自由研究について-⑤
「姉さん?」
コギトはひきつった笑いと共に言った。
ローブのフードを脱いだ少女が、エチカをそう呼んだのだ。
エチカは金髪に金目だが、占い師の少女は銀髪に赤い目。おそらくはアルビノだろうが、顔色は快活で体は発育がよく頑健そうだった。立ったすがたは、十四歳の小夜子よりいくらか高いくらいだ。
「あのさあユーリ」
エチカは占い師の少女に言った。
ユーリ。それが彼女の本名、またはニックネームなのだろう。
小夜子はなりゆきをエチカのうしろからながめて言った。
「エチカの妹さんだったんですね」
昼二時の住宅街の炎天下でアイサツを交わしたユーリとエチカは、それとなく親しそうだった。
エチカが自分のこめかみを人差し指で押さえる。
「んなわけないでしょ。私のことを『姉』と呼んでいいのは、今も昔も未来永劫、全宇宙に一人だけよ」
うんざりと、携えてきた錬金術師の長杖に寄りかかる。
熱気にうなだれるようなエチカに、暑さも相手の気もそしらぬ風で、ユーリが両手をグーにしてまくしたてる。
「いいじゃない。いずれはわたしのおねえちゃんになるんでしょ? 大兄さんはそう言ってるもの。だからエチカのことは『ねえさん』って呼びなさいって。わたしも大歓迎なのよ。おねえちゃんって欲しかったんだあ」
「ねえ」
コギトがトンガリ帽子の広い鍔を軽く持ちあげて、エチカに訊いた。
「この娘ってあなたのなんなの? コレ?」
「小指を立てんな。あんたジョーダンでもそんなことばっか言ってっと、友だちなくすわよ!」
「そーよねー」
コギトのトビ色の目が、どこか遠く、緑の小さな宝石がらせんの軌跡を描く空をながめる。
ユーリが思い出したようにポンと手をたたく。
「そうだっ。エチカねえさん。何か占ってほしいことがあって来たんでしょ? 何を視てほしいの? っていうか、占いって信じないんじゃなかったっけ」
「その呼び方あらためなきゃまともに答えてやんない」
「えーっ。……わかったわよう。じゃあ、エチカは何を占うの?」
「なんにも。そこのメガネが、あんたがよく当たる占いを安価で提供するばっかりに、客が来なくて大迷惑ってさわいでてね。どーせ王の許可なんて取ってないんでしょ? 怒られるまえに店じまいにしたら?」
「イヤよ。ねえ兄さんたちには黙ってて。自由研究のための資金あつめなの。わたし、今年こそは自分のちからだけで宿題全部やりとげたいんだあ」
両手を合わせてエチカに詰め寄るユーリに、小夜子は感心に目を丸くする。
「かなり殊勝な心掛けですよね」
「まあ……彼女の宿題に税金つぎ込まれるよりかは、だんぜんいいわよね」
(税金?)
小夜子は胸中で首をかしげた。
次の瞬間には合点がいきかけたが、それを確認する間もなく、ユーリがやって来て両手で小夜子の右手をギュッと握る。
「えへへー、あなたはサヨコちゃんだよね。はじめまして。わたし、ユーリっていうの。兄さんたちから色々と聞いています」
「はじめまして。サヨコ・シラヌイです」
自己紹介してから、小夜子はちゃんとこうして自分のフルネームを名乗ったのは初めてなのではないかと気付いた。
ユーリは小夜子より長身で、明るく、こまかいことなど気にしない性格みたいだが、なんとなく、『まとも』にアイサツしなければならないと思ったのだ。
大人が、小さな子どもに反射的に手本を示そうとする心境に近いだろうか。
ユーリの赤い瞳が、パアアと輝いた。
にーっこり。嬉しそうに破顔している。
「よろしく、サヨコちゃん。ねえ、エチカに師事して錬金術の修業をしているんでしょ? すごいよねー。だってエチカって、他人と一定時間以上、同じ空間にいるのが耐えられないヒトなのに」
「そこまでヒドかないわよ。あと、サヨコは弟子じゃなくてただの従業員」
第五等級街区の住宅の外装を、漫然とながめていたエチカが聞き咎めた。
ユーリは口をとがらせる。
「でも、一緒に暮らしてるんでしょ?」
「なりゆきでね」
「すごーいっ! いいなあー、わたしもお泊まりしたーい!」
最後のセリフは小夜子を振り返って、ユーリは言った。
エチカがうめく。そろそろ切り上げようと、錬金術師の杖で長い金髪のかかった肩をトントン叩く。
「んじゃ、ユーリ。ほどほどにしとくのよ。あと熱中症でぶったおれないようにね」
「はーい」
ユーリは元気よく手を上げて返事した。
「はあ!?」
カヤの外だったコギトが、竹箒を振り上げて抗議する。
つづく




