憂鬱について-②
「もお! エチカ!!」
「なによ、さっき渡したやつに何か不具合でもあったわけ?」
「ないです。多分」
「じゃあどうしたのよ?」
「商品の管理ですよ。在庫がないなら作っといて下さい。パッと作れちゃうんでしょう? お客さん、困ってましたよ」
「知ったこっちゃないわね」
(この店主はあ~)
ぶっきらぼうなエチカの物言いに、小夜子は肩を怒らせた。
エチカは立ったまま黒板になにやら書き込んでいる。
構造式に特殊な記号を足したよくわからない模様が、白いチョークでズラリと描かれていた。
長い金髪をうっとうしそうに払ってエチカが嘆息する。
ゾンザイなその仕草は、腕や脚をさらしたギャル(死語?)っぽい衣装とあいまって、いかにも不良学生な風情だが、こう見えて彼女はフィーロゾーフィア王国随一の錬金術師だ。
〈錬金術〉という、魔法の親戚のような生成技術は、小夜子が元々いた世界にはなかった。
歴史上には存在していたようだが、それとは似て非なるものである。
「知らないって……よくそれで商売やっていられますね」
「当たり前でしょ。欲しい商品が無かったら運が悪かった、大抵の客はそれで諦めるわよ」
「でも、可哀想じゃないですか」
「可哀想?」
にらめっこしていたノートと黒板からエチカが金色の瞳をそらした。
小夜子を凝視する。
黒い頭髪に暖色系のカチューシャをつけているものの、どこか陰気な雰囲気がぬぐえない。
母親に買い与えられた服を、自分で決めるのは面倒だからと着まわしているような、いまひとつ冴えないワンピース姿の女の子。
十四才とは彼女の持っていた学生証の言だが、内面はもう二才低めにエチカは捉えている。
ただどういう育ち方をしたのか、小夜子のものの見方は偏屈だ。
それは年に合わない観察眼の賜物だろうが、他者に警戒を振りまく所以にもなっている。
磨けばその審美眼は小夜子本人を守り育てる味方になるが、もてあましている現在は、徒に他者を品評し反感を集めてしまう諸刃の剣でしかない。
そんなひねくれ者の小夜子にエチカはもう一度言った。
「可哀想って?」
「だから――」
小夜子はもどかしく手をグーにして振った。
「すごく切羽つまってたんですよ、そのお客さん」
エチカはフラスコやアルコールランプ、ビーカーの出しっぱなしにしてある机からイスを引いてきて座った。
話し終えたらすぐに店に戻るつもりの小夜子は立ったまま喋りつづける。
自分の長い黒髪を触って、
「その人、入ってきた時髪の毛がボサボサだったんです。あ、男の人だったんですけど。じゃああんまり身なりを気にしないのかなって思ったら、整髪料切らしてただけだったんですよ。もしくは上司に言われたとか、これからどこかに行く上で必要になったとか……それであっちこっち探して回ってたんだと思うんですけど」
「仕事中に?」
一般の商社なら午前九時に業務が始まるのが通例だ。
時刻は朝の九時を三十分ほど過ぎていた。
客が出て行ってまだ五分ほどしか経っていない。
「そう――会社を用事とかで出た先で買ってセットしようっていう心づもりだったんじゃないでしょうか? でも、それこそ運の悪いことに、どこの店にも置いてなかった。で、彼は尋常ではなく焦ったわけですよ、このわたしをして哀れだと同情するくらいに」
「尋常ではなく焦ってたってのが気になるわね。どこを見てそう思ったのよ」
「会計時に。だって……」
小夜子はシュンとして言った。
「あのお客さん、わたしが商品棚につれて行った時に品名が書かれた値札を見たはずなんです。なのに支払いの時に値段を訊いてきたんですよ。この国って消費税ないのに」
「よその国にはあるけどね。とはいえ、わざわざそこからフィーロゾーフィアにまでは来やしないか。半時間では到底ムリだし」
エチカは独白した。
この世界においてフィーロゾーフィア以外の国を知らない小夜子には意見しづらい。
「とにかく、あの無慈悲な『品切れ』を直視した瞬間に、目の前の表記がふっとぶくらい前後不覚になったんだってわたしは思うんです。じゃあ何とかしようとしないのも変じゃないですか。ってゆーかマジメにわたしも冷や汗かいたんで、頼むから品切れだけは止めてくださいよお~」
手を祈りの形にして、泣き落としの小夜子である。
「う~ん」
とエチカは呻る。
「実はあの化粧品って、自家用だったのよね」
「それって?」
「売り物にする予定ではなかったということ。だいぶと前に、自分の髪に使うために作ったのよ。ただその時にちょっと作りすぎちゃってね、余りを売りに出してたってわけ」
「というと――」
「売り切れたらそれっきりにするつもりだったのよ」
「ええーっ、でも結構買い求める人たちがいたような……」
「そりゃ最近になってからでしょ」
はあ……と憂鬱な息をエチカは吐く。
イスにぐんにゃりと腰掛ける様と言い、まるで燃えつき症候群にでも罹ったようだ。
エチカは言う。
「あれって、元々は女性用で販売してたのよ」
「あ、エチカが自分で使う為に作ったって言ってましたもんね……でも、商品には男性用って」
「そーよ」
エチカは天井を仰いだ。
「私の髪質ってかなり硬いらしくってさ、寝グセとかひどいのよね。でも、それに合わせて作ったものじゃあ、一般的な女子には合わないみたいで……」
憎たらしそうにエチカは自分の金髪を摘んだ。
「なんだってこんなクセッ毛なのかしらねー、遺伝かしら? でもアイツのはそうでもなかったような……」
誰を想定してブツブツ言っているのかは不明だが、小夜子は追及しなかった。
「えっと、じゃあ」
「そ。『女性用』って銘打ったんじゃ、いつまでも捌けないから男性用に変更したの。そしたら一週間ほどで無くなっちゃったってわけ」
「嬉しい悲鳴じゃないですか。量産してぼろ儲けしましょうよお」
「フクザツな気分だわ……」
「ってゆーかそもそも女の人で整髪料使うのって珍しくないですか?」
「うそっ」
「市場調査くらいしましょうよー」
あんまり突っ込んでボロが出てもいけないので、小夜子はこの話題を切り上げることにした。
「で、補充のほうは?」
「……」
エチカは座ったまま杖を振る。
ロッドの先に嵌まった赤色の〈エーテル石〉が、錬金術師として高位の技能を持つエチカの思念を、大気中に存在する魔法性媒体――プネウマに干渉させる。
本来ならここで生成物の原料となる植物や鉱物などが必要なのだが、エチカの錬金術はそれらをムシして、空中からボトルに入ったヘアリキッドを十本生み出した。
それらはゆっくりと降りて床に着地する。
「少ない……」
「売るつもりはなかったって言ったでしょ。これが最後よ、箱に詰めてさっさと持って行きなさい」
「え~、なんで箱詰めまでサービスしてくれなかったんですか」
「問いかけたところで答えは無いわよ」
一旦小夜子は店に戻り、てきとうな籠を持ってきてそこに商品を詰めていった。
陳列台にならべていく。




