自由研究について-⑦
「ところでマグナを止めなくていいんですか?」
小夜子は追いかけっこしている少年と魔女を指差した。
コギトは火や光の魔法で応戦しているのだが、キレたマグナはなんのその。真正面、しかも至近距離からの破壊光線や火炎放射を、もののみごとに斬り捨てていく。
「ヤバイかも。ちい兄さんってあれで強いから、いいかげんあのお姉さん斬り殺しちゃうわ」
ユーリが言った時には、マグナの大剣がコギトを捉えようとしていた。
しかしコギトもガンバるもので、剣は身をかわす彼女の皮膚を裂くていどに留まっている。
「ねえー、マグナ兄さーん。わたしは全然ヘイキだから、もうそのヒト許してあげてよー」
ピタッ。
マグナの動きが止まった。
壁に追いつめた魔女から、ユーリのほうを振り返る。
「いいのかユーリ? お前を泣かせた意地悪な魔女を、なんの鉄槌も下さずに生かしちまって」
「いいよ」
「くっ……立派に育ってきたんだな。ちょっと見ない内に大きくなりやがって」
「兄さん毎年それ言うよね。あとなんで泣いてるの?」
「おまえのやさしさに心打たれたさ」
グスッと大きく鼻をすすって、マグナ。剣を背中の鞘におさめる。詮なくコギトに向き直る。
「いいか、そこの魔女。俺の妹の寛大さに免じて、今回だけは見逃してやる。ユーリに感謝するんだぞ」
「ど……どうも……。でももうちょっと早く助けてくれたら嬉しか……いえ、なんでもないです」
コギトはあっちこっち切られてボロボロになった顔をうなずかせた。せっかくエチカの暴力のあとを魔法で完治させたというのに、また血まみれに逆もどりである。
「さーて、じゃあ俺は城にもどるかな」
マグナは頭上から下りてきたエアボードに片脚を乗せた。
小夜子が問う。
「なにしにきたんですか、マグナは」
「言ったろ、ユーリを助けに来たって。城でボーッとしてたらユーリの泣き声が聞こえたからな。当然じゃないか」
「お城からここってけっこう距離ありますよねえ」
「でも聞こえたんでしょ。聞こえたっつってんだから」
エチカが投げ槍に言った。
なんでもいいからもう早く帰ってくれという心境である。
「ちい兄さん、わたしもいっしょに帰っていい? ボードに乗っけてってよ」
「いいよ、乗りな。落ちないように、ちゃんとつかまってるんだぞ」
「はーい。じゃあね、エチカ、サヨコ。それに魔女さん」
ユーリはスケボーサイズの浮遊機械の後部に立った。マグナの肩に両手を置いてバランスを取る。
エアボードが浮上した。
城の方角に、来た時と同じ高速で直進していく。
魔法でケガを回復させたコギトが、青いだけになった空をながめてボヤく。
「な、なんだったのよ、アイツらは」
「だから王家の次男坊とその妹だって」
「ユーリさん、マグナよりちょっと背が高かったですね」
「本人の前でそれ言っちゃダメよ。気にしてるから」
「本人ってどっちですか? ユーリさん、マグナ?」
「両方」
エチカが答えて、コギトが両腕を上げた。
「もーっ。なんだっていいわよっ。二人の役立たずっ! あのユーリってコが占いやめるって確約がほしかったのに、あいまいに終わらせちゃってー!」
「自由研究の資金あつめって言ってたでしょ。気が済んだらやめるわよ」
「なにを研究するんでしょうか。占いの店まで開くくらいですし、心理学とかですかね? お金は参考書を買うためで」
小夜子は訊いてみた。わざわざ占い屋をやるくらいなのだ。それに関係するような分野と考えるのが妥当だろう。
エチカも「うーん」と腕を組む。
「ありえるわね。私は統計学のほうかなって思うけど。来た客の何割が信じるようになるかとか、その行動的傾向みたいな」
コギトはただおもしろくない。
「いずれにしても、まだ客の流れはもどらないってワケね。エチカー、責任取ってしばらく泊めてよ。今月の家賃払えそうになくって~。なるべく節約しなきゃいけないの」
「知るか。ギルドにでも行きゃ働き口なんていくらでもあるでしょ。あんた魔法使いだし、引く手数多なんじゃないの。帰るわよ、サヨコ」
「ハーイ」
とりあえずコギトを蹴倒してふんづけて伸してからエチカは元来た道をもどった。
「にしても、ユーリさんの占いは『当たる』ってことでしたけど、なんでだったんでしょうね? 彼女も魔法使いなんですか?」
「ユーリはふつうの人間」
エチカは手で庇をつくって空を見上げた。
「あの占いにはカラクリがあるのよ」
◇
マグナとユーリは空を飛んでいた。
エアボードに二人乗りをしている。
あまりホメられたことではないのだが。
「ところでユーリ、お前あんなトコで何やってたんだ?」
「えー。大兄さんには言わない?」
「ことと次第による」
「じゃあ言えないわよう」
ユーリはそっぽを向いた。
「ま、おおかた自由研究のための金かせぎなんだろうけど」
「ギクッ。……バレてたの?」
「なんとなくな。アニキも知ってると思うよ。お前、道路工事の申請とか予定場所、やたらとあいつから聞き出してたし。しかも同じ時期に『危険を予知して回避させてくれる占い師』なんて話が出てくれば、ひょっとしてくらいは思うだろ。だからアニキも黙認してたわけだ。じゃなきゃ兵士たちにつれてこさせてる」
「そう。なーんだ、コソコソすることなかったんだ。けど、知ってたならもっと早く言ってくれたらよかったのに」
自分の占いが巷でも『当たる』と評判なのはユーリも知っていた。
そりゃあ道路の事情を網羅し(工事の許可は、たとえ私有地であっても王家を通すのがこの国のルールだ)、相談者の行く先にある工事予定場所を『キケン』と定め、ハズレた時のために女学院の初等部で大量に作ったヘンな人形を『お守り』と称してあげていれば、たいていの場合は『当たった』とサッカクする。
このまえの黒と緑のプリン頭の人も、道の角を曲がって家のリフォーム現場に出くわしたが、ずぼらな工事関係者がピケのパーツを取り落とし、それがぶつからなかったのをお守りのおかげとして、感謝の言葉をいいにきたくらいだ。
ちなみにプリン頭の人にあげたネコの人形――土鈴は、その人がパーツの落下音にビックリした際に取り落としてしまい、粉々にくだけ散ってしまったが。
「お前が自分で言い出すのを待ってたんだよ。お前こそ、金がないなら俺たちに言ってくれればいいのに。なんでも買ってやるよ。俺だって冒険者ギルドに行くんだからさあ、自由にできるカネはいくらかあるぜ」
トクイ気に言うマグナだが、ユーリは不服だった。
「そーゆーのがイヤなのっ。大兄もちい兄も、わたしの宿題見るなりたのんでもないのに『俺がこれやる』『僕が手伝ってやる』って。助かるけどわたし、来年で学校の初等部卒業よ? 中等部に上がるのよ? いいかげん宿題くらい自力で完遂させれるって、自信を持ちたいのっ」
「ぜ、ぜいたくな悩みだぜ……。――で? ためたお金でどんな研究するの? なんか科学実験のキットでも買うの?」
「ちい兄は? 去年は調理実習でならったっていうごはんを作って食べたみんなに感想聞いたりしてたよね」
「うん。俺は今年も似たような感じだよ。自分の部屋の掃除をして、出たゴミの種類と量とか、どこをどういうふうに掃除したとか、そういうのをレポートにまとめて終わり」
「ふーん」
ユーリはつまんないなあと思う。
しかし日常生活の延長をそのままレポートにするだけというのは合理的だ。ムリもムダもない。
「わたしはね、〈ヨクルト〉のカラのボトルでロボット作るの」
「〈ヨクルト〉?」
マグナはくり返した。
「〈ヨクルト〉って、あの乳酸菌飲料の? ちょっとくびれた形のちっちゃいボトルの?」
「うん。そしたらわたしはヨクルト飲みほうだいだし、カラのボトルもリサイクルできるし、宿題は終わるしで、一石三鳥でしょ?」
「お前ヨクルト好きだもんなあ。そして高くなったもんなあ、ヨクルト」
「うん。大兄さんにこの計画を言ったら、わたしが止める間もなく税金つかって大量に仕入れそうだったから、やめたの。わたしのせいで税金の大半が消えることを想像すると、黙ってるしかなかったのよ。だから予定よりロボは小さくなるけど、わたしは自分のできる範囲でやろうって、いろいろ妥協したのよ」
「お前さあ――」
マグナはユーリに背を向けたまま微笑した。
笑顔のうちでは「ユーリはなんて想いやりに満ちていてやさしくてかわいくて慈悲深くてかしこくて(中略)女神でカンペキで嫁にやりたくなくて一生守ってやりたい最高の妹なんだろうと感激しつつ。
しかしマグナの冷静な部分が、ユーリの発言に指摘せざるを得なかった。
「マジで人が乗れるサイズのロボットを作る気だったわけ?」
「うん♡」
おわり




