表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーロゾーフィア  作者: とり
第7話 お給料について
25/137

お給料について-①

 




 ユックリッド(れき)二×××年 五月二十五日。

 地上が黒い瘴気(しょうき)(おお)われ、人々が雲の上に(のが)れても、給料日はやってくる。


 毒の雲の上に浮かぶ、大小の島々で構成された錬金術の王国フィーロゾーフィアもその例に()れなかった。


 午後の五時が来て、フィーロゾーフィアの王都内にある雑貨(ざっか)屋での、朝八時半からの業務(休憩(きゅうけい)に午後(れい)時から午後()時までの()時間を(はさ)む)を終え、小夜子(さよこ)はう~んと伸びをした。


 長い黒髪に黒い()の、十四才の少女である。

 野暮(やぼ)ったいワンピースにアクセサリーと言えばカチューシャといった()で立ちだが、元が良いためか(さま)になっている。

 彼女はたった今午睡(ごすい)から目覚めた。つまりは仕事の大半を睡眠で(つぶ)したということなのだが。


「ごくろーさま、三年()タロー」


 スイッ。


 店内にある研究室から出てきた、店主のエチカが、カウンターテーブル()しに小夜子に封筒を差し出した。金色の長髪に金色の両眼、肩や脚をさらした、シャツにミニスカートといったチャラチャラした若い女である。


 小夜子は寝相で出ていた(よだれ)をワンピースの薄い(そで)でぬぐった。ゴシゴシ()いて、冷静になる。

「三年()タローって?」

「たっぷり寝ているあいだに(たくわ)えられた(ちから)がいつか発揮される日が来るんでしょ。楽しみよね」

(この女はあ~)

 皮肉に()ちた微笑(びしょう)を張りつける、十八才の女店主に、小夜子(さよこ)はそこそこ罪悪感を覚えつつも肩を怒らせた。


「それよりホラ、お給料よ。今日が給料日だって、契約書に記載(きさい)してなかった?」

「いかんせんほとんど盲判(めくらばん)をついたもので……」

 店に来てその日に採用(さいよう)テストを受けた小夜子(さよこ)である。


 回答の出来はよくなかったが、色々あって(やと)われの身となった。

 当時は()み上がりだったため、エチカの(ほう)も大事な契約内容をそんな疲れ切った頭に(たた)き込む気にもならず、書類の確認を数日後に見送った。


 小夜子の体調も好調となったところで、雇用(こよう)契約の詳細について、まだこの世界の文字を読めなかった小夜子に(ひと)(ひと)口頭(こうとう)で説明し、小夜子もそれに応じた上で、了解の署名(サイン)をしたのだ。

 その時に生まれて初めて小夜子は万年筆(まんねんひつ)なるものを使った。


「まあ、あんたにとっては(あわ)ただしかったでしょうからね。覚えてなくてもムリないか」


 小夜子(さよこ)はここユックリッドとは違う世界からやって来た人間だ。

 黒髪黒目、色白だが黄色(おうしょく)系の(はだ)を持つ外見に特筆すべきところは無いが、フィーロゾーフィアに来てすぐの頃には、確かに聞き()れない言葉を(しゃべ)り、何より〈渡煌石(とこうせき)〉という、現代のここ――天上世界〈ユックリッド〉において、他世界にしか存在しないとされる、世界を渡る神秘の宝石を持っていた。

 その石もエチカの(たぐい)(まれ)なる錬金技術により、()められた能力(ちから)を解放され、浮島の更に上空に飛翔し、別世界人との言語によるコミュニケーションおよび新しい概念(がいねん)や物資の流入を可能とした。


 小夜子(さよこ)を元の世界に帰すこともできる。

 しかし肝心(かんじん)の出身地に関する情報を、小夜子自身が「忘れた」と言い張っている。

 ()っから彼女の言葉を信じているエチカではないが、ウソだとしても相応の理由があるとして、本人の(くち)から明確な記憶が語られるまではムリに帰したりしないと決めている。


 小夜子はズレていたカチューシャを付け直した。

 鼻先に「んっ」と再度(つよ)く封筒を押し出されて、反射的に受け取る。


「ほ、ホントに、ホントにお(かね)? いいんですか? わたし、居眠りばっかだったのに……」

「だったら今後はもう少し起きてて欲しいものね。まあ? 寝てても人避(ひとよ)けのカカシ程度の価値はあったみたいだけど」

「どういう意味ですか」

客足(きゃくあし)が遠のいて、売り上げが()った」

「……ホントにいいんですか……」

「あたりまえでしょ」


 すっかり(ちぢ)こまってしまった小夜子(さよこ)にエチカは元気づけるようにウインクした。

 収入が減ったのは事実だが、それと給金とは別問題なのだ。


「ああ、そうそう、ちゃんと手取(てど)り合ってるか確認してね。明細(めいさい)入ってるから」

「ハイ! えっと――」


 小夜子(さよこ)は何枚もの(いち)G(グロリス)紙幣と千G紙幣、百G金貨と十G銀貨、(いち)G銅貨をチャリンチャリンとテーブルに出した。


 (かぞ)えると、給与明細の最後の(らん)記載(きさい)されている(がく)と同じである。


「あのー、他の(らん)に書いてある数字がよく分からないんですけど」

雇用(こよう)保険料や税金をこんだけ()()きましたよって書いてるのよ。最終的な金額と現金が合っていればOKだから」

「分かりました。ありがとうございます!」


 小夜子(さよこ)破顔(はがん)して給与明細を抱きしめた。

 いそいそと、散らかしていた紙幣(しへい)とコインを封筒にしまい直す。

「素直なのは結構なんだけどさ、あんたの(はたら)きに対する正当な対価なんだから、(れい)なんて言わなくていいのよ。もっとふてぶてしくしてなさい、いつもみたいにね」

「えへへ、だって(うれ)しくて」


 いつになく子供っぽい――つまりは年相応(としそうおう)に小夜子はニコニコする。そして、

「これムダ(づか)いしてもいいですか?」

「ムダが前提なわけね」

「はいっ」


 キッパリ小夜子(さよこ)(がえん)んじた。

 エチカはコメカミを作業用の白手袋(てぶくろ)をつけた手で押さえる。


「お()きにどーぞ。自由に使えばいいわよ、あんたが(かせ)いだ(カネ)なんだから。ただし、ギャンブルや(かぶ)はやめときなさい。やるなら大損(おおぞん)こいてもいいやって割り切れる(トシ)になってからよ」

「じゃあ一生(いっしょう)できませんね、する気もないですけど」

「それが賢明ね」


 お金を()め直した封筒を両手で握りしめて、小夜子は初任給(しょにんきゅう)の使い道を模索(もさく)した。

「何を買おうかな~~」


 あれもほしい、これもほしい。

 小夜子の頭のなかは、買いたいもののことでいっぱいになっていた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ