ホムンクルスについて-④
「錬金術で人間ってつくれるんですか!?」
「……あなたほんとーに錬金術師? 常識じゃない」
髪をおろして首の刻印をなおしつつ、シェリーは小夜子の言葉に紫色の瞳を半眼にした。
こちらに向きなおる相手から、小夜子はサーと視線を逃がす。
「なにぶんまだ駆け出しなものでして」
とはいえ錬金術師になって、もう五ケ月ほどになる。新人を理由にするのはそろそろ苦しい……。
「ぺーぺーだからって無知すぎるかも。とはいえホムンクルスなんて、最高位の錬金術師しかつくれないし、ムリもないのかしら。いずれにしても、私はあなた――サヨコっていったかしら――が、エチカのつくったホムンクルスか確かめたくて、ちょっとうしろを見せてもらったってわけ。製造番号の印字は法律で義務付けられてるから」
「ちょっと待ってくださいよ。エチカって、ホムンクルスもつくれちゃうんですか?」
「できるはずよ。あの人と同じくらいのレベルで人造人間の販売を商売にしている人もいるくらいだし」
つまりは人身売買だ。
人の売り買いが禁じられていた国――『日本』のことだが――を出身とする小夜子にとって、シェリーの説明はスッと理解できるものではなかった。
(……ちょっとついてけない話題だなー。そもそも〈ホムンクルス〉ってのが、わたしイマイチよく分かってないし)
うーん、と首をひねった小夜子だが、いつネズミが出てくるとも限らない。まだ時間のある内に、確認しておこうと口を開いた。
「すみませんシェリーさん。電話ってお借りしてもいいですか? 携帯忘れてきちゃって」
「ええ、どうぞ。こっちよ」
「ありがとうございます」
カウンター奥のダイヤル式電話に案内してもらう。
受話器の把手が折れそうなほど細い。昔のマンガのお金持ちの屋敷の描写で出てきそうなデザインだ。
(えーっと、番号は)
ダイヤル式電話はこの世界に来てから初めて実物を見た小夜子だが、勤めている雑貨屋で何度か使ったことがある。
受話器を取って、番号のふられた穴に指をいれ、ひとつずつ回していく。
ルルルルルルル、
ルルルルルルル、
『もしもし?』
「あ、エチカ! 小夜子です。ホムンクルスってなにか知ってますか?」
『それは私をバカにしてるの? それとも本気で知りたくて訊いてるの?』
電話の向こうで半眼になっているであろう呆れ顔を想像して、小夜子は首をちぢめた。
「知らないから訊いてるんです。錬金術でつくった人間のことっていうのは、シェリーさんから聞いたんですけど、いまひとつわからなくって。クローン人間とはちがうんですか?」
『あんたクローンは知っててなんでホムンクルスは知らないのよ』
心底ビックリしたという声音である。小夜子ははぐらかす。
「そういうこともありますよ。ちなみにクローンについてもよく知りませんが」
エチカは「ふーん」ひとつ返すと、お得意の切り替えの良さで説明した。
『クローンは、元となる個体の遺伝情報をコピーして作り出された、遺伝情報的には全く同一の個体のこと。原理的には一卵性の双生児――まあ一卵性だったら三つ子でも四つ子でも五つ子でもいいけど――は、クローンだと言えてしまう。大昔には、再生医療目的でES細胞(【Embryonic stem cell】=胚性幹細胞。受精卵から作った人工の万能細胞。ES細胞の材料は、人間の胚――最初期の胎児)を使ってクローン人間をつくってた時代もあるみたいだけど、倫理的に問題があるって理由で廃止。現在はiPS細胞(【induced pluripotent stem cell】=人工多機能性幹細胞。皮膚の繊維芽細胞から作った万能の幹細胞)を使ってて、それをヒトの形まで培養した個体を、私たちは〈クローン人間〉と呼んでいる』
「ホムンクルスは?」
『前述したクローン技術を用いて作られた個体に限らない。っていうか、クローン人間ってのもフィーロゾーフィアじゃあ時代遅れなのよね。フィーロゾーフィア王国をはじめとするこの世界の錬金術は、例外なく素材と術者の能力、エーテルとプネウマの反応によって達成される。だからホムンクルスのつくりかたもまた、先のクローン技術の他に、純正をつきつめた人体の構成成分を集めてつくったり、肉片を集めてつくったりと、やりかたが複数存在する。そして後者のほうが、設備も時間もいらなくて速いし、手間かからなくてカンタンなのよ。そこまでの能力のある錬金術師がいる間は、という条件がつくけどね』
「エチカはつくったことあるんですか? ホムンクルス」
『あるわよ』
ピリッ。
空気に亀裂が走った気がした。
これは訊いてはいけないことだったのだ。
と直感して、口をつぐむ。
『知りたいことはそれだけ?』
「はい……そうです」
『ネズミ退治のほうは? うまくいってる?』
話し込んでいる間に、うっかり忘れるところだった。
ネズミ駆除のために、小夜子はこの骨董屋に来たのだ。
「面目ないです、まだ取り掛かってません。すぐに済ませてしまうんで」
『分かったわ。ごくろうさま』
進捗の連絡を最後に、小夜子は電話を切った。
つづく




