吸血鬼について-②
女は開店前の『エチカ商店』の表玄関をトントンと叩いた。
長い金髪を一房に結った、紫の瞳の若く美しい人造人間である。
彼女はチュニックにロングスカートの私服に、マフラーとコートをつけていた。
天空の王国フィーロゾーフィアは、秋に入るとすぐに寒くなる。
「どちらさまですか?」
店の中から声が返ってくる。
声だけが返ってくる。
先日シェリーが営んでいる骨董品店にやってきた、この雑貨屋のアルバイトだ。
「ごきげんようサヨコ。シェリーよ。あけて頂戴」
「シェリーさん? なんのご用ですか」
返事と問いかけには探るようなニュアンスがあった。「キラわれちゃったかしら」と青く寒い朝の空を数秒見上げて、「まあいっか」と考えるのをやめる。
「ごめんなさいね突然。入り用なのよ。ここの雑貨屋くらいしか、他にあつかってるとこ思い浮かばなくって」
扉の向こうで悩む気配があった。が、相手もそれなりにお人好しではあるのだろう。
「う~ん……。あの、買い物だけ、ですよね」
「ええ」
キィ。
扉があいた。
隙間から、黒い長髪にカチューシャをつけた、ワンピース姿の少女が顔をのぞかせる。寒さよけにカーディガンを羽織っている。小夜子――十四歳の女の子だ。
フィーロゾーフィア国内ではあまり見かけない、彫りの浅い造りの顔立ち。くせのないストレートな髪に、両目共に黒い瞳。
十四歳。とは小夜子の自己申告だが、シェリーは信じていなかった。実年齢はもうふたつかみっつ下だと決め込んでいる。
その歳の子供を働かせるのは違法だが。
「早く入って、早く出ていってくださいね」
小夜子はキョロキョロ往来を見回し、すばやくシェリーを中に入れた。
「はいはい、なるべくね。エチカに取り次いでくれればすぐよ」
ドスン。
脇にかかえていたものを床にほうり出し、自分のマフラーを解くシェリーに、小夜子は気まずい思いがする。
「すみません、エチカは出かけてるんです」
「あら、なぜ?」
小夜子は床に落とされたものと、シェリーと、どちらを相手にするか迷った――。
とりあえずドアを閉めるのを最優先にする。
バタン。
外と中とを仕切って、シェリーに答える。
「王様に呼ばれてお城に行ったんですよ。七時――半くらいだったかと」
「なーんだ、入れちがいか」
「はい。えーと、それで……」
小夜子はそれとなくカウンターテーブルに立てかけてあった青銅の長杖――錬金術師の杖を取り、床とシェリーを交互に見た。
「エチカに『私が帰ってくるまで、絶対に誰も中に入れるな』って言いつけられてまして。彼女が帰ってくる前に店を出ていてほしいんです。それと」
小夜子はもうこらえきれずに、チョンチョンと杖の石突きで、床にのびている人影をつっついた。
「こちらは……いったいどちら様で? シェリーさんのお知り合いですか?」
「いやあね。つい今しがた、ちょっと言葉を交わしただけよ」
シェリーはマフラーを自分の腕に引っかけて、首筋をかるくおさえた。
小夜子はしゃがみこんで、車に轢かれたカエルみたいに四肢を投げ出した伏臥姿勢でピクリとも動かない人物を観察する。
くすぶった、濃い灰色の混じった銀色の頭髪。セミロングと中途半端な長さの髪を、むりやり頭の左右でふたつにくくったようなツインテール。
病的に白い肌を空気にさらすのを忌むように、両腕両足、首までもかくす、やたらとフリルの多い黒い豪華なドレスは、俗に言うゴスロリというものだろうか。
年齢はおそらく十かそこいら。
時折ふざけて坂道を駆けまわって学校へ向かう小学生と、身長や肉付きのそう変わらない(少し痩せすぎな気もするが)少女の爪には、黒衣のなかでいやに鮮やかに彩りを放つ紅が塗られていた。
シェリーが小夜子に、同意あるいは同情を求めるように「失礼しちゃうわよねー」と始める。会計台から陳列台のほうへと、地べたにはりつく少女を横切って。
「その子、道端で倒れてたのよ。なのにみーんな見てるだけだから、気の毒になっちゃって。起こしてあげたはいいんだけど、いきなりガブッ! よ。しかも勝手にヒトの血ぃ吸っといて『マズ!』って吐き出して気絶しちゃうし。何様なのかしらね」
「いや何様っていうか……。あの、ホントどちら様なんですかこのかたは。ってゆーか、血がどうとかっていうのは」
小夜子はいやな予感がしながらも問い掛けた。
ジリジリ、ゆっくりと少女から後退る。
「サヨコ、あなたまさか知らないの? といっても、見た目じゃ分からないか」
自嘲的にシェリーは笑った。
「吸血鬼よ、吸血鬼。こんな無粋なマネができるのはね」
シェリーは首の側面から手を離した。
白い肌に赤い、小さな点がふたつ。穿たれた孔から、鮮血が一筋ずつ垂れている。
小夜子は途端に、銀髪の少女のドレスの背中――そこだけパックリと割れて素肌をさらした、両の肩甲骨のラインに口をひきつらせた。
あらわになった背中から、コウモリの羽が今にも生えてくるかと言わんばかりだ。
「きゅっ、吸血鬼!? この子がですか!?」
「そおよ」
シェリーは棚の商品を指でなぞって目当てのものを探していった。
小夜子はまっ青になって、気をうしなっている少女から飛びのいた。ドアを杖で示す。
「出ていってください、シェリーさん! このひとをつれて! すぐに! わたし、エチカに殺されてしまいます!!」
「う……ん……」
銀色のツインテールの少女がうめく。ピク、とマニキュアの乗った指先が動く。
カッ!
と赤い目が開く。
つづく




