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フィーロゾーフィア  作者: とり
第52話 ホムンクルスについて
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ホムンクルスについて-①



 リリリリリリリン!


 『エチカ商店(しょうてん)』のカウンターで電話が鳴る。

 (そら)の王国〈フィーロゾーフィア〉の王都、その上層にあたる七番街にある雑貨(ざっか)屋だ。


 店番の少女は居眠(いねむ)りをしていた。


 不知火(しらぬい) 小夜子(さよこ)。長い黒髪に黒い目、カチューシャにツー・ピースのブラウス姿、上から薄手のコートを羽織(はお)った、十四歳の少女である。


「こんにゃろ~、のんきに爆睡(ばくすい)しやがって」


 カウンターのテーブルで、両の(うで)(まくら)にして眠りつづける少女に、店主の若い女――エチカは剣呑(けんのん)な視線をやった。


 いくつもの(ほそ)いヘアピンをつけた金色の長髪に金色の目の錬金術師である。

 下はミニスカートにロングブーツと夏場とほぼ変わらないが、上はインナーにシャツと(さら)(かさ)()して、フルジップの上着のファスナーをキッチリ首元で()めている。本日の気温は一桁(ひとけた)だ。

 片手には先端に赤い石のついた長柄(ながえ)(つえ)をたずさえていた。


 研究室でレポートをまとめていたのを、ちょっと一息(ひといき)つこうと入ってきたエチカだが――もう午後の三時だ――するとカウンターで午睡(ごすい)をむさぼる従業員を発見した。

 発見した。といっても、いつものことだが。


 エチカは自分の手袋(てぶくろ)片方(かたほう)だけはずして、ヒラリと小夜子(さよこ)のほうに投げる。白い作業用グローブが少女の目元に()れるタイミングで、杖の先端を当てた。


 ボウン!


 小夜子の目元を、(みょう)な表情のアップリケがついた(ぬの)がおおう。


 太いまゆ()()れすぎた目の、おせじにも()めようのない面相(めんそう)だ。


 電話に出ない(ばつ)としては妥当(だとう)なアイマスクだとうなずいて、エチカはアンティークショップで手に入れたダイヤル式の小洒落(こじゃれ)た電話の受話器を取った。

 カウンターテーブルに腰掛ける。(むね)の内ポケットから整理を中断していた研究手帳を取り出し、レポートへの構成を記入しつつ対応する。


「もしもし」


『あの、そちら、エチカ商店(しょうてん)さんでおまちがいないでしょうか』


「そうだけど」


 エチカは小夜子(さよこ)が起きていないかを確かめた。グウグウさきと変わらず寝息(ねいき)を立てているので、まだ夢の中だろう。


「あなたは?」


『……昔のあなたをよく知る人といえば、わかるかしら』


 受信口(じゅしんぐち)から聞こえてくる声には聞きおぼえがあった。「どっちだー」と(まゆ)をひそめ、手帳をジャケットになおし、テーブルから()りて、(ねん)のため小夜子(さよこ)から遠ざかり(こういうとき有線なのが()まわしい)、たずねる。


「もしかして、ソクラ?」


『……』


 返事は無言(むごん)

 沈黙は肯定(こうてい)か否定か。しかしあの質問で、()()ならば肯定もありうると判断した。


(でも、分かるものかしら?)


 不審(ふしん)には思ったものの、あいかわらず相手からの応答は無い。(カネ)の話は出てこないから、サギの可能性は低いだろう。と色々()(はか)るものの、バカバカしくなってやめた。


 こちらから()り下げる。


「どうしてここが……名前だってちがうのに。って、ンなことはどうでもいいか。あんた、大丈夫なの? だってその、このまえ新聞(しんぶん)で」


『ぷふっ!』


「は……」


『あははは!』


 笑い声。


 受話器の向こうで割れた、感情の破裂(はれつ)した声で気がついた。


『いやーね、エチカ! 私よ私! 下層の骨董品店(こっとうひんてん)の!』


 相手が地声(じごえ)(もど)して正体を明かす。もっとも、元々()ている声だから、エチカも(かん)ちがいしたのだが。


「てっ、テメー! また(だま)しやがったわね!? 二度(にど)とやるなって言ったでしょう!!」


『ふんっ。だったら私からって分かった途端(とたん)に電話を切るなんてマネはやめてほしいものね。私がちゃーんと最初っから名乗ってご依頼(いらい)の連絡を入れた時、あなたが即座(そくざ)に切ったことを私は忘れない』


「クソったれっ」


 エチカは受話器を本体にたたきつけようとした。が、思い(とど)まる。また同じ手で来られたらたまったものじゃない。


「用件は?」


 術中(じゅっちゅう)()まったのだと悟りつつも、もう仕方のないことである。

 ()くと()()()たりと快活(かいかつ)な声が答えた。


『店にネズミが出たの。ちっちゃいけどモンスターよ。あなたのところ、強力(きょうりょく)なネズミ()け置いてたでしょ? それが()しいの。もちろん、駆除(くじょ)したうえでバラ()いてほしいんだけど』


「くっだらない。害獣(がいじゅう)駆除なんてギルドか専門業者あたんなさいよ。うちはそーゆーのやってないから。配達もお(ことわ)り」


『ねえ』


「あん?」


『ソクラさんってだあれ?』


「…………」


 ドッ。


 エチカの全身から(あせ)()き出した。

 頭から背中から足から。(たき)のように(ほとばし)(しずく)(ゆか)水溜(みずた)まりさえ作りそうな(いきお)いだ。


「こ、今回だけよ」


『ほほほ。いつもいつも(わる)いわねー』


「こんにゃろー。相場(そうば)の十倍はふっかけてやるから、覚悟しときなさいよ」


『いーえっ、お(やす)くしていただきます。それじゃ、なるべくはやく来てね。ネズミって私、ほんとムリで苦手でキライだから』


「知ったことか!」


 最後のエチカの一言(ひとこと)は、ガチャンと電話を切った(あと)に放ったものだった。負け犬の遠吠(とおぼ)えだ。


 はーあと大きく息を()き、長い髪をかきあげる。


「ネズミ退治か。どーせ〈アーリマウス〉ってとこなんだろうけど」


 病原菌(びょうげんきん)を拡散させる齧歯類(げっしるい)の魔物である。公衆(こうしゅう)衛生(えいせい)細菌学(さいきんがく)が未発達だった時代には、危険度(ハイ)ランクに指定される凶悪モンスターだったが、抗生(こうせい)物質や予防接種(せっしゅ)治療法(ちりょうほう)の確立された現代では、さほど恐れるものでもない。


「どーせ値切(ねぎ)りされるんならねえ」


 チラー。


 エチカの金色の双眸(そうぼう)が、カウンターで眠る少女のほうに動く。




                つづく





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