バカじゃないことを証明せよ-⑤
(――息が……!)
小夜子は雲のなかを落ちていった。
息ができない。
全身にのしかかる風圧が、まるで内臓を押してなかの空気を押し出していくようだ。
水蒸気のなかで溺れる。
溺死する――
(なに……!? なんなのこれ!!)
湿っぽい空気には粘り気がある。その正体は不明なまま度合いを増し、やがて空気自体が妖しい紫色を帯びてくる。
異臭がする。
まるで物が腐ったような。
(毒……っ!?)
小夜子は直感した。
吸ってはだめだと思いながらも、身体が言うことをきかない。
失った酸素をわずかにでも取りもどそうと、肺が執拗に呼吸を求めている。
紫の気体はだんだん黒味を増していく。
(死ぬ――)
血流にぞわりとぶきみな感覚が混ざる。
侵入しているのだ。
得体の知れない、しかし人体に有害なのはたしかななにかが。
感覚が鈍麻する。
全身が痺れる。
脳みそがはたらかない。
意識がもうろうとする。
視界が暗闇につつまれる。
それともそれは、雲の色なのだろうか――?
ひゅん。
一筋の光が飛来した。
黒くかすんだ世界を、銀の光線が貫く。
人影が見える。
手が伸びてくる。
(お父さん……?)
あたたかいものが腕に触れる。
――こっちへ来い。
と言っているようだった。
一瞬だけ視界があかるくなる。
そこに亡き父の微笑みを見た気がして、
小夜子は安堵につつまれて目を閉じた。




