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フィーロゾーフィア  作者: とり
第4話 憂鬱(ゆううつ)について
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憂鬱について-②

 




「もお! エチカ!!」

「なによ、さっき渡したやつに何か不具合でもあったわけ?」

「ないです。多分」

「じゃあどうしたのよ?」

「商品の管理ですよ。在庫がないなら作っといて下さい。パッと作れちゃうんでしょう? お客さん、(こま)ってましたよ」

「知ったこっちゃないわね」

(この店主はあ~)


 ぶっきらぼうなエチカの物言いに、小夜子(さよこ)は肩を怒らせた。

 エチカは立ったまま黒板になにやら書き込んでいる。


 構造式に特殊な記号を足したよくわからない模様(もよう)が、白いチョークでズラリと描かれていた。


 長い金髪をうっとうしそうに(はら)ってエチカが嘆息する。

 ゾンザイなその仕草は、腕や脚をさらしたギャル(死語?)っぽい衣装とあいまって、いかにも不良学生な風情(ふぜい)だが、こう見えて彼女はフィーロゾーフィア王国随一(ずいいち)の錬金術師だ。


 〈錬金術(れんきんじゅつ)〉という、魔法の親戚(しんせき)のような生成技術は、小夜子(さよこ)が元々いた世界にはなかった。

 歴史上には存在していたようだが、それとは似て()なるものである。


「知らないって……よくそれで商売やっていられますね」

「当たり前でしょ。欲しい商品が無かったら(うん)が悪かった、大抵の客はそれで(あきら)めるわよ」

「でも、可哀想(かわいそう)じゃないですか」

「可哀想?」


 にらめっこしていたノートと黒板からエチカが金色の瞳をそらした。

 小夜子(さよこ)を凝視する。


 黒い頭髪に暖色(だんしょく)系のカチューシャをつけているものの、どこか陰気な雰囲気(ふんいき)がぬぐえない。

 母親に買い与えられた服を、自分で決めるのは面倒だからと着まわしているような、いまひとつ()えないワンピース姿の女の子。

 十四才とは彼女の持っていた学生証の(げん)だが、内面はもう()才低めにエチカは(とら)えている。


 ただどういう育ち方をしたのか、小夜子(さよこ)のものの見方は偏屈(へんくつ)だ。


 それは(とし)に合わない観察(がん)賜物(たまもの)だろうが、他者に警戒を振りまく所以(ゆえん)にもなっている。

 (みが)けばその審美(しんび)(がん)小夜子(さよこ)本人を守り育てる味方になるが、もてあましている現在は、(いたずら)に他者を品評し反感を集めてしまう諸刃(もろは)(つるぎ)でしかない。


 そんなひねくれ者の小夜子にエチカはもう一度(いちど)言った。


「可哀想って?」

「だから――」


 小夜子はもどかしく手をグーにして振った。


「すごく切羽つまってたんですよ、そのお客さん」


 エチカはフラスコやアルコールランプ、ビーカーの出しっぱなしにしてある(つくえ)からイスを引いてきて座った。


 話し終えたらすぐに店に戻るつもりの小夜子(さよこ)は立ったまま(しゃべ)りつづける。

 自分の長い黒髪を触って、

「その人、(はい)ってきた時(かみ)の毛がボサボサだったんです。あ、男の人だったんですけど。じゃああんまり身なりを気にしないのかなって思ったら、整髪料()らしてただけだったんですよ。もしくは上司に言われたとか、これからどこかに行く上で必要になったとか……それであっちこっち探して回ってたんだと思うんですけど」

「仕事中に?」


 一般(いっぱん)の商社なら午前九時に業務が始まるのが通例だ。

 時刻は朝の九時を三十分ほど過ぎていた。

 客が出て行ってまだ五分ほどしか()っていない。


「そう――会社を用事とかで出た先で買ってセットしようっていう心づもりだったんじゃないでしょうか? でも、それこそ運の悪いことに、どこの店にも置いてなかった。で、彼は尋常(じんじょう)ではなく(あせ)ったわけですよ、このわたしをして(あわ)れだと同情するくらいに」

「尋常ではなく焦ってたってのが気になるわね。どこを見てそう思ったのよ」

「会計時に。だって……」


 小夜子(さよこ)はシュンとして言った。


「あのお客さん、わたしが商品(だな)につれて行った時に品名(ひんめい)が書かれた値札(ねふだ)を見たはずなんです。なのに支払いの時に値段を()いてきたんですよ。この国って消費税ないのに」

「よその国にはあるけどね。とはいえ、わざわざそこからフィーロゾーフィアにまでは来やしないか。半時間では到底ムリだし」


 エチカは独白した。

 この世界においてフィーロゾーフィア以外の国を知らない小夜子(さよこ)には意見しづらい。


「とにかく、あの無慈悲(むじひ)な『品切れ』を直視した瞬間に、目の前の表記がふっとぶくらい前後不覚になったんだってわたしは思うんです。じゃあ何とかしようとしないのも変じゃないですか。ってゆーかマジメにわたしも()(あせ)かいたんで、頼むから品切れだけは()めてくださいよお~」


 手を(いの)りの形にして、泣き落としの小夜子である。


「う~ん」

 とエチカは(うな)る。


(じつ)はあの化粧品って、自家(じか)用だったのよね」

「それって?」

「売り物にする予定ではなかったということ。だいぶと前に、自分の髪に使うために作ったのよ。ただその時にちょっと作りすぎちゃってね、(あま)りを売りに出してたってわけ」

「というと――」

「売り切れたらそれっきりにするつもりだったのよ」

「ええーっ、でも結構()い求める人たちがいたような……」

「そりゃ最近になってからでしょ」


 はあ……と憂鬱(ゆううつ)な息をエチカは吐く。

 イスにぐんにゃりと腰掛ける(さま)と言い、まるで燃えつき症候群にでも(かか)ったようだ。


 エチカは言う。


「あれって、元々は女性用で販売してたのよ」

「あ、エチカが自分で使う(ため)に作ったって言ってましたもんね……でも、商品には男性用って」

「そーよ」


 エチカは天井を(あお)いだ。


「私の髪質ってかなり硬いらしくってさ、寝グセとかひどいのよね。でも、それに合わせて作ったものじゃあ、一般(いっぱん)的な女子(じょし)には合わないみたいで……」


 (にく)たらしそうにエチカは自分の金髪を(つま)んだ。

「なんだってこんなクセッ毛なのかしらねー、遺伝かしら? でもアイツのはそうでもなかったような……」


 誰を想定してブツブツ言っているのかは不明だが、小夜子(さよこ)追及(ついきゅう)しなかった。


「えっと、じゃあ」

「そ。『女性用』って銘打(めいう)ったんじゃ、いつまでも()けないから男性用に変更したの。そしたら一週間(いっしゅうかん)ほどで無くなっちゃったってわけ」

「嬉しい悲鳴じゃないですか。量産してぼろ(もう)けしましょうよお」

「フクザツな気分だわ……」

「ってゆーかそもそも女の人で整髪料(せいはつりょう)使うのって珍しくないですか?」

「うそっ」

市場(しじょう)調査くらいしましょうよー」


 あんまり突っ込んでボロが出てもいけないので、小夜子(さよこ)はこの話題を切り上げることにした。


「で、補充のほうは?」

「……」


 エチカは座ったまま(つえ)を振る。


 ロッドの先に()まった赤色の〈エーテル(せき)〉が、錬金術師として高位の技能を持つエチカの思念(しねん)を、大気中に存在する魔法性媒体(ばいたい)――プネウマに干渉(かんしょう)させる。


 本来ならここで生成物の原料となる植物や鉱物などが必要なのだが、エチカの錬金術はそれらをムシして、空中からボトルに(はい)ったヘアリキッドを十本()み出した。


 それらはゆっくりと降りて床に着地する。


「少ない……」

「売るつもりはなかったって言ったでしょ。これが最後よ、箱に()めてさっさと持って行きなさい」

「え~、なんで箱詰めまでサービスしてくれなかったんですか」

「問いかけたところで答えは無いわよ」


 一旦(いったん)小夜子(さよこ)は店に戻り、てきとうな(かご)を持ってきてそこに商品を詰めていった。

 陳列(ちんれつ)台にならべていく。







 

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