吸血鬼について-④
銀髪の少女は、値踏みするように小夜子を見た。
「とりあえず名乗らせてもらおう。吾はプラム・D・ストーカ。この国には行楽で来たんだがね。散策している途中にハラが減ったのて、食事にありつけず倒れていたところ、まあ色々あって気づけばここにいたってわけさ。で、お前はこの家の者か?」
にこやかな表情は、社交辞令の笑顔。
善意の塊でしかない少女――プラムの微笑みを、小夜子は好意的に受け止めた。けれど油断はできなかった。
幼い姿をした吸血鬼に、『悪意』や『敵意』があるのではない。そのどちらも無いと言い切れる。
そんなもの無くとも人間を傷つけたり殺したりできる。
小夜子にとっては、むしろ『悪意』や『敵意』をもって刺しにかかる人種より、朝起きて歯を磨く感覚で誰かの首を切断する存在のほうが扱いにくい。
プラム・D・ストーカからは、それに近い自然さを感じた。
普通に自分を殺すのだろうなと思った。
「い、居候です」
時間稼ぎというよりは、脳がフリーズするのをムリヤリ動かすために――あるいは凍りついているのを認めたくないがために――小夜子は答えた。
プラムは上の階を見る。梁の渡った天井がある。
「ということは、他に主がいるということか」
「ええ……まあ……」
プラムは更に質問した。商品棚のあたりで、ふたりの会話をながめつつ手持ち無沙汰にレトルトの食用血液をもてあます女性――シェリーを親指で示して。
「そこのホムンクルスがお前の主か? お前は生粋の人間のようだが」
「いえ……」
小夜子は逃げる算段をしていたが、諦めた。
隙が無い。
単純に他の住人の確認をしただけのプラムで、姿勢は井戸端会議の自然体だが、小夜子とて戦闘に関してはずぶの素人ではない。
体幹や力の掛け方からどう相手が出てくるか――初動のイメージくらいはつく。
心を読み取ったように、プラムはツインテールの銀髪を揺らして笑った。
「ははは。いい眼だ。気の強い人間は好きだぞ」
プラムとの会話が終われば、それが戦闘開始の合図だ。何もしなければ自分の敗北まで一秒もないと確信しながら、小夜子は口を開いた。
虚勢を張った。
「……このまま偏見で撃退するのも癪なので、確認させて欲しいのですが」
「よい。言ってみろ」
「あなたはわたしを殺す気ですか?」
吸血鬼は赤い目をキョトンとさせた。
「殺すとは人聞きが悪いな。お前は目の前のステーキを食べるのに、いちいち殺害するだのなんだの気にするのか?」
「生きている牛を食用の肉に変える際には、『屠殺』という用語を使うていどには、生殺与奪の感覚はあります」
「なるほどなあ」
心底感心したらしく、プラムは自分の小さな顎を手で撫でた。
「勉強になった。じゃあ、吾がお前にほどこすのは屠殺だな」
刹那。
小夜子は錬金術師のロッドをひっくり返し、先端の〈白〉の石で床を打った。
ドガッ!!
返事の終了と共に飛び出したプラムが、錬金術による変成の煙に突っ込む。
床板から生まれたカベを突き破る。
一瞬だけ相手の視界を白煙で奪ったことで、小夜子はかろうじて初撃を逃れた。
耳の近くでガチンと歯の噛み合う音が聞こえ、煙幕が薄れる前に次の行動に移る。
店の奥に走る。
「ゲホッ……。なかなか楽しい娘じゃないか」
プラムは遠ざかっていく足音を聞きながら、白煙がおさまるのを待った。
木の板を砕いた際にできた額の傷から、赤黒い血が鼻筋に沿って垂れる。
傷がまたたく間に治る。
吸血鬼の持つ強力な治癒能力だ。
「おいホムンクルス。いい獲物を紹介してくれたな。褒めてつかわす」
「バカ言わないでよ。頼むからレトルトでガマンしなさい。サヨコが死んだら、私だってここの主人に何されるか判らないんだから」
「死んだら蘇らせるまでさ。今まで通り……とはいかんだろうがね」
「それが困るんだけどー」
シェリーの言うことなど聞かず、プラムは背中に力を込めた。
黒地のドレスの、大きく割れて剥き出しにした背中から、コウモリの羽が生える。
骨張った一対の黒翼をうならせて、プラムは小夜子の消えたほうへ、突風のごとく飛んでいった。
つづく




