対応について-①
「聞いて、聞いてよエチカちゃん!」
雲の上の王国フィーロゾーフィアに存在する、薬屋めいた雑貨店――『エチカ商店』。
その奥庭に一人の女性がやって来た。
午後の三時を過ぎた頃である。
くるぶしまで裾のあるローブ、フードはかぶっていないが、全てが黒一色で染められた召し物は、陰気を通り越して暗澹とした気配を感じさせる。
ともあれローブの女性はダークブラウンの髪をウサギみたいなツインテールに結って、表情も溌剌と明るかった。
彼女は続ける。
庭に出したテーブルでせっせと調べものをしている長い金髪の若い女錬金術師――エチカに向かって。
「お店の人がヒドイの~」
「ご無沙汰ね、エウレカ」
エチカは黒ローブの女に半眼で挨拶をした。
エチカ――ここ『エチカ商店』の主人にして一流の錬金術師である。
長い金髪に金の双眸、前髪はヘアピンと整髪油で自慢の美貌がよく見えるようにセットしている。
着ているのはハイネックのノースリーブにミニスカート、耳にはイヤリングを吊って、いかにも遊び好きそうだ。
エウレカと呼ばれた女性は、暑さの増しつつある初夏の中、更に暑苦しい厚手の靴を履いた足で、バタバタと野外用のテーブルにいるエチカに迫った。
エチカは、これらだけは研究者めいたメガネと作業用のグローブをつけて勉強中だった。本屋で購入した資料を開けて、ペットボトルのお茶をお供に気になる箇所をメモする。いわゆる下調べである。
「もーっ、信じられないのっ! この前新作のゲームの発売日でさ、三番目のお姉ちゃんに予約した分取って来てって言われて行ったんだけど――」
エチカはメモする手を止めた。二枚の付箋にページと行数を入れて本とメモ帳に貼って閉じる。
エウレカを見る。
ダークブラウンの長髪をツインテールにした、ローブ姿の二十三才の女。
二十才を越えても少女的な髪型が可愛らしいのは、偏に彼女が極度のベビーフェイスだからだろう。
身長は平均的だが、十八才のエチカと並んでも年下とまちがえられることは多い。
「あのさあ」
しっかりとエウレカの両手に握りしめられた、彼女の商売道具の『棍』のような金属棒――それが今は本性を隠した形態であることをエチカは知っている――から距離を取って、エチカは言った。
「買い物なら売り場の方を尋ねてくれる? 店番の娘がいたでしょ」
「買い物じゃないのー、ただグチを聞いてほしいの! そしてしこたま甘やかされたいだけなの!!」
「ハタ迷惑な……」
「いいでしょ~、他にお客さんもいないんだし、ってゆーかエチカちゃん人雇ってたのね。信じらんない」
「一時的にね」
「ふーん? あたし最初、てっきり姪っ子さんかと思っちゃった」
「んなワケないでしょ」
エチカはイスに座り直してテーブルに頬杖をついた。
「ったく、ノコノコ冷やかしを庭にまで通すなんて、あいつ何やってんのかしら」
「お店の子ならお昼寝してたわよ。なんか寝言とか言っててー子犬みたいにカワイイから頭撫でちゃった。ワシャワシャーって」
「犬っつーか猫っつーか。っちゅーかサヨコってばまた惰眠をむさぼってんのね」
エチカは小さく息をついた。
「いーじゃない、寝る子は育つのよ。それにエチカちゃんだってお店ほったらかしてラクガキばっかやってるんだから、おあいこでしょ?」
「本職が研究者だもんでね」
しかし店を一人の女の子に任せっきりなのは事実である。
なんにせよ、目の前の女の話は聞かざるを得ないようだった。
エウレカは勝手に喋り始める。
エチカはその辺に置いてあるイスを勧める。
「座って喋ってよ、あんたコケたら危ないんだから」
「ありがとー。でね、さっきの続きだけど、ゲーム売り場の店員さんがヒドかったの」
エウレカはローブの裾を押さえてスツールに腰かけた。
金属製の長い棒を手放す気は――無い。
「……」
「えっとね、この前うちの国にあるショッピングモールに、予約分のソフトを取りに行ったってとこまでは言ったでしょ? で、四Fのゲーム売り場のレジで、店員さんに『予約した分を受け取りに来たんですけど』って言ったら、『は?』ってカオされて……」
「え、でも店員なのよね? その人」
「うん。で、あたし予約の商品は別のカウンターで対応してるのかなって思って、『あの、ここで良いんですか?』って訊いたの。そしたら相手またキョトーンとして、何も言わなくって」
「……店員、なのよね?」
「うん。制服も着てたし、名札もつけてた」
「そう」
「で、あたし予約とかって初めてだったから、もしかして言い方悪かったのかなって思って、『予約してたゲームソフトを受け取りに来たんですけど』って言い直したの。けど、やっぱり店員さん、フリーズして何も言わなくって。で、しばらくしたら別の店員さんが来て、『予約票はありますか?』って訊いてきたのね。だからそれを渡してお姉ちゃんから預かってたお金で支払って、無事にソフトは買えたんだけど、『お待たせしてすみませんでした』も何もなし! 最近うちの国って客側からのイヤがらせがどうとか問題視してるんだけど、店員側にも問題あるよなって思ったの。だから閻魔帳にこっそり『マイナス50』って書いちゃったわよ。だってそれくらいしか仕返しできないんだもん。へたにクレーム入れるとカスタマーハラスメント認定されちゃうし」
「そりゃご愁傷様で」
エチカはどっちもどっちだと思った。最後の『マイナス50』さえなければ心の天秤はエウレカに傾いていたのだが。
「カウンターには最低限の能力がある人が立ってて欲しかったのっ。忙しいの分かるけど、客の方は勝手が分からない人だっているわけだし、せめて不安にはさせないでよって。ってゆーか、分からないなら分からないで『少々お待ちください』って言って上司なりなんなりに確認取ればいいじゃないっ。実際すぐ隣りにやり方わかる人いたのに、何もしないでポカーンと立ってるだけって何っ!?」
「うちの居眠り娘にも聞かせてやりたいセリフだわ」
「エチカちゃんとこはいいのよ。あたし買い物しないもん♡」
「テメエという奴は」
エウレカは両手を合わせてにこにこした。




