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フィーロゾーフィア  作者: とり
第52話 ホムンクルスについて
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ホムンクルスについて-⑥

 




 チョロチョロ!


 懐中かいちゅう時計のならんだ商品棚(しょうひんだな)の足元を、黒い影が横切る。


「ぎゃっ!」


 シェリーは小夜子(さよこ)のうしろに回り込んだ。カウンターテーブルから(そと)に押し出す。


「いたっ、いたわ! そっちの箱の(かげ)!――きっと巣があるのよ、壁に穴があいてるもの」


 シェリーの()す方を小夜子は見た。

 錬金術師(れんきんじゅつし)のロッドを(にぎ)りしめ――


 黒くて小さな動物が、チチ、と警戒するように立ちあがってあたりを見回すのに、拍子(ひょうし)抜けした。


 サイズは手を開いた形の大きさほど。全身を濃灰色(のうかいしょく)と白の毛皮でおおわれた、『ネズミ』というよりは『ハムスター』といった造形の、目もクリクリと大きな愛らしい動物。


「あんなにかわいい生き物が苦手なんですか?」


 そろりそろりと近付く。スカートのポッケにしのばせた駆除剤(くじょざい)を使うのも(あわ)れになり、小夜子は(なが)テーブルにかくれるシェリーに(うった)える。


 シェリーは(ほお)をふくらます。


「そりゃそうよ。いーい? サヨコ。あれは〈アーリマウス〉っていって、全身から肺病(はいびょう)瘴気(しょうき)をバラ()くし、(くち)から虫を()いて、しかもそれは人間に寄生(きせい)するのよ。内臓をちょっとずつ食べられちゃうの。病院に行ったら治るし、このご時世(じせい)瘴気にあてられることはほぼないけど、気持ち悪いわ」


「すぐ殲滅(せんめつ)します」


 小夜子(さよこ)は虫がキライだった。

 とはいえ(すべ)ての虫がキライなのではない。『カブトムシ』や『クワガタ』、『チョウチョウ』、『バッタ』など、見てくれの悪くないムシは問題ないのだが、夏場に出てくるカサカサ動くあの虫(名前を出したくもない)や、ムカデ、クモは、イラストでだって(おが)みたくない。芋虫(いもむし)(たぐい)だってそうだ。いくら「これはカブトムシやチョウチョの赤ちゃんですよ」と説明されたところでダメだ。赤ちゃんなら赤ちゃんらしく、カブトムシやチョウチョが小型になって、おしゃぶりつけてオムツをはいて出てくるのが礼儀だろう。ヨダレ()けまでつけていたらなお()しだ。


 小夜子(さよこ)迅速(じんそく)に動いた。

 〈アーリマウス〉も、店内に満ちた殺気に反応して駆け出す。


 小夜子は(つえ)の先で穴のあいた壁を(たた)いた。

 変成の(けむり)と共に格子(こうし)状の(さく)が作り出され、突如(とつじょ)出現した(へだ)たりに、ネズミは行く手をはばまれる。


『キキュッ!』


 窮鼠(きゅうそ)(ねこ)()む。とはいったもので、〈アーリマウス〉はキッ! と小夜子に向き直ると、小さな(くち)をいっぱいに開けて何かを()いた。


「――――!!」


 毒虫だ。

 形容しがたい悲鳴を、引き(むす)んだ(くち)の中であげて、小夜子は自分でも信じられない集中(りょく)発揮(はっき)し、錬金術師の杖の先端でダンゴムシ状の虫を打ち返した。


 変成の煙が上がる。


 虫は火に(つつ)まれた。


 内部の(みず)分子(ぶんし)摩擦(まさつ)させて(ねつ)を発生――『火』は熱の形態のひとつであるからして、上がりすぎた熱が思わず発火現象にまで(たっ)してしまったという具合だ。


(焼いて死ぬ虫であることを(いの)る……!)


 涙目(なみだめ)で、(ゆか)でメラメラ燃える寄生虫(きせいちゅう)(にら)みつつ切望する。


 火は延焼(えんしょう)することなく小さくなり、消えた。黒い灰は動く気配を見せない。


 血走った少女の眼差(まなざ)しに、ネズミのモンスターも()(あせ)をかいていた。反抗はやめて、別の逃げ道を模索(もさく)する。


 ダッ! とネズミは走る。

 生きる道を求めて。


「このおっ! 逃がしませんよ!」


 小夜子(さよこ)は杖をひっくり返して床をたたいた。

 地面から(ひも)()えのびて、一瞬(いっしゅん)ひるんで動きを止めたネズミの頭上にカゴを作る。


 ドーム状の(おお)いが、ネズミを完全に閉じ込めた。


『キッ、キュー』


 四方八方、逃げ道がないと悟ったネズミが、しおらしく三角形の耳を()れさせる。うつむいた姿が、耳の形とあいまって、やはり『ネズミ』というより『ハムスター』を連想させた。


 小夜子はゆっくりと近づき、しゃがみ込む。網目(あみめ)の小ささから、これならまた虫を吐かれてもこちらまで飛んでくることはない。


 ポケットから出した薬を、小夜子は(びん)のラベルに書かれた用法、用量を守って使った。

 瓶から一粒(ひとつぶ)取り出し、こまかい網目(あみめ)からころがし入れる。


 〈アーリマウス〉は、フンフンと与えられた粒を()ぎ、「ごはんだ!」と認識した。

 飛びついて、カリカリと食べはじめる。


 そうして無心に食べている(さま)は、やはり可愛らしい。


『キギュッ!……』


 ネズミは(あわ)を吹いて倒れた。


 全身から白い煙が立ちのぼる。内部から溶かしているのだ。


 即死したネズミの死骸は、あっという()に焼けて(こな)になった。体内で()っている――そして敵に吐く――虫も、おそらくはまとめて灰燼(かいじん)()した。


「けっこう(ひど)い薬品だったんですねえ」


 立ち上がり、薬瓶(くすりびん)をながめながら小夜子(さよこ)間延(まの)びした声を出す。


「そう言う(わり)には余裕(よゆう)のありそうな表情よね、サヨコは」


「気のせいですよ。あ、一応(いちおう)、巣のありそうな所にも()いておきますね」


 小夜子は壁につくった(さく)の方に歩いていき、しゃがんで丸薬(がんやく)を数粒ころがした。


 数秒後。


 奥でいくつかの悲鳴が聞こえ、白い煙が格子状(こうしじょう)の柵から幾筋(いくすじ)()き出し、静かになる。


 ラベルには、死んだネズミの粉をまた巣のネズミが食べて、毒がまわって死滅させると書いてあるから、(かり)に生き残ったネズミがいても、これで仕事は完了したと言っていいだろう。


「これで手順通り。もう大丈夫だと思います」


「おつかれさまー」


 テーブルの向こうから出てきたシェリーが、ネズミのシルエットを取る白い粉末(ふんまつ)を見下ろす。


「あとのことはやっておくわ。(やす)くで退治してもらったんですもの。掃除くらいはね」


「いいんですか?」


「ええ」


 シェリーは待機(たいき)中に用意していた硬貨(こうか)一枚(いちまい)小夜子(さよこ)の手に(にぎ)らせた。


「ありがとう、サヨコ。今日はあなたが来てくれて良かったわ」


 やわらかく笑うシェリーに、なんだか()められた気持ちになって、小夜子は赤くなった。

 が、()れくささはある後悔(こうかい)一気(いっき)に吹き飛んだ。


「失礼を働いたのにですか?」


「気にしないでって。錬金術師との付き合いかたくらい、心得(こころえ)てるわ」


 消気(しょげ)る小夜子の(かた)をたたき、シェリーは掃除道具を取りに行く。

 階段下に木製の(とびら)があって、そこが収納(しゅうのう)スペースだった。


「ああ、そうそう。『もし』よ。『もし』あなたのお師匠様に文句(もんく)を言われたら、『だったら自分で行け』って言い返しなさい。何も言われなければ、それに()したことないんだけど」


 忠告(ちゅうこく)めいたシェリーの言葉に、小夜子はただ「はあ」と返した。


 「あの人はわたしの師匠じゃありません」と訂正(ていせい)するのもめんどうくさくなり、別れのアイサツをして、居候(いそうろう)している雑貨屋(ざっかや)に帰る。



   ◇



 シェリーの予言(よげん)通り、エチカは文句を言ってきた。報酬(ほうしゅう)があんまりにも少なすぎるというのだ。


 「なんで金貨(きんか)じゃなくて銅貨(どうか)なのよ! しかも一枚(いちまい)!! ナメとんのか!!」と、ケタが四つは違うらしい。


 小夜子(さよこ)が「じゃあ次から自分で行ってくださいよ。駆除の相場(そうば)ってわたし知らないんですからっ」と言い返すと、抗議(こうぎ)のダイヤルの手を止めて、彼女はただうなだれただけだった。


 この時になって、小夜子はどうしてシェリーが自分に「あなたが来てくれてよかった」と言ったのかを悟った。

 言われた瞬間は、ただ(うれ)しいだけだったが、


(したた)かな(ひと)だなあ……)


 ようやく一杯(いっぱい)食わされたことに気がついた。


 しかしもう手遅(ておく)れだ。




                おわり




 

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