方ないけどさ、『天才のマネをすれば天才になれる』って発想に(とら)われてどっかの画家みたいに自分の(みみ)を切り落とすなんていう暴挙にだけは出ないで欲しいわね」

「大丈夫です、わたし自分のことを大事にするのは元素の周期表を覚えるのよりずっと得意ですから」

「分かった。信じるわ」

「はいっ」


 エチカは小夜子(さよこ)の笑顔から目をそむけた。読書に戻る。と、


「あんた(ほん)は買ってきてないのね」

「そうですね。べつにいらないかなーって」

(かたち)だけ私をマネしようって思ったわけね?」

「そうですね。最初は(かたち)から(はい)って、最後まで形のままって感じですね」

「読め!」


 エチカのぶ(あつ)い本が小夜子(さよこ)顔面(がんめん)にヒットする。

 緑の地面に尻餅(しりもち)ついて、小夜子は悲鳴(ひめい)をあげた。


「なあっ、なにするんですかこの原始人!」

「うっさいわよ(のう)みそスッカラカン! あんた私の(なに)を見てたってわけ!? ヒトが毎日時間をかけて研鑽(けんさん)(はげ)んでるってのに、あろうことかカタチだけ模倣(もほう)して結果を得ようなんて……(あさ)ましいにもほどがあるわよ! ナメとんのか!」

「えーんっ! だってわたしは現代っ子で美少女だからパソコンやスマホとかによるネット小説や動画の字幕(じまく)および書き込みくらいしか読む気の起こるものがないんですー!」

「コイツいけしゃあしゃあと……」


 (いか)りにまかせてエチカは(つえ)を打ち下ろしそうになったが、思い留まった。

 振り上げていた手を下ろす。


「……パソコン経由の情報なら読む気になるのね?」

 小夜子(さよこ)に確認する。


「はい。できればインターネットの閲覧(えつらん)やソーシャルネットワークゲームの利用っていう解釈(かいしゃく)でお願いします」

「……よおし」


 立ち上がっていた身体をエチカはイスに(しず)めた。


「いいわ。じゃあ買ったげる」

「えっ!? いいんですか!?」


 小夜子(さよこ)はエチカのヒザに取りすがった。

 長い(あし)悠然(ゆうぜん)と組んで、女錬金術師は(うなず)く。大儀(たいぎ)そうに。


「ええ、携帯端末を支給してやるわ。もちろん通信費も通話代も全部こっち持ち。ただし、くっだんないことに使うんじゃないわよ」

「やたっ! やったー! エチカ大好き!」

現金(ゲンキン)なやつ……」


 ()きついてくる小夜子(さよこ)を手で押し返す。

 完全に少女の気がゆるんでいるところで、エチカは盛大(せいだい)()(みず)を浴びせた。言葉で。


「ところでサヨコ、さっき言ってた『スマホ』ってなんなのかしら? フィーロゾーフィア(うち)には『エメラルド(タブレット)』っていう、パソコンをハンディサイズにしたヴァーチャルコミニュケーションツールがあって、インターネットの視聴(しちょう)やソシャゲはそれでやるんだけど、『スマホ』ってのは聞かないわね」

「……」


 パソコンとだけ言ってればよかった。


 小夜子(さよこ)は数秒前の自分の軽薄(けいはく)さを(のろ)う。『スマートホン(スマホ)』は元の世界にあったIT(アイティー)機器である。日本に帰りたくない一心(いっしん)で、フィーロゾーフィアに来る前の記憶を()くしているフリをしている小夜子には、痛恨(つうこん)の失言だった。


(でも、例によって例のごとくエチカはそんなに強く追及(ついきゅう)してこないし……)

 ここは切り()けたと思ってよかろう。


 そんなことよりも小夜子(さよこ)はスマホに該当(がいとう)するらしい機械の入手(にゅうしゅ)(予定)を喜んだ。


(だってお母さん、パソコンもスマホも買ってくれなかったもん。ネットがダメとかで。学校とかの公共施設で使ったことはあるけどさ。大学(はい)るまでガマンなさいって言ってたのに、それがこっちに来てこの(トシ)で手に(はい)るなんて♪)


 小夜子(さよこ)小躍(こおど)りした。

 エチカがそばで「どした? (こわ)れたか?」と半眼(はんがん)でながめているのもなんのその、くるくるバレリーナみたいに横回転(よこかいてん)してはしゃぎまわる。


「よーし、じゃあ今度のお給料はソーシャルネットワークゲームにアクセスしてー、ガチャやったり課金(かきん)してアイテムたっくさん買ったりして遊びまくろーっと」

「……サヨコ」

「はい!」

「やっぱり、お(かね)はもっとよく考えて使いなさい」


 他人の金遣いには(くち)を出さない主義だったが、少女の次の給料の行く(すえ)(あん)じて、さすがにエチカもそう苦言(くげん)(てい)した。





 

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