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フィーロゾーフィア  作者: とり
第4話 憂鬱(ゆううつ)について
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憂鬱について-③

 




 つぎの日。


「こんにちは」


 昨日の青年が(みせ)におとずれた。

 彼の黒い髪は、今日はしっかり七三分けにセットされている。

 以前とは口調(くちょう)を変えて、彼は店番をしていた小夜子(さよこ)に名刺を差し出した。


「わたくし、〇×商会のウィリアムと申します。(じつ)は先日ここでヘアリキッドを一点(いってん)購入(こうにゅう)させていただきまして、これが大変使(つか)い心地がよく、先方(せんぽう)との取引も怖いくらい順調にいき、社内でも『おうおうオレにもちょっと使わせろや』と上司に言われてそのまま取り()げられ血で血を洗う争いに発展するくらい好評でして」

「だから今日は包帯(ほうたい)を巻いているんですね」

「分かって頂けましたか」


 青年――ウィリアムは(ひたい)と左目、右腕に赤いものの(にじ)んだ包帯を巻いていた。

 脚もやられているようで、松葉(まつば)(づえ)をついている。


 この状態で名刺を渡したのだから彼はかなり器用だ。

 ただ彼の髪だけは、かたくなにキチッと七三にセットされて乱れひとつなかった。


「つきましては、こちらのリキッドを当社で(あつか)わせて頂きたく……ひいては大量入荷(にゅうか)等のご説明をとお(たず)ねしたのですが……店長様はいらっしゃいますか?」


 満身創痍(そうい)のウィリアムだが、口調(くちょう)は明るくていねいだ。

 経営や取引については何の知識も経験もない小夜子(さよこ)である。


 しかし(かね)の匂いがした。


「呼んできます」


 小夜子(さよこ)は売り場から扉ひとつ(へだ)てたところにあるエチカの研究室に移動した。


「エチカ、なんかすごい(もう)け話が来てるんですけど」

「要約の仕方が守銭奴(しゅせんど)だわ」

「なんとでも。この前の整髪料(せいはつりょう)大人気(だいにんき)で、販売を(にな)いたいという会社の人が来てるんですが」

「……すぐ行くわ」


 エチカは読んでいた本を閉じて、メガネを(はず)して部屋を出た。


(儲け話かー、上手くいったらわたしもお給料爆上(ばくあ)がりしてすっごいお金持ちになって一生(いっしょう)働かずに暮らしていけるんだろうなあ~)


 うへへ。


 夢が(ふく)らむ。


 と――


「いやあの、決してそちらにも(そん)な話ではなく、むしろこれは大金(たいきん)を手に()れる大きなチャンスと言いますか、せせせせめてもう少しちゃんとこちらの話を――」

「いいからとっとと――」


 こっそり開けた扉の隙間(すきま)から、エチカが(つえ)を振るのが見える。


 カッ!

 売り場に閃光が(ほとばし)った。


「消えなさい!!」


 まるで魔術のように爆発が炸裂(さくれつ)した。

 発現した熱塊(ねっかい)が、七三分けリクルートスーツの男を吹き飛ばす。


 黒い煙の尾を引いて、サラリーマンのウィリアムは爆破された店の屋根から午後の空の彼方(かなた)へと飛んでいった。


 小夜子(さよこ)はあわてて研究室から売り場に出ていく。


「あーっ! 何で断っちゃったんですか!? ボロ(もう)けのチャンスが、わたしの(なま)け者ライフがあー!!」

(ろく)でもない人生設計してんじゃないわよ」


 肩をそびやかす小夜子(さよこ)にエチカは半眼を向けた。


「私は自分で管理できる範囲(はんい)でしか物は売らないの。つーか商売はあくまでついでで、実質は研究の(ほう)。そこは分かっといてちょーだい」


(もったいなーい)

 不意になった取引に小夜子はそう思った。



 その()

 どこかから評判を聞きつけてきた一般(いっぱん)人によって、わずかに補填(ほてん)されていた整髪料(せいはつりょう)はあっというまに()けてしまい、


「あのー、エチカ」

 小夜子(さよこ)は店から研究室をのぞいた。


「あん?」

 マスクをつけてノートを確認しながら試験管を振っているエチカは不機嫌(づら)である。


「急いでまた作ってほしいんですけど。お客さんを待たせてて……」

(うん)が悪かったですねっつって追い返しなさい」

「はい……」


 完売(かんばい)したのを最後に、二度(にど)と店に並ぶことは無かった。


 そして閉店(へいてん)(ふだ)が掛かった夕方の店内で、


「はあ……自分用のは作ってるくせに。しかも改良までしてさ。これもう余分(よぶん)に作る予定ってないんですか?」

「ええ、誰かさんがどっかに転売しそうなもんなんでね」

(ぎくっ)


 実験器具や参考資料の散らばったオレンジ色の研究室の(すみ)っこで、小夜子(さよこ)(ひそ)かな野望が、あっさりと打ち(くだ)かれたのだった。






 

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