対応について-②
「――って、ああっ! もう三時四十分じゃない!」
黒いローブの袖からのぞく自分の腕時計を見てエウレカは悲鳴を上げた。
「あたし、四時にお客さんをお迎えに行かなきゃいけないんだった! じゃあねエチカちゃんっ! お話し聞いてくれてありがとー!」
「ちゃんと前見なさいよ」
バタバタ走って庭から屋内に戻るエウレカ――店のエントランスから出て行くつもりらしい――に、エチカの注意は間に合わなかった。
ぬっと人影が現れる。
「エチカー、起きたらわたしの頭がボサボサになってたんですけど、勝手に新作のシャンプー試したとかなんてことありませんよね――ぎゃっ!?」
「きゃあっ!!」
どしーんっ!
店側から出てきた店番の少女――長い黒髪にカチューシャをつけた、ワンピース姿の小柄な女の子、小夜子だ――と、店側の玄関目指してダッシュしていたエウレカが衝突した。
お互いに軽くふっとび、床と芝生の地面に各々尻餅をつく。
「あ痛た……すっ、すみません。わたし、寝起きでボーっとして」
「ううん、いいの。こっちが不注意だったのよ。ごめんね、ケガはない?」
「……はい」
先に立ち上がったエウレカが手を差し出す。
小夜子はそれを取って立ちあがった。氷のように冷たい感触にゾクリとする。
「えーっと、あれ? アレどこ行ったかな……」
コケた拍子に金属の棒を取り落としてしまったようで、エウレカは黒い眼でキョロキョロあたりを見回した。ダークブラウンのツインテールが尻尾みたいに跳ねる。
小夜子もつられてその辺を調べた。
フローリングの床に見慣れない物がある。
「あの、これのことですか?」
鉛色の、棍のような道具を両手で持ち上げて、小夜子はローブの女性に手渡す。
細身の見た目以上に重量のあるそれを、エウレカは片手で軽々と受け取った。
「ありがとー。いい子ねーあなた、よーしよし」
ワシャワシャワシャー!
小夜子の頭を子犬を愛でるが如く撫で回す。
長い黒髪があっというまにクチャクチャになった。
小夜子は寝起きの髪の毛ボサボサ事件の犯人はこの人かもしれないとあたりをつける。
「壊れてないかな? 動作確認しないと」
「ちょっとっエウレカっ、ここでそんなモン振り回すんじゃ――」
「よいしょっと」
柄の部分についているスイッチをカチッとONにして、エウレカが長い金属棒を振った。
カシャンッ!
金属の長柄の先から、弧状の大きな刃が飛び出す。
持ち手の部分と総合して、大きな鎌を彷彿とさせるその道具は、刃が出た際に近くにいた小夜子の前髪をわずかに切った。
数本の、数センチの黒い髪の毛が、パラパラと空中にこぼれる。
「あっ、ごめんね。ちゃんと後で調整しとくから安心して」
「???」
ギラリと輝く巨大な刃の表面に映る小夜子の鏡像が、困惑顔をする。
「それじゃあね、エチカちゃんと――」
「サヨコよ」
エチカは小夜子の名前を教えた。
「不知火 小夜子。十四才よ。漢字で表記されてるかもだから、もし読めなかったらまたここに来なさい。絶対よ」
「えっ、いいの? ありがとー。じゃあまたね、エチカちゃん、サヨコちゃん!」
バイバーイと手を振って、エウレカは店を出ていった。
いつになく親切なエチカに小夜子は舌を巻く。
「ずいぶん親しい感じでしたけど、お知り合いですか? ひょっとして彼女も錬金術師?」
「死神よ」
エチカの短い答えに小夜子は硬直した。
「死神って……?」
「死んだ人の魂を黄泉の国に送る、神直轄の職のこと。さっきの女が大事そうに持っていた大鎌で、肉体と魂をつなぐ『糸』を切り放して、魂だけをつれていくの」
「えっ!? わたしあれで髪の毛切れたんですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわよ。寿命が縮んだんじゃないかしら。まあ数日ていどでしょうけど」
「イヤですよ! ウッカリで命削られるなんてっ!」
「だーからエウレカが『調整する』って言ってたでしょうが。安心なさいよ、閻魔帳っていう、彼女の上司についてるノートに書き直せば、すぐに元通りになるから」
「うう……っていうか、この世界って神とか死神が実在してるんですね」
「そりゃいなくちゃ困るからね。あんたのいた世界には?――って、記憶がないんだっけか」
不知火 小夜子は別の世界からこのフィーロゾーフィア国に迷い込んだ人間である。
来てそ早々にエチカとの間にちょっとしたトラブルがあり、そのはずみでここに来るまでの記憶がなくなってしまった――
とは小夜子の弁。
記憶喪失については欺瞞だろうが、それも理由があってのことだろうと、当人が決定的なボロを出すか、正直に話すかするまで、エチカは何も言わないでいることにしている。
からかうくらいのことはするが。
「アカデミー時代の友人でね。学科は違ったけど、一般教養のクラスで何度も顔合わせてる内に親しくなったのよ」
「まぶしい青春時代ですね」
「そうかしら? で、社会人になってからも仕事でヘマやった時にグチりに来たりするんだけどさ、うっとうしかったら追い払ってくれていいわよ。あと、奴からの電話って分かったら切っていい」
「……あの」
小夜子はイヤな予感がした。
「仕事でミスって、具体的にどのような?」
「気ニスルコトナイワヨ」
「こっち見て言って下さいよ! 例えば不慮の事故で死んだのが死神のミスで『あっ、やべ』の一言で終わりだなんてことはありませんよね!?」
「…………」
「何か言って! 『いいえ』って言って下さい! せめて神の手違いで死んだ人にはもれなくウッカリ特典でチート能力くれるって言って!!」
「もらえるわけないでしょ。せいぜいが付箋セットくらいなものよ」
「人の心とかないんですか!?」
「死神の採用試験って特殊なメンタルが求められるらしいわよ」
「やだー!」
小夜子は身も世もなく泣き喚いた。
そして思い至る。
「ハッ! まさかあの人がさっきエチカの所に来てたのも仕事でポカをやらかしてだなんて」
「いや、なんかショッピングモールの店員の対応がいまひとつでマジへこんだって話しだったわね」
「んんんんんメンタルー!!」
小夜子はモヤモヤし過ぎて自分の喉を掻い掻いした。
数日後。
エチカの店のポストに『閻魔庁』から手紙が届いた。
ワープロ打ちの便箋には、職員の不手際によって失われた小夜子の寿命(〇〇日分)がちゃんと修正されたことと、お詫びが記されていた。
なお、お詫びの文書と共に、粗品として四色の付箋セットが同封されていたのだが、小夜子はさっそく相手に「ナメんな」とクレームの電話を入れ、
敢えなくカスタマーハラスメント認定された。




