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フィーロゾーフィア  作者: とり
第53話 吸血鬼について
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吸血鬼について-①

 




 朝の八時(ごろ)である。


 フィーロゾーフィア()の六番(がい)に、人集(ひとだか)りができていた。


 ザワザワと、散歩や登校、通勤(つうきん)中だった人々が足を止め、たまたま居合(いあ)わせた者と対応(たいおう)を話し合っている。


 朝食のために六番街(ろくばんがい)へくり出していた女もまた、人集りに向かっていった。

 いちばん外側にいた、ジャージ姿のふくよかな男に声をかける。


「どうしたんですか? 有名人でも来ています?」


「いやあ、どーにも人が倒れているみたいで」


「じゃあ、早く助けてあげたらいいじゃないですか。なにをグズグズと」


 女は男を押しのけ、人垣(ひとがき)の中心に向かっていった。


 あっちこっちから「あんた、どうするつもりだい」とか「まだ兵士に通報するか話し合ってるところだよ」と注意を受けるが、かまわずに進んでいく。


 石畳(いしだたみ)の地面には、年のころ十ほどの子供――骨格の(ほそ)さと髪型、なにより服装から少女だと彼女は判断した――だった。


「まあ、子供じゃないの。だいの大人(おとな)がこんなにいて(なさ)けない。どうして助けないのよ」


 非難(ひなん)の声をあびせながら、女は少女のもとにかがみ込んだ。マフラーを自分の首からといて、()えきった小さな背中にかけてやる。


「もしもし、聞こえる? おじょうさん、聞こえますか」


 うつぶせに倒れ込んでいる少女の、うすい(かた)に手をかける。意識があるかを確かめる。


「コラあんた、やめとけっ」


 近くにいたサラリーマン(ふう)の男が、いてもたってもいられずに女を止めた。

 お(まも)りのように手に(にぎ)りしめていた携帯(けいたい)端末(たんまつ)――ホログラフの画面を操作(そうさ)して、出したページを女に見せる。


「ネットの記事を見てないのか? あまり軽率(けいそつ)な行動は――」


「あっ、目をさましたわ」


 神経質にコケた(ほお)の男の忠告(ちゅうこく)などどこ()く風で、女は少女の反応をとらえた。


「うう……貧血(ひんけつ)だ……。ハラが減りすぎだ……」


 弱々しいうめきを()らしつつ、存外(ぞんがい)機敏(きびん)な動きで少女は身を起こす。

 かぶりを振り、視界を整えるように目をこすり、座った姿勢であたりを見回す。


 ザッ!


 二人ふたりのまわりに集まっていた野次馬(やじうま)たちが、一斉(いっせい)に身を引く。そそくさと逃げ出す者もちらほらいる。


「ふん。ずいぶんな歓迎(かんげい)だな。しかしこうも空腹では、感動してやることもできん」


 少女はツ、とすぐ近くの女に目を()めた。自分の背中にかけられていたマフラーを(はら)い落とす。


「ひとまず食事だ。そこの(むすめ)、このプラム・D・ストーカ(さま)(きば)にかかれること、光栄に思うがいい!」


 少女は女に飛びかかった。


 ガブリ!


 むき出しの(くび)ったまにかぶりつく。


 さながら肉食獣が(ねら)った獲物(えもの)頸動脈(けいどうみゃく)()み切るごとく、敏速(びんそく)かつ的確に急所を突く早業(はやわざ)に、周囲の人々が総毛(そうけ)立つ。


「うっ、う、うわああ!!」

「出たあああ!」

「逃げろっ、早く逃げろって!」


 集まっていた人々は悲鳴をあげて、押し合い()し合い、血をすする少女のもとから()っていった。



   ◇



吸血鬼(きゅうけつき)?」


 小夜子(さよこ)はエチカに()き返した。


 六番街でひと騒動(そうどう)起こる三十分ほど前である。


 さきほど()かってきた電話のために、エチカは(あわ)ただしく準備をしていた。

 といっても、裏庭のエア・バイク(空飛(そらと)ぶバイク)を出すだけなのだが。


「ネット上に国内での目撃情報があがってたんだけどね。デマばっかだったから、ずっと放置されてたのよ。けど、どーも確かなものも()じってたらしくって」


 経営している雑貨(ざっか)屋の売り場から、生活スペースのある奥の()に移動し、研究室を経由(けいゆ)して庭に出る。


 バタバタと小走(こばし)りになる金色の長髪の若い女店主に、小夜子(さよこ)()(あし)になってついていく。


「あのー、それで呼び出しが()かったんですか? 王様に?」


「そう」


 エチカは(へい)のそばに()めてあるバイクにキーを()し、回した。


 エチカは雑貨屋の店主だが、十八歳と若いながら、最高位の錬金術師でもある。

 フィーロゾーフィア国王からの信頼も(あつ)く、王直々(じきじき)に様々な依頼を(くだ)されることも多い。


「つっても、『討伐(とうばつ)せよ』なんて話じゃないと思うわ。せいぜいが警戒しろってとこでしょうよ。ほらサヨコ、とっとと行くわよ。乗りなさい」


「ええーっ!」


 小夜子はポイッと渡されたヘルメットをキャッチしたものの、抗議(こうぎ)した。


「いやですよっ。今日は臨時(りんじ)休業なんでしょう? わたし、お昼寝してたいです」


「このヤロー、ヒトが急いでる時にゴネやがって……」


 実際言い合っているヒマも惜しいらしく、


「じゃあ、これだけは守りなさい。私が帰ってくるまで、今日は絶対に誰もこの建物に()れてはダメ。吸血鬼は(まね)かれないと家には(はい)れないから。いいわねサヨコ、分かった?」


 小夜子の相手をしながらエチカはフルフェイスのヘルメットをつけ、機体にまたがってアクセルを入れる。


「はいっ。まかせて(くだ)さい」


 小夜子は大きくうなずいて、敬礼までしてみせた。


 エチカは半信半疑だったが、だからといってグズグズしているわけにもいかない。

 小夜子(さよこ)の長い黒髪――カチューシャをつけたその頭のてっぺんに乗っている、赤いトカゲ〈サラマンダー〉を一瞥(いちべつ)して、バイクを空高くに浮上させる。


 ふだんは静かなエンジンを、ブオン! 大きく吹かせて、一直線(いっちょくせん)に城へ飛ばす。


 雑貨(ざっか)屋の屋根(やね)のあたりを、彼女がいなくなってからも数秒見上げつづけて、小夜子(さよこ)は小さく息をついた。


「吸血鬼かあ……。会ってみたいけど、エチカがあそこまで(くぎ)を刺すってことは、本気でダメなんでしょうね」


 もともと別の世界――地球の『日本(にほん)』で生まれ育った小夜子には、『吸血鬼』なんてものは文芸作品かアニメ、マンガ、ゲームなどの登場人物で、危険性をどれほど()かれても『警戒』からは程遠い。(した)しみやすさすら感じるマスコット的な『キャラクター』でしかない。


 のんきともいえる小夜子の独白(どくはく)に、頭の上にいるサラマンダーが、あきれたように首を振った。





                つづく





 

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