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フィーロゾーフィア  作者: とり
第51話 チョーカーについて
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チョーカーについて




 ・再開します。







 秋にはいったフィーロゾーフィア王国。


 長い黒髪に大きな黒い瞳、華奢(きゃしゃ)小柄(こがら)な身体にワンピースをつけた十四歳の少女、小夜子(さよこ)は、王都フィーロゾーフィア()にある雑貨(ざっか)屋の前を、竹箒(たけぼうき)ではいていた。


 (となり)には店主のエチカがいる。

 金色の長髪に(ほそ)いヘアピンをいくつもつけた、金色の両目の若い女錬金術師だ。

 長身の身体にハイネックのノースリーブとレザー素材のミニスカートをつけて、薄手(うすで)のジャケットを羽織(はお)っている。


 朝の開店時刻(じこく)前に、エチカが店先に出てくるのは、小夜子の記憶ではめずらしい。

 掃除(そうじ)を手伝うでもなく、『開店(かいてん)閉店(へいてん)』の(ふだ)(ひも)を指先にひっかけて、彼女は玄関(げんかん)ドアをながめうんうん考えているのだった。


 小夜子はマフラーにうずめていた顔の下半分をヒョイと出した。

 日本(にほん)育ちの小夜子にとって、『秋』といえば過ごしやすい(すず)しい季節だが、雲の上にある〈フィーロゾーフィア王国〉では、少々事情が(ちが)う。


(さむ)い……)


 息が白くなるほどではない。

 しかし空気に湿(しめ)()がなく、高所にある土地柄(とちがら)か気温が想像していた以上に低い。


 朝の、九時前の時間帯は、近所の家から聞こえてくるラジオ(いわ)十二(じゅうに)度。


 それだけあればあったかいじゃないかとは、小夜子がかつていた中学校の同級生の誰かのセリフだが、その人の()(ぶん)が通るのならば、「それしかないのならば寒いじゃないか」も通るのが道理である。だから小夜子の手には掃除用の軍手(ぐんて)ではなく、冬用の手袋がもう着用されていた。


 いつまでもドアの前でウダウダしているエチカに、いいかげん目障(めざわ)りを感じて小夜子(さよこ)()いた。


「エチカ~、なにをそんな(なや)んでるんですか」

「あーん?」


 気怠(けだる)げな声が返ってきた。

 きっと説明するつもりはなかったのだろうと、小夜子は相手のしちめんどうくさそうな態度(たいど)から(さっ)する。


 まるでその証明のように、エチカはハイネックの首元(くびもと)に手をつっこんで、中にあるものを引っぱった。


 するー。


 と出てきたのは、青紫(あおむらさき)金縁(きんぶち)、中央にアクアマリンの()まった、一本(いっぽん)(ほそ)(おび)


「なんですかそれ? 首輪(くびわ)?」

「ぶあーかっ。チョーカーよ。あんた知らないの?」


 ムッと小夜子(さよこ)竹箒(たけぼうき)にしがみついた。フィーロゾーフィアに来るまで――日本にいた(ころ)には、親の買い与えてくれた衣類(いるい)を、機械的に()まわして日々の私服としていた小夜子である。


 自分で服を買う気はないし、買う必要もないと思っている。べつに外に出て()ずかしい衣装(いしょう)というわけでもないのだから、それ以上に洒落(しゃれ)こむ道理なんてないというものだ。


 そんな小夜子の胸元には、台座(だいざ)がカラになった、壊れたペンダントが()ってあるのだが、これも父親から『お(まも)り』()わりにもらったものだった。

 とはいえ、もはやこのペンダントは小夜子にとって父親の形見(かたみ)以上の意味をもたない。


 父は死んだのだ。


「あんたもちょっとはオシャレにキョーミ持ったら? 素材は良いんだからさー」

「イヤです」


 途中で切れた首用(くびよう)(おび)――チョーカーをヒラヒラさせてうめくエチカに、キッパリ小夜子(さよこ)(ことわ)った。

 エチカは「あっそ」とかまうのをやめる。両手につけた作業用のグローブで、なでるようにチョーカーを横に持つ。


 ボウン!


 エチカの手の中で、〈錬金術(れんきんじゅつ)〉による物質変成(へんせい)の煙が上がった。エチカが持っていた素材と、大気(たいき)中に存在する微粒子(びりゅうし)の魔法性媒体(ばいたい)〈プネウマ〉とが反応し、錬金術師の求めに(おう)じた形に変化させたのだ。


 たちまちエチカの手の中に、ちぎれていた(ぬの)部分がキレイにくっついたチョーカーが現れた。


 うしろで()みあっていた金具をあけて、エチカが自分の首につけなおす。ハイネックの襟首(えりくび)を正すと、チョーカーは見えなくなった。かすかなラインの凹凸おうとつすらない。


「つける意味ないじゃないですか、それじゃあ」

「気分がちがうのよ」

「さいで……」


 小夜子(さよこ)はガックリと(ほうき)に寄りかかった。

 ふと顔を上げる。


「えーと、それで? そのチョーカーが壊れたのが(なや)みの原因だったなら、もう解決したってことでいいんですよね」

「よくない」

「なんでなんですか」


 エチカは玄関(げんかん)ドアを見つめたまま、(いま)だに『開店/閉店』(ふだ)を持てあます。


「いやー、直して()けといてなんだけどさ。私、いいかげんこのデザインにあきてきちゃってて。これを()に新しいの買いにブティックでもはしごしようかなーって思ってるのよ。もうすぐ九時でしょ?」

「そうですけど……。いいじゃないですか、べつに首輪なんてなんでも」

「チョーカー」


 エチカが訂正(ていせい)するも、小夜子(さよこ)は言いなおす手間(てま)()しんだ。


「べつに買い物なんて休みの日でもよくないですか? それか、仕事()わってからとか。この店って午後の五時には閉めるんですし、それからでも(おそ)くは」

「ヤだ」


 エチカはキッパリと言った。

 その自分の語気に背を押されたらしく、「よしっ」とグローブをつけた両手を(こぶし)にする。


「決めたわ。今日はもう店じまいにしましょう。休み休みっ。今からでも開いてる店あるから、見に行くわよサヨコっ」

「えーっ。いいですよーわたしは。店が休みになるなら二階(にかい)でお昼寝してます」


 まだ九時にもなっていない時分(じぶん)から眠るのを『昼寝』と呼ぶかは不明だが、でかけるくらいなら家でゴロゴロしていたい小夜子である。


 エチカはさっさと玄関ドアにカギをかけ、『閉店』を(おもて)にした(ふだ)をドアに()った。

 終始(しゅうし)肩にさげっぱなしだったショルダーバッグをクルリと一回転(いっかいてん)ふりまわし、大通りの坂道を(くだ)りの方角へ()けていく。


「なにつまんないこと言ってんのよ。あんたのマフラーだっていくつか買ってあげるからさ。そんなまっ(くろ)無地(むじ)じゃあ、ダサくてしかたないでしょう?」

「シンプルイズベストですよ。マフラーなんてひとつあれば充分ですし、ひとりで行ってください。わたしは二階(にかい)でくつろいでます」


 (ほうき)雑貨(ざっか)屋の外壁に立てかけて、いざ中に入ろうと――店の二階(にかい)にエチカと小夜子の寝室はある――玄関へ向かう。


「でもカギ()けちゃったから中に入れないわよ」


 ガチッ。


 うかつにも小夜子の回したノブが(かた)い音をたてた。

 エチカが手袋の下の腕時計をのぞく。


「っつーか、こんなことしてるあいだにもう九時だわ。うちに(きゃく)が来るまえにずらかるわよ。追い返すのめんどうなんだから」

「……はい」


 エチカがいなくなれば、来客(らいきゃく)を追い返す役目は小夜子(さよこ)一人(ひとり)で背負うことになる。

 だったらいっそ自分も不在になってしまったほうが気がラクだ。


 小夜子は市場(いちば)のほうに下りていくエチカを小走(こばし)りで追いかけた。


「ってゆーかエチカ、チョーカーなんてつけてたんですね。てっきりたまにしかつけてないのかと」

「ほぼ毎日つけてるわよ。気分によってはネックレスとかペンダントの日もあるけど、やっぱチョーカーが一番(いちばん)しっくりくるわね」


 自分の首元(くびもと)に手を当てて、どこか(じょう)キゲンにエチカ。

 小夜子はフーンと、フィーロゾーフィア国内で随一(ずいいち)の腕前を持つ天才錬金術師(エチカのことだ。(しゃく)だが)の横を歩く。


「べつにいらなくないですか、首に(かざ)りなんて」

「あんた正気(しょうき)?」

「まさか正気を(うたが)われるとは思わなかったです」

首元(くびもと)がスースーして気持ち(わる)いじゃない」

「しかもそんな理由で」


 軽い頭痛をおぼえて、小夜子はこめかみを押さえた。


 エチカが補足(ほそく)するように、あるいは思い出したように、ポンと手を(たた)く。


「そもそも、首はなにかで(まも)っておくものでしょう」

「どうしてですか?」


 小夜子は反射的に()き返した。

 エチカはちょうどチョーカーを()いたあたりを、指の一本(いっぽん)でなぞって、


「じゃないと()方角(ほうがく)に行っちゃうから」





                             おわり











 読んでいただいて、ありがとうございました。






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