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フィーロゾーフィア  作者: とり
第52話 ホムンクルスについて
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ホムンクルスについて-④

 



「錬金術で人間ってつくれるんですか!?」


「……あなたほんとーに錬金術師? 常識じゃない」


 髪をおろして首の刻印(こくいん)をなおしつつ、シェリーは小夜子(さよこ)の言葉に紫色(むらさきいろ)の瞳を半眼にした。

 こちらに向きなおる相手から、小夜子はサーと視線を逃がす。


「なにぶんまだ駆け出しなものでして」


 とはいえ錬金術師になって、もう五ケ月ほどになる。新人を理由にするのはそろそろ苦しい……。


「ぺーぺーだからって無知すぎるかも。とはいえホムンクルスなんて、最高位の錬金術師しかつくれないし、ムリもないのかしら。いずれにしても、私はあなた――サヨコっていったかしら――が、エチカのつくったホムンクルスか確かめたくて、ちょっとうしろを見せてもらったってわけ。製造番号の印字(いんじ)は法律で義務付けられてるから」


「ちょっと待ってくださいよ。エチカって、ホムンクルスもつくれちゃうんですか?」


「できるはずよ。あの人と同じくらいのレベルで人造人間の販売を商売にしている人もいるくらいだし」


 つまりは人身売買だ。

 人の売り買いが禁じられていた国――『日本(にほん)』のことだが――を出身とする小夜子(さよこ)にとって、シェリーの説明はスッと理解できるものではなかった。


(……ちょっとついてけない話題だなー。そもそも〈ホムンクルス〉ってのが、わたしイマイチよく分かってないし)


 うーん、と首をひねった小夜子さよこだが、いつネズミが出てくるとも限らない。まだ時間のある内に、確認しておこうと(くち)を開いた。


「すみませんシェリーさん。電話ってお()りしてもいいですか? 携帯(けいたい)忘れてきちゃって」


「ええ、どうぞ。こっちよ」


「ありがとうございます」


 カウンター奥のダイヤル式電話に案内してもらう。

 受話器の把手(とって)が折れそうなほど(ほそ)い。昔のマンガのお金持ちの屋敷の描写(びょうしゃ)で出てきそうなデザインだ。


(えーっと、番号は)


 ダイヤル式電話はこの世界に来てから初めて実物を見た小夜子(さよこ)だが、(つと)めている雑貨屋(ざっかや)で何度か使ったことがある。

 受話器を取って、番号のふられた(あな)に指をいれ、ひとつずつ回していく。


 ルルルルルルル、

 ルルルルルルル、


『もしもし?』


「あ、エチカ! 小夜子(さよこ)です。ホムンクルスってなにか知ってますか?」


『それは私をバカにしてるの? それとも本気で知りたくて()いてるの?』


 電話の向こうで半眼になっているであろう(あき)れ顔を想像して、小夜子さよこは首をちぢめた。


「知らないから訊いてるんです。錬金術でつくった人間のことっていうのは、シェリーさんから聞いたんですけど、いまひとつわからなくって。クローン人間とはちがうんですか?」


『あんたクローンは知っててなんでホムンクルスは知らないのよ』


 心底ビックリしたという声音(こわね)である。小夜子ははぐらかす。


「そういうこともありますよ。ちなみにクローンについてもよく知りませんが」


 エチカは「ふーん」ひとつ返すと、お得意の切り替えの良さで説明した。


『クローンは、元となる個体の遺伝(いでん)情報をコピーして作り出された、遺伝情報的には全く同一(どういつ)の個体のこと。原理的には一卵性(いちらんせい)双生児(そうせいじ)――まあ一卵性(いちらんせい)だったら三つ子でも四つ子でも五つ子でもいいけど――は、クローンだと言えてしまう。大昔には、再生医療目的でES(イーエス)細胞(さいぼう)(【Embryonic stem cell】=胚性(はいせい)幹細胞(かんさいぼう)受精卵(じゅせいらん)から作った人工の万能細胞。ES細胞の材料は、人間の(はい)――最初期の胎児(たいじ))を使ってクローン人間をつくってた時代もあるみたいだけど、倫理(りんり)的に問題があるって理由で廃止(はいし)。現在はiPS(アイピーエス)細胞(【induced pluripotent stem cell】=人工多機能性幹細胞。皮膚(ひふ)繊維芽(せんいが)細胞から作った万能の幹細胞)を使ってて、それをヒトの形まで培養(ばいよう)した個体を、私たちは〈クローン人間〉と呼んでいる』


「ホムンクルスは?」


『前述したクローン技術を(もち)いて作られた個体に限らない。っていうか、クローン人間ってのもフィーロゾーフィアじゃあ時代(おく)れなのよね。フィーロゾーフィア王国をはじめとするこの世界の錬金術は、例外なく素材と術者の能力(のうりょく)、エーテルとプネウマの反応によって達成される。だからホムンクルスのつくりかたもまた、先のクローン技術の他に、純正をつきつめた人体の構成成分を集めてつくったり、肉片を集めてつくったりと、やりかたが複数存在する。そして後者のほうが、設備も時間もいらなくて速いし、手間(てま)かからなくてカンタンなのよ。そこまでの能力(のうりょく)のある錬金術師がいる(あいだ)は、という条件がつくけどね』


「エチカはつくったことあるんですか? ホムンクルス」


『あるわよ』


 ピリッ。


 空気に亀裂(きれつ)が走った気がした。


 これは訊いてはいけないことだったのだ。

 と直感して、(くち)をつぐむ。


『知りたいことはそれだけ?』


「はい……そうです」


『ネズミ退治のほうは? うまくいってる?』


 話し込んでいる間に、うっかり忘れるところだった。

 ネズミ駆除のために、小夜子(さよこ)はこの骨董屋(こっとうや)に来たのだ。


面目(めんぼく)ないです、まだ取り掛かってません。すぐに()ませてしまうんで」


『分かったわ。ごくろうさま』


 進捗(しんちょく)の連絡を最後に、小夜子(さよこ)は電話を切った。





                つづく 





 

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