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フィーロゾーフィア  作者: とり
第49話 バッジについて
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バッジについて

 



「あー!」


 昼のフィーロゾーフィアである。

 エチカと小夜子さよこは昼食の帰りに露天商ろてんしょうを見つけた。


 かんバッジやピンズ、マスコットタイプの磁石(じしゃく)など、子供のよろこびそうな小物をあつかっている店だ。


「バッジが売ってる!」


 小夜子は吸い寄せられるように店に近づいた。


 十四歳の少女である。

 地味なカチューシャに地味なワンピースと、いかにもオシャレとは無縁むえんそうな衣裳(いしょう)だが、まれつきのキレイな黒髪と大きな黒瞳こくどう、整った面立おもだちが、彼女を人形めいた瀟洒しょうしゃな存在に仕立てあげている。


「どれにしようかなー。エチカはどれがいいですか?」


 小夜子(さよこ)はうしろの女性を振り返った。


 ノースリーブの赤いシャツにレザーのミニスカート、ショートブーツといった()で立ちの、あでやかな美貌びぼうの若い女錬金術師だ。


 長い金髪の、大きく()けた前髪に、(ほそ)いヘアピンを何本もしている。


 金色の怜悧れいりな目をあきれた半眼にして、彼女――エチカは言った。


「あんたバッジ好きなの?」


「そりゃあ、古今(ここん)東西(とうざい)バッジがキライな人類なんていないでしょう」


「言ったな?」


「ひょっとして……。エチカは、人類じゃないんですか?」


「自分の考えかたあらためろ」


 小夜子(さよこ)は店のほうに向き直った。


 (なが)テーブルに立てた布張ぬのばりのボードに、いろんな模様もようかんバッジがならんでいる。


 どれにしようかなと、指差し歌って選ぶ。


 しばらくして、四つのバッジを購入(こうにゅう)した。

 店のおじさんに料金を支払って、黒地に黄色いうず()き模様のそれをエチカに渡す。


「ということでエチカ、これあげます。左胸につけるんですよ。つけかたわかりますか?」


「あんたそれ本気で言ってんの? それとも、いっちょまえに私をバカにしてんの?」


「いま動いたら()さりますよ。じっとしててください」


 小夜子はさっそく(かん)バッジの安全あんぜんピンを解除して、エチカのシャツにつけようとした。


 エチカが小夜子さよこの手から、ゆっくりとバッジをうばい取る。いかんせん金属の(はり)が出たままだ。


「勝手につけようとしてんじゃないわよ。見なさいよこれ。シャツの左胸に金鎖きんさがすでにかってるでしょ。バッジなんてつけたら、カチカチ当たってうるさ――」


「つけてくれないんですか?」


 小夜子は泣きそうな、すがりつくような、ウルウルしたまなざしでエチカを見つめた。


「つけるわけが――」


 ウルウルウルウル。



   ◇



「おや? めずらしいじゃないかエチカ。きみがバッジつけてるなんて」


 エチカの自宅の雑貨ざっか屋、その庭である。


 帰宅きたく後、屋外おくがい用のテーブルで、音楽を聴きつつ読書をしていたエチカの元に、オーギュストがやってきた。


 セミショートの黒髪にバンダナを()いた、青い(ひとみ)の青年である。庶民しょみんのふりをして平民服(へいみんふく)をまとっているが、素材と仕立てがいい。


 フィーロゾーフィア国の、若き国王である。


 エチカはイヤホンをはずし、ケッとオーギュストに悪態あくたいをついた。


 二人ふたりは学生時代からのくされえんで、こうしたやりとりは――少なくともオーギュストにとっては――馴染なじんだものである。


「くそったれ。笑いたければ笑えばいいわ」


「どあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは――ぐえ!」


 オーギュストは長い金属のつえ――エチカ愛用の錬金術師れんきんじゅつしの杖で頭を殴打おうだされた。


「ってて……。なんだよ、笑っていいって言ったじゃないか」


なぐらないとは言ってないわ」


「ひどいなあ。だってそれ、いかにもキミがつけなさそうなデザインなんだもんなあ。だいたい、きみはバッジなんてつけるタマじゃないじゃないか。いったいどういう風の吹きまわしだい?」


「サヨコがくれたのよ」


「へえー。たったそれだけの理由でつけてやるなんて、きみも丸くなったもんだなあ」


「つけろって言われて、ことわれなかったのよ。あのさあ、バッジってそんなにテンション変わるもんなの? あいつ、すんごいいきおいでつけてしそーにしてたんだけど」


「はっはっはっ、そりゃいいや! きみにムチャをきかせられるなんて、サヨコちゃんもやるなあー」


「笑いごとじゃないっつーの。生地きじいたむわ」


 左胸の部分をひっぱってみせて、エチカはうめいた。


 オーギュストは手をたたいて、上機嫌じょうきげんである。


「傷めるだけの価値はあるさ。それで? そのサヨコちゃんはどこにいるんだい?」


 (みどり)の庭をオーギュストは見まわした。広い裏庭には、エチカのいるテーブルセットのほかに、エアバイクがあるだけだ。


「あんたの弟と妹にもつけてあげようって、キックボードに乗って城に行ったわよ。途中で見なかった?」


「あちゃ、れちがいか。しいなあ、エチカを篭絡ろうらくさせた交渉こうしょう術を、ぜひとも(ぼく)にもご教授ねがいたかったのに」


「てめえがサヨコと同じことをしたところでキショイだけよ」


「そうかい? で、きみ、いつまでつけてるつもりなんだい? そのバッジ」


「……サヨコの気がむまででしょ」


「ほー。何日つづくか見ものだなあ。いっそずーっとつけててくれると、僕としてはうれしいんだけどな。あっはっはっは!」


 オーギュストはもうえられないとばかりに大笑いした。


 エチカはとりあえず、もう一度いちどオーギュストを(つえ)なぐって黙らせた。





 

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