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フィーロゾーフィア  作者: とり
第53話 吸血鬼について
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吸血鬼について-②

 




 女は開店前の『エチカ商店』の(おもて)玄関(げんかん)をトントンと(たた)いた。


 長い金髪を一房(ひとふさ)()った、(むらさき)の瞳の若く美しい人造人間ホムンクルスである。

 彼女はチュニックにロングスカートの私服に、マフラーとコートをつけていた。


 天空の王国フィーロゾーフィアは、秋に入るとすぐに寒くなる。


「どちらさまですか?」


 店の中から声が返ってくる。

 声だけが返ってくる。


 先日シェリーが(いとな)んでいる骨董品(こっとうひん)店にやってきた、この雑貨屋(ざっかや)のアルバイトだ。


「ごきげんようサヨコ。シェリーよ。あけて頂戴(ちょうだい)


「シェリーさん? なんのご用ですか」


 返事と問いかけには探るようなニュアンスがあった。「キラわれちゃったかしら」と青く寒い朝の(そら)数秒(すうびょう)見上げて、「まあいっか」と考えるのをやめる。


「ごめんなさいね突然。()(よう)なのよ。ここの雑貨(ざっか)屋くらいしか、他にあつかってるとこ思い()かばなくって」


 (とびら)の向こうで(なや)む気配があった。が、相手もそれなりにお人好(ひとよ)しではあるのだろう。


「う~ん……。あの、買い物だけ、ですよね」


「ええ」


 キィ。

 扉があいた。


 隙間(すきま)から、黒い長髪にカチューシャをつけた、ワンピース姿の少女が顔をのぞかせる。寒さよけにカーディガンを羽織(はお)っている。小夜子(さよこ)――十四歳の女の子だ。


 フィーロゾーフィア国内ではあまり見かけない、()りの浅い(つく)りの顔立ち。くせのないストレートな髪に、両目共に黒い瞳。


 十四歳。とは小夜子の自己(じこ)申告(しんこく)だが、シェリーは信じていなかった。(じつ)年齢(ねんれい)はもうふたつかみっつ(した)だと決め込んでいる。


 その(とし)の子供を働かせるのは違法(いほう)だが。


(はや)(はい)って、早く出ていってくださいね」


 小夜子はキョロキョロ往来(おうらい)を見回し、すばやくシェリーを中に入れた。


「はいはい、なるべくね。エチカに()()いでくれればすぐよ」


 ドスン。


 (わき)にかかえていたものを(ゆか)にほうり出し、自分のマフラーを()くシェリーに、小夜子は気まずい思いがする。


「すみません、エチカは出かけてるんです」


「あら、なぜ?」


 小夜子(さよこ)(ゆか)に落とされたものと、シェリーと、どちらを相手にするか迷った――。


 とりあえずドアを閉めるのを最優先にする。


 バタン。

 外と中とを仕切って、シェリーに答える。


「王様に呼ばれてお城に行ったんですよ。七時――(はん)くらいだったかと」


「なーんだ、()れちがいか」


「はい。えーと、それで……」


 小夜子はそれとなくカウンターテーブルに立てかけてあった青銅(せいどう)長杖ロッド――錬金術師(れんきんじゅつし)(つえ)を取り、床とシェリーを交互(こうご)に見た。


「エチカに『私が帰ってくるまで、絶対に誰も中に()れるな』って言いつけられてまして。彼女が帰ってくる前に店を出ていてほしいんです。それと」


 小夜子はもうこらえきれずに、チョンチョンと(つえ)石突(いしづ)きで、床にのびている人影をつっついた。


「こちらは……いったいどちら(さま)で? シェリーさんのお知り合いですか?」


「いやあね。つい(いま)しがた、ちょっと言葉を()わしただけよ」


 シェリーはマフラーを自分の腕に引っかけて、首筋(くびすじ)をかるくおさえた。


 小夜子(さよこ)はしゃがみこんで、車に()かれたカエルみたいに四肢(しし)を投げ出した伏臥(ふくが)姿勢でピクリとも動かない人物を観察する。


 くすぶった、()い灰色の混じった銀色の頭髪。セミロングと中途半端(ちゅうとはんぱ)な長さの髪を、むりやり頭の左右(さゆう)でふたつにくくったようなツインテール。


 病的に白い(はだ)を空気にさらすのを()むように、両腕両足、首までもかくす、やたらとフリルの多い黒い豪華(ごうか)なドレスは、(ぞく)に言うゴスロリというものだろうか。


 年齢(ねんれい)はおそらく十かそこいら。


 時折(ときおり)ふざけて坂道を()けまわって学校へ向かう小学生と、身長や肉付きのそう変わらない(少し()せすぎな気もするが)少女の(つめ)には、黒衣(こくい)のなかでいやに(あざ)やかに(いろど)りを放つ(べに)()られていた。


 シェリーが小夜子に、同意あるいは同情を求めるように「失礼しちゃうわよねー」と始める。会計台から陳列(ちんれつ)(だい)のほうへと、()べたにはりつく少女を横切って。


「その子、道端(みちばた)で倒れてたのよ。なのにみーんな見てるだけだから、()(どく)になっちゃって。起こしてあげたはいいんだけど、いきなりガブッ! よ。しかも勝手にヒトの血ぃ吸っといて『マズ!』って()き出して気絶(きぜつ)しちゃうし。何様(なにさま)なのかしらね」


「いや何様っていうか……。あの、ホントどちら(さま)なんですかこのかたは。ってゆーか、血がどうとかっていうのは」


 小夜子はいやな予感がしながらも問い()けた。

 ジリジリ、ゆっくりと少女から後退(あとずさ)る。


「サヨコ、あなたまさか知らないの? といっても、見た目じゃ分からないか」


 自嘲(じちょう)的にシェリーは笑った。


吸血鬼(きゅうけつき)よ、吸血鬼。こんな無粋(ぶすい)なマネができるのはね」


 シェリーは首の側面(そくめん)から手を(はな)した。


 白い(はだ)に赤い、小さな点がふたつ。穿(うが)たれた(あな)から、鮮血(せんけつ)一筋(ひとすじ)ずつ()れている。


 小夜子は途端(とたん)に、銀髪の少女のドレスの背中――そこだけパックリと()れて素肌をさらした、両の肩甲骨(けんこうこつ)のラインに(くち)をひきつらせた。


 あらわになった背中から、コウモリの羽が今にも()えてくるかと言わんばかりだ。


「きゅっ、吸血鬼!? この子がですか!?」


「そおよ」


 シェリーは(たな)の商品を指でなぞって目当てのものを探していった。


 小夜子(さよこ)はまっ(さお)になって、気をうしなっている少女から飛びのいた。ドアを(つえ)で示す。


「出ていってください、シェリーさん! このひとをつれて! すぐに! わたし、エチカに殺されてしまいます!!」


「う……ん……」


 銀色のツインテールの少女がうめく。ピク、とマニキュアの乗った指先が動く。


 カッ!


 と赤い目が開く。





                つづく






 

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