自由研究について-⑥
「ちょっと待ってよ! このユーリって子に店をやめさせるのが目的でしょ!? なに言いくるめられようとしてるのよ!」
夏休みの自由研究達成のため、資金あつめに占い屋をやっていたユーリである。
エチカは「近いうちにやめるだろう」という目算で、この場での営業停止を見送ることにした。
そもそもいかに『天才錬金術師』のエチカであっても、そこまでの権限はない。実体はただの町の雑貨屋であり、学者なのである。
エチカはコギトを見やった。めんどうそうに。
「休みが明けるころには勝手にやめるでしょうよ」
「今がいいの! 今すぐやめてほしいの!」
「子供か……」
ダダをこねるまん丸メガネの魔女に、エチカは頭痛をおぼえた。
「そんなにいうならアンタが交渉しなさいよ。べつに噛みついたりしないんだからさ。……彼女本人はね」
ボソリ。
ユーリに背中を向けた姿勢で、エチカは呟く。
「い……いーわよ」
コギトがずいっと前へ出る。相手の正体が不明だった時は弱気だったが、ハッキリと少女だと分かった今は、強気なものである。
「あのね、お嬢ちゃん、ものごとには『道理』ってものがあってね。それは、つまり――……。ええと……」
コギトはマントの裾から短い杖を取りだした。
尖った先端をユーリの白い顔につきつける。
「あたしの言うことをきかないと、そのキレイな顔にホクロが三つ増える呪いをかけるってことよ!」
「脅すな」
「えーん! 地味にイヤー!」
ユーリはエチカのそばに身をかくして泣き出した。
コギトとエチカの間にいた小夜子は、「大人げないなあ」と両眼をギラギラさせている魔女に思う。
キーン。
空気を切る音がした。
何かが高速で近付いてくる。
空を滑って。
「……マズイわね」
「ユーリさんの顔にホクロが三つ増えることがですか?」
「いや、ちがう」
エチカは頭上の、住宅の屋根によって細長く区切られた青空を確かめようとして、陽光に目が痛くなり、断念した。
コギトに向き直り、ユーリを執拗にねらう杖を手で押さえる。
「コギト、脅迫なんてマネはしないほうが身のためよ」
「なにヒヨってんのよ! いきなり常識人ぶっちゃって! 万年ヤ○ザみたいな面構えのあんたに言われたかないわ!」
「誰がヤ○ザだ。そして私はいつでも常識人でしょうがよ」
「反論するのもおこがましいわっ!」
エチカのセリフのとりわけ後半部分にコギトは噛みついた。
パッと杖を構えなおし、金髪の錬金術師を盾にする銀髪の少女に矛先をもどす。
「ユーリっていったわよね。五つ数える内に、『今すぐ店をたたみます』と言いなさい。さもなくば魔法をかけるわよ。いーち、にーい、」
フッと小夜子たちの頭上に影が落ちる。
見上げると真上に一台のエアボード。
「あれは?」
「ああ……おいでなすった」
ヒューンと人影が飛び降りる。
ズダン!!
ダークブラウンの髪を短く束ねた、Tシャツに半ズボン姿の少年が、小夜子たちのもとに着地する。
暗色のゴーグルをつけた十二歳の少年――マグナだ。
小夜子もエチカも、彼とは知り合いだった。
普段は丸腰の彼だが、今は背中に、自分の身の丈を超える剣を背負っている。
マグナは立ち上がりざま剣を抜いた。
「大丈夫かユーリ!! 助けにきたぞ!」
「ちい兄さん!」
ユーリがエチカのうしろで半泣きだった顔を笑顔にする。
マグナ――ユーリの『ちい兄さん』は、ギラリと光るバスタードソードの刀身を、右に左に振った。サヨコ、エチカ、コギトの順で指し示す。
「テメーら! よってたかって俺の妹になにしてんだ! まさかイジメじゃねえだろうな!? ユーリがなにしたってんだ!」
小夜子は落胆した。というのも、最初に会った時のマグナの印象が良すぎた。『まとも』だと思ったのだ。
エチカが心中を察したらしく、スススと寄ってきて小夜子に耳打ちする。
「これさえなきゃあね」
マグナが吠える。
「どうなんだ! 答えろよ! イジメだったら打ち首獄門の刑に処してやる!」
「ちがいます」
「んじゃあなんでユーリが泣いてんだ!? なんかイジワルされたに決まってんだろ!! おまえらにユーリが何したってんだ!! ただかわいくてか弱くてひかえめでおとなしく生まれと育ちがよくてカンペキなだけなのに!」
「おちついてください、マグナ」
ダメだろーなー胸中あきらめつつ小夜子は訴えた。
もちろんダメだった。
「これがおちついていられるか!! いくら知り合いだっていってもなあサヨコ、エチカ! やっていいことと悪いがあるんだ!! おとなしくそっ首刎ねさせやがれ!!」
ブウン!!
マグナの放った大上段からの斬撃を、小夜子はすわや身をひねって回避した。
つとめて冷静に、小夜子は説得をつづける。
杖をかまえたままポカンとしているコギトを指差して。
「ユーリさんをいじめていたのはそこの魔女のコギトさんだけです。わたしたちは彼女の魔手から必死にユーリさんを守ろうとしていただけなんです」
「サヨコちゃん!?」
裏切りを嘆く調子でコギトがさけぶ。
ユーリがエチカのそばから離れずに援護する。
「そうだよちい兄っ。サヨコとエチカはなんにも悪くないの」
「わかった。じゃあ――」
マグナは剣を小夜子の方に向けるのをやめた。
あらためて、
「そこの魔女! 死にさらせ!!」
コギトに向かって突進していく。鋭利に研がれた大剣の切っ先が、何一つ鎧うもののない――布の服とマントと帽子しか装備していない魔法使いに飛ぶ。
コギトは間一髪かわす。逃げきれなかったマントが剣につらぬかれる。
「ひいー!! なんなのこのガキ!!」
「フィーロゾーフィア王家の次男坊よ」
「そしてユーリさんはマグナの妹ってことは、この国のお姫様なんですね」
「そゆこと。まあそういうの気にするヒトってこの国にはあんまりいないから、わたしも兄さんも肩書きだけって感じなんだけどね。王位の継承権とかもクジ引きだったし。生まれた順とか争いじゃなくって」
ユーリは気楽にウインクした。
その先には、エチカがいた。ように小夜子は感じた。
つづく




