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フィーロゾーフィア  作者: とり
第6話 観察について
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観察について-①

 




 ちろちろ。

 赤い小さなトカゲが床を()っていく。


 夏の入口(いりぐち)にある、雲の上の錬金術の大国(たいこく)フィーロゾーフィア。その王都にある雑貨屋(ざっかや)『エチカ商店』。


 赤いトカゲは二階(にかい)のフローリングを進んでいた。一階(いっかい)からの階段は、手すりを伝ってクリアしてのF()徘徊(はいかい)である。


 ドアと床のすき()から、するりと部屋の中に入り込む。ベッドの上で寝息を立ってている少女の元に、寝台の(あし)に張りつきよじ登って到着する。

 シーツを身体にひっかけて眠るパジャマ姿の少女の顔に、ぴたりと飛びつく。


 ポウ。

 少女の鼻先でトカゲが火を吐くと、彼女の大きな両目がゆっくりと()いた。


「サラマンダー!」

 少女――小夜子(さよこ)は、暖かくなった鼻先に小さなトカゲを認めるなり歓声(かんせい)を上げた。

 サラマンダーの炎は、彼の調節によって摂氏(せっし)30度から太陽表面温度(ちか)くまでなるらしい。


 ベッドに身を起こし、小夜子は両手でちっちゃな精霊を(すく)いあげる。

「起こしに来てくれたんですね。時間通りですよ~」

 (ほお)ずりをする。


 時刻は朝の七時で、外は明るかった。

 ウキウキと部屋の(とこ)に飛び下りて、小夜子(さよこ)は着替えを始める。

 サラマンダーは布団にもぐり込んで大人(おとな)しく待つ。


 錬金術において、火の(ちから)(つかさど)るとされる精霊――サラマンダーは、小夜子(さよこ)(やと)(ぬし)である天才錬金術師、エチカの所有する生命体である。

 とはいえ小夜子がいたくこのトカゲを気に入っているのも事実で、それと言うのもこのフィーロゾーフィア国に日本(にほん)から落っこちてきた時に、最初に理解できる言葉を()わしたのがこの()トカゲだった。


 この世界とは(こと)なる世界から、マンホールに落ちてやって来た小夜子である。

 下水道につづくはずの暗い穴を落下して、意識を取りもどしした時には見知らぬ森にいた。

 (のち)にそれは、放牧や狩猟を(にな)うフィーロゾーフィア王領地の森林だと分かったが、当時の小夜子にそれは分からない。


 目を覚ませば、物々しい鎧帷子(よろいかたびら)に身を包んだ男や女たちが、理解不能な言語で何やら話しかけてくる。それはただでさえ人見知りな小夜子(さよこ)にとって、恐怖でしかなかった。

 困惑する小夜子を導いたのが、サラマンダーの声だった。


『こっちへ』

 という言葉に従い、兵士たちから逃げるように森を走って、声の(ぬし)を探すと、見つけた先には赤い小さなトカゲがいた。


 小夜子はその小さな生き物が、自分を助けるために呼んでいたのだと思ったが、実際はさにあらず。

 主人の家から勝手に散歩に出てきたのだが、迷子(まいご)になって帰れないから連れていってくれ、という救難(きゅうなん)信号だった。


 あっけに取られた小夜子(さよこ)は、そのまま追いついてきた兵士たちに取り押さえられ、城にひったてられて投獄(とうごく)された。

 その()エチカと出会って、サラマンダーは彼女の元に帰還を果たし、小夜子もまたほかに行く()てがないため、この国の王の提案を()んで、エチカの元で住み込みのアルバイトをすることとなる。


 以上のような経緯(けいい)から、小夜子(さよこ)がサラマンダーを可愛がるのは()しがたい。のだが。

(絶対エチカには言えない……)


 ブラウスのボタンを留めて、ワンピースを頭からすっぽり着込んでスカートを整えながら、小夜子(さよこ)短絡(たんらく)的な自分の思考回路に落胆(らくたん)する。


「あの時()いたサラマンダーの声が、お父さんの声にそっくりだったなんて」


 バレたらファザコンの烙印(らくいん)()される。小夜子はそれがイヤなのだ。


 最後に頭にカチューシャをつけて、身支度(みじたく)をおしまいとした。

 クツをトントンやって、爪先(つまさき)を合わせる。


 ずっとシーツの中に隠れていたサラマンダーが、ヒョコリと出てくる。

 ピョイと飛び上がって、小夜子(さよこ)の肩に着地する。


「よーしっ。じゃあ、今日もガンバりますか!」

 デスクの上に置いている、毎日()かさずつけている観察日誌(にっし)と鉛筆を持って、小夜子はえいえいおーと、天高く(こぶし)を突きあげた。






 

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