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フィーロゾーフィア  作者: とり
第6話 観察について
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観察について-②

 




 ワンピースの私服に着替えた小夜子(さよこ)は、()階の(とな)りの部屋にいった。


 そ~っとドアを開ける。

 ネームプレートが掛かっていないが、ここが(やと)(ぬし)の部屋であることはまちがいない。


「あれー?」

 中に人はいなかった。

 相変わらず資料やら、水溶液の(はい)った試験管やらでとっ散らかった寝室は、もぬけの(から)になっている。


 小夜子(さよこ)はグチャグチャのまま放置されているエチカのベッドに駆け寄った。飛び乗って、ヒザ立ちの姿勢で窓を押し上げる。


 ふわんと(あま)(にお)いがした。

 家(けん)雑貨屋(ざっかや)の庭に、野外用のテーブルが出て、クロスの上にティーカップとお菓子がある。


「あーっ! 今日ももう起きてる!」


 庭でイスに座って寄稿(きこう)用の文章を書いていたエチカが、大声をあげる小夜子(さよこ)をギロリと(にら)み上げた。

 作業用のグローブをつけ、閲覧(えつらん)用のメガネを掛け、錬金術師のロッドをそばに立てかけている。

 (そで)なしの服から()き出した肩、そしてミニスカートから伸びた長い脚。十八才にしては色々と発育の良い女――エチカは、メガネを取って小夜子に話しかけた。


「何? 殊勝(しゅしょう)にも私より早起きして茶の一杯(いっぱい)でも出してくれるつもりだったのかしら?」

「違いますー!」


 (にく)まれ(ぐち)(たた)き返す勢いで、小夜子(さよこ)は唇を突き出してベーッとベロを出す。

 エチカに背を向け、ノートに書き込んだ。


 『AM七時

 エチカ、(すで)起床(きしょう)

 クッキーと紅茶を(しょく)しつつ、原稿をでっちあげる。

 ところで紅茶なんて、毎日のんでて()きないのかな?』


「よしっと」

 『エチカの観察日記』と題したノートをパンと閉じる。肩に乗っている赤い()トカゲ〈サラマンダー〉を落とさないように、一階(いっかい)に階段を下りていく。


 商品(だな)の並ぶ売り場を経由(けいゆ)して、小夜子はリビングダイニングキッチンに(はい)り、奥の勝手(ぐち)から庭に出た。


 庭には(ふた)つの扉がある。どちらも家屋(かおく)にしか通じていない。

 (ひと)つはリビング、もう(ひと)つはエチカの研究室につながっている。


「おはよーございます。わたしも(もら)っていいですか?」

「あんた普段この時間じゃないからねー、飲むなら新しく持ってこないと」

「お手数かけます」

「私が取ってくるの前提なわけね」

「はい♡」

「そのへんの雑草(ざっそう)()たやつでいいかしら」

「フッザけんなって言います」

「人のこと言えんのかしら」


 エチカは立ち上がった。

「私と同じのでよければ()れてきてあげるわ」

「やたーっ。ありがとうございます」


 小夜子(さよこ)はレンガの壁に立てかけてある折り(たた)みスツールを出してきて、エチカの対面に席を(さだ)めた。

 エチカはリビングと一体化(いったいか)しているキッチンに、ロッドで肩を(たた)きながら移動する。


 数分もすると、飲み物を(あった)め直す音がして、紅茶を()れたカップを(ふた)つ持ってエチカが戻ってくる。


「ったく、こちとら仕事中だってのに」

「うう~……すみませんってー」

「なんてね。私も()れ直すところだったから、ついでよついで。あんた(ごと)きにこのエチカ(さま)の貴重な時間を()いてやるわけないじゃない」

(くっ……)


 エチカが小夜子(さよこ)の前に茶を置いて、自分の席に戻る。メガネを掛けて、(たば)になった四〇〇字()め原稿用紙にペンを走らせる。


 書き始めてすぐに()れてきた長い金髪を、エチカはうざったそうに背中に払った。前髪は(ほそ)いヘアピンで()き上げているため、そこまでジャマではなさそうだ。


 小夜子はズーッと紅茶を(すす)る。

 (あたた)かい。

 そして暑い。

 フィーロゾーフィア(こく)はもうすぐ夏である。


 エチカの(つえ)先端(せんたん)に輝く赤く丸い石――〈エーテル(せき)〉をながめていると、やることを思い出した。

 小夜子(さよこ)はノートを開く。


 『エチカの()れた紅茶は大変美味(びみ)

 余談(よだん)だが、ココアは犯罪級なり』


「なにやってんのよ」

「エチカの生態(せいたい)を観察して記録しているんです」

「お風呂(ふろ)やトイレまで(のぞ)いてるなら殺すわ」

「そこまではしてませんよ。まだ」

「やるんじゃないわよ。永遠に」

「分かってますよお」


 小夜子(さよこ)は日記を閉じて唇を(とが)らせた。

 トカゲがよちよち、肩から下りてくる。

 エチカの元へ芝生(しばふ)()っていく。


 エチカは(かが)んで手の上にトカゲを()せた。軽く握り込むと、火の()ビレを持つ赤いトカゲが静かに弾丸(だんがん)状の結晶に変化する。


 腰のベルトに(から)めたホルダーにエチカは結晶を(おさ)めた。〈サラマンダー〉の赤色の他に、銀と青と黄色の結晶が(つら)なって揺れている。


「他のは出さないんですか?」

「めったにはね」

 エチカは紅茶を一口(ひとくち)飲んだ。


「ねえ、他の〈精霊〉とかいうのも(しゃべ)るんですか?」

「喋るわよ。人は選ぶけど」

「そうなんですか……」


 サラマンダーの声を聞いたことがあるという話は、ベテランクラスの錬金術師であるアリサ・スピノザとテレサ・スピノザの姉弟、もちろんエチカにも話したことがある。


 テレサとアリサは、

『うっそだあ~』

『あなたのようなシロウトに精霊と交信できるわけがないでしょう』

 と大笑いしたり(あき)れ返ったりしていた。

 エチカは『相性がいいってこともあるからね』と、信じているのかあしらっているのか不明な返事。


 しかし、


「サラマンダー、わたしと初めて会った時以来(いらい)、話しかけてくれなくなったんですよね」

「そんなもんよ。ペチャクチャうるさいのはウンディーネくらいなものだわ」

「はあ」


 ウンディーネは水の精霊だ。

 小夜子(さよこ)はまだ会ったことがないが、いつか見てみたいとは思っている。


「はい、執筆(しっぴつ)おーわりっと。んじゃあ私、部屋に戻ってるからね」

「どっちの? 寝室? それとも研究室?」

「研究室に決まってんでしょ。あと()時間で店()けんのよ」


 小夜子(さよこ)は紅茶を飲み()して、


 『AM七時(はん)

 エチカ、研究室に引き()もる』

 とノートに書きくわえた。





 

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