チョーカーについて
・再開します。
秋にはいったフィーロゾーフィア王国。
長い黒髪に大きな黒い瞳、華奢で小柄な身体にワンピースをつけた十四歳の少女、小夜子は、王都フィーロゾーフィア市にある雑貨屋の前を、竹箒ではいていた。
隣には店主のエチカがいる。
金色の長髪に細いヘアピンをいくつもつけた、金色の両目の若い女錬金術師だ。
長身の身体にハイネックのノースリーブとレザー素材のミニスカートをつけて、薄手のジャケットを羽織っている。
朝の開店時刻前に、エチカが店先に出てくるのは、小夜子の記憶ではめずらしい。
掃除を手伝うでもなく、『開店/閉店』の札の紐を指先にひっかけて、彼女は玄関ドアをながめうんうん考えているのだった。
小夜子はマフラーにうずめていた顔の下半分をヒョイと出した。
日本育ちの小夜子にとって、『秋』といえば過ごしやすい涼しい季節だが、雲の上にある〈フィーロゾーフィア王国〉では、少々事情が違う。
(寒い……)
息が白くなるほどではない。
しかし空気に湿り気がなく、高所にある土地柄か気温が想像していた以上に低い。
朝の、九時前の時間帯は、近所の家から聞こえてくるラジオ曰く十二度。
それだけあればあったかいじゃないかとは、小夜子がかつていた中学校の同級生の誰かのセリフだが、その人の言い分が通るのならば、「それしかないのならば寒いじゃないか」も通るのが道理である。だから小夜子の手には掃除用の軍手ではなく、冬用の手袋がもう着用されていた。
いつまでもドアの前でウダウダしているエチカに、いいかげん目障りを感じて小夜子は訊いた。
「エチカ~、なにをそんな悩んでるんですか」
「あーん?」
気怠げな声が返ってきた。
きっと説明するつもりはなかったのだろうと、小夜子は相手のしちめんどうくさそうな態度から察する。
まるでその証明のように、エチカはハイネックの首元に手をつっこんで、中にあるものを引っぱった。
するー。
と出てきたのは、青紫に金縁、中央にアクアマリンの嵌まった、一本の細い帯。
「なんですかそれ? 首輪?」
「ぶあーかっ。チョーカーよ。あんた知らないの?」
ムッと小夜子は竹箒にしがみついた。フィーロゾーフィアに来るまで――日本にいた頃には、親の買い与えてくれた衣類を、機械的に着まわして日々の私服としていた小夜子である。
自分で服を買う気はないし、買う必要もないと思っている。べつに外に出て恥ずかしい衣装というわけでもないのだから、それ以上に洒落こむ道理なんてないというものだ。
そんな小夜子の胸元には、台座がカラになった、壊れたペンダントが吊ってあるのだが、これも父親から『お守り』代わりにもらったものだった。
とはいえ、もはやこのペンダントは小夜子にとって父親の形見以上の意味をもたない。
父は死んだのだ。
「あんたもちょっとはオシャレにキョーミ持ったら? 素材は良いんだからさー」
「イヤです」
途中で切れた首用の帯――チョーカーをヒラヒラさせてうめくエチカに、キッパリ小夜子は断った。
エチカは「あっそ」とかまうのをやめる。両手につけた作業用のグローブで、なでるようにチョーカーを横に持つ。
ボウン!
エチカの手の中で、〈錬金術〉による物質変成の煙が上がった。エチカが持っていた素材と、大気中に存在する微粒子の魔法性媒体〈プネウマ〉とが反応し、錬金術師の求めに応じた形に変化させたのだ。
たちまちエチカの手の中に、ちぎれていた布部分がキレイにくっついたチョーカーが現れた。
うしろで噛みあっていた金具をあけて、エチカが自分の首につけなおす。ハイネックの襟首を正すと、チョーカーは見えなくなった。かすかなラインの凹凸すらない。
「つける意味ないじゃないですか、それじゃあ」
「気分がちがうのよ」
「さいで……」
小夜子はガックリと箒に寄りかかった。
ふと顔を上げる。
「えーと、それで? そのチョーカーが壊れたのが悩みの原因だったなら、もう解決したってことでいいんですよね」
「よくない」
「なんでなんですか」
エチカは玄関ドアを見つめたまま、未だに『開店/閉店』札を持てあます。
「いやー、直して着けといてなんだけどさ。私、いいかげんこのデザインにあきてきちゃってて。これを機に新しいの買いにブティックでもはしごしようかなーって思ってるのよ。もうすぐ九時でしょ?」
「そうですけど……。いいじゃないですか、べつに首輪なんてなんでも」
「チョーカー」
エチカが訂正するも、小夜子は言いなおす手間を惜しんだ。
「べつに買い物なんて休みの日でもよくないですか? それか、仕事終わってからとか。この店って午後の五時には閉めるんですし、それからでも遅くは」
「ヤだ」
エチカはキッパリと言った。
その自分の語気に背を押されたらしく、「よしっ」とグローブをつけた両手を拳にする。
「決めたわ。今日はもう店じまいにしましょう。休み休みっ。今からでも開いてる店あるから、見に行くわよサヨコっ」
「えーっ。いいですよーわたしは。店が休みになるなら二階でお昼寝してます」
まだ九時にもなっていない時分から眠るのを『昼寝』と呼ぶかは不明だが、でかけるくらいなら家でゴロゴロしていたい小夜子である。
エチカはさっさと玄関ドアにカギをかけ、『閉店』を表にした札をドアに吊った。
終始肩にさげっぱなしだったショルダーバッグをクルリと一回転ふりまわし、大通りの坂道を下りの方角へ駆けていく。
「なにつまんないこと言ってんのよ。あんたのマフラーだっていくつか買ってあげるからさ。そんなまっ黒の無地じゃあ、ダサくてしかたないでしょう?」
「シンプルイズベストですよ。マフラーなんてひとつあれば充分ですし、ひとりで行ってください。わたしは二階でくつろいでます」
箒を雑貨屋の外壁に立てかけて、いざ中に入ろうと――店の二階にエチカと小夜子の寝室はある――玄関へ向かう。
「でもカギ掛けちゃったから中に入れないわよ」
ガチッ。
うかつにも小夜子の回したノブが硬い音をたてた。
エチカが手袋の下の腕時計をのぞく。
「っつーか、こんなことしてるあいだにもう九時だわ。うちに客が来るまえにずらかるわよ。追い返すのめんどうなんだから」
「……はい」
エチカがいなくなれば、来客を追い返す役目は小夜子が一人で背負うことになる。
だったらいっそ自分も不在になってしまったほうが気がラクだ。
小夜子は市場のほうに下りていくエチカを小走りで追いかけた。
「ってゆーかエチカ、チョーカーなんてつけてたんですね。てっきりたまにしかつけてないのかと」
「ほぼ毎日つけてるわよ。気分によってはネックレスとかペンダントの日もあるけど、やっぱチョーカーが一番しっくりくるわね」
自分の首元に手を当てて、どこか上キゲンにエチカ。
小夜子はフーンと、フィーロゾーフィア国内で随一の腕前を持つ天才錬金術師(エチカのことだ。癪だが)の横を歩く。
「べつにいらなくないですか、首に飾りなんて」
「あんた正気?」
「まさか正気を疑われるとは思わなかったです」
「首元がスースーして気持ち悪いじゃない」
「しかもそんな理由で」
軽い頭痛をおぼえて、小夜子はこめかみを押さえた。
エチカが補足するように、あるいは思い出したように、ポンと手を叩く。
「そもそも、首はなにかで守っておくものでしょう」
「どうしてですか?」
小夜子は反射的に訊き返した。
エチカはちょうどチョーカーを巻いたあたりを、指の一本でなぞって、
「じゃないと吊る方角に行っちゃうから」
おわり
読んでいただいて、ありがとうございました。




