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フィーロゾーフィア  作者: とり
第4話 憂鬱(ゆううつ)について
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憂鬱について-①

 




「お買いあげ、ありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ助かったよ」


 ほくほく顔の青年が小夜子(さよこ)に手を振り店を出る。

 黒い髪を手櫛(てぐし)でグシャグシャに分けた若い男だ。スーツ姿であることから、会社(づと)めのサラリーマンかと小夜子は思っていた。


 小夜子――十四才の女の子である。

 長い黒髪に黒い目、頭にはカチューシャ、小柄(こがら)な身体にはワンピースをつけている。


 こことは別の世界にある『日本』という国からやってきたのだが、(すで)にフィーロゾーフィアの空気になじんでいた。

 バイト先(けん)下宿先である雑貨屋――『エチカ商店』の業務にも慣れてきている。


 ヒヤリとする事態はえてしてそんな時に起こるものだ。


 先の男――店を開けてしばらくして飛び込んできた客の青年がそうだった。


 息せき切って(はい)って来た彼が、「あのっ、整髪料(せいはつりょう)ってありますか――髪をこう、固めるクリームというかジェルみたいなのなんだけど」とレジに座っているのが子供と見るなり態度を変えて説明した。


 この時は髪がひどくボサボサだったので、よほど急いで来たのだろうと小夜子は思った。


 気圧(けお)されるままに「こちらの(たな)です」と案内したのだが、背伸びをした小夜子と、まっすぐに前を見やる青年の視界には『品切れ』と手書きで(しる)された(ふだ)と他の商品との間にぽかりと()いた(むな)しい空隙(くうげき)があるだけだった。


「こっ、ここにも無いのかあ~」

 と青年が落胆(らくたん)し、腕時計を確かめてそわそわするのを見兼(みか)ねて、小夜子は「すぐに調合できないか、店の主人に()いてきます!」と店主であるエチカの引き()もっている小さな研究部屋に飛び込んだ。


 エチカは小夜子(さよこ)が事情を話すより先に「結論を」とだけ言った。

 小夜子もあらゆる経緯(けいい)をとばして「整髪料を(ひと)つください!」とだけ答えた。


 聞くなりエチカは(つえ)を振って、魔法みたいに(ひと)つの薬液を作りだした。


 何もない空中からポンッと物を生みだすこの行為は〈錬金術(れんきんじゅつ)〉――必要な素材に大気中に存在する〈プネウマ〉という仲介物質を作用させることで、あらゆる物や現象を作りだす技術――から逸脱(いつだつ)しているが、そんなことに疑問を抱く余裕(よゆう)もない小夜子(さよこ)である。


 小さな容器を受け取ってすぐに店に戻ると、客の青年に値段を()かれ、さっき(たな)に書かれていた通りの金額を告げた。

 すると「(やす)いんだね~」と破顔(はがん)して、彼はグロリス銀貨と銅貨で支払いを済ませた。


 そしてあのホクホク(がお)である。


 お客さんが店を出て、彼が乗ってきたホバービークル――空飛ぶ自動車みたいな乗り物だ――に乗ってよその島へ行ってしまうのを店の窓から見送ると、


「はあ~」


 小夜子(さよこ)は長い息をついた。

 他人(ひと)の緊張は時に周囲に伝播(でんぱ)する。


 なんとなく文句を言ってやりたい気持ちになって、隣接(りんせつ)するエチカの研究室に、小夜子(さよこ)はわざと足音(たか)く押し()った。






 

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