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フィーロゾーフィア  作者: とり
第53話 吸血鬼について
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吸血鬼について-④

 



 銀髪の少女は、値踏(ねぶ)みするように小夜子(さよこ)を見た。


「とりあえず名乗らせてもらおう。わたしはプラム・D・ストーカ。この国には行楽(こうらく)で来たんだがね。散策(さんさく)している途中にハラが減ったのて、食事にありつけず倒れていたところ、まあ色々あって気づけばここにいたってわけさ。で、お前はこの家の者か?」


 にこやかな表情は、社交辞令(じれい)の笑顔。

 善意の(かたまり)でしかない少女――プラムの微笑(ほほえ)みを、小夜子は好意的に受け止めた。けれど油断はできなかった。


 幼い姿をした吸血鬼に、『悪意』や『敵意』があるのではない。そのどちらも無いと言い切れる。

 そんなもの無くとも人間を傷つけたり殺したりできる。

 小夜子(さよこ)にとっては、むしろ『悪意』や『敵意』をもって()しにかかる人種より、朝起きて歯を(みが)く感覚で誰かの首を切断する存在のほうが(あつか)いにくい。


 プラム・D・ストーカからは、それに近い自然さを感じた。

 普通に自分を殺すのだろうなと思った。


「い、居候(いそうろう)です」


 時間(かせ)ぎというよりは、脳がフリーズするのをムリヤリ動かすために――あるいは(こお)りついているのを認めたくないがために――小夜子(さよこ)は答えた。


 プラムは上の(かい)を見る。(はり)の渡った天井(てんじょう)がある。


「ということは、他に(あるじ)がいるということか」


「ええ……まあ……」


 プラムは(さら)に質問した。商品(だな)のあたりで、ふたりの会話をながめつつ手持ち無沙汰(ぶさた)にレトルトの食用(しょくよう)血液をもてあます女性――シェリーを親指で示して。


「そこのホムンクルスがお前の主か? お前は生粋(きっすい)の人間のようだが」


「いえ……」


 小夜子は逃げる算段をしていたが、(あきら)めた。

 (すき)が無い。


 単純に他の住人の確認をしただけのプラムで、姿勢は井戸端(いどばた)会議の自然体だが、小夜子とて戦闘に関してはずぶの素人(しろうと)ではない。


 体幹(たいかん)(ちから)()(かた)からどう相手が出てくるか――初動のイメージくらいはつく。


 心を読み取ったように、プラムはツインテールの銀髪を()らして笑った。


「ははは。いい()だ。気の強い人間は好きだぞ」


 プラムとの会話が終われば、それが戦闘開始の合図だ。何もしなければ自分の敗北まで一秒(いちびょう)もないと確信しながら、小夜子(さよこ)(くち)を開いた。

 虚勢(きょせい)を張った。


「……このまま偏見(へんけん)撃退(げきたい)するのも(しゃく)なので、確認させて欲しいのですが」


「よい。言ってみろ」


「あなたはわたしを殺す気ですか?」


 吸血鬼は赤い目をキョトンとさせた。


「殺すとは人聞きが悪いな。お前は目の前のステーキを食べるのに、いちいち殺害するだのなんだの気にするのか?」


「生きている(うし)を食用の肉に変える(さい)には、『屠殺(とせつ)』という用語を使うていどには、生殺(せいさつ)与奪(よだつ)の感覚はあります」


「なるほどなあ」


 心底(しんそこ)感心したらしく、プラムは自分の小さな(あご)を手で()でた。


「勉強になった。じゃあ、わたしがお前にほどこすのは屠殺(とせつ)だな」


 刹那(せつな)

 小夜子(さよこ)錬金術師(れんきんじゅつし)のロッドをひっくり返し、先端の〈(アルベド)〉の石で(ゆか)を打った。


 ドガッ!!


 返事の終了と共に飛び出したプラムが、錬金術による変成(へんせい)(けむり)に突っ込む。

 床板(ゆかいた)から生まれたカベを突き(やぶ)る。


 一瞬(いっしゅん)だけ相手の視界を白煙(はくえん)(うば)ったことで、小夜子はかろうじて初撃(しょげき)を逃れた。

 耳の近くでガチンと歯の()み合う音が聞こえ、煙幕(えんまく)(うす)れる前に次の行動に(うつ)る。

 店の奥に走る。


「ゲホッ……。なかなか楽しい娘じゃないか」


 プラムは遠ざかっていく足音を聞きながら、白煙がおさまるのを待った。


 木の板を(くだ)いた(さい)にできた(ひたい)の傷から、赤黒い血が鼻筋に沿()って()れる。


 傷がまたたく()(なお)る。


 吸血鬼の持つ強力(きょうりょく)治癒(ちゆ)能力(のうりょく)だ。


「おいホムンクルス。いい獲物(えもの)を紹介してくれたな。()めてつかわす」


「バカ言わないでよ。(たの)むからレトルトでガマンしなさい。サヨコが死んだら、私だってここの主人に何されるか(わか)らないんだから」


「死んだら(よみがえ)らせるまでさ。今まで(どお)り……とはいかんだろうがね」


「それが(こま)るんだけどー」


 シェリーの言うことなど聞かず、プラムは背中に(ちから)を込めた。


 黒地(くろじ)のドレスの、大きく()れて()き出しにした背中から、コウモリの羽が()える。


 骨張った一対(いっつい)黒翼(こくよく)をうならせて、プラムは小夜子(さよこ)の消えたほうへ、突風(とっぷう)のごとく飛んでいった。





                つづく





 

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