ホムンクルスについて-①
リリリリリリリン!
『エチカ商店』のカウンターで電話が鳴る。
空の王国〈フィーロゾーフィア〉の王都、その上層にあたる七番街にある雑貨屋だ。
店番の少女は居眠りをしていた。
不知火 小夜子。長い黒髪に黒い目、カチューシャにツー・ピースのブラウス姿、上から薄手のコートを羽織った、十四歳の少女である。
「こんにゃろ~、のんきに爆睡しやがって」
カウンターのテーブルで、両の腕を枕にして眠りつづける少女に、店主の若い女――エチカは剣呑な視線をやった。
いくつもの細いヘアピンをつけた金色の長髪に金色の目の錬金術師である。
下はミニスカートにロングブーツと夏場とほぼ変わらないが、上はインナーにシャツと更に重ね着して、フルジップの上着のファスナーをキッチリ首元で留めている。本日の気温は一桁だ。
片手には先端に赤い石のついた長柄の杖をたずさえていた。
研究室でレポートをまとめていたのを、ちょっと一息つこうと入ってきたエチカだが――もう午後の三時だ――するとカウンターで午睡をむさぼる従業員を発見した。
発見した。といっても、いつものことだが。
エチカは自分の手袋を片方だけはずして、ヒラリと小夜子のほうに投げる。白い作業用グローブが少女の目元に触れるタイミングで、杖の先端を当てた。
ボウン!
小夜子の目元を、妙な表情のアップリケがついた布がおおう。
太いまゆ毛に垂れすぎた目の、おせじにも褒めようのない面相だ。
電話に出ない罰としては妥当なアイマスクだとうなずいて、エチカはアンティークショップで手に入れたダイヤル式の小洒落た電話の受話器を取った。
カウンターテーブルに腰掛ける。胸の内ポケットから整理を中断していた研究手帳を取り出し、レポートへの構成を記入しつつ対応する。
「もしもし」
『あの、そちら、エチカ商店さんでおまちがいないでしょうか』
「そうだけど」
エチカは小夜子が起きていないかを確かめた。グウグウさきと変わらず寝息を立てているので、まだ夢の中だろう。
「あなたは?」
『……昔のあなたをよく知る人といえば、わかるかしら』
受信口から聞こえてくる声には聞きおぼえがあった。「どっちだー」と眉をひそめ、手帳をジャケットになおし、テーブルから下りて、念のため小夜子から遠ざかり(こういうとき有線なのが忌まわしい)、たずねる。
「もしかして、ソクラ?」
『……』
返事は無言。
沈黙は肯定か否定か。しかしあの質問で、ヤツならば肯定もありうると判断した。
(でも、分かるものかしら?)
不審には思ったものの、あいかわらず相手からの応答は無い。金の話は出てこないから、サギの可能性は低いだろう。と色々推し量るものの、バカバカしくなってやめた。
こちらから掘り下げる。
「どうしてここが……名前だってちがうのに。って、ンなことはどうでもいいか。あんた、大丈夫なの? だってその、このまえ新聞で」
『ぷふっ!』
「は……」
『あははは!』
笑い声。
受話器の向こうで割れた、感情の破裂した声で気がついた。
『いやーね、エチカ! 私よ私! 下層の骨董品店の!』
相手が地声に戻して正体を明かす。もっとも、元々似ている声だから、エチカも勘ちがいしたのだが。
「てっ、テメー! また騙しやがったわね!? 二度とやるなって言ったでしょう!!」
『ふんっ。だったら私からって分かった途端に電話を切るなんてマネはやめてほしいものね。私がちゃーんと最初っから名乗ってご依頼の連絡を入れた時、あなたが即座に切ったことを私は忘れない』
「クソったれっ」
エチカは受話器を本体にたたきつけようとした。が、思い留まる。また同じ手で来られたらたまったものじゃない。
「用件は?」
術中に嵌まったのだと悟りつつも、もう仕方のないことである。
訊くと我が意を得たりと快活な声が答えた。
『店にネズミが出たの。ちっちゃいけどモンスターよ。あなたのところ、強力なネズミ除け置いてたでしょ? それが欲しいの。もちろん、駆除したうえでバラ撒いてほしいんだけど』
「くっだらない。害獣駆除なんてギルドか専門業者あたんなさいよ。うちはそーゆーのやってないから。配達もお断り」
『ねえ』
「あん?」
『ソクラさんってだあれ?』
「…………」
ドッ。
エチカの全身から汗が噴き出した。
頭から背中から足から。滝のように迸る滴は床に水溜まりさえ作りそうな勢いだ。
「こ、今回だけよ」
『ほほほ。いつもいつも悪いわねー』
「こんにゃろー。相場の十倍はふっかけてやるから、覚悟しときなさいよ」
『いーえっ、お安くしていただきます。それじゃ、なるべくはやく来てね。ネズミって私、ほんとムリで苦手でキライだから』
「知ったことか!」
最後のエチカの一言は、ガチャンと電話を切った後に放ったものだった。負け犬の遠吠えだ。
はーあと大きく息を吐き、長い髪をかきあげる。
「ネズミ退治か。どーせ〈アーリマウス〉ってとこなんだろうけど」
病原菌を拡散させる齧歯類の魔物である。公衆衛生や細菌学が未発達だった時代には、危険度高ランクに指定される凶悪モンスターだったが、抗生物質や予防接種、治療法の確立された現代では、さほど恐れるものでもない。
「どーせ値切りされるんならねえ」
チラー。
エチカの金色の双眸が、カウンターで眠る少女のほうに動く。
つづく




