お給料について-②
「じゃーん!」
小夜子は両手を突きだした。
給料をもらったつぎの日の昼である。
今日も今日とて店の庭で地味に読書をしていたハデな格好の割に地味なメガネを掛けている若い錬金術師の美女が、うろんげに頬杖をついて小夜子を睥睨する。
「どうしたの、それ?」
社交辞令ていどにエチカは小夜子に返事した。ただし対象は少女の両手ではなく、彼女が手を見せる直前にドサッと置いた、芝生の上の荷物である。
小夜子はあくまで自分の両手に執着してた。手をワキワキ動かしている。
「じゃじゃーんっ! 手袋ですよーっ。わたしもエチカみたいに作業用のグローブつけることにしたんですっ。いーでしょ~」
「…………」
自慢をされたところで何と返して良いか分からず、エチカは目の前の黒髪の少女に「そうね」とだけ言った。
満足そうに小夜子はフンスと鼻息を鳴らす。
しゃがみ込んで、カチューシャにワンピース姿のお嬢様は、他に買ってきた物をゴソゴソ漁った。
「エチカの掛けてるメガネってダテでしょ? 度入りじゃないならわたしもマネしてみようと思って、一式そろえてきたんですよ」
手袋に始まってメガネ、サングラス、アイマスク、腕時計、リップクリームやポータブルCDプレイヤーまで出てきた時には「よく見てる」とエチカは感心した。
イヤリングが無かったのはどうしたのかと訊いたら、「耳が痛くなりそうだったからそれだけはやめた」とのことだった。
「キックボードは私のマネじゃないわね」
荷物の中にひょっこり出ている乗り物を指差して問う。
「これはアリサとテレサが乗ってたのが羨ましくて買ったんです。宙を滑るのって、楽しそうなんですもの」
「ほんの数センチしか浮かないわよ? バイオエタノールじゃないから、馬力もそんなに出ないし」
「いいんです。そっちは免許がいるって聞いてますし、スピードはそんなに要りませんから」
〈浮遊キックボード〉は電動で滑走する、ティーンエイジャー向けの乗り物だ。デザインやメーカーを選ばなければ、五千Gほどで買い求められる品である。
小夜子はさっそく外箱を取っ払ってハンドル付きのボードを取り出した。庭の地面に立たせて乗ってみたものの、動かし方が分からない。
「コレどうやって動かすんです?」
「説明書見なさいよ。……ハンドル部分のスイッチを入れて、同じくハンドル部分をひねるのよ。それで加速も減速もできるわ。スイッチをOFFにするか、バッテリーが切れたら勝手に着地するから、気をつけなさい」
小夜子はエチカに言われる通りに動かした。
フォン。
頼りない音をたててボードが浮上する。
ハンドルをひねると、ゆっくりと前進を始めた。最高時速20km/hの小型車輛が、歩くよりも遅い速さでよちよち進む。
「なんだか仙人になった気分です」
「まあ呑気な連中だろうしそれくらいの速さで生きてたとしても不思議じゃないわね」
皮肉気に返してエチカはテーブルに視線をやった。
放り出していた小夜子のダテメガネを取る。
ツルを摘んでためつすがめつする。
ヒモでくっついているタグには、国内では有名な百G均一ショップのロゴがプリントされていた。
「サヨコ、これレンズが透明だけど」
「あたりまえじゃないですか、メガネのレンズは基本無色透明です」
「基本はね」
エチカは自分の掛けていたメガネを取って、浮遊ボードでよたよたしている小夜子に投げて寄越した。
キャッチして、小夜子はバランスを崩す。
数センチしか上昇していなかったのが幸いして、地面に足を出して接地した。
夏の近い日差しにかざしたりして調べる。
顔に掛けてみる。
「あっ、レンズにうっすら色が入ってる!」
グレーを更に希釈した濃度だが、確かに遮光用の暗さが付与されていた。
エチカは自分の目を、手袋をつけた右手で指差す。
金色の瞳を、アッカンベーするように。
「ここはただでさえ太陽に近い土地だからね。住民のほとんどは目の保護に気を配ってんのよ。光彩の濃淡はカンケイない。ちなみにアンタが買ってきたのは夜用」
「なんとまあ……」
自分のメガネのタグに表記のあるのを認めて、小夜子は唖然と口を開けた。
空に浮かぶ国とは、ロマンに溢れる一方で、住むのには工夫がいるようだ。
「お望みなら着色してあげるけど?」
「いいんですか?」
「色の濃さのグレード一段階アップにつき一万グロリス払ってくれるならね」
「はあ!? このたった一日で一文無しになったいたいけな美少女にこれ以上カネ出せって言うんですか!?」
「マジで何買ってきたのよあんた……」
ムダ遣いに否やを唱えるつもりはなかったエチカだが、数万円は渡した給料を一日でゼロにする浪費ぶりにジワリと危機感が伸しかかる。
小夜子は指を折って使い道を挙げていった。
「えっと、気になってたカフェでケーキ食べてー、市場の外れにある大きなショッピングモールで変な人形買ってー、それだけです」
「変な人形?」
エチカが片目をすがめると、小夜子は荷物袋をガサガサやって、小さな箱を取り出した。
封を開ける。
ちょん。
少女の掌に、一匹の黄色い鳥のマスコットが乗った。
「じゃーんっ! これぞ交通安全のお守り、『ヒヨコちゃんパフホーンEX』です! 従来のデザインとは違うらしいメタリックなボディ! 頭のプロペラはなんと以前の一.五倍の速さで回転するといいなあという触れ込み! これでなんとお値打ち価格の×万×千グロリス!」
「あんたが納得してるなら私も何も言えないけどさ」
エチカは百G均一ショップでも見たことのあるヒヨコ人形をながめて呻いた。もっとも、百均で見たのはメタリックではなくただのイエローカラーだったが。
「この浮遊ボードのハンドル部分にも取りつけられるんです。風を浴びたらこの帽子のプロペラがカラカラ回るんですよ? すごいと思いませんか? すごいカワイイと思いませんか?」
「他に有意義な機能は無いのかしら」
プピー!
小夜子がヒヨコのボディを押した。
ヒヨコの口の中から、押し出された空気による音が鳴る。
プピー! ピッ! ピッ! プキュー!
「以上です」
小夜子は得意気に胸を張った。
エチカは他に言うことも見つからず、
「つーかあんた、服とか靴は買わなかったの? いつまで同じやつ着回してる気よ」
「ちゃんと洗ってるんだからいいじゃないですか。それに、これ以外にもエチカが用意してくれたやつ使ってるんだから、それで充分です」
「ありゃパジャマでしょーが」
小夜子の無頓着さにエチカは頭痛を堪えた。
「それより色、つけて下さいよ」
「ハイハイ」
買ってきたばかりのダテメガネを押しつけられて、エチカはもう無料でいいやと色々妥協した。渡されたメガネに黒味を入れる。そばに立てかけていた杖を取り、大気中のプネウマを反応させて、レンズを加工した。
うっすらと灰色のかかったメガネを小夜子が掛ける。
「思ったより暗い。でも、しっかり見えるものなんですね」
「まーね。ところで、」
エチカは薄暗い視界に感動する小夜子に訊いた。
「なんだって私のマネなんかしたがるわけ?」
「ふふーん、天才のマネをすれば天才になれるって寸法ですよ。エチカはパッと見アホですけど、その実わたしも認める知性派ですからね。あなたのマネをしてわたしも労せず一流学者の仲間入りってわけです。ってゆーかこれからはバリバリ追い抜いてくつもりなので、覚悟してて下さい」
「なるほど。確かにこの私が天才美人錬金術師なのは自他共に認める真実だしアンタみたいなクソガキが憧れるのも仕方ないけどさ、『天才のマネをすれば天才になれる』って発想に囚われてどっかの画家みたいに自分の耳を切り落とすなんていう暴挙にだけは出ないで欲しいわね」
「大丈夫です、わたし自分のことを大事にするのは元素の周期表を覚えるのよりずっと得意ですから」
「分かった。信じるわ」
「はいっ」
エチカは小夜子の笑顔から目をそむけた。読書に戻る。と、
「あんた本は買ってきてないのね」
「そうですね。べつにいらないかなーって」
「形だけ私をマネしようって思ったわけね?」
「そうですね。最初は形から入って、最後まで形のままって感じですね」
「読め!」
エチカのぶ厚い本が小夜子の顔面にヒットする。
緑の地面に尻餅ついて、小夜子は悲鳴をあげた。
「なあっ、なにするんですかこの原始人!」
「うっさいわよ脳みそスッカラカン! あんた私の何を見てたってわけ!? ヒトが毎日時間をかけて研鑽に励んでるってのに、あろうことかカタチだけ模倣して結果を得ようなんて……浅ましいにもほどがあるわよ! ナメとんのか!」
「えーんっ! だってわたしは現代っ子で美少女だからパソコンやスマホとかによるネット小説や動画の字幕および書き込みくらいしか読む気の起こるものがないんですー!」
「コイツいけしゃあしゃあと……」
怒りにまかせてエチカは杖を打ち下ろしそうになったが、思い留まった。
振り上げていた手を下ろす。
「……パソコン経由の情報なら読む気になるのね?」
小夜子に確認する。
「はい。できればインターネットの閲覧やソーシャルネットワークゲームの利用っていう解釈でお願いします」
「……よおし」
立ち上がっていた身体をエチカはイスに沈めた。
「いいわ。じゃあ買ったげる」
「えっ!? いいんですか!?」
小夜子はエチカのヒザに取りすがった。
長い脚を悠然と組んで、女錬金術師は頷く。大儀そうに。
「ええ、携帯端末を支給してやるわ。もちろん通信費も通話代も全部こっち持ち。ただし、くっだんないことに使うんじゃないわよ」
「やたっ! やったー! エチカ大好き!」
「現金なやつ……」
抱きついてくる小夜子を手で押し返す。
完全に少女の気がゆるんでいるところで、エチカは盛大に冷や水を浴びせた。言葉で。
「ところでサヨコ、さっき言ってた『スマホ』ってなんなのかしら? フィーロゾーフィアには『エメラルド板』っていう、パソコンをハンディサイズにしたヴァーチャルコミニュケーションツールがあって、インターネットの視聴やソシャゲはそれでやるんだけど、『スマホ』ってのは聞かないわね」
「……」
パソコンとだけ言ってればよかった。
小夜子は数秒前の自分の軽薄さを呪う。『スマートホン』は元の世界にあったIT機器である。日本に帰りたくない一心で、フィーロゾーフィアに来る前の記憶を失くしているフリをしている小夜子には、痛恨の失言だった。
(でも、例によって例のごとくエチカはそんなに強く追及してこないし……)
ここは切り抜けたと思ってよかろう。
そんなことよりも小夜子はスマホに該当するらしい機械の入手(予定)を喜んだ。
(だってお母さん、パソコンもスマホも買ってくれなかったもん。ネットがダメとかで。学校とかの公共施設で使ったことはあるけどさ。大学入るまでガマンなさいって言ってたのに、それがこっちに来てこの年で手に入るなんて♪)
小夜子は小躍りした。
エチカがそばで「どした? 壊れたか?」と半眼でながめているのもなんのその、くるくるバレリーナみたいに横回転してはしゃぎまわる。
「よーし、じゃあ今度のお給料はソーシャルネットワークゲームにアクセスしてー、ガチャやったり課金してアイテムたっくさん買ったりして遊びまくろーっと」
「……サヨコ」
「はい!」
「やっぱり、お金はもっとよく考えて使いなさい」
他人の金遣いには口を出さない主義だったが、少女の次の給料の行く末を案じて、さすがにエチカもそう苦言を呈した。




