バッジについて
「あー!」
昼のフィーロゾーフィア市である。
エチカと小夜子は昼食の帰りに露天商を見つけた。
缶バッジやピンズ、マスコットタイプの磁石など、子供のよろこびそうな小物をあつかっている店だ。
「バッジが売ってる!」
小夜子は吸い寄せられるように店に近づいた。
十四歳の少女である。
地味なカチューシャに地味なワンピースと、いかにもオシャレとは無縁そうな衣裳だが、生まれつきのキレイな黒髪と大きな黒瞳、整った面立ちが、彼女を人形めいた瀟洒な存在に仕立てあげている。
「どれにしようかなー。エチカはどれがいいですか?」
小夜子はうしろの女性を振り返った。
ノースリーブの赤いシャツにレザーのミニスカート、ショートブーツといった出で立ちの、艶やかな美貌の若い女錬金術師だ。
長い金髪の、大きく分けた前髪に、細いヘアピンを何本も挿している。
金色の怜悧な目をあきれた半眼にして、彼女――エチカは言った。
「あんたバッジ好きなの?」
「そりゃあ、古今東西バッジがキライな人類なんていないでしょう」
「言ったな?」
「ひょっとして……。エチカは、人類じゃないんですか?」
「自分の考え方を改めろ」
小夜子は店のほうに向き直った。
長テーブルに立てた布張りのボードに、いろんな模様の缶バッジがならんでいる。
どれにしようかなと、指差し歌って選ぶ。
しばらくして、四つのバッジを購入した。
店のおじさんに料金を支払って、黒地に黄色いうず巻き模様のそれをエチカに渡す。
「ということでエチカ、これあげます。左胸につけるんですよ。つけかたわかりますか?」
「あんたそれ本気で言ってんの? それとも、いっちょまえに私をバカにしてんの?」
「いま動いたら刺さりますよ。じっとしててください」
小夜子はさっそく缶バッジの安全ピンを解除して、エチカのシャツにつけようとした。
エチカが小夜子の手から、ゆっくりとバッジを奪い取る。いかんせん金属の針が出たままだ。
「勝手につけようとしてんじゃないわよ。見なさいよこれ。シャツの左胸に金鎖がすでに掛かってるでしょ。バッジなんてつけたら、カチカチ当たってうるさ――」
「つけてくれないんですか?」
小夜子は泣きそうな、すがりつくような、ウルウルしたまなざしでエチカを見つめた。
「つけるわけが――」
ウルウルウルウル。
◇
「おや? めずらしいじゃないかエチカ。きみがバッジつけてるなんて」
エチカの自宅の雑貨屋、その庭である。
帰宅後、屋外用のテーブルで、音楽を聴きつつ読書をしていたエチカの元に、オーギュストがやってきた。
セミショートの黒髪にバンダナを巻いた、青い瞳の青年である。庶民のふりをして平民服をまとっているが、素材と仕立てがいい。
フィーロゾーフィア国の、若き国王である。
エチカはイヤホンをはずし、ケッとオーギュストに悪態をついた。
二人は学生時代からのくされ縁で、こうしたやりとりは――少なくともオーギュストにとっては――馴染んだものである。
「くそったれ。笑いたければ笑えばいいわ」
「どあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは――ぐえ!」
オーギュストは長い金属の杖――エチカ愛用の錬金術師の杖で頭を殴打された。
「ってて……。なんだよ、笑っていいって言ったじゃないか」
「殴らないとは言ってないわ」
「ひどいなあ。だってそれ、いかにもキミがつけなさそうなデザインなんだもんなあ。だいたい、きみはバッジなんてつけるタマじゃないじゃないか。いったいどういう風の吹きまわしだい?」
「サヨコがくれたのよ」
「へえー。たったそれだけの理由でつけてやるなんて、きみも丸くなったもんだなあ」
「つけろって言われて、断れなかったのよ。あのさあ、バッジってそんなにテンション変わるもんなの? あいつ、すんごい勢いでつけて欲しそーにしてたんだけど」
「はっはっはっ、そりゃいいや! きみにムチャをきかせられるなんて、サヨコちゃんもやるなあー」
「笑いごとじゃないっつーの。生地が傷むわ」
左胸の部分をひっぱってみせて、エチカはうめいた。
オーギュストは手をたたいて、上機嫌である。
「傷めるだけの価値はあるさ。それで? そのサヨコちゃんはどこにいるんだい?」
緑の庭をオーギュストは見まわした。広い裏庭には、エチカのいるテーブルセットのほかに、エアバイクがあるだけだ。
「あんたの弟と妹にもつけてあげようって、キックボードに乗って城に行ったわよ。途中で見なかった?」
「あちゃ、入れちがいか。惜しいなあ、エチカを篭絡させた交渉術を、ぜひとも僕にもご教授ねがいたかったのに」
「てめえがサヨコと同じことをしたところでキショイだけよ」
「そうかい? で、きみ、いつまでつけてるつもりなんだい? そのバッジ」
「……サヨコの気が済むまででしょ」
「ほー。何日つづくか見ものだなあ。いっそずーっとつけててくれると、僕としてはうれしいんだけどな。あっはっはっは!」
オーギュストはもう耐えられないとばかりに大笑いした。
エチカはとりあえず、もう一度オーギュストを杖で殴って黙らせた。




